《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》十七話「先立つ者を見送りましょう」中

「沙和さんがいない? どういうことだ壱子!?」

「そのまんまの意味じゃ。沙和がいなくなってしまった。どの部屋を探してもいない!」

「分かった、僕も探す」

平間の脳裏に、いくつもの仮説か浮かぶ。

気分屋の沙和のことだ、寢ているのに飽きてその辺りを歩いているのかもしれない。

ふらりと遊びに來た鈴に「風邪気味だから」なんて言い出せずに、一緒に遊んでやっているのかもしれない。

もしかしたら、平間たちを驚かせようとどこかに隠れているのかも……。

質タチの悪いいたずらだが、平間にはそうあってしいと願ってやまなかった。

『何の変哲もない晝間に家を出て、それっきり誰も伍兵衛を見ていない』

かつて聞いた皿江の話がチラつくのを、平間は必死で頭から追い出した。

沙和に限って、そんなはずは無い。

しかしその不安は、一つ、また一つと部屋を改めていくにしたがって、どんどん大きくなっていった。

壱子と手分けして振り分けた部屋を、ついに見終えてしまった平間は、同じく自分の擔當分を終えたのであろう壱子と合流した。

「壱子、いたか?」

しかし壱子は平間の期待を裏切るように、力なく首を橫に振った。

「やはり、どこにもおらぬ。のう平間、まさかとは思うが……」

心配そうに言う壱子も、きっと平間と同じことを考えているのだろう。

かつて、ヌエビトを見た村人が忽然と姿を消した。

沙和もそれと同じではないのか、と。

もし萬が一のことがあれば……。

「平間、森に行こう。あの沙和のことじゃ、もしかしたら一人で森にって行ってしまったのかも知れぬ。ほら、最初あやつは『ヌエビトの寶を探す』などと言っておったじゃろう? それで私たちを出し抜こうとして……」

壱子が饒舌なのは、無理に明るく振舞おうとしているからだろう。

森に行ったのかもしれない。

そこまでは正しいが、壱子は平間と同じく別の原因を考えているのだろう。

つまりそれは、沙和が自主的に外へ出たのではなく、何者かに連れ去られたのではないかということだ。

しかしまだそう決め付けるのは早い。

「そうかもしれない。でも、沙和さんがそんなことをするとは思えない」

「では、どこに行ったというのじゃ!?」

「鈴ちゃんと遊んでいるのかもしれないじゃないか。村の中を探してみよう。森に行った可能を考えるのはそれからでいいだろう」

「……そうじゃな。では急いで探しに行こう。もうすぐ日が暮れてしまう!」

焦る壱子をなだめる気にもならず、平間はうなずいて壱子に続いて外へと踴り出た。

一番考えられる可能である鈴に會いに行くため、一緒に皿江の屋敷に向かう。

屋敷の前には、植木の剪定をする村長・皿江の姿があった。

み薄だが、取りこぼしを恐れる平間は皿江に聲をかける。

「すみません皿江さん、沙和さん……僕たちと一緒にいた子を見ませんでしたか?」

「ああ、あの娘か。いや、見ていないが?」

「そうですか……。では、鈴りんちゃんはどちらに?」

「鈴なら、川原のほうに遊びに行くと言っていたが」

「分かりました、ありがとうございます! 壱子、川原だ!」

「うむ!」

皿江への挨拶もそこそこに、二人は全力で駆け出す。

間もなく川原に到著し、平間は荒い息のまま周囲を見回した。

平間が立っているところよりかなり下流の方に小さな人影が複數立っているのが見えた。

彼らに近づくと、やはりそれは皿江の養である鈴と、一緒に遊んでいたらしい村の子供たちだった。

が、やはりここには沙和の姿は無い。

日も暮れかけて家に帰ろうとしている鈴に、すっかり息を切らせた壱子が話し掛ける。

「鈴、沙和は見ておらぬか……?」

「沙和おねえちゃん? 今日は見てないけど……。二人ともすごい汗だよ、どうしたの?」

「それが、いなくなってしまったのじゃ」

「いなくなったって、沙和おねえちゃんが!? なんで!?」

「分からぬ。どこへ行ったのかも分からぬから、こうして探しておるのじゃが……。もしや鈴、お主と共にいるのではないかと思っておったが、當てが外れてしまったようじゃ」

「だったら、あたしも手伝う! 夕暮れまでに帰ってくるように言われているけど、まだ時間はあるから!」

「ありがたい! しかし無理はせぬようにな。考えたくは無いが、どうもきな臭い気がするのじゃ。萬が一おぬしに何があるとも分からぬ、言いつけどおりに日沒までには帰るようにしてくれ」

「分かった。あたしも心配だしね。壱子おねえちゃんも気をつけて」

そう言う鈴の手を、壱子は包むように握ると、大きくうなずいて平間のほうに向き直った。

「平間、もうしだけ村の中を探そう。きっと見つかるはずじゃ」

――

しかしこの日、太が沈むまで村中を探し回ったものの、平間と壱子はついに沙和を見つけることは出來なかった。

二人は自らの足で歩いて回るだけでなく、途中で出會った村の人々に聞いてみたりも下が、誰一人としてその姿を見た者はいなかった。

ほうぼう歩き疲れた平間と壱子は、宿舎の広間で座り込み、れ込む日差しがどんどん暗くなっていくのを暗澹たる気持ちで眺めていた。

「沙和さん、どこに行っちゃったんだろうね……」

「風邪気味の沙和が、そんなに遠くにいけるとは思えぬが、しかし半日もあればその範囲もかなり広い。しかし沙和がどこに行ったか、その可能はいくつか場合分けできる。なくとも、三つにじゃ」

