《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》捕縛・連行・しばらくのお別れ 1

私は階段を降りてお店の扉を開けた。

ジュリアスさんには部屋で待っていて貰おうと思ったけれど、一緒に來るというので仕方なくついてきてもらった。

念のため、いつでも錬金が取り出せるように布鞄を肩から下げている。萬が一ということもあるので。

お店のり口に立っていたのは三人の兵士だった。

王國騎士団の軍服を著ている。

青と灰の布地に、金の王家の紋章がっているので分がわかりやすい。

私を三年前に王都の裏通りに捨てた兵士も、騎士団の軍服を著ていた。

だから私は王國騎士団の方々が苦手だ。街で見かけてもなるだけ近づかないようにしていた。

話すのは張するけれどーージュリアスさんが一緒にいてくれる。それだけで、心強かった。

「おはようございます、騎士団の方々。何の用でしょうか?」

笑顔を作って、私は尋ねる。

一番前にいる年嵩の男が、私の背後に立っているジュリアスさんと私の顔を互に見た後に口を開いた。

「クロエ・セイグリットだな」

「はい、そうですよ」

不躾な言いだった。

騎士団というのは王家直屬のものなので、割と橫柄な方が多い印象は否めない。

貴族に対しては丁寧だけれど、庶民に対しては高圧的になる。全ての騎士の方がそういうわけではないと思うのだけれど、そういう方が多いのは確かだ。

「王國の敵である、黒太子ジュリアスを侍らせているという報は本當だったのか。……クロエ、我々と共に王城まで來てもらうぞ」

見ず知らずの方に呼び捨てにされる筋合いはないわよ。

心の中で文句を言いながら、私は笑顔を崩さないように気をつける。

どうやらジュリアスさんではなくて、彼らは私に用事があるらしい。

「何故ですか? 理由を言ってください」

お城に連れていかれる意味が分からず私は尋ねる。

ジュリアスさんはきちんとした方法で奴隷闘技場から購したし、契約書だってある。文句を言われるような落ち度はこちらにはない。

私はなるだけ毅然とした態度に見えるように、腰に手を當ててを反らせた。

「昨日、コールドマン家の私兵が殺されたと、コールドマン様より連絡があった。お前は長のエライザ様とめ事を起こしていたらしいな。余程、恨んでいたのか? エライザ様をジュリアスに襲わせて、私兵を殺させるなど」

兵士が言った。

私は昨日の夜のことを思い出す。

すぐ目の前の広場で、數人のひとたちに襲われて、ジュリアスさんが倒してくれた。

誰も、殺さなかった。

あれはコールドマンさんの私兵の方々だったのだろうか。エライザさんはあの場所にはいなかったし、襲わせた、だなんて間違いも良いところだわ。

「そんなことはしていません、襲われたのは私たちですよ」

きっと説明すればわかってくれるだろう。

私はジュリアスさんをそっと見上げた。ジュリアスさんは、眉間に皺を寄せて難しい表を浮かべていた。

「エライザ様からの証言がある。それに、エライザ様とめているところや、昨夜広場で剣を振るうジュリアスの姿を何人かの人間が見ている。……街の裏通りに捨てられていたには、珍しい鉱で作られた剣の欠片が落ちていた。……久遠の金剛石、というんだろう? そんな剣を持っている人間は、ジュリアスぐらいだ」

「だから違いますって。襲われたのは私たちだし、ジュリアスさんは剣を鞘から抜いていません。誰も、殺してなんていませんよ」

背筋を嫌な汗が流れる。

三年前に投獄された時だって、誰も私の話を聞いてくれなかったじゃない。

王家や騎士団はいわば権力者だ。私はただのクロエ・セイグリットで、さらに言えば罪人の娘である。

だから、何を言っても無駄だという最低なが湧き上がってくる。

それでも三年前と今は違う。私には守るべきものがあって、それは私の錬金店であり、ジュリアスさんであり、私自

そう思って自分をい立たせる。

「そこのジュリアスという男が、どれほど王國の兵を殺したのか知らないわけではあるまい。狂犬のような男を手にれて、王家に復讐でもするつもりか? 弁明は城で聞く。シリル様がお前を呼んでいる」

「シリル様が……?」

「さっさと來い。ジュリアスは危険だからな、お前の処遇が決まるまで牢に。……王家の信頼もあついコールドマン商會の私兵を殺したのだから、今度こそ、処刑になるだろうがな」

「……ジュリアスさん」

あぁ、馬鹿だわ私。

ジュリアスさんに従って、さっさと逃げれば良かったんだわ。

世界は広くて、ーー王都以外にだって沢山街があって、どこにでも行くことができると、思ったばかりじゃない。

私は今にも剣を抜こうとしているジュリアスさんを両手で突き飛ばすように、渾の力で部屋の奧へと押し込んだ。

「瞳ちゃん、足止めして!」

『わかったわ、クロエちゃん』

店先の鳥籠の中に浮かんでいる混沌の眼差しに命じた。

瞳ちゃんは可憐な聲で返事をして、黒いの中央の赤い瞳から熱線を放つ。兵士の足元が焼け焦げて白い煙をあげる。怒聲が上がるのを気にせずに、お店に踏み込もうとしてくる兵士たちの前でバタンと扉を閉めて鍵をかけた。

これはただの時間稼ぎだ。扉はすぐに破られてしまうだろう。

「クロエ、どういうつもりだ。……全員斬り伏せて、逃げれば良い。ヘリオスと飛べば、誰も追いつけない」

ジュリアスさんが苛立った様子で言った。

私はジュリアスさんに近づいて、その首にある黒い首についている小さな錠前に手を當てる。

「ジュリアスさん、……ごめんなさい」

「謝る必要はない。窓から、外に出るぞ」

ジュリアスさんは私の手を摑もうとした。

私は首を振ってそれを拒否する。

逃げるのが正解かもしれない。けれどいつまで逃げれば良いの?

