※本日二話目

翌日、一週間ぶりに質素なワンピースではなくデイドレスを選んで袖を通した。もう腳立にのぼったり、足踏みで洗濯することもないだろう。

「そうだわ、これを持っていきましょう」

棚から小さめの膏の瓶をひとつ取り、ドレスのポケットに忍ばせた。

いつものようにアスラン卿に迎えに來てもらい、緑の館にって違和に気が付いた。

「あら、こんなにエントランスって明るかったでしょうか？」

どこも照明は燈されていないのに、昨日よりも部屋の暗さが消えていた。

「二階部分の窓が綺麗になったので、のがたくさんるようになったのでしょう」

見上げればアスラン卿が言った通りで、ガラスには一點の曇りもない。昨日まではこうではなかった。私が帰った後、騎士が掃除してくれたのだろうか。

「アスラン卿など騎士の皆さまにお禮を申し上げますわ」

「いえ、僕たちがやったのではありません」

「ではどなたが……」

「それはクロヴィス殿下が教えてくださるはずです」

まさか殿下が――そんなありえないことを想像しながら二階へと行き、執務室の扉をノックした。

「おはようございます。ナディア・マスカール、ただいま參りました」

「れ」

らかい聲に、昨日のことが夢ではないと安堵しながら室した。

けれどもすぐに心臓は飛び跳ね、自分の目を疑った。

「で、殿下……そのお顔は……っ!?」

「驚いたか？」

クロヴィス殿下は悪巧みが功したとばかりに、得意げな笑みを浮かべた。

その笑みを浮かべた顔はとても表現しきれないほどしく、やけどの痕は跡形もなく消えていた。

「特殊な化粧でやけどの痕があるように偽っていたんだ。もう君の前では不要かと思って外したのさ」

「そう、だったのですか……」

近くで見たはずなのに全く気が付かなかった。どう化粧を施せばあのようにリアルに再現できるのか想像もできない。

驚いたと同時に私は酷くホッとして、に手を當てて小さなため息をらしてしまった。

「やはり怖かったか？　悪かったな」

「いえ、殿下がやけどの痕をよくっていらしたので、痛んだり引きつったりと大変な思いをしているのではないかと危懼していたのです。それが杞憂で良かったと」

やけどの痕は強い後癥が殘りやすい。完全に皮が戻らないほどであれば表を変えるたびに皮は引きつり、乾燥すれば水分が奪われヒリヒリと痛むこともある。

本當に偽で良かった。

「ふふ、膏を持ってきたのですが、やけどの痕が偽であれば不要でしたわね」

「膏とは？」

「私が用しているものです。まずはお試し用と思って小さいものを用意したのですが……これです。やけどだけでなくり傷などにも効きますのでよろしければ」

折角持ってきたのでポケットから取り出し、蓋を開けてクロヴィス殿下のいる機の前に置いた。

するとふわふわとたくさんのの球が膏の瓶に集まってきた。パールちゃんは今留守番中でここにはいないはずだ。

「クロヴィスゥ、仲間ノ気配ガスルヨ」

「仲間？」

から聲が聞こえ、思わず聞き返してしまった。慌てて口元を手で押さえるが、クロヴィス殿下は驚愕の表で私を見ていた。

「ナディア嬢……コイツらの聲が聞こえるのか？」

「……はい。の球から可らしい子供のような聲が」

「まさか――」

クロヴィス殿下は嬉々とした表に変わり、「見つけた」と呟いた。

「この膏はどこで手にれたんだ？」

この様子だと彼にも見えているはずだ。打ち明けても大丈夫だと信じて話すことにした。

「私が作りました。家の溫室で薬草を育て、自ら調合したものです。そこにいると同じような存在と暮らしていて、その子がのを分けてくれるので、仕上げに混ぜております。でも私のところの子の聲は聞こえなくて。このの正は何なんでしょうか？」

「コイツらは妖だ。のは妖の羽についている鱗で、不思議な力を與えてくれる貴重なものだ。妖のことも知らずに作っていたのか……し説明する必要があるな」

妖とは普通の人の目には見えない生命で、気まぐれで人の好き嫌いが激しいらしい。特に好かれることは稀で、協力まで得られるのはもっと稀。

そのような妖の存在を認識できる人は『妖のし子』と呼ばれ、國から保護対象とみなされ重寶される。

妖が好む緑――庭や森の管理をしたり、協力を得られる者は鱗を使って薬を作ったりする人もいるとのことだ。

し子が國に留まってくれるだけで妖の祝福がけやすくなるため、極論この國に住んでいるだけでも十分なのだとクロヴィス殿下は説明してくれた。

「初めて聞きましたわ」

「知っているのは王家とほんの僅かな者たちだけだ。公爵家でも知っている人間と知らない人間がいるほどの國家機。まぁ見えない存在だし、話しても信じない者もいるけどな。幽霊と間違われることもあるし、約もあって簡単に口外できない……例外としてし子には教會の洗禮式のあと、司祭からに本人だけに説明があるはずなんだがな。知らされなかったのか？」

「教會ではなく屋敷にて洗禮式を行ったのです。もしかしたら家族が近くにいたので、話せなかったのかもしれません」

「へぇ、屋敷に司祭を呼んでの洗禮式か」

クロヴィス殿下は腕を組んで、瞼を閉じて黙ってしまわれた。長い指で腕をトントンと叩きながら數分ほど逡巡したのち、彼は再び私を見た。

「今から洗禮式をやり直そう」

「教會に行くのですか？　殿下のお仕事は」

「妖に関する管理が俺の仕事だ。そして洗禮式は緑の館で行い、司祭役は俺がする。ついて來い」

くいっと肘を出される。

これはエスコートしてくれるということなのかしら。恐る恐る腕に手を回せば、彼は私を連れて執務室の奧の扉を開けた。