《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》捕縛・連行・しばらくのお別れ 2
シリル様が即位したのは半年前のことで、それと同時にアリザと正式に結婚して婚姻お披目パレードが王都で行われた。
國王様と王妃様が外遊に出かけた際に魔に襲われ命を落としたための、急ぎの即位だったらしい。
腹違いの姉にめられても明るさを失わず正義を貫いた悲劇の公爵令嬢アリザ・セイグリットと、相次いで不幸に見舞われた王太子殿下シリル様の婚姻は、國民の皆様に快くけれられた。
お祝い用に作った私の花花火は飛ぶように売れて、良い稼ぎになったことを覚えている。
半年前の私はお金を稼ぐことしか興味がなかったので、パレードを行うシリル様とアリザの姿は見ていない。興味が微塵も湧かなかった。
恨む気持ちはしはあったかもしれないけれど、恨むよりもお金だ。
お祝いごとは良いお金になるし、今更シリル様との関係を取り戻したいとも思わない。アリザの顔も見たいと思わない。だから、どちらかといえば派手に祝典を開いてくれればくれるほど大歓迎だった。
どのみち、庶民になった私と、王家の方々や貴族の方々の間には別の世界に住んでいるんじゃないかって思うぐらいのがある。顔なんて滅多に見ることができないし、普通に暮らしている分には関わることなんてない。
なんというか、どうでも良かった。
だから今更ーー私の、そしてジュリアスさんの、ささやかで満ち足りた庶民の暮らしを、邪魔しないで貰いたいものだわ。
私は馬車に揺られながらそんなことを考えていた。
三年暮らした王都の町の景が、窓の外に見える。中心街を抜けて南に真っ直ぐ。二度と近づかないと思っていたそびえ立つ白亜の王城の、正面門の前の跳ね橋が見えた。
王城はぐるりと堀に囲まれている。堀にはたっぷりと水が張られていて、城に行くためには正面の跳ね橋を必ず通る必要がある。
有事の際の防衛用の作りなのだろう。ディスティアナ皇國との戦爭の歴史は長い。お城は萬が一王都まで攻め込まれた際に王族を守るため、強固な作りになっている。
國王と王妃様が亡くなり、王族は王となったシリル様と、第二王子であるジーク様が殘っている。
ジーク様は私よりも一つ年下で、アリザと同級だった。挨拶をしたぐらいしか関わりはないけれど、シリル様にどことなく似ている印象だったように思う。
王家の預かりとなっているセイグリット家の領地を継ぐのではないかという噂が流れているけれど、もう私には関係のないことなので、積極的に噂を聞こうとも思わなかった。
私は真っ青な空を眺める。
ジュリアスさんは急転移陣でどこまで飛ばされたのかしら。
川とかに落ちてないと良いけれど。
川に落とされて激怒するジュリアスさんのことを考えると、し気持ちが軽くなった。
私は無事に帰って、それでーー出來ればもう、奴隷とか、そういう関係ではなくて、いつかまたジュリアスさんと會えると良いなと思う。
私の事にジュリアスさんを巻き込みたくない。一度は立ち向かわずに狀況に流されるまま逃げ続けていたことだ。私はひとりでなんとかしなければいけない。
目を伏せると夢の中で見たお母様が私に微笑んでくれた。あなたなら大丈夫、とお母様は言っていた。
お父様はーーきっと、罪を犯していない。
い私にはわからなかったけれど、お父様はきっとお母様をしていた。そうでなければ、お母様があんなに幸せそうに笑うわけがないもの。
確かめなければ。
何があったのか、何が、起こっていたのか。
私のために。私をしてくれていた、そしてお父様をしていたお母様のために。
強くありたい。誰かに寄り掛からなくても立てるぐらいに強く。
私は王子様に守られるのではなくて、並んで立ちたいと思う。
