《【書籍化&コミカライズ】私が大聖ですが、本當に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣國の王子と幸せになります(原題『追放された聖は、捨てられた森で訳アリ青年を拾う~』》37 虛ろ ~王都~

いの森へは兵を率いて行くという事で、結局指揮権はジュスタンにとられた。

確かにレオンは神で兵を率いた経験はない。だが戦える。ジュスタンの強さは知らないが、負ける気はしない。

「ジュスタンにあるのは兵の指揮権だけだ。森を抜け無事、現場についたら、レオン、そなたが主導権をとるよい」

國王ニコライの子供だましな言葉に、レオンは舌打ちしそうになった。

兵士の調整などで出発までには十日ほど間ができた。レオンは久しぶりに王都で過ごす。

その間、見て回った街やカルトリ神殿の周辺の零落ぶりは噂に聞くよりひどくレオンは心を痛めた。

それに信者や神の手によって、あれほどしく磨き上げられていた神殿が、いまは薄汚れている。

きけば掃除や洗濯をしてくれていた下働きの者達も隨分いなくなってしまったという。生活に余裕がなくなると信仰とはこうも簡単に薄れるものかと悲しくなる。その一方で市井の人々の生活の苦しさがうかがわれた。

アリエデは他國との國があまりないうえ、初代の聖がはった結界により、出り口が限られていて、國外にでるのは容易ではない。

國がどれほど貧しくなろうとも、民に逃げ場はないのだ。國外に容易にながれることは出來ない。どうにかしなくてはと、焦る気持ちはあるものの良策が思いつかず、レオンは悶々と日々過ごした。

リアが消えてから、この國は崩壊へ突き進んでいる。それは神殿も同じで、神・聖ともに隨分數を減らしていた。

たいてい神になる者は貴族の次男三男が多い。しかし、今のように國が傾くと領地が荒れ、一揆などが起こり、みな郷里へ呼び戻されてしまう。

つい二月(ふたつき)ほど前に教義を疑い、ともに語り合った仲間もほとんど殘っていない。

詣でる信者もなく、人が減り閑散とした神殿の回廊を渡る。芝がしかった中庭は、手されることもなく、雑草が生い茂っていた。芝よりもずっと生き生きとした濃い緑が、目にしみる。

しばらくその景に見っていると後ろから聲をかけるものがいた。

「最近では、王都のはずれでも魔が目撃されている」

振り返ると副神長のアンドレアがぼうっとした様子で突っ立っていた。彼もし會わない間に隨分やつれている。以前は気位が高く、こんなふうに話しかけてくる人ではなかった。

アンドレアの話によると、聖たちが黒の森に結界をはることが出來ず、だいぶ魔が南下してきているらしい。

城壁に攻め込まれたら王都はそう長く持たないだろう。黒の森では走兵も出ているらしい。

「聖たちはどうしているのですか?」

「誰もここには帰って來ていない。カレンは、おかしくなって、あちらでされている。プリシラ様は勤めをはたすどころか何度も走を繰り返した。兵たちも呆れている。あの方にも困ったものだ」

レオンの問いに苦々しげな面持ちでアンドレアが答える。

「そもそも、プリシラ様は神聖魔法が使えないのでしょう?」

「本當に、あの、噓ばかりつく」

アンドレアがとうとう吐き出した。そんな事だろうと思っていた。あのは胡散臭い。

「それはそうと、神長はどうなさったのです? だいぶお加減が悪いようですが」

レオンは、フリューゲルの様子が気になっていた。あの衰え方は尋常ではない。それにいつも自信満々な彼がフードで顔を半分隠していた。いったい何があったのだろう。

しかし、レオンの言葉を聞いたアンドレアのきがぴたりと止まる。

「副神長、どうなさいました」

きを止めたアンドレアを不審に思いレオンが覗き込む。すると彼は顔を失っていた。そのうえ小刻みに震えている。

「ああ、恐ろしい……。なんて恐ろしい! なんてことだ!」

いきなり頭を抱えびだすアンドレアの様子に、レオンは驚かされた。

「えっと……副神長、どうなさいました」

彼の奇行にレオンは戸う。

「そうだ! 私は祈らねば、霊に祈らねばならないのだ。許しを乞わねば。怒りを鎮めて頂かなくてはならない! いやだ。いやだ。いやだ。罰をけたくない……罰はけたくない」

まるでレオンなど目にらぬように、ぶつぶつと呟くと、足早に祭壇の間に向って行ってしまった。アンドレアは神の均衡を失ってしまったようだ。

その様子にレオンは衝撃をけた。

王都の噂もあまりらぬ南方のへき地で暮らしていた彼は、この國の深刻さにあらためて直面する。

リアをここに連れ帰って、本當に大丈夫なのか?

