《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》番外編 『改心のエルネスト・バルテレモン』
本日、ベルナールとアニエスはエルネストの実家であるバルテレモン侯爵家に招かれていた。
斷る理由もなかったので訪問することになったのだが、夫婦は揃って複雑な思いを浮かべていた。
侯爵家へ向かう馬車の中、ベルナールは顔を伏せる妻に訊ねる。
「本當に良かったのか?」
「良かった、というのは?」
「あいつ、エルネストに會いたくないんじゃないかって思って」
「それは――」
アニエスは一時期、エルネストに執拗に追いかけ回されていた。
當時の彼は思いこみが激しく、アニエスのやんわりとした拒否もの駆け引きだと思い込んでいたのだ。
「一言謝罪をしたいとお手紙に書かれていたので、そのお気持ちを無下にするのもどうかなと思いまして」
「いや、いいんだよ、無下にしても」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものだ」
侯爵邸で降りずに帰ってもいいとベルナールは言ったが、アニエスは首を橫に振る。
お世話になった點もあるので、挨拶をしたいとんでいた。
「まあ、あいつも育った環境が特殊で、は悪い奴じゃないんだ。……多分」
ベルナールは侯爵邸を訪れるのは三度目であった。
一度目は謹慎中のエルネストを訪問し、二度目は侯爵である彼の父親に呼び出された。
二度目に訪れた時に、驚くべき景を目にすることになったのだ。
バルテレモン侯爵は左右にを侍らせ、笑顔で迎えた。
そして、あろうことか、新たに呼んだをベルナールの隣に座らせたのだ。
當然ながら、こういうもてなしは必要ないと、はっきり斷った。は言葉に従い、侯爵の方へ回り込んで殘念そうにしていた。
「あいつはきっと、ろくでもない中で甘やかされて、それが普通であると思い込んでいたんだろう」
「それは……なんと言えばいいのか」
「子は親を選べないからな。過去の所業を許せとは言わないが、理解をしてくれるとありがたい」
「はい。承知いたしました」
そんな會話をしているうちに侯爵邸へと到著した。
玄関先まで馬車で乗り込めるほど広い敷地を持つ邸宅で、ベルナールの屋敷とは天と地ほども差がある。
夫婦を執事が出迎え、客間へと案してくれた。
數分後、エルネストがやって來る。
バンと勢いよく扉を開いたエルネストであったが、アニエスの姿を見て、恥じるように深々と禮をする。
「二人共、よく來てくれた。その、我が家のように寛いでくれると、嬉しい」
そう言われたので、ベルナールは改めて周囲の裝を見渡す。
派手な壁紙に、裝飾過多な家、巨大な現當主の肖像畫、天井は晴れやかな青空に、天使が舞っている絵が描かれていた。全的に落ち著けるものではないという言葉を、口から出る寸前で呑み込んだ。
エルネストはベルナールの向かいに腰かけ、そわそわとしている。
執事がお茶を淹れ、果にサンドイッチやケーキなどが載った三段に重なった皿を置き、一禮をして部屋を辭する。
「うちの執事の紅茶は王都一だ。お菓子や軽食も料理人が腕によりをかけて作った。よかったら、味わってくれ」
ベルナールとアニエスは、お言葉に甘えてお茶をいただくことにする。
「土産の花も、ありがとう。あれは、ベルナール君の家で育てていたものだろうか」
「ああ、そうだ」
「食堂に飾らせていただくよ」
「そうしてくれ。庭師も喜ぶ」
それから、若干の気まずい時間を過ごした。
三人がこうして集まるのは、六年ぶりとなる。
前回は言わずもがな、園遊會(ガーデンパーティー)があった會場である。
これ以上時間を無駄にするのもなんなので、ベルナールはエルネストに助け船を出す。
「今日は言うことがあったんだろう?」
「あ、ああ。そう、だね」
エルネストは居住まいを正し、今まで直視できなかったアニエスの姿を捉える。
目が合った二人は、今まで以上に気まずいような雰囲気となっていた。
「ア、アニエス嬢……ではなく、オルレリアン夫人」
「はい」
「い、以前、追いかけ回したことがあったが、その、大変失禮なことをしてしまった。……あの頃の私は世間知らずの癡れ者で――」
「どうか、お気になさらないでくださいませ」
「え?」
「わたくしはあの出來事がきっかけで、主人に逢えたので」
