《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》27・おいしい料理
當初の目的である、聖獣の行方をつきとめたジェラルドたちグリフィン帝國の一行は、翌日に出立することになった。
見送りに參列した王族や高たちは、今後のダグラス王國の將來を不安に思ってか、誰も彼も浮かない顔をしている。
ランドルフ王子にいたっては、顔が赤く腫れたままで、ほっぺたが倍くらいに膨らんでいた。
鋭い眼で私をジロリと見ると、そのが、待っておれよ、と悔しそうに小さくく。
その表は以前の、目に生気がなくぼんやりした顔つきより、よほどましになったと私は思う。
(むところよ。うんと強くなって、かかってらっしゃい)
私は不敵に笑って、うなずいてみせた。
「それにしても、なんだかお葬式みたいな雰囲気ね」
馬車に乗る前、思わず言った私に、アルヴィンはうなずいた。
「聖獣を獨り占めしていたせいで、迷をかけた國々への賠償金は、とんでもない額になるでしょうから」
「そうね。でも亡くなった王族のいる國にしてみたら、お金をいくら貰ったところで、怒りはおさまらないと思うわ」
「キャナリー様。そろそろご出立されるお時間ですので、お馬車へ」
言ったのはジェラルド付きの小姓のひとりで、私はうなずいてそちらへ向かった。
馬車のすぐ隣にはシルヴィがいて、出立と同時に飛び立つのを待っているようだ。
「きゅーい。きゅぴい」
「みあーん。みーい」
頭の上にサラを乗せたシルヴィが、首をばして私のほうに顔を近づけてくる。
「一緒に帰りましょうね。帝國では、あなたたちのために、歓迎のご馳走を用意しているそうよ」
「きゅいい!」
「みああ!」
「ずっと、大好の果を食べていなかったんだものね、可哀想に。巣に戻って、ゆっくり休んでちょうだい」
私はわふわふと、シルヴィの首から頬を、そして指先でサラの頭をそっとでた。
サラは目を細くして、ぐるるるるとを鳴らす。
「キャナリー!」
呼ばれて私は、じゃあまたあとでね、とサラたちに言い、馬車へと乗り込む。
それは私がここに來るときに使った、用のものではなく、ジェラルドとアルヴィンの乗る、一番大きく立派な馬車だ。
「本當に私も、ジェラルドと同じ馬車に乗っていいの?」
「ああ。ひとりのほうがくつろげるなら、あっちに乗ってもいいが。話し相手がいないとつまらないだろう?」
「もちろんよ。短い時間ならいいけれど、グリフィン帝國まで結構、かかるって言ってたわよね」
「はい。馬車で急いでも半月ほどです」
答えたのは、ジェラルドの隣に乗っているアルヴィンだ。
「それも、行きは聖獣の気配を頼りに、大急ぎで探索するのが目的でしたが、帰りは違いますからね。宿場ごとに、ゆっくり休んで戻るのならば、もっとかかるかもしれません」
「あら、素敵!」
私は満面に笑みを浮かべる。
「っていうことは、宿場宿場で、その土地ごとの味しいものが食べられるってことじゃない?」
「そういうことだな」
ジェラルドが笑って言う。
「攜帯用の保存食よりは、かなり味しい料理を、きみに食べてもらえるはずだ」
「楽しみだわ。三人で、いろんな土地で味しいものが食べられるなんて」
「俺もだ。宮廷よりずっとリラックスして、楽しく食事ができそうだしな」
「私ね、ジェラルド。アルヴィンも聞いて」
私はこのところ、ずっと思っていたことを口に出す。
「誰かと一緒に、楽しく食事をする、っていうことが、私にはなかったの。ラミアとは、なんていうか、奪い合いに近かったし」
「す……凄そうですね」
ごくりと息を飲んだアルヴィンに、私はうなずく。
「でもね。ふたりが家に來て、最初の夜は治療をしてバタバタしていたけれど、二日目は一緒に食事ができたじゃない。靜かな夜に、お互いのことを話しながら、スープを飲んで。あのとき、ああ、こういうのっていいな、って思ったのよ。それから、ジェラルドと青空の下で、お食事したときも。私のために、パンにジャムを詰めてくれていたときも」
「キャナリー」
ジェラルドが、ふいに真面目な顔と口調で言う。
「二度ときみに、寂しい思いはさせない。……よ……っ、よかったら。その。……これから先、俺と、ずっと一緒に食卓を囲んでくれないか!」
「いいわよ。もちろん」
私は嬉しくなって即答する。
「アルヴィンも一緒にね! 皇子と侍が一緒に食事をできるなんて、さすがグリフィン帝國だわ!」
