《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》異界の門討伐部隊 2
槍に貫かれた獣は、地に押し付けられるようにして地面へと沈み込む。
斷末魔の聲と共にそのは霧のように消えていき、ずりずりと重たい音を立てながら門が閉まる。
扉を形している折り重なった手足が蠢き組み合わさり、口を閉めた。
何人もの人間たちの啜り泣く聲と共に、異界の扉はき通るように薄れ青空の中へと消えていく。
片やも消えてなくなり、後には雪原にぽっかり空いたような黒いのような跡だけだった。
ヘリオス君が雪原に靜かに降り立つ。
私が降りやすいようにを屈めてくれる。私はずるずるとヘリオス君のくらかな鱗に覆われたをり落ちるように、地面へと降りた。
ブーツが雪をさくりと踏みしめる。
慣れない雪上に転びそうになりながら走り、雪が消え失せて地面がむき出しになり真っ黒に見える魔の殘した巨大な痕の、中心の地面に槍を突き刺して立っているジュリアスさんに駆け寄った。
「ジュリアスさん! ジュリアスさん、大丈夫ですか!」
ジュリアスさんは私の聲に顔を上げた。
ぬかるんだ地面に足をとられて転びそうになる私を片手で抱き留めてくれる。
「……聲が大きい」
私はジュリアスさんの片腕に摑まりながら、ジュリアスさんを見上げた。
所々服が破けてが滲んでいるけれど、命にかかわるような大きな傷はなさそうだった。
安堵の息をつく。
「無事で良かったぁ……、ジュリアスさんが強いの知ってますけど、異界の門番なんて私は見たことも戦った事もなかったですし、心配しました」
「造作もない……、と言いたいところだが、お前の錬金と魔法が無ければ厳しかった。俺も毒には勝てない。それに、あの魔法は一何なんだ? お前は……」
いつまでも腕に抱き著いているわけにもいかないので、私はを起こす。
ジュリアスさんは地面から槍を引き抜いた。
視界の先ではヘリオス君が雪を鼻先で掘り返して自分のにかけている。とても楽しそうだ。そして可い。
「クロエちゃん!」
私が使った破邪魔法についてジュリアスさんと話そうと思ったのだけれど、その前に私の名前を呼ぶ低い男の人の聲がして、私は振り向いた。
私に駆け寄ってきたのは、見知った顔の男だった。
「ロジュさん!」
ロジュ・グレゴリオさん。
王都にある傭兵団の現団長である男で、褐のに銀の逆立った短髪の野的な風貌の男である。金の瞳に、右目の目に傷が一つある。筋質で大きなに、傭兵団のシンボルマークである鷹の紋様がった軍服をに著けていて、背中に背丈ぐらいある巨大な剣を背負っている。
前団長から引き継ぎをけたのは確か三年前。団長という肩書でありながらまだ若くて、ジュリアスさんよりも年下だったような気がする。
確かまだ二十二歳だと言っていたわね。
ロジュさんは今は傭兵団だけれど、昔は王國騎士団に所屬していたらしい。何かの理由で騎士団をやめて、傭兵団に団したのだとか。食堂のロキシーさん報なので本人に聞いたわけではない。
そこまで親しくはないのだけれど、ロジュさんが私を「クロエちゃん」と呼ぶのは、何回かロジュさん用の裝備につける追加効果の錬を行ったことがあるからだ。
ロジュさんは魔法が不得意らしく、ジュリアスさんの義眼につけてあげた真実のアナグラムの効果を武につけてしいと頼まれたので、巨大な鉄の塊みたいな剣には真実のアナグラムの効果がついている。
もちろん有料です。常連さんではないけれど、良いお客さんだ。
ロジュさんの後ろでは、だまりに倒れていた男二人が起き上がっている姿が見える。
どうやら命は無事だったみたいだ。良かった。
「クロエちゃん、助けに來てくれてありがとう!」
ロジュさんは顔中に満面の笑顔を浮かべて、ともすれば涙目になりながら、私に抱き著いてきた。
私よりもかなり大きなロジュさんに抱き著かれて、私は「ぐえ」っとなった。
暴れ牛に突撃されたぐらいの衝撃がある。筋の鎧でが軋んだ。
「死んだかと思った! 異界の門を閉じに來たのに、死んで異界りするところだった!」
「ろ、ロジュさん、落ち著いて、落ち著いて……、無事で何よりでした」
今にも泣きだしそうな聲音で言うロジュさんのを私はぽんぽんと叩く。
このまま私を上げでもしそうな勢いだわ。そんなことをされてしまったら、ジュリアスさんに小馬鹿にされるのが目に見えている。なんだか今も、心なしか背中に突き刺さる視線が痛い気がする。
「それに、異界の門番を倒したのは私じゃなくてジュリアスさんですし……」
「おぉ、そうだった! ジュリアス・クラフト! 戦場では恐ろしいばかりだったけれど、味方にするとこんなに頼もしい人間はいないな!」
ロジュさんは私の頭に顔をぐりぐりりつけてくる。痛い。巨大なみたいで怖い。
耳元で響き渡る聲が大きくて、うるさい。
ジュリアスさんは私をよくうるさいと言って怒るけれど、こんな気持ちなのかしら。
私も気を付けなければいけないかもしれないわね。
「いたた、……ロジュさんは、ジュリアスさんを知ってるんですか?」
