《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》北の魔の山と魔法の使えないジュリアスさん 3
悲嘆のシエナは中上級に指定されている魔なので、當然ながら強い。
けれどジュリアスさんはそれ以上に強かった。私はジュリアスさんに駆け寄って、その背中を労うように叩いた。ジュリアスさんが死ぬほど迷そうな顔をしたけれど無視した。
「凄い、強い、凄い。凄いじゃないですか! ジュリアスさん強いですね」
「最初の一撃が淺かった。次はもっと簡単に殺せる筈だ」
「十分じゃないですか、十分強いですよジュリアスさん」
「一撃で息のを止める必要がある。生かしておいては、不測の事態になりかねないからな」
そういうものなのだろうか。
私の手を鬱陶しそうにジュリアスさんは払った。それから道標の玉の方へと歩き出す。
私は悲嘆のシエナが落した闇の魂と嘆きの塊と苦渋の瞳を拾って鞄にしまうと、ジュリアスさんを追いかけた。悪くない収穫だ。私が一人で討伐していたら多分怪我をしていただろうし、魔力も使い果たした挙句に攻撃用の錬金もいくつか使ってしまっていただろう。
「ジュリアスさん一人で、二十萬ゴールドの稼ぎになったわね」
ざっと頭の中で計算をして、私は満足してにんまりと口元に笑みを浮かべた。
攻撃用の錬金を使用していたとしたら、差し引きして五萬ゴールド程度の稼ぎになっていただろう。ジュリアスさんの貢獻度は大きい。強いし討伐も一瞬だった。なんて素晴らしいのかしら。
「……にやけるな、気持ち悪い」
橫に並んだ私を見下ろして、ジュリアスさんは嫌そうに言った。
私はご機嫌が良かったのでにこにこしながらジュリアスさんを見上げる。舌打ちをされた。
山頂へ向かう途中、何かの魔に出くわした。
どの魔も私一人では足止めをくらってしまうような中上級の魔だったけれど、ジュリアスさんが簡単に片づけてくれたので楽な道中だった。北の魔の山は山頂に行けば行くほどに強い魔の巣窟になっている。基本的に今までは一人での探索を行ってきたので、慧眼のミトラに出會うまでに力盡きて撤退することもあれば、夜になると危険すぎるので時間が無くなって諦める事の方が多かった。
それに比べると、ジュリアスさん一人いてくれるだけで隨分と効率が良い。
初期費用はかかったけれど、凄く役に立つジュリアスさんだ。
「ジュリアスさん、凄いねぇジュリアスさん。慧眼のミトラを倒さなくても、十分なぐらいの素材が手にっちゃいましたよ。ジュリアスさん一人いれば本當に國が落とせちゃうかもしれませんね」
「落とせるかもしれない、ではない。落とせる、だ」
上機嫌な私はるんるんしながら、ジュリアスさんに話しかけた。
ジュリアスさんは丁寧に訂正してくれた。余程自信があるようだ。
腕につけている手巻き式の時計を確認する。時間的に今は山の中腹といったところだろう。
瘴気が濃いような気がする。空気が淀んでいる。気溫が低いせいだけではなく、鳥が立つような寒さをじた。
ジュリアスさんは何もじないのだろうか。平然とした顔で窟の奧へと足を進めていく。堀り途中の行き止まりの道がいくつかある。中継地點なのだろう、開けた場所へと出た。
荷車には巖が積まれてそのまま放置されている。
北の魔の山の鉱山が閉鎖された理由は、危険だから、である。
昔は今程に魔が多くなかったらしい。唐突に、巨大な異界の門が掘り進められた鉱山の各地に出現したのだという。異界の門を閉じるためには、異界の門の門番とも言うべき非常に強力な魔を倒す必要がある。特級に指定されているそれらの魔は、基本的には異界の門からは離れないので無害だ。
しかし門を閉じない限りは人を襲う魔が生み出され続けるので、できれば討伐したいというのが王國警備兵や傭兵の方々の本心である。
そこまでの実力がある者は中々いない。王都の傭兵ギルドでも、一人か二人しかいないんだとか。錬金店には、特殊な武を作るためにそうした方々も訪れるので、噂に聞いたことがある。
「そんなに強いジュリアスさんが、なんで奴隷剣士になっちゃったんです? ディスディアナ皇國に裏切られてアストリア王國に売られたって噂は聞きましたけど」
「……よくある話だ。……ディスティアナ皇國は、侵略の手を広げ過ぎた。侵略を行えば恨みを買うのは當然の事。いくつかの小國が連合を組んで皇國に攻め込むという報が手にったらしい。そのうちの一つがアストリア王國だった」
ジュリアスさんはそう言って眉を顰めた。そして、開けてはいるけれど何もない場所で足を止めた。
気配を探るように、壁や天井を見つめる。ジュリアスさんの隣で私も同じように視線を追ってみたが、ただの巖壁があるだけだ。とても嫌なじはするけれど、北の魔の山の中腹以上からはずっとこんなじが続くので、大きな変化はないように思われた。
