《【書籍化決定】婚約破棄23回の冷貴公子は田舎のポンコツ令嬢にふりまわされる》15. 厄日

「ーーアドニス・バーンホフ卿、あなたとの婚約を破棄させていただきたく存じます」

オフィーリアが俺に向かって言った。

信じられない思いで顔をあげれば、冷たい二つの目が蔑むように俺を見下ろしていた。

「私もう我慢できません」

オフィーリアは怒りを含む聲で俺を突き放す。

「だってアドニス様はいつも私を傷つけてばかりなんですもの。大嫌い!」

「だから私は優しいロバート様と結婚することにします」

そう言って、嬉しげにロバートのの中に飛び込んだ。

ロバートがそっとオフィーリアに口づけをするとオフィーリアはとろけそうな表で彼を見つめた。

泉で見たあの表だ。

やめろ!やめてくれ!

が逆流する。

オフィーリアが意地悪そうな表で笑う。

「もう手遅れです。私はとっくにロバート様のものですから」

るな! るな!!

無理やりオフィーリアをロバートから引き剝がし、力任せに抱きしめた。

「オフィーリア!!」

ーーバチン!

「……………………」

「寢ぼけるのもいい加減にしなさいよ!」

ビンタをくらってアドニスは目を覚ました。

そして自分がベッドで寢ていることに気づいた。

なんという悪夢だ。でも夢で本當によかった……とほっとしてから、

(あれ? 今俺にビンタしたのは一誰だ?)と思い至った。

「お酒臭くて気分が悪くなりそうよ!!」

ディアンドラがカーテンを開けながらアドニスを睨んだ。

「デ、ディアンドラ!? ここは一……いたた」

割れるように頭が痛い。ひどい二日酔いだ。

「酒場で酔い潰れているあなたを、偶然居合わせたうちの従者が連れてきたの。はいお水」

アドニスはディアンドラの家に泊めてもらったらしい。

過去にも遊びに來たことがあるので、従者とは顔見知りだ。

謝してよね。あなた危うく包み剝がされるところだったんだから」

「助かったよ。禮を言う」

「別にいいわよ。あなたにはいつも々世話になってるし」

アドニスとディアンドラはお互いを異として見たことはなかった。

だからこそ二人の友は長く続いているのだろう。

アドニスはに興味なかったし、ディアンドラにとってはそれが逆に心地よかったのだった。

朝日が昇ると、ディアンドラの家の馬車を借りて、アドニスは自宅へ帰っていった。

…………そして不幸にもその様子を數名の貴族に目撃されていた。

「アドニス・バーンホフが朝早くディアンドラの家からこっそり出てきたぞ!」

という噂はまたたく間に貴族社會を駆け巡った。

「アドニス!どう言うことです!」

鬼の形相でニコラ夫人が詰問する。

自宅に戻り馬車から降りるや否や、待ち構えていたニコラ夫人に捕まった。

婚約者がいるでありながら、別のと一夜を過ごすとは何事かと。

何も起こらなかったというアドニスの言い分を信じるにはディアンドラはあまりに艶っぽいだった。

何よりニコラ夫人はオフィーリアを溺している。

「許しませんよ!! ディアンドラとやらは男関係がだらしない娘だと言うではないですか」

ニコラ夫人はカンカンだ。

「母上! 彼は決してそのようなではありません」

ニコラ夫人とアドニスのやりとりを部屋の外で聞いていた人がいた。

オフィーリアである。

(彼はそのようなではありません……か)