「……あ。いや。ま、まあ、それほどのことでもないが」
言ってからジェラルドは、なぜか自嘲ぎみに笑った。
なぜかアルヴィンまで、くっくっと肩を揺らしている。
「なにがおかしいの? 私なにか、変なこと言っちゃった?」
「ああ、いや、なんでもない」
ジェラルドは、気を取り直したように言う。
「確かに、俺もあの家で、が回復してからの時間、不思議と心が満ち足りていた。あのキノコのスープと、きみの子守歌の夜は、きっといつまでも忘れないだろう。それに、きみと寢転がって見た、青い空も」
「それじゃ、いつまでもあの日を祝して、味しいものを食べましょうよ。味しいもの巡りの旅の始まりよ!」
笑って言うと、アルヴィンが茶化してくる。
「路銀はたっぷりありますが。キャナリーさんのお腹を満たすのに足りるかどうか、し心配になってきました」
「ひどいわ、アルヴィンたら。私にも一応、遠慮する、って覚はあるのよ」
「アルヴィン。キャナリーひとりの食費くらい、どうということはないだろう」
「もちろんですが。あの食べっぷりを間近で見ていましたら、つい」
「私、そんなに食べてたかしら?」
雑談をかわすうちに、出立の準備が整い、馬車がき出した。
見送りのものたちも姿が見えなくなり、城壁の門を出たという、そのとき。
「お……お待ちを! ほんのしだけ、お願いいたします! わたくしの話を、聞いて下さいませ」
「そこの、止まれ!馬車の紋章がわからぬのか」
「無禮なやつだ、なにものだ、貴様は!」
誰かがバタバタと駆けよって來た足音と、護衛の者たちがとがめる聲が聞こえてきた。
ヒヒーン、と驚いた馬を、どうどうと者がなだめる。
なにごとだろう、と私たちは窓から外を見た。
するとそこには警備の護衛たちに腕をつかまれ、引き留められてもがきつつ、必死にこちらに向かってんでいる、レイチェルの姿があった。
(あら、馬糞侯爵令嬢)
どうしたの? と私は窓から顔を出して尋ねる。
レイチェルは私が、ジェラルドと同じ馬車に乗っているとは思っていなかったらしく、ギョッとした顔をした。
「ゴミ捨て……キャ、キャナリー。あなた、なぜジェラルド皇子殿下と、同じ馬車に乗っていらっしゃいますの?」
「お友達ですもの」
あっさり言うと、レイチェルは口をぽかんと開く。
「そ、そう。ええと、あの。では、わ、わたくし、お友達として、あなたにお願いさせていただきたいことがあるのですけれど」
「お友達? いったいどちらの方が?」
私はきょろきょろと、馬車の中を見回した。
「あ、あなたよ。わかっていらっしゃるくせに、人が悪いわ、キャナリー」
ほほほほほ、と笑うレイチェルの図太さに、私は呆れつつ心してしまった。
(ある意味すごいわ、この人)
「それで、お願いというのはなんですの?」
護衛の男たちに、ほとんど羽い絞めにされているレイチェルが、意地でも手から離さない旅行鞄にイヤな予を覚えつつ、私は尋ねる。
「それでは、言わせていただきますわ! ジェラルド皇子殿下! もしくはアルヴィン様でもよいですわ! わ、わたくしをどうか、として、召し抱えていただきたいのです!」
「はい?」
私たち三人は、馬車の中で顔を見合わせる。
レイチェルは髪を振りし、びっしょりと汗を流しながら必死の形相で訴える。
「わたくしにはわかるのです。この國は、この先もう駄目です。ここの王族たちが、怪に立ち向かえるとは思えませんわ。それに聖獣の件も、いろいろと報を集めましたの。おそらく、これまでのようなかな暮らしは、貴族でも難しくなっていくだろうと。わたくしの父上と母上も、この気持ちをくんでくださいました。わたくしには兄も姉もおりますし、自由のきくなのです」
「……それで?」
「ですから、わたくし、グリフィン帝國でお世話になりたいのです! もちろん、図々しく、お妃になりたいなどとは申しませんわ。ただ……」
レイチェルはパチパチと、ジェラルドとアルヴィン向かって、意味ありげにまばたきを繰り返した。
「おみであれば、後宮でもよろしいですわよ?」
まったく共できないし、理解もできないが、すごいだ。
それに、いち早く異変を察知し、報収集して國の危機を察知するなど、機転がきくのだろう。しかし格が悪すぎて、とても後押しする気になれない。
どうしよう、とげんなりしていると、ジェラルドが言った。
「レイチェル嬢。殘念だが、今のところグリフィン帝國では、侍もも間に合っている。後宮もだ」
