《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》闇よりいづるもの 2

アリザが、アリザのお母様であるリザリアさんを殺した?

私の知るリザリアさんは、私が十三歳のときにアリザを連れて公爵家に來た。

アリザによく似た青い髪と薄い青い目を持つだった。

私は近づこうとしなかったし、リザリアさんも私のことはいないものとして扱っていたから、言葉をわしたことは數えるほどもないのだけれど、とても亡くなっているようには見えなかった。

いつも小綺麗なドレスを著ていて、きちんとお化粧をしていて。もともとお父様は口數のない方だったからリザリアさんと仲睦まじくしているとこは見たことがないのだけれど、忙しいお父様の代わりに家を取り仕切り、公爵夫人として振る舞っていたように思う。

私はお父様と顔を合わせる度に怒鳴られるのが嫌で、あまり部屋から出ないようにしていた。

食事の時などはどうしても顔を合わせなければいけなかった。

けれどアリザが一人で々と話しているのを、余計なことを言わずに笑ってやり過ごしていれば嫌な時間は終わったし、間もなく學園寮へとってしまったから、だから結局、よく知らないというのが正直なところだ。

私はそうして逃げ続けていて、ーー何もしなかったというのが正しいのだろう。

アリザはい子供のような邪気のない微笑みを浮かべた。

「セイグリット公爵の子供じゃないなんて噓をつくから、私はお母様を殺したの。天使様のいう通りにね。ナイフで、刺してあげたわ。お母様は泣いていたけれど、すぐに生き返って私のいうことをなんでも聞いてくれる良いお母様になったのよ。天使様の力は素晴らしいわ」

「アリザちゃん、それは……」

アリザの影は天井まで屆くほどに長くびている。

瘴気に中てられた時のような吐き気をじた。濃い邪悪な魔力を持つ魔と出會ってしまった時よりもずっと、気持ち悪い。

目眩と吐き気で倒れている場合じゃないので、私はを噛み締める。

「アリザちゃん、それは天使じゃないです」

私は首を振った。

異界の門から現れるのは、異界に落ちた死者の怨念や悪意、妄執の塊だ。

それに天使はーー天使とは、天上界に住むと言われている、神の使者のこと。破邪魔法の呪文で祈りを捧げる熾天使セラフィムは、多くの天使たちの中でも最上級の力を持つ階級の天使の総稱だと言われている。

異界に行ったことのない私は本當に天使がいるかどうかは分からないけれど、神の使者が、使が、実のお母様を殺せだなんて言うわけがない。

それは天使じゃなくてーー

「お姉様、私が羨ましいんでしょう! 私は天使様の力で全部を手にれたもの。お姉様には何もないわ! お姉様のお母様、邪魔なセレスティアが死んだと天使様がいうから、言われた通りに公爵家に行ったのよ。そうしたら、お父様は私を娘だと言って迎えれてくれたわ。お姉様のことをお父様は嫌って、私を大切にしてくれた。……だから私、お姉様が哀れだと思ってドレスも、靴も、與えてあげるようにお父様にお願いしてあげたのよ。優しいでしょう?」

「アリザちゃん、……それなのに、あなたはどうしてお父様を……」

「だって、噓つきなんだもの。……お父様、口だけの噓つきだわ。私を大切にしているふりをして……ラシード神聖國と通じて、天使様を封印する方法を探していたのよ? 出來損ないのお姉様よりも私のことを大切な娘だと言ったくせに! セイグリット公爵の最後の言葉を教えてあげるわね、お姉様。クロエには、手を出すな! ですって!」

「お父様……っ」

の奧に無理やり氷塊を押し込まれたようだ。

私はお父様のことを何もわかっていなかった。お母様が信じていた、していたお父様のことをーー私は怖いと、裏切り者だと思い、嫌っていた。

王都の中心広場で処刑されたことを知った時だって、それは私のお店の目の前だというのに、弔おうとも思わなかったもの。

最低だわ、私。

「お前のその天使とやらは、死者を意のままにれるんだろう? セイグリット公爵を処刑したのは何故だ。そんな手間をかけずとも、殺してしまえばよかったんじゃないのか」

言葉を話すことが出來ない私の代わりに、シリル様が疑問をアリザにぶつける。

アリザはつまらなそうに嘆息して肩をすくめた。

「だって、天使様が出來ないっていうんだもの。セイグリット公爵とお姉様には手が出せないって。……だからね、その代わり、シリル様にお城に招待していただいたときに、國王様と王妃様を殺したの。お父様を処刑して頂かなきゃならなかったから、特に恨みはなかったのだけど。天使様がその方が良いっていうから。……でももういらなくなっちゃったから。お母様も、國王様も王妃様も、さようならしたわ。良いわよね。だってもう、とっくに死んでるんだもの」

