《沒落令嬢、貧乏騎士のメイドになります》番外編 『ベルナールとアニエスの、新婚旅行・後編』
領地への到著を明日に控えたベルナールとアニエスは、一晩過ごす宿の居間にて、向かい合って座っている。
話があると、ベルナールが妙にかしこまった言いで呼び寄せたのだ。
「ベルナール様、その、お話とは」
「そう構えるな。悪い話では――ある、かもしれないが」
ハッと、息を呑むアニエス。
ベルナールは一度頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
「すまない、アニエス――」
彼の謝罪とは、思いがけないものであった。
「母上に、本當のことを言おうと思っている」
「本當のこととは?」
「お前に、偽の婚約者役を強いていたことだ」
ずっと、噓を吐いていたことが気になっていたと話す。
結果的には本當になったので、ジジルはベルナールに敢えて告白をする必要はないと言っていたが、どうしても心の中で引っかかっていたのだ。
「もちろん、すべてこちらが悪いことだと説明するつもりだが、協力をしたお前にも飛び火がいくかもしれない。だから――」
「はい。怒られるのであれば、わたくしも」
「いや、お前は悪くないだろう」
「ですが、わたくしも共犯者です」
「共犯者って……まあ、確かにそうではあるが」
「そのことについて、ずっと気になっておりました」
アニエスも、謝れる機會があればそうしたいと話す。
「じゃあ、母上に話すことは、反対ではないのだな?」
「はい。ベルナール様の決定に従います」
「わかった」
こうして夫婦の意見はまとまる。
戦いは明日。
結果は、まったく想像できるものではなかった。
◇◇◇
移を始めてから三日。ようやくベルナールの故郷へとたどり著いた。
目の前に広がるのはかな自然。山と草原、広大な葡萄畑に、澄んだ空気。
アニエスはしばし、その景に目を奪われる。
「王都に比べれば、何もない場所だが――」
「いいえ、たくさんのものが、ここにはあります」
目に飛び込んでくるすべてのものが新鮮で、また、しく映っていた。
それを言葉にするのはひどく難しいことのように思う。
アニエスは笑顔を浮かべ、謝の気持ちを口にする。
「ベルナール様、この地に連れて來てくださって、ありがとうございます。とても、嬉しいです」
「こんなことでお禮を言うの、お前だけだよ」
「そんなことないですよ。父も、いつか連れて來たいです。きっと、気にると思います」
ベルナールは返事もせずに、妻の肩を優しく抱き寄せる。
若き夫婦はささやかな幸せを噛みしめていた。
そんな時間も束の間のこと。
帰って早々、ベルナールは母親に話があると持ちかけた。
「なんですの、二人して改まって、お話とは?」
ベルナールとアニエスの気まずいような雰囲気からして、良い話ではないことはオセアンヌにも察しがついた。
扇をパラリと広げ、息子の顔を見る。
目が合えばビクリと震え、怯えるような表を浮かべていた。
「ベルナール、時間は無限ではありません。このあと、アニエスさんをお茶會に呼んで、皆様に紹介をしなくてはいけませんのに」
「はい、そうですね」
意を決し、ベルナールは懺悔するように話を始めた。
「……実は、母上に噓を吐いていたことがありまして」
「まあ、なんですって!?」
母親の驚愕が心に突き刺さり、余計に話しくくなるベルナール。
その橫顔を心配そうに覗き込むアニエスは、拳を強く握った夫の手に、そっと自らの手を重ねた。
妻の応援をけ、ベルナールは懺悔の再開する。
「初めに、母上にアニエスを紹介した時、彼とは、本當の婚約関係ではありませんでした。その時は結婚をしたくなくて、噓の婚約者役をするように、こちらが話を持ちかけたのです」
「……」
ベルナールはすべてを母親に話した。
勘違いの出會いから、仕返しをするために使用人としてアニエスを雇いれ、結婚に至るまでの長い長い話を。
「というわけでして、結果的に、こう、結婚をしましたが……」
「なるほど。そういうわけでしたの」
冷ややかな反応に、「はい、すみませんでした」と謝るしかないベルナール。アニエスは口を挾まず、目を伏せて反省する素振りを見せていた。
「いつか言おうと思っていたのですが……」
「そうだと思っていました」
「え?」
「ベルナール、あなたの態度はあからさまにおかしなものでしたから」
オセアンヌにはバレていた。
けれど、アニエスの態度を見て、確信には至っていなかったらしい。
「アニエスさん、あなたはあの時から、息子を慕っていてくれたのかしら?」
照れたように、こくりと頷くアニエス。
その様子を見て、極まったように目を潤ませるオセアンヌ。
「ああ、わたくし、アニエスさんのことを抱きしめたいですわ」
オセアンヌは話す。
ベルナールの挙に不信を抱いていたものの、アニエスの気持ちは本だとじ、追及はしなかったのだと。
「こんなにいじらしいお嬢さんに好意を寄せられて、好きにならないわけがないと思っていました。私の予想が當たって、本當に嬉しく思います」
