《【完結】「死んでみろ」と言われたので死にました。【書籍化・コミカライズ】》19◆
◆Side:ユリウス◆
短剣によって倒れた彼に駆け寄る。息子もまた、理解ができていないのか慌てた様子で。彼のは想像以上に細く、抱き上げれば異常なほど軽く。
ハッと気づいた時にはもう遅くて。己が何をしてしまったのか、母が、息子が――ファングレーという家が。そのすべてが罪で。
――正しくあれ、そう思っていたのに…やはり、俺は化けだった。
◆◇◆
なぜ彼の國と同盟國なのか。もちろんユリウスの國が軍事國家で、それを強みに渉をしている所も大きいだろう。
しかしそれ以上の理由として――ファングレー家の特異な事が絡んでいる。
ファングレー家は化けだ。化けたる理由は、父親が持っていた魔力が――死んだ後、子にけ継がれるからだ。代々、自分がもともと持っている魔力とは別に――け継がれ増えていく魔力。
そのため、魔力が膨大で――良い面を言うなら強く、悪い面を捉えるなら…扱いきれず魔力を暴走してしまうほど。言うなれば、時限弾のようなもので。溜められた魔力がいつ暴走するのか、周りに被害を及ぼすのか…という不安を生んだ。
だから、弾を増やさないために――ファングレー家の子どもは一人しか生んではならない。利用できるまでは利用し…絶やしになったらそれはそれでよし。そんなルールがつけられた化け。
――その化けを封じ込める檻を提供するから。もし発しても…その管理をするから、軍事力の支援を。それが同盟の始まり。
そしてその事実は、王族たちだけの公然のになっていて。どれほど見目麗しくても、裕福だとしても。ファングレー家と結婚するというのは、外れくじなのだ。
ユリウスの母は、そのことを知らなかったらしい。そんな彼に、そしてユリウスに…ファングレーの事実は最悪の形で訪れた。
「ユリ…ウ、ス――」
「父上…!大丈夫ですか、父上っ」
「あなた…!しっかり…!」
ユリウスの父は、戦の神として稱えられていた。しかし、そうした強靭なを使うことで――疲労が増したのか。床に臥せる頻度が多くなった。そして、何かにうなされるようにも。
「すまない…ごっほ…私はもう、耐えられない…」
「あなた、なにをっ」
「父上っ、だめです…!」
「ユリウ、ス…覚えておけ、こう、ならないように。自分を…律するのだ」
ベッドで酷いクマを刻みつけた父は、酷い咳を伴いながら…ユリウスに語り掛ける。それがユリウスへの呪いであり、ユリウスの罪。
「正しく、いなさい――ファングレーとして、正しく…」
「父上っ!」
「ああああああっ」
その言葉を最後に、父は亡くなった。母の嘆きもむなしく、彼が生き返ることはなく。むしろ傷を広げるように…彼が遅効の毒を何度も服用していたことが分かった。
知らないことだらけで…それ程までに、父はユリウスと母に真実を教えることを嫌がっていたのだろう。
父の書―― そこでファングレー家の事実を知った。
「そんなっ…そんなこと…あたくしは…」
「母上っ」
「化けだなんて…どうして…聞いていないのに」
あまりの報量に、母は壊れてしまった。ユリウスの言葉を聞いているようで、聞いておらず。何かにとりつかれたように。
「…そう、よ。あの人の言っていた通りに、正しくいれば、いいのよ」
「母上…?」
「ユリウス…家のために、家にとっての正しさを優先しなさい」
「…は、い」
ユリウスはまだ年で。母の言葉を鵜呑みにし、育っていった。そんな母がで、飲酒や睡眠薬に溺れようとも…母が可哀想で――目をつぶっていた。
◆◇◆
ユリウスが青年期に突すると、の変化が來た。それは――魔力量が急に膨大になったのだ。またそれと同時に高熱を発癥してしまい。ユリウスは、熱の弊害か…金縛りにあう。
「…っ」