「皇國は連合を組まれるのが面倒だったんだろう。その前に、休戦協定を結びたかった。俺は対アストリア王國の主將として王國の民に恨みを買っていたから、休戦協定のための贄にするのには丁度良かったんじゃないか? 処刑をするより、見世にして長らく苦しめようと思う程には王國人は俺を恨んでいるらしい」
自分の話をしているのに、ジュリアスさんの口調はどこか他人事のようだった。
十五歳から戦場に出て國の為に働いていたジュリアスさんの最後が、國の為に敵國に売られるとか、ディスティアナ皇國は極悪非道だ。アストリア王國については、良く分からない。
三年前といえば私のセイグリット家がお取り潰しになってお父様が処刑された時期だ。
同じ時期にジュリアスさんも自國に売られて、奴隷剣士になっている。
ジュリアスさんの事は話題になっていたのかもしれないけれど、私は私でそれどころじゃなかったのでよく知らない。私の狀況とジュリアスさんの狀況は、時期が同じというだけで、違う世界の話のようで何かが関係しているとは思えなかった。
「でもジュリアスさん、見世になってくれてなによりでした。生き延びてくださってありがとうございます。お様で、私は大助かりですよ」
「お前のために生き延びた訳じゃない」
「そうだとしても、私は助かっていますので。今後ともよろしくお願いします」
私は良い買いをしたわね。
慧眼のミトラに出會えなくても、今回は良いかもしれない。
ジュリアスさんは十分働いてくれたし、そろそろ戻ろうかしら。寒くなってきたし。
「……あれ?」
不意に、足元が揺れた気がした。
私はきょろきょろとあたりを見渡す。揺れているわけではなさそうだ。山積みにされている石も、荷車もいていない。
このじ。このじは――
「ジュリアスさん、足元から來ます、気を付けて!」
目の前の景が歪む。私は背後に飛んで避けようと思ったのに、その前にジュリアスさんに首っこを摑まれてまたも巖壁の方へと放り投げられた。
再び「ぐえ」っとなる私。一日何回私を放り投げれば気がすむのよ、ジュリアスさん。
完全にお荷扱いしてるわね。戦えないと思われているに違いないわ。
私はべしゃりと地面に落ちた。魔には傷を負わされていないけれど、ジュリアスさんによってかすり傷が蓄積されていく。腰が痛い。
「くな、クロエ。邪魔だ」
「慧眼のミトラですよ、ジュリアスさん! こんなところで會えるだなんて、運が良い!」
「黙れ、阿呆。うるさい」
ジュリアスさんは剣を抜いた。
何もなかった巖を切り開いて作られた地面から、ぬるりと目玉の塊のようなものが姿を現す。
それは子供の頭ぐらいの巨大な眼球をいくつも無造作に組み合わせたような姿をしている。
連なった目玉の下の方には、黃い視神経のような管が何本もびている。ジュリアスさん三人分ぐらいの大きさの慧眼のミトラが、宙に浮かび上がり沢山の瞳でこちらを見ている。
夢に見そうな気持ち悪さだ。魔の造形というのは、気持ち悪いのばっかりで嫌になる。
異界に落ちた死者の恨みや憎しみが形となったものだと言われているので、気持ち悪くて當然なのかもしれないけれど。
全がぞわぞわした。瘴気が更に濃くなる。慧眼のミトラの全から薄暗い魔力があふれ出てくるようだ。気持ちが悪い。なんというか、視覚的に気持ち悪いと言う訳ではなくて今度は本當に気持ち悪い。
慧眼のミトラの討伐が厄介だという一番目の理由がこれである。
私は多の魔力を持っているために、魔力が強い魔生系魔に遭遇するとに拒絶反応が起こってまともにけなくなってしまうのだ。勿論無理して戦ったりはするけれど、思うようにけないので討伐功率が格段に落ちてしまうのである。
ジュリアスさんは平気そうだった。奴隷の刻印によって魔力が封じられているから、慧眼のミトラの全から発せられている薄ら寒い魔力にも鈍になっているのかもしれない。
ジュリアスさんがミトラに向かって駆ける。地面を蹴ってひらりと浮かび上がり、連なる目玉の一番上から剣を振り下ろした。
やっと目視ができるぐらいに、その攻撃は素早く、重い。
ミトラは剣の太刀筋に沿って二つに分かれた。
二つに割けたミトラは、した果のような赤くぬらぬらしたをむき出しにする。割けたミトラの中央に、祈りを捧げる神像のようなものがある。
神像は閉じていた目を見開いた。可憐なを大きく開く。
不愉快で神経に響くび聲が鼓を揺さぶる。ミトラの外側にある目玉がる。線が、縦橫無盡に飛んだ。私は転がるようにして線を避ける。
ジュリアスさんは何故かの熱線を避けようとしなかった。真っ直ぐにミトラに向かい、中央の神像に剣を突き刺した。
の熱線がジュリアスさんの皮を焼く。アリアドネの外套のおかげではわずかに焼ける程度だったようだが、剝き出しの頬や髪が熱線で焼かれる嫌な臭いがした。
串刺しにされた神像から、だらだらと鮮のようなものがしたたり落ちる。
再び半分に分かれたが元に戻ろうとしている。
ジュリアスさんが剣を引き抜くと、慧眼のミトラのは元の目玉が連なる形に戻って、何事も無かったようにふわりと宙に浮いた。
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