西のいの森には一日もあればつく、道中、ジュスタンとの関係は思ったほど悪くはなかった。

彼を警戒しつつも、その人當たりの良さは認めなくてはならない。それよりも気になるのはこの小隊の訳だ。

聖騎士は最前線で戦っていたはずだ。それなのにジュスタンの部下の聖騎士が三名もいる。北に兵を割いているので、10人程度と思っていたが、実際には聖騎士を含め15人ほどの騎馬に馬車が二臺と意外に大所帯だ。

てっきり、兵の都合がつかなくて待たされたのかと思っていた。

一人を連れ戻すのにいくら何でも大袈裟な気がする。理由を問い質してみても、ジュスタンは國外へ出るのならば、これが普通だと言う。レオンは外のことは知らないが、どことなくうさん臭い。

いよいよいの森へ著いた。その日の晩は近くの村で一泊し、翌朝から、森にることになった。

しかし、翌朝、いの森の口でひと悶著おきる。

全員で、森を抜けようと主張するジュスタンにレオンが反対したのだ。

「馬車と數人の兵士はここへ殘していくべきです」

それがレオンの主張だった。

「何を言っているのだ。魔がいるのだぞ。全員で戦ってしかるべきであろう」

「森はほとんど人が通ることもなく道も狹い。馬車と數人の兵士は殘していくべきです」

意外なことに兵たちはレオンの意見に賛した。ジュスタンのカリスマもいまや兵に通用しないようだ。こうなるとジュスタンに指揮権があろうが関係ない。

レオンの主張には理由があった。彼は黒の森で戦った経験がある。よって、この國の兵士が魔の前でどれほど腰抜けで役に立たないか知っていた。彼らはいつもリアやレオン、傭兵の影に隠れていたのだ。魔の前で、兵士たちは戦力というより、足手纏いになりかねない。

「冗談ではない。何のために兵士不足のこの狀況下で隊を組織したと思っているのだ」

「何を言っているのですか。

全員森を抜けられないかもしれない。そのときそれを誰が知らせに行くのです? 一週間たっても我々が戻らなければ、彼らが作戦の失敗を王都へ知らせに行けばいいでしょう」

レオンが冷たく言い放つ。馬車と數人の兵士は必要だが、こんな隊など無駄と思っていた。

「なんだと! 森を無事に抜けるために貴様がいるのであろう。信心深い神ならばぬけられるはずだ」

「なぜ、私が森を抜けられると? 信仰など目に見えないのに」

レオンがきっぱりと言い切る。事実レオンは神殿の教義に疑問を持っていた。

すると一瞬ジュスタンの瞳が揺らぐ。不安をじているようだ。この男も人の子なのだと思った。そこでレオンは兵士たちに畳みかける。

「皆さんどうです? 私には全員で森を抜けるなんて合理的ではないように思えます。全滅は避けたいと思いませんか?」

すると兵士たちは皆予想通り恐れをなす。

聖騎士を除いた兵士たちは、皆レオンに賛した。レオンは気付いていたのだ。この國には手柄を立てて出世してやろうと思う兵士などいないことに。皆おのれの命こそが大事なのだ。

傾きかけた國は軍の厳格な指揮系統すら崩れていく。結局ジュスタンが連れて行く兵士を選抜し、馬車と半分の兵を森の外に殘した。

だがそれも森の口までだった。黒の森レベルの瘴気にあてられた兵士たちは、そのプレッシャーに耐えられず、し進んだところで一目散に逃げだした。殘ったのはレオン、ジュスタン、三人の聖騎士達だけだった。

ジュスタンと聖騎士達は怒りつつも逃げた兵士を追うことはしなかった。腰抜け過ぎて戦力にならないと判斷したのだろう。

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