三ケ月代で帰って來る兵士の報告をきき、遅々として進まぬ戦況にニコライはいらだった。フリューゲルの進言もあり、次第にリアが護國聖だということに疑念を抱くようになった。

狀況を伝えるべく黒の森から神レオンを呼び戻した。彼は頭も出自もよく魔法も使える。神殿の出世頭だという。有力な高位貴族の子息だ。

會ってみるとまだ年といっていい年齢だった。彼の報告によると聖は傷病人を治癒するのが手いっぱいで結界を張るなどまだ先だと、そのうえ援軍を送れという。

護國聖とはそんな弱いものであったのか？　伝承では、その祈りは幾筋ものの帯となり魔獣を鎮めるとある。戦場に送り出して一年、リアは十分な働きをしていないようだ。

若輩者の神の報告など捨ておこうと思ったが、彼の生家のマクバーニ侯爵家が騒ぎ始めた。確かに戦いが長引けば、被害も大きくなり、民の不満もたまる。

騒ぎ始めた有力貴族を鎮めるため日頃から目をかけている聖騎士ジュスタンを派遣した。彼は野心が強くやる気に溢れた男だ。きっと務めを果たしてくれるだろう。

ジュスタンを送り出してから期待通り戦況は一変し有利になった。その後一年しないうちに終結した。結界も無事張り終えたという。

蓋を開けてみれば、聖は添えで、聖騎士ジュスタンの活躍は目覚ましかった。

（聖とはそれほどありがたいものなのか？　それともリアが護國聖ではないということか）

確かに結界は必要かもしれないが、魔を制したのは武力だ。

聖は、闇を払うしさを持つと言われているが、リアは出會った頃から、醜いわけではないが、しくもなかった。灰の髪にくすんだ、聖にあるまじき濁った瞳。

聖判定のおり、不正を働いたのではないか。フリューゲルも神殿の者達もそんな疑いを抱いていると聞いている。

しかし、なぜか父と大神カラムは彼との婚姻をんだ。神殿にも王命にも王子であるニコライは逆らえない。

せめてもの抵抗として婚約者として彼と會う時間を最小限にした。リアは気の利かない娘で會話も弾まず、これが未來の王妃かと落膽する。人を惹きつける華やかさがない。やせぎすで見目も好みではなかった。

だいたい、聖など神殿しか知らない。社などとは無縁だ。そんな者に王妃が務まるのだろうか？

しかし、治癒魔法(ヒール)は上手く、彼のおでときどき起きる頭痛が治った。リアと會っても楽しくもないのに、なぜか疲れだけは取れる。それ以外は、取り立ててよい所など一つとしてない。

婚約から二年、黒の森に魔が湧いた。神殿の推薦もあり、迷わず討伐隊に彼を加えた。

だが、フリューゲルの言う護國聖とは違い、リアはなかなか魔を鎮められなかった。

そのせいで稅が重くなり、國民と一部貴族に不満がたまり、國はスケープゴートを必要とした。

そんな折、ジュスタンからもカレンからもリアが役立たずだと報告があり、フリューゲルからもリアが神殿のお荷だと聞いていたこともあり、白羽の矢が立った。

これで王家に傷がつくことなくすべてが片付く。

幸いガーフィールド家も婚約者を姉のプリシラに挿げ替えれば、なんの問題もないと言っている。

誰にもされない、慕われない聖……。し気の毒におもう。

♢

リアを地下牢にれたその日、國王が崩した。護國聖を大切にしなければ、國に祟ると言う。まさかリアが？　とも思ったが、國王の病は壽命によるものだ。

（そう、これはただの偶然だ）

國王崩で、國全喪に服した。慶事は先送りになるだろう。しかし、戴冠はしなければならない。國に王が不在というわけにはいかないのだから。

ガーフィールド家は不満だったようだが、とりあえずプリシラとの婚姻は後回しにした。

それが済むと、一時はリアのおで治った頭痛がまた始まった。きっと疲れとこれから國を背負う重圧によるものだろう。

プリシラは聖の修行はけてないから、治癒魔法(ヒール)は使えないと言っていた。聖とはそう言うものなのだろうか？　習わずとも出來るものなのかと思っていた。

ならば貴族の間でヒールに定評のあるカレンにかけてもらうまでと早速呼び出した。

しかし、彼にヒールをかけてもらっても一向に良くならない。リアはすぐにも癒せたのに。役立たずとはいえ、やはり神聖力はリアの方がカレンよりずっと強いようだ。

これはプリシラにもヒールを學ばせねば、しかし、彼はお妃教育に忙しいと取り合わない。

その後も調不良が続きいささか不安になってきた。

聖を追放すると祟るのだろうか？　そんな思いにとらわれていた頃、レオンの向について神殿から、知らせがあった。彼がリアの追放を阻止しようとしていると。

神殿からは、先の戦いの功労者であるレオンをどう処分するかという話だった。彼は明らかに盾を突いている。

しかし、レオンの実家は有力な貴族で彼の処分となると難しく、かなり回しが必要になる。その上、レオンを中心に若手の神や下働きの庶民たちがリアの追放を撤回させようとしているという。

フリューゲルは彼らの勢力が強くなるのを恐れているようだが、リアを裏に神殿に戻し、裏方の仕事につかせればどちらの顔も立つのではとニコライは考えた。

しかし、実際はニコライがリアのヒールを必要としただけだ。それにもし病にかかれば、カレンの弱いヒールでは心もとない。

「神レオンのことは捨て置け。今後も逆らうようなら手を打つが、マクバーニ侯爵家が面倒だ。

それから、追放は見合わせよう。罪人リアが、今後もずっとこの國に住み、王家に盡くすというならば、罪を赦免しよう。神殿の下働きとして使ってやれ」

フリューゲルは難を示したが、今は國王であるニコライの方が立場は強い。彼は神殿の反対を押し切った。

彼はきっと許されたことに謝し、ニコライに再會できることを喜ぶだろう。

しかし、その數週間後、王宮を激震が襲った。