「さてこれからのことだが、し子として妖や決まりについて學んでもらわなければならないな」

殿下は地下室に來た時と同じように、執務室へ私をエスコートしながら妖について更に教えてくれた。

妖はし子の前でも好きなように姿を見せたり、消したりできること。

基本的に普通の人間の生活に干渉することは王が許していない。例外はし子に力を貸すときと、害悪から守るとき。そして守護者であるクロヴィス殿下が命令を下したときだ。

妖は悪意に敏で、嫌いな人間がいる場所には寄り付かない習があるとも教えてくれた。

またし子といえど妖を傷付けたり、力を悪用した場合は烙印を押され、力を失うこともあるという。

それが故意でも無自覚でも関係ない。妖の王陛下の判斷に委ねられている。

「ナディア嬢がし子であることは、現時點で俺とアスラン卿たち専屬騎士を除いて他言無用だ。もちろんマスカール伯爵には言うな。君は信用しているが、伯爵は信用していない」

「承知いたしましたわ」

「あと今後のことなんだが、待遇について方針が決まるまでは、俺の侍として緑の館に通ってしい」

「宜しくお願い致します！」

「良い返事だ。俺も嬉しいよ」

クロヴィス殿下は私を認めてくださってから、よく笑みを浮かべるようになった。冷たく見える瞳のせいで野味ある雰囲気は変わらないけれど、怖さはじない。

そして妖やアスラン卿の笑みもそうだけれど、悪意のない笑顔を向けられるのはまだし照れてしまう。

その日はくすぐったい気持ちを抱きながら、妖たちとお話をして一日が終わった。

そして帰宅して一番、私はパールちゃんを呼んだ。

「ただいま、パールちゃん！」

「ナディア」

すると桃の髪をした、緑の瞳の可らしいの子の妖が、いつものようにの中に飛び込んできた。

そっと手で包み込めば、しっかりと存在が分かる覚にを覚える。聲も聞こえた。

「ようやくパールちゃんとお話できるわ。守護者である殿下が洗禮式を執り行ってくれたの」

「ナディア、覚醒シタノネ。嬉シイ」

「私もよ。いつも助けてくれてありがとう」

「ワタシ、ナディア好キ。當タリ前ダヨ」

潰さないように、けれどもいっぱいに抱きしめた。私の心の支えで唯一の友達。

に浸っていると、研究棟の扉が強く叩かれた。私の名前を呼ぶ聲は、聞きなれたの聲だ。

せっかく溫かくなっていた気持ちが急速に冷めていく。そっと扉を開けて、相手を見據えた。

「なんの用でしょうか、お義母様」

「なんの用も何も、今月のわたくしとジゼルの容クリームが屆いてないのだけれど、ふざけないで！」

目を吊り上げる義母の頬は化粧が白浮きしており、荒れしていることが分かる。おそらく同じようにが弱いジゼルも狀態は良くないだろう。

この數日使用人を通して手紙が扉に挾まれていたが、丁重な斷りの返事を渡していた。諦めてくれることを祈っていたが、まさかプライドの高い義母本人が來てしまうとは。

屋敷を見れば、窓にの人影が見えた。きっとジゼルが様子を見ているのだ。

「おのメンテナンスは使用人の仕事の範疇で行っていました。契約書にも明記し、今後は関わらなくても良いと伯爵さまのサインを頂いております。もう不要だと思い在庫を作っておりません。ここ王都ならば容クリームは他でも手にるはずですので、お探しください」

「に合う新しいクリームが見つかるまでこのでいろというの？」

「私にはどうすることもできません」

「知っているわ。でもね？　今から旦那様に頼んで契約容を変えることは、わたくしには造作もないことなのよ。そうね、第二王子殿下には調不良により仕事を辭職すると伝え、お前を幽閉したりするのはどうかしら？」

自分の無知さが嫌になる。契約は履行してくれるという、信用できる相手でなければ意味がないということを今知ったのだ。

義母の目は私の悲憤の表が映っているのだろう。優越の笑みを浮かべた。

「まぁ、わたくしも旦那様のお手を煩わせるのは心苦しいし、殿下の不興も買いたくないもの。お前のを全部寄越せば、今回の不手際は許してあげようと思うの。お前のは綺麗だもの……あるのでしょう？」

「――っ」

私はわざとらしく扉を大きく開き、棚にある瓶をバスケットに全てれていく。おで棚はすっからかんだ。

義母からもよく見えているだろう。

「クリームも膏も化粧水もこれで全部です。私は新しい仕事で一杯で、次はいつ作れるか不明ですので、もうお頼りにならないでください」

そう言ってバスケットを差し出した。

義母はひったくるようにけ取ると、空いた手を振りかざした。

乾いた音が鼓を揺すり、遅れて頬に痛みが走った。

「頼る？　使ってあげてるのに生意気ね。良いわ……もう來ないであげる。新しいものに毒なんて混ぜられたら敵わないもの」

義母は嘲笑いながら、屋敷へと帰っていった。

「ナディア、私ガクリームニ手ヲ貸シタカラ」

「執拗に狙われているのはパールちゃんのせいじゃないよ。お義母様はクリームの件がなくても定期的に文句を言わないと、死んじゃう病気なの」

「デモ、デモ、ナディアのホッペカラガ……！」

「え？」

パールちゃんが泣きながら言うので鏡を見れば、義母の長い爪のせいで頬に一筋の傷が出來ていた。流れるほどではないがが滲み、れれば指が赤く染まった。

膏を塗れば――と思ったが、棚には既にひとつもなく。タイミングが悪いことに薬草以外の材料も切らしていた。

「ナディア、ナディア！」

「大丈夫だから。そんなに泣かないで。膏がなくてもこれくらいの傷なら、布で押さえればすぐに止まるわ」

パールちゃんがさめざめと涙を流す姿は痛々しく見ていて辛い。

だけれども私のために泣いてくれている事実もまた嬉しくて、つられて涙を流してしまった。