ディアンドラをかばうセリフ。

仲良しだと噂には聞いていたものの、本人の口から聞くとやはり堪える。

「本當にディアンドラ様のことをしてるのね」

オフィーリアは寂しそうに笑うと、うつむいてじっと考え込んだ。

ニコラ夫人の怒りはおさまる気配がなかった。

本當ならまだまだ問い詰めたいところだが、あいにくその日の夜は王宮での舞踏會へ出席を予定していたため、一旦保留となった。

ニコラ夫人の祖母……國王にとっても祖母である太王太后の80歳の誕生日を祝うために開かれる舞踏會。

それは國王主催の舞踏會としては比較的小規模であった。

王都に拠點を構える宮廷貴族と王族のみが招待されている。

バーンホフ家からは侯爵夫妻とアドニスとオフィーリアの4名が參加予定だ。

そしてニコラ夫人は數日前から戦々恐々としていた。

夫人はこの80歳になる祖母が苦手なのだ。

恐れていると言ったほうがいいかもしれない。

とても厳しい人で小さい頃から叱られた記憶しかなかったから。

祖母はその昔、まだこの國が戦爭にあった頃、和平のために外國から嫁いできた姫だった。

完全アウェイなこの國で、民の信頼を得るため死に狂いで頑張った。

そして當時の國王と手と手を取り合ってこの國に平和と発展をもたらしたのだ。

ニコラの祖母はそんな激の人生を歩んできた人だった。

そのような経緯からか現國王もその父の元國王も、この老婦人には頭が上がらないのであった。

王宮へ向かうバーンホフ家の大型馬車の中は重苦しい空気に包まれていた。

祖母に會う張と息子の朝帰りにイライラが隠しきれないニコラ夫人と、

それを心配する侯爵と、

二日酔いとの病で廃人のようになっているアドニス。

…………だから彼らはオフィーリアがいつになく元気がなく、黙りこくっていることに気づく余裕がなかった。

王宮に到著し、降りる順番を待つ。

「アドニス、贈りは壊れたりしてないだろうな?」

持ちだしなみを確認して降りようとした時…………

「ひっっ…………!!」アドニスのが鳴った

「えっ!?」

「アドニス、お前まさか」

アドニスがやらかした。

本日の主役である老婦人に渡すため、何週間も前から手配していたプレゼントを

屋敷の玄関に忘れてきてしまったのである。

「馬鹿者!何のために今日來たと思っているんだ」

「ど、ど、どうしよう」ニコラ夫人は顔面蒼白でガタガタ震えている。

とりあえず馬車を大急ぎで家に戻らせ、忘れを持ってきてもらうことにした。

「やあグレゴール、ニコラ」

大広間にると、國王陛下と王妃殿下がにこやかに聲をかけてくる。

ニコラにとって國王は気のおけない従兄弟であり、バーンホフ侯爵にとっては毎日顔を合わせる職場の上司のような存在であった。

「陛下!助けて下さい。実はプレゼントを……」ニコラが國王に泣きつく。

を聞いた國王は絶句し、本日の會の流れを説明する。

「今からしばらく歓談して、だいたい20時ごろに太王太后殿下が登場されて、そこから順番にお祝いの言葉を述べ贈りを渡していく。その後ダンス、王族の退場、あとは自由解散……といったところだ」

「贈り贈呈をダンスの後にすることは出來ないの?」

そうすれば、忘れを取りに返った使用人が戻ってくるまでに間に合う。

「今言った流れはあくまでも想定だ。太王太后殿下は來たい時に勝手に來るさ。私たちにできることは予定より早く來ないことを祈ることだけだ」

ニコラは祖母の就寢時間が早かったことを思い出し、絶的な気分になった。

老人が朝も夜も早いのは萬國共通だ。

そして祈るような気持ちでバーンホフ家の馬車が戻ってくるのを今か今かと待った。

ただ、「プレゼント忘れた事件」で頭がいっぱいだったせいで、周りの貴族が自分たちの噂をしていることに気づかなかったのは幸いだったかもしれない。

そう、その日舞踏會の會場はアドニスとディアンドラのスキャンダルで持ちきりだったのだ。

貴族の噂なぞ、大抵は事実無のデマであることが多いのだが、今回は目撃者がいた。

他人の醜聞に飢えていた貴族たちは今朝とれたばかりのスクープにハイエナのように群がった。

貴族たちはアドニスがディアンドラと結ばれるか否かで賭けをしていた。

中には馬や別荘を賭ける者までいたから驚きだ。

やがて、さまざまな思をよそにーー太王太后の登場を告げるラッパが無にも大広間に鳴り響いた。

侍従に支えられながらゆっくりと歩を進める老婦人は小柄ながらも圧倒的な存在を放っていた。

用意された椅子に腰掛けると、彼は微笑みながら會場を見渡した。

その猛禽類のような鋭い目つきにニコラ夫人はみ上がった。

(か、神さま!! プレゼント早く戻ってきて頂戴〜〜!!)

まずは國王が祝辭を述べる。

ふと視界の端の方でバーンホフ侯爵が妙な合図を送ってきていることに気がつく。

(なるべく話を引き延ばせって?何をやらせるんだあいつは……全く)

國王は呆れながらも、長い付き合いであるバーンホフ侯爵のためにひといでやろうと決めた。

そして時間稼ぎのため太王太后の數々の功績や貢獻を褒め稱える話をしようとしたら、

「長い挨拶は不要です、アレクサンドル」

老婦人にバッサリと切られた。

「私は虛禮を好みません。時間はもっと有効に使いなさい」

「……………………」

有無を言わせぬ圧力であっという間にプレゼント贈呈タイムに突してしまったのであった。

プレゼントを渡す順番はまずの王族から。

その次がニコラのように一般人に嫁いだ元王族。

その次が爵位の順に一般貴族であった。

皆、一列に並んで順番にお祝いを述べ、贈りを捧げる。

バーンホフ家のすぐ後ろには、ライバルである財務長一家が並んでいた。

バーンホフ侯爵か彼のどちらかが宰相になるだろうと言われている。

贈りで出世競爭に差をつけるつもりなのか、プレゼントの虎の皮をこれみよがしに見せつけてくる。

トラの皮はこの國では貴重品だ。

(お祖母様自が猛獣のようだというのに、トラにトラの皮著せてどうするつもりなの。ふん)

ニコラ夫人は心の中で毒付いた。

アドニスは自分がしでかしたことの重大さに生きた心地がしなかった。

(まずい……このせいで父上の出世にもしものことがあったら)

オフィーリアは無言で太王太后の羽織っているマントの模様を見つめていた。

もしかしたらギリギリ間に合うかもしれないと、屋敷に取りに帰ったプレゼントを抱えて今にも柱の影から使用人がこっそり現れることに僅かなみを託していたが、その期待も虛しくとうとう順番が回ってきてしまった。

(萬事休す…………!)

ゴクリと唾を飲み込み、バーンホフ侯爵が進み出る。

「太王太后殿下。この度は80歳のお誕生日誠におめでとうございます」

ニコラ夫人は紙のように真っ白な顔をして俯いている。

「バ、バーンホフ家のお、贈りですが……………」

侯爵が言葉を詰まらせた次の瞬間

「あの……」おずおずと、侯爵の後にいたが進み出た。

そして驚くべき行に出たのであったーーーーーー

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