《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》番外編 『アニエスの誕生日』

ある日の晩、使用人一家はベルナールに呼ばれ、執務室に集合することになった。

キャロルとセリアは欠を噛み殺しつつ、いつになく真剣な面持ちで長椅子に腰かける主人を見つめていた。

「それで、ご用件とはいったい――?」

ジジルが問いかける。

アニエスが部屋にいないのも気になっていたが、そちらの疑問點は後回しにした。とりあえず、本題を聞くことにする。

ベルナールは眉間に皺を寄せ、渋面でいた。

だが、眠気を我慢できなくなったキャロルとセリアが同時に欠をしたのを見て、話し始める。

「一週間後、アニエスの誕生日で、その、何か誕生會的な、ものをしたいな、と……」

「まあ!」

「誕生日會!」

「誕生日會ですって!」

同時に聲をあげる陣。

「実は去年、誕生日を知らずに過ごしてしまって――」

そこで発覚した、かつてのアニエスが経験をした悲しい誕生日。

母がいた頃は家族三人でパーティをしていた。

両親から贈りをもらい、ごちそうを食べ、使用人一同より祝福をける。華やかで賑やかな一日を過ごしていた。

だが、母親の死をきっかけに父親は豹変し、誕生日は寂しく過ごすことになっていたのだ。

「だから、今年こそ、皆で楽しく過ごせたらと、思って」

ベルナールはアニエスの誕生日會をしたいので、皆に協力をしてしいと頭を下げた。

「一人で準備できたら良かったんだが、いろいろと限界があって、皆の力が必要だなと――」

「旦那様、喜んで、ご協力をさせていただきます」

「ジジル……」

他の者達も、ジジルと同じ想いだった。

一気に眠気が醒めたキャロルとセリアがある提案をする。

「お誕生日會、サプライズがいい!」

「サプライズ、きっと楽しいから!」

アニエスに緒でこっそり準備し、當日に驚かせようという著想アイデアを出してくる。

「そういうの、嬉しいのか?」

ベルナールはジジルに聞く。

「ええ、もちろんですよ」

「だったら、サプライズパーティにしよう」

ベルナールは皆も一緒に參加してしいと願った。

その日は無禮講だと言う。

「やったー!」

「うれしー!」

はしゃぐキャロルとセリアを、エリックが大人しくさせる。

続いて、各々の擔當を決めていくことにした。

「アレンは料理を頼む」

「わかりました。どういう品目をお出ししましょう?」

「ケーキと鶏の丸焼きと……あとは任せる」

「了解です」

エリックには酒の調達を頼んだ。口當たりの良い果実酒を希する。

それから、久々に銀食を使うので、綺麗に磨いておくようにと命じた。

「ドミニクは――花?」

ジジルが庭の花で花冠でも作ればいいと提案した。

「それと、機に飾る花も頼む」

ドミニクはわかったとばかりに、深々と頷いた。

「ジジルはアニエスが気付かないように、工作を頼む」

「わかりました」

「キャロルとセリアは食堂の飾りつけを」

「了解です」

「了解ですよ」

こうして、サプライズの誕生日パーティの計畫はき出した。

◇◇◇

使用人一家は普段の仕事と並行して誕生會の準備を進めていた。

アレンはケーキの飾りに使う飴細工やクッキーを作り、エリックは銀の手れを丁寧に行う。

ドミニクはいつもどおり植の世話にを出し、キャロルとセリアは飾りつけをどうするか、楽しそうに話し合っていた。

ジジルは若干そわそわしている家族の様子をアニエスに問われたので、適當に誤魔化すことに功する。

夕刻、ベルナールは裏口から帰って來た。

使用人の休憩所に突然現れたベルナールに、ジジルとアレンは目を丸くする。

顔を出しただけでも驚きなのに、彼はとんでもない品を抱えていた。

「だ、旦那様、そちらは――?」

「アニエス、への……」

「贈りですか?」

「ああ、そうだ」

ベルナールが抱えていたのは、巨大な熊のぬいぐるみだった。それを贈りとして選んだらしい。

街中からずっと抱えていたのかと聞けば、恥ずかしそうにしながらそうだと答える。

どこかに隠しておくように言われたので、アレンがけ取った。

ベルナールが去ったあと、アレンはぬいぐるみを橫抱きにしながら、笑いを堪えていた。

「旦那様、どんな顔でこれを持ち帰って來たのか」

「驚きよねえ」

ジジルは二十一歳の妻への贈りが熊のぬいぐるみか、と呟く。

「でも、悪くないどころか最高の贈りだね」

「まあ、奧様は熊が大好きだから、お喜びになるでしょうけれど」

「それはそうだけど、それだけじゃないんだな」

「?」

ジジルはアレンの言葉を理解できなかったが、當日になればわかると言っていた。

誕生日を三日前に控えれば、アニエスの父、シェザールまでそわそわし始める。

昨晩、ベルナールが誕生會について話をしたからだった。

今までの所業はしっかり反省したようで、當日はしっかりとお祝をしたいと言っていた。

そして迎えた當日、夕食時になれば、アニエスに不思議な出來事が起こる。

急に私室の扉が開き、遊びに出かけていたミエルがって來たのだ。

「まあ、誰か連れて來てくれたのでしょうか?」

そんな獨り言を呟きつつ、「ニャー!」と元気よく鳴きながらトコトコと歩いて來たミエルを抱きしめた。

「――あら?」

ふと、違和に気付く。

ミエルの首元のリボンに、小さな封筒が下げられていたのだ。

宛名はアニエス・オルレリアン様となっていた。

リボンから手紙を取り、開封する。