「三つも?」

「そうじゃ、まず一つ目は、沙和がヌエビトとは何の関係なしに気まぐれで出て行ってしまった可能じゃ。しかしこれは『考えられなくは無い』と言う程度のもので、沙和がそうする機は私には思いつかぬ。それゆえ、これは他に考えられる可能が全て否定されたときに結論とするべき『くずかご』のようなものじゃ」

「つまり、最後の最後に消極的に考える可能だってことね」

「そうじゃ。沙和を見つける以外にこれを証明することもできぬからな。次に考えられるのは、私たちが宿舎ここを離れた後に微熱程度であった沙和の溫が上昇し、神的に変調をきたしてしまい、夢遊病のように外へ出てしまった可能じゃ」

「高熱になるとふらふらっと何処かに行っちゃう、なんてことがあるの?」

「ある。そう頻度は高くないが……。しかしこれにも問題があって、そんな狀態の人間が晝間に、村の誰にも見られることなく何処かに姿を消すことができるとはあまり思えぬのじゃ」

壱子の言うとおり、村人は今日、誰も沙和の姿を見ていない。

平間たちのいる宿舎は決して村の中心部にあるわけではないが、かと言って隅のほうでもない。

仮に平間が「晝間に誰も見られずに村の外に出ろ」と言われても、功する自信はあまり無い。

それが高熱で意識が朦朧とした狀態であれば、なおさらだ。

「最後に、三つ目じゃが――」

伏せ目勝ちの壱子は、搾り出すように言う。

「――やはり、ヌエビトが関係している可能は捨てきれぬと思う」

「だよね……」

なんなら、平間もその可能を一番に考えていた。

それを一杯に抑えていたのだが、探せど探せど沙和が見つからない狀況下で、その不穏な考えがむくむくと大きくなっていったのだ。

「でも壱子、仮にヌエビトが関わっていたとして、それこそ村人に見られずに沙和さんを連れ去るなんてことは出來ないと思う」

「それはまあ、そうなのじゃが……ほら、怪しげなを使った、とか……」

いつに無く歯切れが悪いし、何より壱子にしてはあまりに非現実的だ。

これまで徹底的に現実的な考え方でヌエビトの存在を否定してきた壱子がいう言葉とは思えないくらいだ。

そんな平間のモヤモヤをじ取ったのか、あるいは彼で自覚していたのか、壱子は先ほどの自分の発言を吹き飛ばすように首を振る。

「怪しげななじゃと……? ええい、そんなはずがあるか! 怪異なんてものはこの世に存在しないから良いのじゃ! 実際にこの目で見てみたいと思っておったが、本當に出てきてもらっては困る!」

「壱子、落ち著いて……」

「落ち著いていられるか、病んでいる友が姿を消したのじゃぞ!」

「だからこそ落ち著くんだ。いま僕や壱子が焦ったって仕方が無い。もう村の中はあらかた探したし、あと心當たりがあるとすれば……」

「森、じゃろう、な……」

壱子の重苦しい聲に、平間はなるべく力強く見えるようにうなずいた。

それは、せめて目の前のを元気付けようとする平間の気遣いだ。

が、その気遣いもあまり奏功しなかったようで、壱子は不安そうな口ぶりで言う。

「しかし平間、もう日は暮れかかっておるぞ。かつて旅商人の夫婦が消えたのも夜の森に足を踏みれたときだと聞くし、夜に外を出歩くのは一般論で危険じゃ――」

「壱子、こんな時に何言ってるんだ! もし萬が一、沙和さんが森に迷い込んでいるとしたら、それこそ危険じゃないか!」

「そうじゃな、燈りを點けて、手短に探すことが出來れば問題ないか……」

自分に言い聞かせるように壱子は呟くと、大きく息を吐いて、両の手で自分の頬を勢い良く叩いた。

ぱちん、という気持ちの良い乾いた音は広間に響き渡る。

し頬を赤くしながら、壱子が立ち上がった。

「おかげで目が覚めた。よし、森へ行こう。著替えたらすぐに出発じゃ!」

「それでこそ壱子だ。必要なものがあったら言ってくれ」

「もちろんじゃ、私を誰じゃと思っておる。さっさと沙和を連れ戻すぞ!」

平間は気が逸るのを抑えて、森に行くための著替えを引っ張り出した。

やはり壱子はすごい。

あの線の細い雙肩に心強さを覚えながら、平間は負けじと気を引き締めた。

――

あらかた準備を済ませて、平間たちが宿舎を出たときには、空はもうほとんどが黒くなっていて、わずかに西に明るい空が殘っているのみだった。

確認するように、平間は壱子に問いかける。

「壱子、準備はいいかな」

「無論じゃ。急いで行こう」

迷い無くうなずく壱子に、平間は微笑む。

その笑みが底冷えする恐怖を押し隠そうとするものだと自覚しながら、しかし平間はまだ火のれていない行燈あんどんを攜えて、大おおまたに歩き出した。

傍らには壱子がいるし、その壱子の傍らに自分が立てる。

その事実だけで、平間は勇気が無限に湧いてくる心地がした。

薄暮の村を抜け、まもなく森のり口に差し掛かろうとしたころ、壱子が平間の裾すそを引いた。

「平間、止まれ。誰かが森の前におるぞ……!」

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