私を守ると言ってくれたジュリアスさんを、私も守りたい。
私は稀代の錬金師クロエ・セイグリッド。
だから、大丈夫。
なんどもそう自分に言い聞かせた。
私は兵士によって引きずられるようにして、馬車から降ろされた。
王城には久々に來た。正面の扉を潛り、高い柱が何本もあるよく磨かれた石造りのホールを抜けると、その先に謁見の間がある。
更にその奧にあるのが士の方々が働く場所で、更に奧にあるのが後宮である。
王家の晩餐會などを行う舞踏會用のホールは東の別棟にあり、西の別棟にあるのは騎士団の駐屯所と罪人をれる牢獄である。私がかつて投獄された場所だ。
城の警備兵や、王の護衛兵、國を守る兵士を全てひっくるめて王國騎士団と呼んでいる。
駐屯所はいくつかあるけれど、王城の中で働く方々は騎士団の中でも位の高い人たちである。
私はそのまま西の別棟へと連れていかれた。
簡単に逃げられないようにだろう、塔の上階に作られた牢屋は、三年前と同じで相変わらず薄ら寒かった。
かつて投獄された時に私を見張っていた兵士の話では、上階にあるのは貴人用の牢屋で投獄中に不自由しないように、必要最低限の設備を備えた作りになっているのだという。
地下にあるのが本當の牢獄で、何もない四角い部屋に鉄の柵があるただの檻なのだと言っていた。
私は長い階段を上がって、上階の牢屋へとれられた。
窓からは王都の街を見下ろせるぐらいに、高い場所だ。
いベッドが一つ、ポツンと置かれている。
私を突き飛ばすようにして私を中に押し込んだ兵士たちは、「大人しくしていろ」と言って扉を閉めた。
鍵のかかる音がした。
私はしばらく窓の外を眺めていた。
両手は縛られたままだったけれど、歩くことはできる。
縄が食い込んで痛かったので、手の位置を変えようとしてみたけれど、ろくにかすことができずに更に縄が食い込んだような気がした。
最低な気分だ。
「……シリル様め。いたいけなのクロエちゃんを縄で縛って閉じ込めるとか許せないわ。絶対言い返してやるんだから」
青空を眺めながら私は呟く。
「ジュリアスさんよりも怖い男の人なんてこの世に存在しないわよ。何言っても怒るんだもの。私のこと阿呆って言うし、荷みたいに投げ飛ばすし。ジュリアスさんと一緒に暮らしてたことを思えば、シリル様なんか全然怖くないわよ」
そうよね。それもそうだ。
私は自分で言った言葉にとても納得した。
ジュリアスさんに比べたらシリル様はとても紳士だ。王子様だったし、今は王様なんだから、罪もない私を閉じ込めるだなんて橫暴は許されないだろう。
コールドマン商會やエライザさんがどういうつもりかわからないけれど、話をしたら私たちが無実だとわかってくれる筈よね。
「エライザさんは、……噓をついてまで、ジュリアスさんがしかったのかしら。……それとも、面目を潰されたから怒ってるとかかしら。大商人だし、プライド高そうだもんなぁ……」
獨り言を、ぶつぶつと呟きながら時間を潰す。
聲を出していると、心が落ち著いてくる。
「確かにジュリアスさん、格好良いけど……、見た目は。見た目は良いわよね。でも橫暴で偉そうだし、皮ばっかり言うし、……時々優しくて、頼りになるわよね。……でも、悪いところの方が多いわよ、多分。一緒に暮らすの、大変だもの。ベッドは取られちゃうし、ヘリオス君のことばっかり考えてるし」
昨日の夜ーー私を、抱きしめてくれた。
あれは、なんだったんだろう。
「ちゃんと話を聞いていてくれて、助けようとしてくれて、私が本當に嫌がること、しなかったわ」
また、會えるかしら。
會えるわよね、きっと。
「……次に會ったら、……私は」
好きだと、伝えることができるだろうか。
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