しかも幻覚なのか。絵畫で見た――今までの先祖がユリウスの枕元に立ち「お前が最後」、「お前で発が起きる」、「お前は化けだ」と言い募ってくるのだ。
言葉も出ずに耐えるのみで――自分の父はこの苦しみに耐えていたのだろうか。の中で、針を刺されるような痛みまで出てきて。薬でも魔法でも、治ることはないのだ。
「はあっ、はあ…」
朝起きれば、寢た覚はなく。疲労がひどい。そうした苦しみは、一定の間隔でやってきて――毎度、ユリウスを苦しめることになる。だからこそ、父の言ったとおりに「正しいことを行うように、ファングレーとして正しくあれば大丈夫」と偏った考えに行きついた。
そんな折、短剣を見つけたのは偶然だった。先祖代々け継がれていたもののようだったが――金庫の中に封じられていたのだ。また側に…隣國の王家からの手紙があった。
「悲劇の家、ファングレーよ。
せめてもの…慈悲だ。辛くなった際は、この剣を使え。さすれば、即死と噂のこの剣…貴殿らに死を與えてくれよう。どうやら、時を巻き戻す寶剣ともいわれているらしいが…。
泡沫の夢にすがるのも良いだろう。
だから、王家のために死んでくれ」
きっと先祖はこの手紙を見て、怒りのためここへ封じたのだろう。しかし、それを見てもユリウスは何もじなかった。むしろありがたいと思うくらいに…判斷ができなくなっていて。常日頃から、所持するようになった。
その後、この剣が本當に言い伝え通りだったことに気が付くのは先なのだが。
◆◇◆
――ユリウスは長し、騎士団の団長となった。
そうして、同盟の約束で…ナタリーの國を助けるため戦爭に駆り出される。そして勝利の褒賞として、ナタリーが嫁いできた。
その頃にはもう…戦爭で使いすぎたのか魔力によって、がボロボロで。公爵家付きの醫師フランツから、「もって數か月だろうのう…こんなに…魔力が言うことをきかんなんての…」と宣告されていた。
そして直的にわかっていた――きっと自分で起するのだと。父までは良かった、そして戦爭で戦うまでは良かった。
しかし此度の戦爭で魔力を酷使しすぎた。ユリウスが死んでも暴走の影響が周りに出てしまうだろうと。魔力暴走は空間をゆがめてしまう程の…ものだから。數か月後に、同盟國の――ナタリーの國へ赴き、約束通り檻へろう。
(…だから、彼と親しくしてはダメだ)
ユリウスのこの判斷は、大きな後悔となって彼を苦しめるのだが。この時は、それが良いと思ってしまった。彼が悲しそうな顔をしても、彼とはできる限り距離をとろうと。
◆◇◆
――結婚式が始まる前。
「ユリウス、子はきちんとつくって下さいね」
「…はい?」
「ファングレー家の責務ですよ。忘れてしまったのですか?」
「あ、ああ」
王家との約束で一人、子をもうけること。しかし、億劫だ。
「ファングレーの責務は、正しきことです」
「正しいこと…」
「…ええ、それが亡き、あなたのお父様の願いでもありますからね」
「…わかりました」
――今ならわかる。それはよくないと。どうして彼に、痛い思いをさせなければならなかったのかと。
しかし、當時のユリウスは「正しい」に妄信していた。そして義務としての行為は、知識として疎かった原因もあり…悲劇を起こした。すべてはユリウスが招いた罪。
◆◇◆
「あの令嬢、家の資金をくすねましたの」
――正しさのために罰せよ。
「今、彼は謹慎中のため、この狹い部屋に閉じ込めておりますの」
――正しさのためなら仕方ない。
「跡継ぎの子のため、あの令嬢には近寄ってほしくないですわ」
――正しさを汚すものには距離を。
(そうだ…正しさがあれば、全ては解決する)
◆◇◆
數か月の余命だと思っていたユリウスに変化が訪れた。
それは、自分のが以前より軽くなったこと。フランツからは「奇跡じゃ…!いったいどうしてなのかのう…。これなら、もう診察もいらぬのう」と言われるほどに。
