《【書籍化&コミカライズ】私が大聖ですが、本當に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣國の王子と幸せになります(原題『追放された聖は、捨てられた森で訳アリ青年を拾う~』》34 責任の所在 アリエデ

20 崩壊の足音…… 1 のジュスタンが呼ばれる前。フリューゲルとニコライのやり取りです。リア追放後、黒の森の結界が破れた直後の話です。

その朝、フリューゲルは腕に赤黒いあざを見つけた。別に痛みもなく大したものでもなかったが、不快だったので、すぐさま治療すべく聖を呼び出した。権力とはこうやって使うものだ。

しかし、そのあざは治癒魔法(ヒール)をかけさせても、消える様子がない。嫌な予がした。

その直後、フリューゲルはニコライに急で呼び出され、城へ向かった。

ニコライは王太子の頃はまだ扱いやすかったが、國王になってからはさらに傲慢になりやりにくい。前は神殿によびだせたのに、今はこちらが呼び出される側だ。しかも、彼は最近調が思わしくないせいか機嫌が悪い。

城に一歩った途端フリューゲルは異変をじた。ものものしい雰囲気で、何かあったことは一目瞭然だ。

控えの間に行くとすぐに侍従がきて、國王の執務室にとおされた。そこにはリアの追放を決めた國の重鎮たちがすでにそろっていた。

「何かございましたか?」

何食わぬ顔で対面する。だいたい用件は分かっている。調不良に耐えかねて、昨日追放になったばかりのリアを呼び戻そうと言うのだろう。だがもう遅い、リアはいの森だ。

「黒の森の結界が破られた」

「は? そんな、馬鹿な!」

晴天の霹靂だった。フリューゲルは我を忘れんだ。黒の森の結界が再び破れるなど予想もしていなかった事態だ。

「フリューゲル殿、不敬ですぞ!」

宰相セルゲイにたしなめられた。いつもなら、セルゲイの尊大な態度に腹をたてるところだが、今はそんな余裕はない。

「何者が破ったのです? まさかリアが!」

「そなたは何を言っている? 結界は二年前と同じく、自然に綻びた。だいたい、どうしてリアが破るのだ。そもそもリアはこの國にはいない! 刑は昨日執行され追放された」

それは分かっている。ニコライがリアを赦そうとしていたので気をもんでいたが、當のリアがあっさりと刑をれたのでほっとしていたところだ。

もし、リアが神殿に戻るといったら、かに亡き者にしようかとすら考えていた。あの神聖力の強さは邪魔だ。

リアは神殿に通ってくる一部信者から崇められていた。二年も神殿を留守にしていたというのに、いまだに彼を慕う庶民たちがいる。既に十分脅威だった。そのうえ、若い神達はレオンの意見に傾きリアを神殿に連れ戻そうとき始めている。彼らをなんとか排除しようと畫策しているところだ。

「承知しておりますが、張ったばかりの結界が破られるなど……。リアの仕業に違いありません。何か細工をしたのかもしれません」

何とか罪を著せなくてはならない。ここでリアが連れ戻されて、この騒を鎮めれば、今度こそ彼は護國聖になってしまう。それだけは阻止しなければならない。彼を貶め、排除しようとしたフリューゲルは何もかも失うかもしれない。

「ほう、それほどまでにリアの神聖力は強いのか? 役立たずではなかったのか?」

焦って下手をうってしまったようだ。ニコライに切り込まれた。

まさか大神カラムの『神託』は本だったのか? カラムは百二十歳を超えていた。異常に長すぎる壽命に加え、護國聖を王妃に據えようなどと言いだし、耄碌しているのだと思った。前國王が妄言を聞きれる姿を苦々しい思いで見ていたものだ。

もともと、権力だけが強く出世しか考えていなかったフリューゲルに信仰心など皆無だった。

「リアがいい加減な結界を張ったのでしょう」

今はこの場をどう切り抜けるかだ。フリューゲルが考えるのはそれだけだった。

「ならば、急ぎ、カレンを送り、結界を塞げ」

ニコライが命じる。

「カレンをですか?」

カレンにあのような結界など張れるわけはない。リアを陥れるため、フリューゲルが後押しし、リアの手柄をカレンのものとしていたのだ。虛栄心の強いカレンは嬉々としてリアを陥れたが、間違いなく彼は黒の森では役立たず。

しかし、ここでそれを明かすわけにはいかない。それにカレンを黒の森に送れば、時間稼ぎにはなる。その間に今の劣勢を立て直せばいい。

「ひとまず、カレンを送るとしましても、これはリアの責任。リアを連れ戻し再び戦場へ送りましょう」

フリューゲルは何としても、これをリアの失態にしなければならなかった。罪人として彼を連れ戻し、罪人として戦場に送るのだ。

しかし、場は靜まり返る。

「そもそも、フリューゲル、そなたがリアを偽だと言って破門したのではないか? このタイミングで結界が破れるなどおかしい。それに、そなたは結界を張れるのはリアだけだと考えているから、リアを連れ戻せと言うのだろう。プリシラは本當に護國聖なのだろうな?」

