《【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本に気づいてくださいっ!》第29話 1番に思い浮かべるのは、私が良い
「簡単に言うと、黒幕を引き摺り出したかったからだ」
「エリザと王太子の裏にいた人間ですか」
「ああ」
「というか、首謀者がその2人だといつから気がついていたんですか」
「スレニアにってすぐだな。報告をけた。アイリーンに帰るように言った時にはもう、確信していた」
「それで、あえて殺されてやることにした、と」
「そうだ」
ヴィクター様が、小さくびをした。あの鎧、重くて肩が凝るんだ、などとぼやいている。その姿を、じっと見つめた。しばかり、違和がある、ような気がする。
「あのと王太子は、ずっと監視のためにエルサイドの息がかかった離宮に隔離していた。エリザの方は平民だから迷ったが、一度平民として生き始めたら、完全監視はもちろん、余計な人間との接を遮斷することもできない。とはいえ明らかな監もできないから、療養という名目で離宮に閉じ込めた王太子の人として共においていた。……どうやら、うまくいっていない様子だったが」
「あの人、権力にしか興味ないですからね」
「ああ。それでずっと監視をしていたんだが、々と怪しい手紙が離宮に屆いてな。何気ない手紙を裝っているが、どこそこに行けだ、誰に會えだ、明らかに怪しい。一度は娼館のいだったぞ。ほら、これだ」
先程取り出した手紙を、ヴィクター様の指先が指し示す。確かに、怪しい手紙だ。怪しいどころではない。よくこんな雑な手段を取れた。監視がついていることくらい、想像できないのか。
あの娼館の、あんなが良い、なんて文字を辿りながら苦笑する。どこに、元王太子におすすめのを手紙にして送りつける奴がいるのか。怪しすぎるだろう。
「エリザに見られたら修羅場ですね」
「全部こちらで回収したから、殘念ながら問題ない。送り主も調べがついた。それがスレニア保守派貴族だったんだが」
「違和、ですね」
「ああ」
前にもヴィクター様が言っていた。
いくら保守派の貴族とはいえ、なんの策もなくヴィクター様の暗殺を企てるわけがない。ヴィクター様を殺したところで、むしろエルサイドに正當防衛という名の武力制圧の言い訳を與えるだけなのだ。
だからこそ、いているのが保守派貴族だけとは考えにくかった。
「俺の予想では、というかほとんど事実だと思っているが、繋がっているのはガーディナだ」
「まあ、そうだと思いました」
ウォルド山脈の話といい、視察の時といい、ガーディナに何かあるのは確かだ。スレニア國に、ヴィクター様暗殺の後ろ盾となれるような人間がいないのも周知の事実。このタイミングで、となれば、ガーディナが関わっている可能は高かった。
「拠は々とあるが、先程報告をけた。例のウォルド山脈の抜け道を、あの馬鹿と馬鹿が利用したと。俺を殺して逃げ出した直後の話だ。まああえて逃したんだが」
「あそこは、罪人が逃亡するための場所ではないはずですが。小規模とはいえ、見張りがいるはずです」
「ああ。だから、ガーディナがけれたんだろうさ」
「……ほとんど黒ですか」
「とはいえ、ガーディナ、と一口に言っても、誰が関わっているのかが分からん。探らせてはいるが、そうあっさりと犯人が見つかるわけもない。保守派貴族からも辿れなかった。どうやら、そこそこ抜け目のないやつのようでな」
「策が功したと餌を撒いて、引き摺り出すことにしたと」
「そういうことだ。失敗したとなったら、首謀者は全ての罪をスレニアに押し付けて表に出てくることはないだろうから、な」
「理解しました。ところで、ヴィクター様」
「なんだ」
小首を傾げて、じっとその姿を見つめる。ややあって、私は口を開いた。
「怪我してますね」
「……」
「妙に姿勢がいいんですよ」
「それは失禮じゃないか?」
「話を逸らさないでください。いつものヴィクター様なら、もっと滅茶苦茶な座り方をするでしょう。先ほど私を抱きしめた時も、左腕を庇っている様子でしたし」
「……まあ、も流さずに死んだというのは々と無理があってな」
「そう、でしょうね」
溜め息をついた。