エルネストがアニエスを追いかけ回さなければ、ベルナールに出會うことはなかった。なので、そこまで謝る必要はないと言う。
あの日、アニエスはに落ちた。
追いかけ回すエルネストから守ってくれたベルナールに。
すっとびた背に、堂々とした佇まい。
はきはきと喋る聲に、相手に流されず、冷靜に狀況を確認する判斷力。
それから、絶対に守ってくれるという安心。
そのすべてが、アニエスには魅力的に映ったのだ。もちろん、それらの詳細は本人の口から語られることはないが。
「これからは、過去の行いを反省して、とは真摯に向き合おうと思っている。父にも、人達をどうにかしてくれと、先日言っておいた」
その言葉を聞いたベルナールは心したように言う。
「あの親父に申すなんて、大したものだ」
「ここを、私は普通の家にしたい。將來、産まれてくる侯爵家の子ども達のためにも」
「そうか」
エルネストはベルナールとの付き合いで変わった。自分の常識が非常識であることを知り、この先どうあるべきか、生き方から見直したのだ。
「凄いよ、お前は」
「え?」
「人って、簡単には変われないんだ」
「凄くはない。きっと、私は馬鹿だから、すんなりとけれることができたんだと思う」
「まあ、そうだな」
「え?」
「いや、なんでもない」
これで、過去の行いは水に流すことになった。
エルネストはずっと気にしていたようで、肩の荷が一つ降りたと話す。
「それにしても、結婚相手はどうやって探せばいいものなのか。……ベルナール君は、どういった瞬間で結婚しようと決意したんだ?」
「どうしてそれを今聞く?」
「言いにくいことだろうか?」
「嫁の隣で言える奴がいたら尊敬する」
「まあでも、ご夫人も気になっている點ではないのだろうか」
そう言われ、ベルナールはアニエスの顔を見て「そうなのか?」と聞いてみる。
「気になるか、気にならないかと聞かれたら、気になります」
「……そうかい」
言わなければならない雰囲気となった。
ベルナールはいつだったかと思いだす。
「雪まつりの日だったか」
「何か、特別なことがありましたか?」
「あった」
特別なこと。それはアニエスがベルナールにドラジェというお菓子を渡し、何気なく言い添えた一言だった。
――あなたの、幸せの種が芽吹きますように
家が沒落し、誰一人として助けてくれなかったのに、他人の幸せを願う。
そんな彼の清廉な様を目の當たりにした瞬間に、二度と這いあがれないに落ちてしまったのだとベルナールは今になって自覚した。
アニエスはそのことに気付いておらず、首を傾げるばかり。
エルネストも、教えてくれと急かしたが、ベルナールがそれ以上語ることはなかった。
「一つ言えることは、生涯の伴を一時期の気の高ぶりで決めてはいけないということだな」
大切なのは家柄でも、もてはやされるような見た目でもなく、面のしさなのだ。
それは長い間付き合わないと見抜くことはできない。
外見と同じで、面も偽ることは可能なのだ。
そんなことを、語って聞かせる。
「面のしさ、か。ベルナール君はご夫人のその部分に惚れこんでいるんだね」
「強いて言えばな」
「そうか……うん、ありがとう。伴探しの道に、が差し込んだような気がする」
「でもまあ、お前は大貴族の息子だから、選べる立場ではないのかもしれないが」
「それでも、私は探し出したい。ベルナール君がご夫人を見つけ出した時のように」
エルネストの瞳から迷いが消えていた。
ベルナールは頑張れと応援する。
そんな話をしているうちに、が傾くような時間帯となった。
夫婦は侯爵邸を暇乞いすることになる。
「また、遊びに來てくれ」
「気が向いたらな」
「相変わらず、つれないな」
「普通だろう」
軽口を叩きつつ、別れることになった。
帰りの車で、ベルナールはアニエスに禮を言った。
「わたくし、何かしましたか?」
「いや、あいつを許してくれたから」
大したことではないと首を橫に振るアニエス。
「ですが、仲がよろしいことで、しだけ嫉妬をしてしまいました」
「仲がいい? 誰が、誰と?」
「ベルナール様と、バルテレモン卿です」
「んなわけあるか!」
ベルナールは深い溜息を吐き、それから、アニエスの細い肩を引き寄せる。
そして、そっと耳元で「お前が一番に決まっているだろう」と囁いた。
その後、言った本人の方が大いに照れたのは言うまでもない。
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