《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》多平和ボケしていたが否めない
お義母様はすれ違う人達を押しのけて階段を駆け下り、王宮のエントランスから出て庭園を走り出した。
靴がげてしまったようで、階段には寶石のついた深紅のハイヒールが落ちている。
私も階段を駆け下りながら彼の姿を見失わないように目で追った。
彼がきょろきょろと辺りを見回すと、何やら馭者の格好をした男が駆け寄って行く。
――あれは誰かしら。
何やら會話をしているようだ。
見ていると馭者はどこかを指差し、お義母様はこくりと頷いた。そして指を指した方向に向かって二人で一直線に走って行く。
どこに向かっているの……?
そう思って彼達が向かう先を見ると――神殿があった。
――あ、これ……まずい気がする。
庭園にも衛兵は居るものの“侯爵家の馬車で夜會にやって來た貴婦人”であるお義母様には手を出しかねるようで、目で追いつつもポジションからはかずにいる。
私も後を追って必死に走った。
その時、ボンヤリと白くるものが上空を橫切っていくのが見えて空を見上げた。
周囲に居合わせた數組の貴族達も、夜空を見上げて騒めき始める。
あれは――?
ランランだ。
もはや人間の大人よりも大きくなったランランは翼を広げるとなおさら大きく、淡く白いを纏って上空を旋回しているその姿はまるで天使の降臨のようにも見えた。
ランランが手伝いに來てくれた……?
ランランは神的な姿を人々に見せつけるようにしてゆったりと私の前に舞い降りて來る。
地面に近付くにつれて背中が見えてきて――、その背中になぜか乗っている陛下のお姿に私は力した。
な・に・を! しているのですか!? 陛下!
キリっとした顔の陛下が、まるで馬から降りる時のように威厳を振りまきながらランランの背中から降りて來る。
「陛下!?」
「陛下だ……!」
「陛下が天から舞い降りた……!?」
周囲の人々が口々に囁き合うのが聞こえてくる。
陛下はそれを意に介した様子も無く、王者の威圧を存分に発揮しながらスッと立ち靜かに口を開いた。
「…………怖かった」
「……はいっ?」
「怖かったのだよ、ステラ嬢。気が滅る仕事に行く前に癒されようと思って、裏庭でランランと戯れていたら突然って――。ああ、聖が連攜したのだなと思って気にせずモフモフしていたら、いつの間にか空を飛んでいた。おじさん、とってもびっくりした」
どうやら巻き込んでしまっていたらしい。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいのだ。ただ怖かったという気持ちを聞いてほしかっただけなのだよ。……して、何か騒があったのだろう? 夜會中にランランと連攜をするほどの何かが」
「はい! 只今、私のお義母様が馭者を引き連れて神殿に向かっていることろです!」
この端的な説明で陛下は全てを察したようで、さっと顔を変えた。
「馭者の素は?」
「分かりません!」
「了解した。すぐに対処しよう。衛兵! 神殿を固めろ!」
陛下の一聲で固定のポジションについていた衛兵さん達が一斉にき始めた。
だけどしの差でお義母様と馭者は神殿の裏に回り、そこから中にってしまったようだ。
――人質を取られたかもしれない。
陛下はそう呟いた。
「……誰か、セシルを連れて來い」
迫のある聲に、衛兵の一人が即座に反応して王宮に向かって駆け出して行く。
「というか、この大事な時にあいつは何をしているのだ?」
「義妹が……くっついておりまして。父も一緒に居るので、大広間に殘って頂きました。私もまさか義母が夜會に來るだけでなく、男を連れて神殿に駆け込む事までは予想しておらず……。申し訳ありません」
「ふむ。過ぎた事はもう良い。あちらは事前に計畫を立てていているようだからな。神殿はその質上、外の守りは固いが中はそうでもなく、外を守る者達も侯爵夫人相手にはそうそう手が出せぬ。後手に回ってしまったのは悔やまれるが、今は目の前の事に集中しよう。……しかし、そうか。セシルはフィオナ嬢に捕まっているのか。……聖よ。あいつはバカだけど、そう悪い奴ではないのだよ」
「存じておりますよ? 急にどうなさったのですか?」
「ちょっと不安になった」
話している最中にも衛兵さん達によって神殿が取り囲まれていく。
取り囲めても、神さんや水晶の存在を思うと強突破は危険な場面だ。
やがて神殿の窓からがれてきた。
おそらく――スキルを取得しただと思われる。
しかも二回では終わらず、複數回――全部で五回、がれた。
これが何を意味するのか。言うまでもなく、侵者は二人では無いという事だ。仲間が居る。
陛下は焦れた様子で呟く。
「セシル、早く來んかあいつ」
「ポチの分裂を放ちますか?」
「悪くはないが、加減が難しかろう。窒息させて死なれると報が取れぬ」
「た、確かに」
その時ふと、パカパカ、カラカラと馬車の音が響いた。
王宮から真っ直ぐにこちらに向かって來た馬車は神殿の前で停まり、中から殿下と殿下の腕にくっついて離れないフィオナと、そしてシルヴァが降りて來る。
「お待たせー」
「お前……この距離を馬車で移したのか……?」
「いけませんでした?」
「いけなくはないが……まあ良い。その話は後だ。侯爵はどうした?」
「母上に任せて來ました」
「そうか。それなら安心だな。……で、お前、どこまで話を聞いた?」