母からは、「まあ!良かったわ!ユリウスが正しく行していたからよ」と。
そうしてユリウスの正しさへの固執は、酷くなったが――その厚い壁をナタリーの言葉が壊した。
◆◇◆
ナタリーに「死んだほうがまし」と言われた時、彼の言葉が理解できなかった。自分に対して脅迫をしているとさえ、思ってしまう程に。だから、ふと…自分の懐にあった短剣を彼に渡そうと思ったのだ。
彼は本心ではないと――使えないところを見て、やっぱり正しかったのは自分だったと。
「だいっきらい!あなた方を…憎みますわ!」
そう言われた瞬間、自分の中の「正しさの壁」が消えて。止めようとばした手は空を切り。彼の元へ、走ったが――時すでに遅かった。
◆◇◆
改めて彼の周囲を、ナタリーが置かれていた狀況を調査する。そうすると、彼が全く悪事を働いてないことが分かった。むしろ、ユリウスの母を始めとした使用人の罪狀がたくさん出てきて。
ファングレー家の資産橫領、め、暴力、悪口――そして、父が飲んでいた毒を混させたこと。
(…なんておぞましいことを、取り返しのつかないことを)
なにより、その悪事を看過していたのは…ユリウスで。目の前が真っ暗になった。
◆◇◆
彼が亡くなった後、ペティグリュー家が埋葬の申し出をしてきた…おそらくナタリーの親族にあたる誰かだろう。
ユリウスは、領地などをしていなかったため――ナタリーに領地の所有権を持たせたままにしていた。そのためペティグリュー家の親族たちが、領地を引き継いだのだろう。
ペティグリュー家の仕來りとして、嫁いでも可能であるなら故郷での埋葬を他家へむらしい。それが、代々続いている伝統だそうで。
ペティグリュー家の伝統を優先すべきだと思い、いわれた通り…その場所へ向かっていけば。
ナタリーのはその場で引き取られ――そしてユリウスの目線が、ふと墓地へ向かう。
魔法で外部の気候に影響されない場所。
ペティグリュー家の墓地は綺麗にされていて――誰かが飾ったのだろうか――彼の家族全員が描かれた、幸せな絵をユリウスは見た。そこには、ナタリーに似た夫妻の姿があり。
その瞬間――ユリウスはその場で崩れ落ちてしまった。彼らの大切な人を、自分は。本當に許されないことを。
父が死んだ時に、枯らしたはずの涙が…流れる。一人の男の慟哭が、その場にあった。
その後おぼろげにファングレー家の屋敷まで戻ってきていたのだが。どこか呆然自失のユリウスへ追い打ちをかけるように。定期的な診療で來たフランツが。
「…のう、やっとわかったことがあったんじゃ」
「……」
「ペティグリュー家は、癒しの魔法が得意でのう…しかも、魔力の扱いが上手いらしい。…まあ、魔力を使う頻度が多くて黒點病にも、かかりやすかったみたいじゃが…」
「…つまり」
「公爵様、魔力暴走が止まった時があったじゃろ。あの時、公爵様以外の――奧様の魔力が検知されたんじゃ」
フランツは、癒しの魔法に関しては専門外だったため…ナタリーの魔力とユリウスの質が作用するとは思ってなかったようで。改めて研究してみて、その作用が分かったのだという。
つまり、ユリウスがこうしてのうのうと生きていられたのも――すべてはナタリーのおかげだった。頭を鈍で毆られたかのような痛みをじる。そうしたら、俺は本當に大バカ者で。
フランツはそれだけ告げると、靜かにその場から立ち去った。父と共に真実をすべて知ってしまった…ユリウスの息子は、暗い表を浮かべていて。ずっと見えないところで泣いていたのか、その顔には涙のあとと充した目がある。
(…もう、彼のためにできることはないのだろうか)
その時ずっと見ないようにしていた――あの短剣が目にったのだ。
◆◇◆
それからのユリウスの行は早かった。まずは、不義を働いた使用人の一斉投獄。そして母は…飲酒や薬の効果が祟ったのか、罪を裁く前に亡くなってしまった。