私は何もしていない。ジュリアスさんが戦爭で戦っていたのは、命令だったからだ。ジュリアスさんは兵士だった。ただそれだけのことだ。ーー辛い思いも、苦しいのも、もう十分だわ。

これ以上、苦しい思いをしてしくない。私は私の正しさを証明して、堂々と生きたい。

本當は、ジュリアスさんとずっと一緒にいたい。

けれどジュリアスさんには、自由が似合うわよね。ヘリオス君と共に飛んだ自由な空が、とてもよく似合う。

「クロエ・セイグリットの名において命ずる。私のそばにいる必要はないこと、私の嫌がることはしないこと。……つまり私は大丈夫なので、助けに來ないでくださいね」

魔法錠へと魔力を込める。

本當は外してしまいたかったけれど、ジュリアスさんは私を助けにきてしまうかもしれないから。

ジュリアスさんは私の命令に従ってくれたけれど、目的の為なら人を殺すことに戸いの無い人だと思う。それは多分、そうすることに慣れてしまっているからだ。

けれど本當はきっと、ヘリオス君と共に空を飛ぶことだけがジュリアスさんの求めているただ一つのことで、私はそれを奪いたくない。

もう、誰かと戦ってしくない。

「クロエ、この阿呆が……!」

「ジュリアスさん、ジュリアスさんは自由です。私は大丈夫です、だって、私は……王國最強の錬金師クロエちゃんなので!」

私に手をばそうとするジュリアスさんから、私は一歩下がって離れた。

肩に下げている布鞄から、目的のものを素早く取り出す。

「どこまでも、飛んでください。……私、楽しかったです。ありがとうございました!」

私が取り出したのは白い手のひら大の球だ。

それをジュリアスさんの足元に投げつける。

ジュリアスさんの両目は驚きに見開かれていて、それはもうーー怒っているのがわかる。

最後まで怒っているのがジュリアスさんらしいわね。私が、悪いんだけど。

急転移陣、発!」

ジュリアスさんの手が私の腕を摑む前に、錬金の力を発させる。

白い玉は煙幕を吹き上げながらる五芒星へと姿を変える。急転移陣は本當の急事態のときに出用に使うもので、問題はどこに飛ばされるのかわからないところだ。

場所を指定しようとしたけれど、そうすると発までの時間が長くなってしまうのでやめた。

ジュリアスさんの姿が一瞬でかききえる。「クロエ!」と呼ぶ聲が、部屋に響いたのが最後だった。

扉が破られる。

お店の中に雪崩れ込むようにってきて、私に剣の切先を向ける兵士の方々に、振り向くと私は微笑んだ。

「私たちは無実ですけれど、無実でも投獄して、いたいけで無力な私を裏通りに捨てるあなたたちの橫暴は、知っています。だから、連れて行くのは私だけにしてください」

「ジュリアスを逃したな……! 自ら罪を重くするとは、愚かなことをするものだ」

「なんとでも言ってください。さぁさぁ、連れて行ってくださいな。……ただし、前と同じことをしようとしたら、大聲でびますからね。クロエちゃんは王都の人気者なので、きっと、王都民の皆さんはそれはもう怒ってくれるでしょうね」

「……連れて行け」

年嵩の兵士の後ろに控えている二人が、私の両手腕を摑んだ。

抵抗する気は無いのだから、暴にしないでしいんだけど。

肩から下げていた布鞄は取り上げられてしまい、その代わりに両腕を縄で縛られる。何もしていないのに、罪人みたいな扱いだった。

「クロエちゃん!」

騒ぎを聞きつけたのだろう、広場の噴水の前には何人かの人々が集まっていた。

ロジュさんが慌てたように私の名前を呼ぶ。

「ちょっと、どういうつもりなの、クロエちゃんが何をしたっていうのよ!」

ロキシーさんが大きな聲で怒鳴ってくれる。

その聲に呼応するようにして、そこここで「クロエちゃんを離せ!」という聲が上がった。

「兵士に聞かれたからジュリアス君に剣を売ったと答えたが、ジュリアス君の久遠の金剛石の剣は、人一人殺したぐらいで刃こぼれなんてしない。どう考えても、言いがかりだ。そんななまくらを売りつけるわけがないだろう!」

ロバートさんが怒っている。

普段は落ち著いていて、溫厚なロバートさんらしくない怒り方だった。

「クロエちゃん、ジュリアスはどうしたんだ……!」

ロジュさんが私のそばに駆け寄ろうとして、いつの間にか數が増えている騎士団の兵に押し留められる。

「ロジュさん、……皆さん、大丈夫ですよ! ちょっと、行ってきますね!」

私は縄をうたれたまま、なるだけいつも通り笑った。

心配してくれているひと、こんなにいるんだなぁと思うと、泣きそうになってしまう。

ねぇ、ジュリアスさん。

世界には、悪い人ばかりじゃない。

だから、ジュリアスさんにはどうかーー自由に、幸せになってしい。

心の中でそう呟いた。

そして私は馬車に押し込まれて、王城へと連れていかれたのだった。

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