「神殿にて立てこもりが発生」
「そうだ。問題は、その犯人が……」
チラチラとフィオナを見ながら言いにくそうに口にする。
「マーブル侯爵夫人と、素の知れない馭者。それと仲間がおそらく三人前後。全員まともに喋れる狀態で確保したい。頼めるか?」
「多分ね」
そのやり取りを聞いていたフィオナが両手で口元を押さえ、目を見開いて後ずさりした。
「噓……。お母様が? どうして?」
「々あるのだろうが……。君の母君は捕縛する。辛いなら君は王宮の部屋で休んでいても構わないが」
「いやです! だってお母様は悪くないもの! そうだ、きっと馭者が悪いのよ! あの馭者、最近お母様が雇いれた馭者で、なんだか目つきが怪しいと思ってたの! どうせ町の酒場で拾った男か何かだわ! お母様はその男にスキルがしいとでも唆されたのよ!」
「なるほど。そうかもしれないな。それならなおさら、ちゃんと話を聞かないといけない」
陛下はそう言って神殿を見上げる。
「でも、どうしますか? 犯人がどこに居て、人質がどんな狀態なのか。それを把握しないまま実行するのは危険な気がします」
「ふむ……」
「あの。畏れながら」
陛下と殿下の會話にシルヴァが割ってった。
「私が探りをれて來ましょうか」
神出鬼沒のシルヴァが名乗りを上げた。
ーーーー
まずは一か所の窓に狙いを定め、壁にぴたりと背中をつけたシルヴァは手鏡を使って中を映し出し様子を窺った。
「どうだ? いけそうか?」
「……いけます」
「よし。じゃあシルヴァ、俺が侵経路を作るから、そこからって目標を達したらすぐに戻って來い。目標は犯人の人數と配置、それと持っている武。あとは人質の人數と狀態の把握」
「了解でっす」
余裕そうなシルヴァの橫の壁が殿下のスキルによって音も無くボロボロと崩れていく。
ここから侵するのだ。
「もうすぐが開くぞ。ランラン、風の制を頼む」
「ピィ」
ランランが一鳴きすると、周囲の空気の流れがぴたりと止まった。
これでから風が吹き込んで侵がバレるリスクを潰せる。
ほどなくして人が一人くぐれる大きさのが壁に開いた。
「では、行って參ります」
シルヴァは貓のようにするりと侵して行った。
し経って戻って來た彼は手にお土産を持っていた。
殿下は訊ねる。
「何それ」
「神のローブです。もしかしたら何かに使えるのではないかと思って拝借して來ました」
「お前……。まあいいや。その話は後だ。……どうだった?」
「見取り図はありますか?」
「うむ。ここに」
陛下は待ち時間に王宮から持って來させた見取り図を広げた。
そこにシルヴァが指を置きながら報告する。
「侵者は全部で六人でした。この一番広い水晶の部屋の奧に二人、正面の扉のところに二人。そして裏口の見張りが一人。殘りの一人は見回りです。おそらく奧に居る二人、侯爵夫人と馭者が首謀者と思われます。殘りはごろつきですね。武はナイフと鞭。それとクロスボウも持っているようです。人質は二人だけでした。一人は、もう一人は何の変哲もないおじさん。お二人とも一番広い部屋――水晶の前で縛られています」
「……。おそらく神長だな」
「何の変哲もないおじさんは?」
「全員そうだから分からぬ。――他に気付いた事はあるか?」
「はい。侯爵夫人は『大喰らい』、馭者は『挑発』のスキルを手にしたようです。正面扉の二人は『消臭』と『爪とぎ』。裏口のは『反芻』です。見張りは何も無かったようでし落ち込んでいました」
「ほう。凄いな。そんなところまで分かったのか」
「まあ……ちょうどそういう會話を聞けたので。爪とぎとか反芻が何の役に立つのでしょうね。彼らも思いのほかショボいスキルで、焦っているようでしたよ」
「奴らは知らなかったのだろうな。スキルとは元からそんなものだと。有用な方が珍しいのだ。ただ役に立たないスキルの持ち主は特に何も語らず、有用なスキルを手にした人間ばかりが目立ち名聲を上げるのでな。目立つ話ばかり聞いていれば、スキルとは無條件に強い力を授かるものだと勘違いする者も居よう。……っと、そんな事はいいか。では、私は正面から渉という名の時間稼ぎに臨むとしようかな」
「陛下自らがですか?」
「無論だ。自分達がどれほど舐めた真似をしているのか、思い知らせる必要がある」
シルヴァの陛下を見る眼差しが尊敬一になった。
殿下……。
(自分を見る時はそんな目をしないのに)という顔をしないで下さい。
「セシルには裏口から潛して順に片付けて行って貰いたい。人質と水晶が確保出來たらあとは衛兵に任せよう。――ああ、ちょうど良かった。神のローブを羽織ると良いだろう。油斷をえる」
「はーい」
「わ、私も行きます!」
名乗りを上げると、満場一致で拒否された。
殿下の援護にはポチが、陛下の側にはシルヴァが付いて行く事になる。
周りにたくさん兵士が居るのに何故シルヴァなのかと言うと、一見武裝していない者の方が無用な刺激を與えないだろうという事で。
神の白いローブを羽織った殿下が裏口へと向かう。
「殿下。……お気を付けて」
「うん。ステラもね」
全く気負いの無い笑みを浮かべて、殿下は扉を破壊した。
すぐさまポチが分裂を飛ばす。
おそらく敵の口を塞いだのだろう。
そこにいるはずの見張りの聲は一度も響く事無く、すぐさま一人のごろつきが卒倒した狀態で外に運び出された。
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