リザリアさんは、セイグリット家が焼き討ちにあったときに逃げ遅れて死んでしまった。

國王様と王妃様は、外遊中に魔に襲われて命を落としたという。

それもアリザが。いや、アリザの天使様とやらが行ったことなのだと、アリザは認めているような口ぶりで言った。

「アリザ、貴様……!」

シリル様はアリザに剣を振りかぶろうとした。

私は咄嗟にシリル様の手を摑んで、渾の力を込めて引っ張る。

切り込んでは駄目だ。

アリザがかかえているものは、とても怖い。とても、強くて怖いものだ。

シリル様が死んでしまう。

私に手を引かれて、シリル様はやや勢を崩した。全重をかけたせいで私は床に餅をついて、シリル様は數歩後ろに下がる。私の手を摑んで、すぐに立たせてくれた。本の王子様は気遣いが違うわね。餅をついた私を見下ろして小馬鹿にして笑いそうなジュリアスさんとは大違いだわ。

シリル様の踏み込もうとしていた床と真上の天井から、闇の鋭い人の背丈程ある針山のようなものが、上下に突き出している。

切り込んでいたら、シリル様はあの針のようなものに上下からすり潰されていた筈だ。それを考えるだけで悪趣味すぎてゾッとする。背筋が凍った。

「アリザちゃん、どうして私を処刑しなかったんです? ……今になって、何故、ですか」

お父様が殺されたのに、三年間も私が生かされた理由を知りたかった。

アリザは、い頃に出會った天使という何かにられている。

どこかに、ただのアリザがーー幸せを願っていたアリザが殘っているはずだと信じたかった。

だってアリザはシリル様のことが好きだった筈だ。

そうじゃなければ、結婚なんてんだりしないわよね。

私が嫌いだから、私から奪いたかったからという理由だけで、好きでもない男と結婚までしたりしない。なくとも私だったら絶対に嫌だ。

「あぁ、だって、ただ殺してしまうのは、つまらないでしょう。私が王妃様になるのを見て悔しがってしかったのよ。私が貧民街で味わった苦しみを、お姉様にも味わってしかったの。だって、お姉様は私ののつながっているお姉様なのよ? 私と同じ思いをして、苦しんでしかったのに。……それなのにお姉様は、天使様の邪魔をするから」

「私がいつアリザちゃんの天使様の邪魔をしましたか? そもそも、知り合いとかじゃありませんし」

私には今武もなければ錬金もない。

お荷の私を抱えて、シリル様が一人で立ち向かってもアリザの天使様には敵わない。

分からないけれど、そんな気がする。

アリザの抱えているものは、この間ジュリアスさんが倒してくれた異界の門番よりももっと恐ろしい何かだという予がする。

今はまだ近づいてはいけない、逃げなさいと、誰かが言っている気がする。

時間を稼ぎたい。

なるだけ會話を続けて、時間を稼いでどうするべきか考えたい。

アリザはシリル様を殺すつもりだ。アリザはどういうわけかしらないけれど直接私には手を出せないらしい。だからシリル様を殺しってーーそして、私の処刑をさせようとしている。

シリル様が何も気づかなければ、アリザのことを盲目にしているままだったら、私はアリザの命じるままにエライザさんを襲った罪で処刑をされていたのだろう。

そんなことにはならないと自分に言い聞かせていたのに、私はジュリアスさんのいう通り阿呆だわ。

これじゃあ本當に、謝ったって許して貰えないわよね。

「だって、せっかく天使様がたくさん異界の門を開いたのに。一番大きい北の魔の山の門を、ジュリアスに命じて閉じちゃったじゃない。三つ首のケルベロス。天使様の可がっていた子なのに、殺してしまって、可哀想。天使様はお姉様をさっさと殺せっていうのよ。ついでに、ジュリアスも。大人しくしていればもうし生きることが出來たのに、馬鹿なお姉様」

「アリザちゃん、やっぱりそれは天使様じゃありません。異界の門からは魔が溢れて、人を襲うんですよ? 傭兵団のひとたちや騎士団のひとたちが一生懸命戦って、門を閉じて、王國民の皆さんを魔から守ろうとしてくれてるんですよ? アリザちゃん、自分が何を言っているのかわかってますか?」

「分かってるわ。……ねぇお姉様。私は貧民街でひどい景をたくさん見たし、ひどい目にだってたくさんあってきたのよ? 他人なんて、どうなっても良いわ。私が幸せになればそれで良い。私の幸せは天使様が與えてくれるの。だから、天使様がお姉様のことが邪魔だというのなら、お姉様にも消えてもらわないと!」

「天使がアリザちゃんのお母様を殺せなんて言いますか? そんなもの、天使でもなんでもありません!」

アリザのからびる影が、アリザのに重なるようにして纏わりついた。

幸せそうに微笑んだアリザは、私たちに向かって優雅に手をばしてそっと指を差した。

「クロエ!」

私の足元の石畳が隆起し、ぼこぼこと、巨大な蛇の頭のようなものが現れる。

真っ黒で頭が私のぐらいある蛇は、シリル様に向かって鋭い牙の生えた赤い口をぱっくりと開き襲いかかった。

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