それが必要だったということは理解している。取らざるを得ない手段だったことは百も承知だ。
「必要だったのはわかりますが、お願いですから、気をつけてください」
「……俺はできない約束はしない主義でな」
「必要になったら、自分のですら危険に曬すと?」
「それが本當に必要なら、な」
「殘された側としては、ヴィクター様以上に必要なものなんてないんですが」
「珍しく素直だな」
両手をばして、抱きついた。もちろん、怪我をしているらしい左腕にはれないように気をつけている。
「いっそ、飛び降りてやろうと思いましたよ」
「何の話だ?」
「ヴィクター様の死を聞いた時です。このままここから飛び降りてしまおうか、と」
「……灑落にならない冗談はやめてくれ」
「殘念ながら、結構本気です」
抱きしめる腕に、力を込めた。いつもの匂いの中にしだけ混ざる、薬の鼻をつく匂い。
「珍しく素直になるので、聞いてください。私は、ヴィクター様のことが、好きで好きでどうしようもないんですよ」
「……本當に、珍しく素直だな」
「ヴィクター様のいないエルサイドは、自分でも驚くくらいには退屈でした。あとは、寂しかったです。會いたかった、です」
「……っ」
頭の上で、息を呑む気配がした。珍しく素直な私に、驚いているのか照れているのか。けれど、やめてあげるつもりは頭ない。
「いい加減、ヴィクター様1人のではないと自覚してください。ああ、國を背負っているという意味ではないですよ? そんなこと、私が言うまでもなくわかっているでしょうから。そうではなく、ヴィクター様が怪我をしたら、行方不明になったりしたら、本當に悲しむ人がいるということを、いい加減理解してください」
「……」
「言われたくないと思いますよ? ヴィクター様は、人に任せるよりも、自分でく方が好きでしょうから。別に、危険な真似をするなとは言いません。どうせ無理でしょうから。そうではなく、何かを決めるとき、くときに、頭の片隅でいいので、そういう人たちのことを、思い出しては、くれませんか」
「……」
「そして、そういう時に一番に思い浮かべるのは、私が良いです」
「……ああ。約束する」
し迷った後、けれどはっきりとした口調で、ヴィクター様は言った。できない約束はしない、ということは、した約束は必ず守る、ということ。
「ヴィクター様」
「何だ」
「好き、なんです」
「……ああ、知ってる」
その短い答えが、約束への一つの返事なのだろう。
「それは、お前も同じだからな」
私の背中に手が回され、ぎゅ、と力がこもった。
「帰る場所には、お前がいないと困る。俺はお前が知っての通り、あちこち飛び回らずにはいられないし、帰る場所なんて気にしたこともなかった。だが、今回エルサイドに戻ってきて、ほっとしたよ」
「……はい」
「皇太子が母國に帰ってほっとしたわけじゃない。俺個人が、ヴィクターとして、お前の顔を見てほっとしたんだ。俺の帰る場所は、ここだってな」
この人が、ヴィクター様であれる場所が、いつまでも、私の隣であればいい。
かつて私は、そう願った。そうしてきっと、その願いは葉った。
「……っはい」
「だからな、だからこそというべきか、俺は今回の件に早く決著をつけたい。今までは喜んで面倒ごとに首を突っ込んでいたが」
「どちらかというと面倒ごとを生産していましたね」
「お前と引き離されるなら、面倒ごとは、面倒だ」
「かっこ良く言っていますが、今までが殘念すぎて微妙です」
「素直になる時間が終わって、殘念だよ」
ヴィクター様の腕の力が緩んだ。その隙間から、するりと抜け出した。
「と、いうわけで、さっさと片付けるぞ。お前と、視(・)察(・)に行きたい場所がある」
「次は宿の部屋、多めに取っておいてくださいね」
「配れるくらいには取っておくさ」
ふっと笑ったヴィクター様が、すっとその表を戻す。
その目に宿るのは、為政者としての。それが協力者を見る目で、私を見つめる。
「俺がいなくなった今、近いうちにどこかにきがあると俺は予想している。頼んだぞ」
「はい」
そして、さすがというかなんというか、その予想は見事に的中することになる。
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