「あぁ、俺は騎士団上がりの傭兵だからな! 勿論知っているぞ、戦場で出會ったこともある。死にたくないから俺は逃げたけどな!」
堂々と逃げたことを口にするロジュさんに、彼の後ろに立っている恐らく同じ傭兵団と思しき傷だらけの男二人が、頭が痛そうに顔をしかめた。やれやれ、と肩をすくめて溜息をついている。
「そこの飛竜と共に黒太子が飛來してくるたびに、兵の首が飛ぶんだよ。そりゃあもう恐ろしかったなぁ。絶対勝てないと思ったから、俺は逃げたし隠れた。懐かしい」
ロジュさんは私を腕の中にれたまま、うんうん、と頷いた。
そろそろ離してくれないかしら。苦しくなってきた。
「ん? そういえばなんでまたクロエちゃんがジュリアスと一緒にいるんだ?」
「ロジュさん、話しにくいので離してくださいな」
「雪山で死にかけている俺の前に天使が現れたんだ! 抱きしめたくなってしまうというものだろう! いつ死んでもおかしくないんだなぁと思い知った俺は後悔のないように生きたい。つまり目の前の人を抱きしめたい! 良いだろうか、クロエちゃん!」
ロジュさんはそれはもう堂々と自分のを口にした。
人と言われたら悪い気はしないけれど、やっぱりそろそろ離してしい。私とロジュさんはそこまで親しくないし、抱きしめられてもそんなに嬉しくない。筋質だなぁという想ぐらいしかない。
「……黙れ。離せ。……クロエ、帰るぞ」
いつもよりも低い聲でジュリアスさんが言った。
かなり苛立っているようだ。ジュリアスさんは気が短いので本格的に機嫌を損ねる前に、話を切り上げて帰らなきゃいけない。折角仲直りしたばかりなのだから、喧嘩をしたくないし。
「そう怒るなって。これは生存を喜ぶ謝の抱擁で、邪な気持ちはこれぽっちもないんだ。クロエちゃんの護衛騎士は隨分怒りっぽいなぁ」
ジュリアスさんに咎められて、ロジュさんはやっとを解放してくれた。
きつく抱きしめられていたせいでれたエプロンドレスを、私は軽く手で払ってなおした。
それからロジュさんから距離を置くために、一歩後ろに下がる。
丁度ジュリアスさんの隣に來た。ジュリアスさんを見上げると、それはもう不機嫌そうに眉間に皺を寄せてロジュさんを睨んでいる。初対面の人をそんなに睨んだら駄目だと思う。
「護衛騎士じゃありませんよ。ジュリアスさんは私の、ええと……」
「奴隷だ」
ジュリアスさんが端的に私の言葉を繋いだ。
「まぁ、そんなじです」
そうなんだけど、そうはっきりと言われるとなんだか蟠るものがあるわね。
でも相棒は駄目みたいだし、護衛騎士というわけでもないし。ジュリアスさんは奴隷で良いと言っていたし。あくまでお金で購された関係を崩したくないということかしら。
そう思うと、――し距離をじてしまうわね。
「クロエちゃん、何それ、いかがわしい」
ロジュさんが口元に手を當てて頬を染めた。
「ど、どこがですか……! そんなことよりもロジュさん、どうしてこんなところにいるんですか?」
私は話題を変えることにした。
ジュリアスさんとの関係についてこれ以上深く尋ねられるのは嫌だった。
「どうしてって、傭兵だから。最近、アストリア王國に異界の門がやたらと出現しているみたいで、討伐部隊が各地方に派遣されているんだ。で、北の魔の山は危険だからってことで、団長の俺が直々に出向いたわけだ。でも部下はあっさり死にかけるし、俺一人じゃとても勝てそうにないし、死ぬんじゃないかなこれって思ってたところで、クロエちゃんとジュリアスが助けに來てくれた」
「そうなんですね。ロジュさんはとても強いと評判なのに……」
「うん。俺はとても強いんだけど、獄卒のケルベロスで三つ頭の魔に出會ったのは初めてだったし、準備が悪くて。近づこうとすると足元は腐るわ、毒を吸い込むとけなくなるわ、これは無理かなってじだった」
快活に笑いながら、ロジュさんは言った。
部下と言われた二人の男はうんざりした表を浮かべている。ロジュさんに選ばれたからには、彼らもかなり強いのだろう。そもそも北の魔の山で山頂に辿り著くためには、窟の魔と対峙しなければいけない。
山頂まで來たというだけでも、その強さはかなりのものだと分かる。
けれど獄卒のケルベロスという魔はそれ以上に強かったのだろう。それを倒してしまったジュリアスさん凄いわね。今日は何か味しいものを食べさせてあげよう。
「いつまで話している。用は済んだんだろう」
ジュリアスさんが苛々しながら、獄卒のケルベロスが落とした素材をいつの間にか拾ってきたらしく、私に押し付けてきた。
「これ、ジュリアスさんこれ、三位一の心臓と、異界の指と、九死の毒薬と、深淵なる鎖じゃないですか! ジュリアスさんやりましたよ、どれもこれも最高級品ですよ、やった!」
「それはなによりだ。來い、ヘリオス」
ジュリアスさんは雪と戯れているヘリオス君を呼んだ。
それから私を抱き上げると、飛び立つヘリオス君の背中へと軽々と飛び乗った。
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