「でもっ、あのっ」
なんとかとりすがろうとするレイチェルに、ジェラルドは続ける。
「しかし。ひとつだけ、雇ってもよい仕事があるぞ」
(えっ。本気なの、ジェラルド)
私はびっくりしたが、レイチェルはキラキラと目を輝かせた。
「なっ、なんですの! なんでもやらせていただきますわ、どんなことでも!」
「そうか。なんでもか。ではこの、聖キャナリーのもとで、召し使いを頼みたい」
「はい?」
レイチェルの顎が、がくんと下がる。
「わ、わたくしに、ゴミ……キャナリーの、世話をせよと? め、召し使いとして?」
「我が主、ジェラルド皇子殿下のご友人でもある聖を呼び捨てにするとは、不敬きわまりない。敬稱をおつけなさい!」
アルヴィンが厳しく言い、レイチェルはますます苦しそうな顔になる。
「も、申し訳、ございません。しかし、キャナリーさ……さ、さ…………さ」
よほど「様」と言いたくないらしく、レイチェルは何度も言葉に詰まる。
「……ま、の命令に従う仕事など。そんな。そんなひどい屈辱、わたくしには」
「嫌ならば、おとなしく両親のもとへ帰られよ」
ジェラルドが冷たい聲で言い放つ。
「それに、馬車に空きはない。來たいのなら、何か月かかるか知らぬが、勝手に歩いて來るがいい。それが、我がグリフィン帝國が、あなたを迎えれる條件だ」
出せ、というジェラルドの言葉をけ、者が馬に、はいっ、と聲をかける。
呆然としているレイチェルの手を、ようやく警護のものたちが離した。
馬が走り出してから、窓から外をうかがうと、レイチェルがまだ突っ立っているのが見える。
「……なんというか。あの子のしたたかさやたくましさは、すごいと思っているのよ」
私が言うと、ジェラルドは肩をすくめた。
「自分が傷つくことには、敏で警戒心が強い人のようだね。だが、他人を傷つけることには鈍なようだ」
「聖獣を薬で眠らせ、他國を犠牲に自國だけを保護していた、あの王國の貴族らしい、ということでしょうか。しかしジェラルド様。本當に徒歩でやってきたら、どうされるおつもりですか?」
さあ、とジェラルドは笑って私を見た。
「召し使いにするか、追い返すか、きみに任せるよ」
「そうねえ」
私は腕組みをして考える。
長年、ラミアと喧嘩に明け暮れる日々を送ってきた私にとって、レイチェルがいる暮らしというのも、案外面白いかもしれない。
「でも、それはそのとき考えるわ。だって、もっとずっと何倍も重要なことが、明日からの私には待ちけてるのよ」
私は姿勢を正し、真剣に言う。
「ひとつの宿場で、何種類のお料理が食べられるのか。知らないものを試しに食べてみるべきか。それとも馴染みのある好を食べるか。もちろん両方食べるけれど、より多く食べるにはどちらがいいのか。私のお腹にだって、限界はあるもの。だから結論としては、やっぱりその地域、その宿場でないと食べられない料理を、優先するべきよね!」
熱弁を振るった私に、なぜかふたりは笑い出した。
「そこまで深刻に考えなくてもいいだろう」
「なんていう顔をされるんですか、キャナリーさん。まるで戦場の重大な局面での、軍師のような話しぶりですよ」
「あら、私にとっては大事なことよ!」
言うとふたりはまた笑い、私も一緒に笑ってしまった。
馬車がすすむにつれ、ラミアの家も、腹の立つことばかりだった王國も、馬糞侯爵令嬢も遠ざかっていく。
(今の私は、あの國にいたときと、しだけ変わった。それは別に聖だとか、翼の一族だっていうこととは関係ない。……前はただ、なにか食べるものがあって満腹なら、それだけで幸せだった。もちろん今だって、いつでもお腹を満たせることは、素晴らしいと思っているけれど)
空腹を満たせるのはありがたい。空腹で食べる料理は、なおさら味しい。
けれど、大切な人の傍にいて、話したり笑ったりして食事をする。
それに勝るご馳走はないということを、私は知ってしまった。
その、なにより味しいお料理を教えてくれたジェラルドの傍にこれからもずっといることができる。
笑顔を見ながら、一緒にテーブルを囲める。
それが嬉しくて仕方ない。
私はお腹だけでなく、が幸福で満ち足りているのをじつつ、馬車の窓から背後に流れていく景を、微笑みながら眺めていたのだった。
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