《【WEB版】代わりの生贄だったはずの私、兇犬王子のに困中【書籍化】》書籍2巻発売記念SS
書籍二巻発売の記念SSとなっております。
お父様たちが王都を離れてから、私はデビュタントのときに支度を手伝ってくれた三人の令嬢をマスカール家の屋敷に招待し、定期的にお茶會を開くようにしていた。
私は社に関する経験がまったくない。フレデリカ先生にマナーを教わっているけれど、実踐経験を積む必要がある。そのことに悩んでいたらミレーヌが令嬢たちと私の間を取り持ってくれて、こうやって集まるようになったのだ。
そして社の練習のため、一般的なお茶會でする報換だけでなく、課題を設けることにしている。今日取り組んでいるのは刺繍。ときどき會話を挾みながら、ハンカチに鳥の刺繍を施していた。テーブルには見本となる鳥の絵が並べられ、私は黃のインコを選んでいた。
「皆様、お待たせしました」
他の令嬢たちに遅れて、私の完品をお披目する。ブランクが長くて、どうしても彼たちより時間がかかってしまう。
「優しい合いになって素敵ですが、もうし濃いをひとつ加えると、立的に見えるようになりますよ」
「これだけ正確に針がさせるのですから、もっと大きく仕上げてみても良いかもしれません。自信をお持ちください」
「このまま丁寧な刺繍を続けてくださいね。慣れれば自然と私たちと同じくらいの速さで完できるようになりますから」
皆さんとても優しい方で、私の未さを馬鹿にすることなく、親切に助言をくれる。
「お教えくださり、ありがとうございます。頑張ってみますわ」
社経験を積む勉強の場だけれど、彼たちのおで私はとても楽しく過ごすことができていた。
そうして友人の印としてハンカチの換をしてから、次回のテーマを決めるのだけれど――
「婚約者へのプレゼント用ですか?」
「はい、ナディア様。自分で刺繍をしたハンカチを渡すことは、相手へのを示す王道の方法です。クロヴィス殿下にお渡しになったことは?」
「そういえば、ありませんわ」
塗り薬やお菓子は何度も渡したことがあるけれど、どれも形に殘らないものばかりだった。
「言わないだけで、絶対に殿下はしがってますよ!」
「やはり、そうですよね。どのような刺繍を施したら、殿方というのは喜んでくれるのでしょうか。皆様は婚約者の方にどのようなものを?」
彼たちも意中の相手と婚約が決まっていることから、すでにプレゼントの経験があるだろう。助言を求めてみる。
「彼は騎士なので、裝飾剣を刺繍しましたわ」
「乗馬が趣味のようでしたので、わたくしは馬を……寄り添えるようにと、二頭並べて♡」
「私の場合、婚約者が太のように明るい方なので、神話の挿絵に出てくる太の絵を參考にしてみましたわ」
婚約者の『仕事』、『好きなもの』、『印象』の中からモチーフを選ぶと良いらしい。
「なるほど。參考にさせていただきます!」
先日、そう気合をれて言ったものの、私はまだモチーフを決められずにいた。
何かヒントがないかと、クロヴィス様の仕事が終わるのを執務室で待っている間、ソファに座りながら彼を観察してみる。
『妖』は國のだから駄目。『甘い』は彼が守っているイメージを崩しかねない。だからといって『犬』にしてしまったら、令嬢たちは凍りつくだろう。
クロヴィス様がお許しくださることを私はわかっているけれど、無駄に彼たちに心配かけるのは本意ではない。
「ナディア、どうした?」
見つめすぎてしまったようで、クロヴィス様に怪訝な表を向けられてしまった。
「し考えごとを。大したことではありませんわ」
「……へぇ」
笑顔で誤魔化そうと試みるけれど、彼は眉間に軽く皺を寄せると椅子から立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。私を囲うように片方の腕は背もたれにかけられ、もう片方は私の手を摑んだ。そして太もも同士がれ合うほど、を近くに寄せられる。
「が開きそうなほど俺を見ておいて、教えてくれないのか?」
「えっと、その」
「そう逃げようとしなくても良いじゃないか。俺をよく見られるチャンスだぞ?」
瞳孔がしっかりとわかるほど近い顔の距離に、私の腰は勝手に引けてしまう。けれども強く握られた彼の手が離れるのを許さず、しっかりと引き留める。
ここには護衛騎士のアスラン卿と、彼の妹で私の侍を務めるミレーヌもいるのに、兄妹はクロヴィス様を止めることなく靜観していた。
婚約者の香のある雰囲気と、他者に見られている狀況が恥ずかしく、耐え切れなくなった私はすぐに白旗を上げた。
「クロヴィス様にお贈りする、ハンカチの刺繍選びに悩んでおりましたの。あなた様を観察すればヒントが得られるのではと……それで見ておりました」
「俺にハンカチを?」
「はい。先日のお茶會で、婚約者には刺繍したハンカチをお渡しするのが良いと教わりまして、それで喜んでもらいたくて」
大人びた様子から一転、クロヴィス様は無邪気に喜ぶ子どものようにエメラルドの瞳を輝かせた。
時々こうしてみせるギャップに、私の心はいつも摑まれてしまう。そのまま見惚れてしまいそうになるが、きちんと目的を果たさなければいけない。
「クロヴィス様が使いやすいモチーフや、お好みのモチーフがあればお教えくださると助かるのですが」