その場を代表するようにニコライがフリューゲルに疑いの視線を向ける。

「恐れながら陛下、國外追放を決めたのは私ではありませんし、プリシラ様を妃にとんだのは陛下です」

フリューゲルの発言に執務室はざわついた。確かに、すべての決定権は國王ニコライにあった。

「なんだと! 私のせいだと言うのか?」

ニコライが聲を荒げる。彼は最近こういうことが増えた。頭痛や嘔吐の癥狀がひどく、冷靜な判斷が出來ない。そのため、よく癇癪を起こす。以前では考えられないことだ。

「おやめください。今は黒の森へ兵を送ることと、即刻リアを連れ戻すことを考えましょう」

宰相セルゲイとブライアー公爵が止めにるが、その後もしばらく國王と神長の責任のなすりつけ合いは続いた。最後にはリアを探すと言うことで意見の一致を見たが、結局、責任の所在は浮いたままだ。

その場にいる誰もが、護國聖であるリアを必要としながら、それを口に出來なかった、それは良心の呵責からではなく、沽券にかかわるからだ。

たかが小娘一人を追放したぐらいで揺らぐほど自國が脆弱なものだと認めたくはなかった。

「護國聖」が「たかが小娘」になってしまったのには訳がある。神殿が、神達よりもずっと神聖力の強い聖たちを過小評価して來たからだ。特に大神カラムが病に倒れてからは聖たちを良家への花嫁候補のように扱い、次第に聖は神殿の賑やかしとなっていった。

神聖力が桁外れに強かったリアに対する扱いはひどく、フリューゲルはことさら彼をこき下ろした。そうしなければ、リアが大神カラムのように、何の才能もないのに神聖力が強いと言うだけで、崇められてしまうからだ。

カラムが病に倒れてからは周りの者もだんだんとフリューゲルのいう事に傾いてきた。ニコライにしてもプリシラが現れてからはあっという間にリアを捨てた。その時、この國には別段なんの異変もなかった。

(それがなぜ、今になって……。國から追放したからか? あの娘をアリエデに連れ戻せば、元に戻るのか?)

己にとって都合良く事が運ぶよう、フリューゲルは必死に思考を巡らせる。

「國の威信に傷がつくが仕方あるまい。霊の加護をけているリアならば、西の森に追放になったとておそらく生きているだろう。隣接している國へ協力を要請しろ」

ニコライがフリューゲルにあてつけて言う。

「恐れながら陛下、『追放した聖を連れ戻す』のではなく。『神殿での仕事を放棄し逃げ出した元聖を連れ戻す』の間違いではないですか?」

フリューゲルが敏に反応した。

「この期に及んで、何を言っているのだ!」

ニコライはいらいらとフリューゲルを睨みつける。今日の彼は彩に欠けていた。黃金に輝いていた髪も艶を失っている。

二人が不な爭いを始める前に、軍を統率する立場にあるブライアー公爵が進言する。

「陛下、近隣諸國に『神殿から逃げ出した聖を見つけ次第引き渡してほしい』と協力を要請するのです。もちろん、それ相応の禮はしなければなりませんが……。まさか、國外追放した聖を見つけてくれとは言えません。この國の威信にかかわります。

それに行先ならば見當がつきます。あの森を無事に抜けられれば、クラクフ王國にでる確率が高いと思われます」

「クラクフか、また面倒な場所に。プリシラも余計なことをしてくれる」

ニコライが忌々しそうに言う。近隣諸國とはほとんど付き合いがない。一方的に回復薬を売りつけるだけだ。アリエデでは自給自足が可能だし、結界があるおかげで、國境でのめごともない。外などほとんどせずともこの國はやっていける。

例外として、ときおり外國の珍しい文化や學問を取りれるために人の出りを許すだけだ。

近隣諸國の中でもクラクフは大國で、何かと干渉してくるので、ニコライは苦手としていた。輸出する回復薬(ポーション)を減らすといってもなかなかいう事をきかない。

それにあちらの國から要請があっても、いままでこたえたことなどない。はたして協力してくれるだろうか。だからといって手をこまねいているわけにはいかない。

ニコライは聖騎士ジュスタンを呼びだしカレンを黒の森へ送るよう命じると、すぐに近隣諸國に使いを出した。リアの行く確率が一番高いクラクフは、いの森を迂回しなければならないから、使いが到著するまでに十日以上かかるだろう。

その間、いの森にも兵士を送った。きっと彼らがリアを見つける方が早いはずだ。

いの森に追放されたことは手痛かったが、リアの刑が執行されたのは昨日のことである。すぐに見つかるものと楽観していた。

だがその後、いの森に送った兵士たちは、伝承どおり、誰一人として戻らなかった。

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