最後に見た母は、もう言葉も支離滅裂で――ユリウスのことすら分からなくなるほど認知機能が衰えてしまっていた。
(…俺は、本當に無知蒙昧で、愚か者だった。彼に…この罪について謝る資格さえない)
ナタリーのことを思っては、自分が許せなくなる。そんなユリウスは、短剣についてしらみつぶしに探しまくった。そうした調査に息子も協力していて。
――そして「短剣の効果」について見つけたのだ。
◆◇◆
ファングレー家の執務室。元々あったアンティーク家は撤去され、今はむき出しの床が見えている。そこには、びっしりと魔法陣が描かれていた。
必要な魔法陣は用意した――あとは、膨大な魔力が必要だ。
時戻りの短剣は、刺した人間の魔力を吸い――その人間を過去へ戻す力を持つ。そして過去へ渡らせる過程で、今の命を奪ってしまうため――即死の異名がつけられた。
きっと微かな幸いだったのは、ナタリーの魔力をこの剣が吸っていたことだろう。これで彼を、悲劇が起こる前にかえしてあげなければならない。しかし一つ気がかりなのは、ユリウスの魔力だけでは足りない可能。
ナタリーによって治された…暴走していない魔力量では不安が殘る。
「父上…、僕も儀式に參加します」
「…リアム。お前は、大人に巻き込まれただけだ…すべての罪は俺が」
「父上、僕も同罪なのです。母上を傷つけてしまった。だから、すすんでやりたいのです」
「……」
すっかり青年の顔つきになった息子と――年を取り、老いたユリウス。二人の顔は、やつれていてもしい。
「…後悔ばかりです。どうしてって思っても、もう戻らない。僕、本當に…馬鹿であほで、クズで、罪人で…」
「それは…」
「…勝手な願いだってことはわかっているんです。過去の自分を毆って止めたいのに…止められないんです」
ユリウスは自分こそ、それに當てはまると…強く思う。しかし、リアムもまた大きな後悔を抱えて。
「父上…僕は、母上とお話しできる空想ばかり考えてしまうんです。バカですよね…。苦痛の源から、そう思われるなんて…きっと母上も嫌だろうに」
「……っ」
「だから、元兇の僕を消さなければならないんです…謝っても謝りきれない…こんな僕が、最期にできることだと思うんです」
彼は父から短剣をするりと取る。賢い息子は、きっと短剣に捧げる魔力が足りないことも知っていたのだろう。そのまま、リアムは短剣を思い切り自分のへと振り下ろした。
その姿は、ユリウスにナタリーを思い出させ――。
ゆっくりと倒れ、息絶える息子から短剣を取り上げる。今度は自分の番だと――吸った魔力が増えたためか淡く輝きだした短剣を構える。
(…どうか、彼の家族に――ナタリーに、幸せを)
元騎士団長として、間違いなく自分を殺める場所――心臓を刺す。深々と剣が食い込み…尋常じゃない痛みがユリウスを襲う。
その瞬間、目の前が真っ白に輝いた――。
それ確認したのを最後に、ユリウスは力をなくす。
短剣がピキリと音を鳴らし、ばらばらに崩れていく。ファングレー公爵家の滅亡。そして過去、現在、未來から「短剣」が消失した瞬間でもあった――。
◆◇◆
「…はあっ」
ユリウスは再び目覚めた――見ればずいぶん若い自分の手が見え。膨大な魔力をけ継いだ――あの日に戻っていた。なにより、儀式をしたあの日までの記憶を完全に覚えていて。
現実を認識するために、ベッドの上で拳を強く握る。そして頭に浮かぶのは、ペティグリュー家の領地で見た…幸せな家族の絵に描かれたナタリーの顔。
彼を自分、ひいては自分の家に巻き込もうなんて思わない…ただ。
(…君が犠牲を払わないように、俺の命、すべてを――捧げよう)
たとえ王家の檻でこのを焼かれようとも、戦爭で命を落とそうとも――。
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