《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第2章 1983年 プラス20 – 始まりから20年後 2 二十年前(5)
2 二十年前(5)
「おお! ムラさんじゃないか! なにそんなところに突っ立ってんだよ、早くれって。でかい図でり口に立たれてちゃ、またこの店、閑古鳥が鳴いちまうぜ!」
そんな聲に、剛志は途中だった階段をここぞとばかりに駆け下りる。
それから廚房に続く廊下から、コソッと店の中を覗き込んだ。
するとムラさんが背中を丸めて、ちょうど引き戸を閉めているところだ。彼はためらいがちに振り返り、いかにもバツが悪そうにポツリと言った。
「正一さん……久しぶり……」
こんなムラさんの聲に、しでも非難めいた聲が聞こえれば、「何が久しぶりだよ! おいムラ!」なんてのがあったなら、きっとこんなことにはならなかった。
正一はその時、店の奧にいたのだろう。剛志からは死角で見えなかったが、ムラさんへの返事はしっかり耳に屆くのだ。
「あれ? ムラさん、久しぶり、だったっけ?」
正一はそう返し、いつもと変わらぬ笑顔をきっと見せたに違いない。
そこからのことは、二十年後の今でも昨日のことのように覚えている。
気づけば廚房を突っ切って、剛志はムラさんの目の前に躍り出た。
「なにが久しぶりだよ! 今頃になって、ノコノコとよく來れたもんだぜ!」
「よさねえか剛志!」
後ろから響いた正一の聲にも、彼の勢いは止まらなかった。
「金はちゃんと持って來たのかよ? まさか殺人容疑者のいる店から、またタカロウって魂膽じゃねえだろうなあ?」
「よせって言ってるだろ!」
「なんだよ! ホントのこと言ってなにが悪いんだ! こいつんちのババアが、うちのことをなんて言ってるか……」
――知ってるのかよ!
そう続けようとした剛志の頬に、正一の平手打ちが直撃する。
バシッという音が響き渡って、その勢いで剛志の顔が左右に揺れた。
ここで彼のムカつきは、一気に極限にまで膨れ上がった。
「なにしやがんだよ!!」
思わずんで、握りこぶしに力を込める。ところがだ。肝心の正一はさっさと剛志に背中を見せて、ムラさんを向いて頭を下げてしまうのだった。
「ムラさん、気にしないでくれ」
頭を下げたままそう言って、顔を上げるなりニコッと笑った。それからすぐに、何事もなかったように廚房に向かって歩き出してしまう。
この瞬間、突き刺すような高ぶりが、剛志の全を駆け抜けた。
気づけば拳を振り上げて、父親の背中めがけて突進する。ところが拳は正一ではなく、いきなり飛び出してきた男の側頭部を直撃だ。
正一との間に割り込んだ人は、潰れた蛙のような聲を上げ、勢いよく空のテーブル席に突っ込んだ。ガチャンという音がして、剛志の目にもチラッと男の顔が映り込む。
その瞬間、心の底からマズイ! と思った。
が勝手に出口を向いて、と同時に客たちが男のもとに駆け寄った。
「こら! 剛志! なんてことしやがるんだ!」
そんな正一の聲を、彼はこの時すでに引き戸の外で聞いていた。
夕刻、開店と同時に現れて、気前よく飲み食いをしてくれる。
ホントのところ、呑んでばかりの客の方が店としてはありがたい。それでも彼はやきとり以外にも、ちょっとした肴を夕食代わりに頼んでくれた。この煮付け、今夜が限界かな? なんてのを勧めてみると、だいたい何も言わずに注文してくれるのだ。
倒れ込んだ男がまさにその人と、剛志も目にした瞬間わかっていた。
あの事件直後から來店するようになって、それもほぼ毎日だ。晝も夜もって日がけっこうあるから、なんにしたってありがたい客には違いない。
正一も時折、男に向かって謝の言葉を口にしていた。ところがどうにも無口な男で、照れた顔してほんのし頷くか、場合によってはそれさえしない。
それでもたった一回だけ、正一がどう呼んだらいいかと尋ねた時だ。
「ミヨ……とでも、呼んでください」
戸ったような聲を出し、彼はぎこちない笑顔を初めて見せた。
それから、正一が彼を「ミヨさん」と呼ぶうちに、年の頃が同じくらいのフナが彼と話すようになる。そうなるとあっという間に、例のメンバーにもミヨちゃんミヨちゃんと呼ばれるようになっていた。
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