《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》2章 1983年 プラス20 – 始まりから20年後 3 助け舟(2)
3 助け舟(2)
備え付けの丸椅子に、見知らぬ男が座っていたのだ。ギャング映畫に出てきそうな黒いスーツ姿で、膝の上には中折れのマニッシュ帽が載っている。
言ってみれば、春に公開されたばかりのスパイ映畫、「007ゴールドフィンガー」に出てくるジェームズ・ボンドのようなのだ。さらにひと目で、その長が並外れて大きいことも見て取れる。
誰? 上半を起こしている恵子へ、剛志がそんな目を向けた。
すると男は待っていたとばかりに、それでも妙にゆっくり立ち上がる。
「児玉、剛志くんですね……」
そう言いながら名刺を差し出し、
「すべて、お母さまにお話ししてありますが、この先、何か困ったことがありましたら、剛志くんの方も遠慮なく、そこにある番號に電話してくださいね」
そう言って、男は口角をキュッと上げた。
「もちろんそれは、どんなに些細なことでも構いませんからね。しかしまあ、ここでお會いできて本當によかった。それでは、わたしはこれで失禮します」
そう言った後、再び恵子の方に向き直る。それから軽く一禮して、そのまま病室から出て行ってしまった。
そうしてすぐに、彼は恵子から驚きの説明を聞いたのだ。
昔、それがいったいどのくらい前なのかは不明だが、とにかくその頃、正一に世話になったという資産家――その時點で資産家だったかはわからない――がいた。
そんな大金持ちが、正一の死を偶然知って恩返しをしようと思いつく。と同時に、あまり大袈裟にしてしまえば、かえってけれにくいだろうとも考えた。
「わたしがそうご提案したんです。ご子息の學費くらいなら、きっと奧様も、素直にけ取ってくださいますよ、とね……」
長の弁護士がそんなふうに説明し、剛志の學費一切を面倒みたいと言ってきた。
「それって、なんていう人なんだよ?」
「それがね、匿名だって言うのよ。まあ、本當にありがたいハナシなんだけどね……ホント、あの人も言っていたけど、學費だけだって気味が悪いわよねえ、どこの誰だかわからないなんて」
「親父が昔世話したって、いったい何したんだろう? まさか、それも聞いてないの?」
「だって、聞いても教えてくれないんだもの。でもね、あの人んちはけっこう裕福で、ああ見えて、お父さん頭よかったから、あの時代で中學まで出てるのよ。その後、本當なら舊制高校に進むはずだったのに、勝手に料亭で働き始めちゃってね、そんなんで親からもすぐ勘當よ。だからきっとね、その頃から終戦までの、十年くらいだと思うのよ。終戦後すぐ、あの人はわたしと一緒になって、その翌年にはあんたが生まれてさ、もうその頃には、他人様の世話どころじゃなくなってるんだから……」
もしも結婚後、誰かに恩を売るようなことがあれば、きっと自分だって知っているはずと恵子は言った。となれば、尋常小學校時代のことなのか? しかしそんな大昔のことを、弁護士まで寄越してわざわざ言ってくるだろうか?
何から何まで謎だらけだったが、約束通り翌月の一日、弁護士事務所から現金書留が送られてくる。その中には、剛志がもう二つくらい私立高校に通っても、お釣りが出るくらいの現金がしっかり収められていた。
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