一種の賭けだったとも話す。
婚禮裝の話などを持ちだし、逃げ場を塞いでしまったことを、オセアンヌは逆に謝っていた。
とんでもないことだと、恐するアニエス。
そんな彼に、オセアンヌは質問をした。
「アニエスさん、今、幸せ?」
「はい、わたくしは、果報者です」
「そう」
オセアンヌはパタリと扇を畳む。そして、含みも何もない笑顔を浮かべ、こう言った。
「――この件は不問とします」
怒られると思い、構えていたベルナールであったが、意外な言葉を聞いて目を見開く。
「母上、何故……?」
「すべては、二人が結ばれるための、試練だったのでしょう」
いくつもの偶然が縁を結び、二人は結婚をした。
勘違いも、使用人として雇いれたことも、婚約者役を頼んだことも、今となってはどれもなくてはならない出來事だったのだと、オセアンヌは言う。
「それと、正直に話してくれたことも、嬉しかったです。黙っていれば、バレなかったものを」
ベルナール自、母親を騙していたことを気にしていたのだ。
今回、話す機會を作って、本當に良かったと思う。
「それにしても、ジジルまで巻き込んでいたとは」
「申し訳ありません、すべての責任は、俺にあります」
「よろしくってよ」
「ありがとう、ございます」
すべてを告白し、ベルナールはすがすがしい気分となる。
これで、アニエスとの間に後ろめたいことなど何もなくなった。
ホッと、安堵の息を吐く。
「それで、いつ、アニエスさんのことを好きになったのでしょう?」
「え!?」
「もちろん、聞かせて頂けますよね?」
「……」
何故、母親に自の話をしなければならぬのかと、大変恥ずかしい気分となったが、これも罰かと思い、渋々と語ることにした。
◇◇◇
夜、ベルナールとアニエスの歓迎パーティが開催された。
家族のみで行うささやかなものであったが、大変盛り上がった。
義姉イングリトや、その子ども達は、元気そうなアニエスの姿を見て、再會を喜ぶ。
結婚式以來となっていたベルナールの父や兄達は、改めてどうしてこのような出來た娘が嫁いでくれたのかと、首を捻っていた。
夜、なんとか試練を乗り越えることができたと、健闘を稱え合うベルナールとアニエス。
長椅子に並んで座り、安堵の息を吐いていた。
「なんというか、終始アニエスに助けられたような気がする」
「お役に立ったのであれば、幸いです」
數時間に渡る説教も覚悟していたので、あっさりと終わって驚いたの一言だった。
もう心配事はない。そう言えば、アニエスの表が急に曇る。
「どうした?」
「いえ、最近、夢見が悪くて……」
「なんの夢を見ているんだ?」
「つまらないお話なのですが――」
アニエスは夢の中で、たくさんの使用人に囲まれていた。
流行りのドレスにを包み、流行りの髪型をして、流行りの化粧を施す。
夜會に行けば、大勢の人に囲まれて、ひっきりなしに話しかけられた。
そして、人々は言う。
――ああ、なんて幸せそうなお姫様なのかしら、と。
「ですが、夢の中のわたくしは、まったく幸せではありませんでした」
途中で、見目麗しい男が迎えに來る。
それは、當然ながらベルナールではない。
「差しべられた手を拒絶して、逃げました。けれど、そのお方はあとを追ってきて――」
そして、夜中に目を覚ますのがお決まりだった。
頬は涙で濡れていたが、隣で眠るベルナールを確認して、いつも安心していたのだと話す。
「どうして、そんな夢を見るのかわかりません。もしかしたら、恐れていることを、夢として見てしまうのかなと……」
「そうだったのか」
今度はベルナールがアニエスを安心させようと、膝の上に置かれた手を握る。
「夢の中で、俺を見つけた時は助けを求めろ」
狀況がどうであれ、ベルナールは必ずアニエスを見捨てずに助けると宣言した。
「ありがとうございます、ベルナール様」
アニエスはゆったりと、ベルナールの肩にを寄せる。
「わたくし、本當に幸せです」
「そうかい」
夫婦の夜はゆったりと、穏やかに過ぎていく。
不思議なことに、この日以降、アニエスが悪夢を見ることはなくなった。
◇◇◇
それから數か月後、夫婦に嬉しい兆しが現われた。
知らせを聞き付けたジジルは、さっそくお役目を任せてもらえるように、申してきた。
「旦那様、子守役は、是非ともこのジジルに!」
はりきって言いに來たジジルの様子に、ベルナールは噴き出しそうになる。
「もしかして、新しい子守を雇いますか?」
子どもはジジルに任せていれば間違いないと、母親より通達も屆いていたし、ベルナール自も、子育てを手伝ってもらう予定だったのだ。
「いいや、ジジルしかいないと思っていた」
「ええ、ええ、お坊ちゃまかお嬢さまのことは、お任せください」
その宣言からさらに數か月後、『お坊ちゃまとお嬢さま』の二人の家族が増えることになり、一家はてんやわんやとなるが、それはまた、別の話である。
オルレリアン家の毎日は、大変賑やかだった。
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