「ナディアがくれるものなら、どんなものでも嬉しい――が、それだと君が困るのだろう? さて、何が良いだろうか」
クロヴィス様は私を解放し、腕を組んで考え始めた。人差し指でトントンと一定のリズムを刻んでいることから、真剣に答えてくれようとしていることがわかる。
些細なことさえも、彼は寄り添おうとしてくれる。それがとても嬉しい。
今のクロヴィス様の意識は、深い思考の中だ。遠慮なく、もう一度彼をよく観察する。
彼はとても目を引く容姿をしている。特に最初に見てしまうのは、本の寶石を埋め込んだような明のある『エメラルド』の瞳だ。これは私から見た素敵な印象。
一方で周囲は彼の視線を恐れているため、『仮面』の印象が強そうだ。この執務室にも複數の仮面が並べられていることから、案外クロヴィス様自も仮面は好きなのかもしれない。
エメラルド、または仮面をモチーフにしたものにしようかしら。そう相談しようと口を開こうとしたとき、クロヴィス様はパッとソファから立ち上がった。そして本棚から一冊取り出すとパラパラとページを捲り、手を止めて納得したように頷くと「紫のすみれが良い」と言った。
「もしかして?」
私はが高鳴ったのをじながら、彼の返事を待った。
「ナディアの瞳と同じだな。ちなみに花言葉はこれだ」
相変わらず、直球な表現に照れてしまう。そうしてクロヴィス様から本をけ取り読んでみれば、紫のすみれの花言葉は『誠実』と『』だった。
「俺が好きで、ナディアからしいものだ。頼めるか?」
「は、はい。頑張ります」
私は、すっかり熱くなってしまった顔を縦に振った。
***
後日、お茶會で完したすみれの刺繍を見せたところ――
「自分を連想されるものなんて……なんて熱的なのでしょう。まさか?」
「えぇ、控えめなナディア様が、『私のすべてをもらって』なんて意味になる刺繍を選ぶとは思えませんわ」
「やはり殿下からお願いされて?」
すみれを選んだ理由をまだ話していないのに、完全に見抜かれていた。令嬢たちの圧力に慄きながら私が頷くと、彼たちは黃い悲鳴をあげた。
「さすがナディア様! されている証拠ですわ」
「それだけ殿下は、ナディア様を求めていらっしゃるのね」
「今でもお熱いご様子ですのに、婚姻後はどうなってしまうのかしら!?」
その言葉に、私も令嬢たちと揃って悲鳴をあげてしまう。クロヴィス様に求められ刺繍したものだけれど、渡すのがし怖い。
けれども逃げ道を塞ぐように、彼は王城でお茶會帰りの私を待ち伏せしていた。私室に招き、紫のすみれの刺繍が施されたハンカチを渡す。
「どうぞ、おけ取りくださいませ」
クロヴィス様はハンカチを手に取ると刺繍をジッと見つめ、指先で優しく表面をでた。表はとても穏やかで、幸せに満ちた溫かい眼差しをしている。気にってくれたようだ。
そうして彼はハンカチを持っていない方の手を、私の頬にらせた。すみれの瞳を確認するように親指で目の下を軽くで、顔を寄せた。
「ナディア、ありがとう。大切にする」
無邪気な笑みを浮かべ、クロヴィス様は優しいキスをしてくれる。
私もとても幸せな気持ちに満たされていった。彼が喜んでくれるなら、また贈りをしようと心に決めた。
本日、書籍二巻が発売となりました!
WEB版後の完全書下ろしストーリーとなっております。
結ばれたナディアとクロヴィスの糖度は高まる一方!妖の問題も絡み、パールちゃんも大活躍の一冊。ハッピーエンドの完結巻でございます!
ページ下の表紙カラーが目印です。どうぞよろしくお願いいたします。
(※クリックすると紹介ページにジャンプします)
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※2022年9月現在 総合PV 150萬! 総合ポイント4500突破! 巨大な一つの大陸の他は、陸地の存在しない世界。 その大陸を統べるルーリアト帝國の皇女グーシュは、女好き、空想好きな放蕩皇族で、お付き騎士のミルシャと自由気ままに暮らす生活を送っていた。 そんなある日、突如伝説にしか存在しない海向こうの國が來訪し、交流を求めてくる。 空想さながらの展開に、好奇心に抗えず代表使節に立候補するグーシュ。 しかしその行動は、彼女を嫌う実の兄である皇太子とその取り巻きを刺激してしまう。 結果。 來訪者の元へと向かう途中、グーシュは馬車ごと荒れ狂う川へと落とされ、あえなく命を落とした……はずだった。 グーシュが目覚めると、そこは見た事もない建物。 そして目の前に現れたのは、見た事もない服裝の美少女たちと、甲冑を著込んだような妙な大男。 彼らは地球連邦という”星の海”を越えた場所にある國の者達で、その目的はルーリアトを穏便に制圧することだという。 想像を超えた出來事に興奮するグーシュ。 だが彼女は知らなかった。 目の前にいる大男にも、想像を超える物語があったことを。 これは破天荒な皇女様と、21世紀初頭にトラックに轢かれ、気が付いたら22世紀でサイボーグになっていた元サラリーマンが出會った事で巻き起こる、SF×ファンタジーの壯大な物語。
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