《ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく》10話「強制イベント発生! バイレウス辺境伯の目を欺け!!」
“何故こうなってしまったのだろうか”――俺の頭に真っ先に浮かんだ言葉だ。現在進行形で俺は今命の危機に瀕している。
俺は今一人の男と対峙していた。その男は熊のような格に般若の如き兇悪な顔をしており、今もこちらを値踏みするかのように睥睨している。その視線には油斷や侮蔑のは一切なく、ただただこちらの力量を見定めることだけを目的としていることがありありと伝わってくる。
普段は剣の鍛錬の場として使われている屋敷の庭は、それこそ運するには十分なほどの広さがある。しかしながら、今の俺にとってはとても、そう……とても狹い空間にじてしまう。
「よし、では始めよう」
バイレウスが一つ呟くと、練習用の木剣を構えたまま臨戦態勢に移る。それだけで周囲の溫度が何度か下がったような錯覚を覚えた。
ただそこにいるだけでこれだけの威圧を放ってしまうあたり、さすがは先の戦爭で“シェルズ王國にバイレウスあり”と恐れられるだけのことはある。
と、今はそんなことを考えている場合ではない。この狀況をどう乗り切るのかが重要なことなのだから。
なくとも今の俺がまともに戦って勝てる相手ではない。それは戦う前からわかりきったことだ。
だが、対峙しているバイレウスもそれは先刻承知のはずであり、この戦いで彼が俺に期待するのは武勇に長けているかどうかと強者を前にした時の心構えといったところだろう。
殘念ながらそれを見せるわけにはいかないのだが、かといってあまりけないところを見せれば最悪の場合マルベルト家とバイレウス家の仲に亀裂をれてしまう可能もある。
であるからして今回の俺のミッションは、バイレウスと戦いある程度の実力を見せつつも彼の眼鏡にかなわないが落膽もされない程度の評価をけることだ。……求められる條件厳しすぎじゃね?
仮に今の俺の実力であれば、バイレウスに勝つことはできないが手傷を負わせて逃げる程度のことはできると考えている。
俺が前世の記憶を取り戻してからの四年間、毎日剣と魔法の訓練も並行して行ってきた。十歳になった今では、マルベルト領の一般兵士なら難なく勝つことができるだろう。
しかし、その実力をこの男に悟られるわけにはいかない。もし俺の実力がバイレウスに知れれば、まず間違いなく自の陣営に引き込むべく、自らの娘を婚約者として送り込んでくるのは目に見えている。いずれ自由のをんでいる俺としては、それだけは何としても避けねばならない。
「どうした。遠慮はいらぬ、早くかかってこい」
痺れを切らしたバイレウスが、こちらを促してくる。このまま黙っていては向こうの方からかかって來そうだったため、ひとまず一度攻撃をするところから始めてみることにし、地面を蹴ってバイレウスに向かって行く。
俺がやる気になった事を察知しバイレウスが、さらに集中するのが見て取れた。俺はそんな相手に向かって不用意に木剣を振り下ろした。
當然相手が並の実力であれば、取れる選択肢は二つだ。即ち避けるかけるかである。それは実力者であるバイレウスも例に違わないため、彼が取ったのは避ける行為だった。
こちらとしても避けやすいように攻撃した――もちろん、相手に手を抜いていることを悟られないようにだが――ので、當然俺の攻撃は易々と回避される。
「はあ、やあ」
そこから避けられたことを焦った風を裝って、俺は我武者羅に剣を振り続ける。そんな俺の攻撃をバイレウスは涼しい顔で避けたりけ流したりする。
そんなやり取りが何度かわされたその時、ここでバイレウスが初めて攻撃に転じた。
「ふんっ」
「ぐ、ぐわあー」
手加減しているとはいえ、二メートル近い巨漢の男の攻撃を十歳になったばかりの子供の俺がけ止めきれるはずもなく、あえなく撃沈する。
そのままの勢いで吹き飛ばされた俺のは、地面に叩きつけられた。といっても、相手の実力を考えればこれでも手加減してくれているわけだが……。
そして、これは俺が狙っていたことであり、予定通りの行だ。それが証拠にもうそろそろアイツがやってくるはずだ。
「に、兄さま! く、よくも兄さまを!!」
そう、アイツとは俺の弟マークである。バイレウス辺境伯がマルベルト領にやってくるとわかった時點で、その目的の一つが次期當主である俺を見極めるためである可能があったことは予想できた。そこで俺はあらかじめマークに一芝居打ってもらうことにした。
それはバイレウスが俺の実力を見るために模擬戦を仕掛けてきたら、俺がわざとやられた振りをしてそれに逆上したマークがバイレウスと戦うという構図だ。
たった一撃でやられた俺よりもそのあと実力のある人間と戦えば、俺に対する印象はかなり薄くなると踏んでの作戦だったのだが……。
「はああああ!」
「ほう、やるではないか小僧。その年で強化の魔法をここまで十全に使いこなすとは」
狀況は俺の思通り逆上したマークがバイレウスに食って掛かるという構図なのだが、一つだけ想定してなかったことが起こっていた。それはマークが本気で逆上しているということだ。
兄である俺の目から見てもマークは決して勇猛果敢な格はしていない。寧ろおとなしく溫厚な人柄だ。だというのに、今のマークはまるで戦いにを置く戦士そのものであった。
なにがマークをそうさせているのかわからないが、バイレウスに放った木剣の一振りは常人のレベルを明らかに超えていた。それを難なく捌くバイレウスもまた化けだが、決して八歳の子供が放てる一撃などではない。
マークの猛烈な連撃をけてもびくともしないバイレウスだったが、さすがにずっとけ続けるつもりはなかったようでここで反撃に転じてきた。
その一撃はさきほど俺がけたものとは比べものにならないもので、當たり所が悪ければ下手をすれば命を落とす威力を持っていた。
「ふっ」
「はははは、いいぞ。いいぞ小僧。今のを避けるか、ならばこれならどうだ!」
どうやらバイレウスも興が乗ってきたようで、さらにギアを一段階上げたようなきを見せ始めた。マークはマークでその攻撃を的確に避け時にはけ流し、バイレウスと渡り合っている。
その攻撃は経験不足で稚拙なものではあるのだが、俺が嫌というほど教え込んできた強化の魔法がここで十全にその機能を憾なく発揮し、バイレウスとの実力差を埋める結果を生み出していた。
しかし、所詮はまだ子供であるマークに歴戦の戦士であるバイレウスの相手は荷が重く、徐々に均衡が崩れ最終的にマークの木剣が手から弾き飛ばされる形で決著がついた。
両者の決著を見屆けたところで、俺は気絶した風を裝いそのまま眠るため意識を手放した。
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