日が沈んだ巖山の天辺から遙か遠くの廃鉱のり口を魔法の千里眼で眺める一つの人影があった。

人影の正は巖の上に腰掛けるである。

白いワンピース姿のは気楽そうに長くて細い腳を差させながらっぽく組み合わせていた。

そんな彼の長いポニーテールの髪が夜風に吹かれて揺れている。

そのの橫には黒山羊の頭が置かれていた。

あの魔のである。

彼は貧乏そうな村でアスランを地下室に閉じ込めてから椅子に縛り付けて、包丁で捌こうとしていた悪魔的なだ。

アスラン曰く、Aである。

Aは腳を組みながら鉈のような包丁を片手でブラブラさせていた。

「へぇ～、あの坊や、見えてるんだ」

彼は魔法を使い、遠くはなれた場所からアスランの様子を窺っていた。

千里眼の魔法である。

彼はコボルトたちが村を襲撃した後も、遠くからアスランをずっと観察していたのだ。

それはアスランにホレたわけだからではない。

誤解されないように最初に言っておくが心からではないのだ。

彼には、彼なりに別の事があったからである。

Aが巖に腰掛けながら呟く。

「なかなかやるじゃない。コボルトを20匹ぐらい一人で倒したわね。最初にしては上出來よ」

すると彼が背負う夜の風景に、大きな影が割り混んで來た。

ユラリと朧気に揺れる影の部には悪魔の表がうっすらと映る。

その影の大きさは3メートルはあるだろう。

怪しげな影は半明なを夜空に溶け込ませるように揺らしていた。

その大きな影がAに太い聲で話し掛ける。

「あれがお前が見付けたか？」

Aが振り返らずに後ろの影に答えた。

「ええ、主様」

「あれがのぉ～」

何やら影の聲に不満が聞き取れる。

「あれではお気に召しませんぬか？」

大きな影は率直に答えた。

「うぬ、気に食わない」

「あらら……」

Aは振り返り大きな影を見上げながら言い返す。

「あれのどこが気にらないのですか、主様？」

「顔かな」

率直な意見である。

「あー、顔ですかー……」

Aは影の一言に納得したようだ。

「お前もそこは認めるのね」

「確かに顔はマヌケそうでスケベな形相をしています。表筋に絞まりもありませぬ。ですがは抜群だと思いますよ！」

「大きいのか？」

は眉をしかめながら小さく返す。

「確認しましたが、殘念ながら珍でした……」

大きな影がガッカリと肩を落としながら言った。

「まあ、あれをに使うのならば、首はもぐのだから面相は関係ないのだがな。でも、珍はな～……」

「ですよね～」

「だが、まだも未。長もしきっていないでわないのではないのか」

「その辺は、今後の長に期待して行きたいですわね」

「なるほど。しかし、別の信者たちもいているのだ。呑気にあやつの長を待っても要られぬぞ。子供から大人になるのに何年かかる」

「それは、問題ないでしょう。私が見付けた以上のを他の者たちが見つけ出せるとは思いませぬ」

「他の信者を侮ってないか？」

「今までの実績を見ていれば侮りたくもなりましょうぞ」

「大きく出たな」

「何せあのは転生者です。それにあの子は霊視の魔眼を持っているようです」

「霊視の魔眼か……。しかし、その程度で極上のとは限らんぞ」

Aがポツリと呟くように述べた。

「私は見たのです」

「何をだ？」

大きな影は首を傾げる。

Aは遠い夜空を見上げながら言葉を続けた。

「あの者の中にめる未來を」

「それはどのような未來だった？」

答えるAの顔は怪しく微笑んでいた。

その瞳の奧が魔法陣を輝かせる。

どうやら彼もなんらかの魔眼を有しているようだ。

「あれは魔王級まで長するやも知れませぬぞ」

大きな影も怪しく微笑みながらAに顔を近付けた。

赤く輝いた瞳での瞳を覗き込む。

の魔眼を通して何かをみているようだった。

「それはそれは、期待がなんとも大きいのぉ。魔王級とは馳走ではないか」

「なのでいずれは主様も、あれをとして認めてくれることでしょうとも」

大きな影が頭を引いた。

元の位置に戻る。

「それまでお前があやつを責任を持って育てると言うのか？」

Aがクスリと笑ってから返す。

「自然に育たないなんて使えないですわ。放置で試練を與えましょうぞ」

「複雑なタイプのスパルタだな」

大きな影は呆れている様子である。

だが、黒い表は微笑んでいた。

「さて──」

Aが腰掛けていた巖から腰を上げる。

そして、おの埃をパンパンっと手で払った。

「では、私も次のアジトを探しに行きましょうか。の長も大切ですが、日々の生け贄もまた大切ですからね」

そう言うとAは黒山羊の頭を小脇に抱え上げる。

「良い心掛けだ。では、次の生け贄も待っておるぞ」

「畏まりました」

Aが軽く頭を下げる。

その會話を最後に大きな影は大地の中に染み込むように消えてなくなった。

すると周囲から禍々しい怪しげな気配も消える。

そして影を見送ったAも巖山を下って行った。

「さて、ではでは、私も旅立ちますか、新たな生け贄を求めて──」

そう述べるとAは貧乏そうな村とは反対の方角に進んで行く。

そしてしばらくすると、その後ろ姿は夜の闇に同化して見えなくなった。