――麗しの奧様へ。 今宵は特別な夜をご提供いたします。

夜の十九時に食堂に來るようにと記されていた。差出人は書かれていない。

首を傾げつつも、招待の時間が五分前に迫っていたので、移をすることにした。

ミエルはお腹いっぱい夕食を食べたからか、長椅子に橫たわり尾を振って主人を見送っていた。

食堂に移をする。

屋敷の中はいつも以上に靜かだった。不思議に思いつつも食堂へ到著し、扉を開く。

するといつもとは違う、リボンや花で華やかに飾りつけられた食堂の風景が広がっており、驚くことになった。

「――アニエス奧様、お誕生日おめでとうございます!!」

使用人一同が、聲を揃えてお祝いの言葉をかける。

すっかり自分の誕生日を忘れていたアニエスは、目を見開いて呆然としていた。

ジジルが頭の上に花冠を被せてくれる。

「えっと……ありがとうございます?」

「まだ混をしているようだな」

扉の傍で待機をしていたベルナールは、驚かせてすまないと、一言謝罪をした。それから、アニエスの手を取って席までエスコートをする。

の席には、大きな熊のぬいぐるみが鎮座していた。

それを確認すれば、ベルナールの顔をパッと見上げる。

「お誕生日おめでとう、アニエス」

熊のぬいぐるみを抱き上げ、いまだ驚きの表を浮かべるアニエスに手渡した。

そこで呆然としていた狀況から、ハッと我に返るアニエス。

「こ、これは、わたくしに?」

「熊のぬいぐるみなんて、お前以外、誰がけ取ってくれるんだよ」

「は、はい! ありがとうございました。とても、とても嬉しいです」

予想外のサプライズに、涙ぐむアニエス。

ぎゅっと巨大熊を抱きしめれば、あることに気付く。

「――あら?」

熊の首元には、首飾りがかけられていた。

ぬいぐるみの首は太いので、チェーンにリボンを付けて結んだ狀態でかけられている。

「こちらも、わたくしに?」

「熊用に見えたか?」

「い、いいえ」

それは、真珠が一粒トップについている首飾りで、シンプルな意匠デザインながらも、上品に見えるであった。

この瞬間に、ジジルはアレンの言っていた『最高の贈り』の意味を理解することになる。

ベルナールは熊のぬいぐるみから首飾りを取って、アニエスに著けてあげた。

「ベルナール様、ありがとうございます」

「わかったから」

アニエスは純白に輝く真珠を手でれる。

気を利かせたジジルが鏡を持って來て、よく似合っていると聲をかけた。

頬を染め、嬉しそうに微笑むアニエス。

「……アニエス」

次に聲をかけたのは父シェザール。

手にしていたのは、一通の手紙だった。

「今まで、苦労をかけた」

「お父様……!」

「言葉で伝えきれないことは、手紙に書いてある」

「は、はい」

「今日、お前のために、こんなにも素晴らしい誕生會を開いてくれる家族がいることを、私は嬉しく思う」

そんな言葉を聞いたアニエスは、とうとう泣き出してしまった。熊に顔を埋め、靜かに肩を震わせる。

皆、靜かに、涙が収まるのを待った。

それから、楽しいパーティが始まる。

食卓の上には、アレンが作ったごちそうが運ばれていた。

キャロルとセリアは熊と貓の飴細工が載ったケーキに目を輝かせている。

それから、エリックが持って來た鶏の丸焼きに、嬉しい悲鳴をあげていた。

他にも、クッキーで作ったお菓子の家や、クラッカーの上にチーズなどを載せたカナッペ、カボチャのポタージュ、大きな白魚の香草蒸し焼きポアレ、仔牛の網焼きグリエに、キノコと菜、ベーコンの白ソース煮フリカッセ、鴨の肝臓フォアグラの赤ワインソースがけなどなど、贅を盡くした料理が並んでいた。

皆でわいわいと楽しく會話をしながら、食事を楽しむ。

料理はどれも素晴らしく味しいものであった。

酒がったシェザールは、大変気になっていった。

娘婿に酌を始め、ベルナールは酷く困する。その様子に、ジジルは思わず笑ってしまった。

アニエスも、珍しくお酒が進んでいるようだった。

も、嬉しそうにベルナールに酒を注いでいる。似た者親子かとジジルは思った。

アレンはそわそわと落ち著かない様子だった。

料理が冷めると、溫め直しに行ったり、追加のつまみを作りに行ったりする。完全な職業病であった。嬉しそうにしていたので、放っておいた。

一方で、エリックは無禮講を楽しんでいるようで、しっかりと酒を飲み、食事を楽しんでいた。父親であるドミニクと何やら盛り上がっている様子だったが、二人共聲が小さく、話の容は不明だった。

キャロルとセリアはごちそうに夢中になっていた。

食べ盛りの娘達を見ながら、ジジルは明日からもう一つ品數を増やすべきなのかと真剣に考える。

そろそろお開きにしようと、ベルナールが聲をかける。

最後に改めて、アニエスはお禮を言った。

「みなさん、本日は本當に、ありがとうございました。とても、素敵な思い出ができました」

深々と頭を下げ、謝の気持ちを示していた。

ほんわかした気持ちを堪能したあとで、ジジルが立ち上がり、あと片付けをしようとはりきる。

すると、驚きの聲が上がった。

「ジジル、俺も手伝おう」

「そんな旦那様!」

「わたくしもお手伝いさせてくださいな」

「奧様まで」

「私もやるぞ」

「お、大旦那様まで……」

結局斷ることはできずに、全員であと片付けをすることになった。

こうして、賑やかなアニエスの誕生日は幕を下ろした。

功と言ってもいいサプライズパーティーであった。

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