《わがまま娘はやんごとない!~年下の天才と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~》二十話「憎き化生を斬り裂きましょう」下

――

「壱子、どうしてここに? というか、ずっと探していたんだ」

「知っておるよ。ありがとうな、平間」

「どういたしまして……って、そうじゃない!」

突然大きな聲を出した平間に、壱子はあからさまに眉をひそめる。

「なんじゃ急に。何か不満でもあるのか?」

「大アリだよ。朝、君は『晝過ぎに帰る』って言ったよね。なのに、どうしてこんな時間になるまで帰ってこなかったんだ? いや、今だって帰ってきてすらいないじゃないか。壱子にまで何かあったのかも知れないと思って――」

「だからじゃよ」

「……は?」

「お主なら必死に私を探してくれるじゃろう? そう踏んだから、私はお主に何も言わなかった」

「何をわけの分からないことを……」

「そう言うな。私とて悪かったと思っておる」

壱子はそう言うが、いつもとあまり変わらずに飄々としているように見える。

どこまで詫びる気持ちがあるのか、平間にはいまいち分からない。

平間は「自分がどんなに心配したのか壱子にぶつけてやろう」と考えを巡らせ始める。

すると壱子がちょいちょい、とヌエビトの奧から平間のほうに手招きして見せた。

「壱子、僕は……まあ良いか。なに?」

憮然としたまま、平間は壱子の示すとおりに作りだと判明したヌエビトの裏に回っていく。

そこには角棒を攜えた隕鉄が立っていて、平間は思わず背筋をばした。

が、よく見れば、隕鉄の傍らには後ろ手に縛られた三人の男が、土臺というべきヌエビトの腳にもたれかかるようにして座らされていた。

彼らはいずれも壯年と老年の間くらいの年齢で、服から覗く四肢は細く、骨が浮いている。

ふと、平間はその男たちにどこか見覚えのあるということに気付く。

「壱子、この人たちって……」

「覚えておるじゃろ? 勝未村の者たちじゃ」

「やっぱり! だったら縛る必要なんて――」

「大アリじゃ。なぜなら、私はヌエビトを出すために一計を案じたのだから」

分かりきったことを言わせるな、とでも言いたげに壱子は眉をひそめ、人差し指をピンと立てた。

反対側の手を腰に當てたその姿は、なんと言うか、そう、すごく偉そうに見える。

「良いか平間、私が姿を消したとき、お主は必死で探し回ったじゃろう。どこを探した?」

「もちろん、村中むらじゅうだよ。すれ違う人にも聞いて回った」

「そうじゃろう。しかし、見つからない。日もどんどん落ちていく。さてここで問題じゃ。客観的に見て、この時にお主が取りそうな行は何じゃ? ただし、この場合お主は最の許婚を探しているものとする」

眉を用に片方だけ上げて、壱子は問いかける。

平間はし考えて、難しい顔をしながら答えた。

「その前提が納得いかないけど、夕暮れになろうが夜になろうが、森に行くと思うよ。実際、僕はそうしたし」

「うむ、その通りじゃ。しかしここで一つ、問題が発生する。それはヌエビトの発生條件についてじゃ」

「……どういうこと?」

どうして今この話になるのか、平間にはさっぱり見當が付かない。

う平間を教化してやろうと言わんばかりに、壱子は片手だけ腕を組み、もう片方の手の人差し指をピンと立てて見せる。

それから「ちょっと複雑な話になるが」と前置きして、すらすらと自論を展開していく。

「もともとヌエビトが私たちの前に現れたのは、沙和が行方知れずになった日の晩の一回だけじゃ。そしてそれが偶然『初めて夜に森へろうとしたとき』であったことから、ヌエビトが現れる條件とは『夜に森にろうとすること』であると思っていた。ここまでは良いな?」

「ああ」

「しかし今日、平間が夕暮れの森にろうとしてヌエビトが現れなかったらどうじゃろう」

「……ヌエビトが現れる條件が『夜であること』ではなくなってしまう、ってこと?」

「その通りじゃ」

満足げにうなずく壱子だったが、平間にはまだモヤモヤしたものが殘る。

「……で、それが何なんだ?」

「つまりな、『発生條件が夜』ではなくなることが『ヌエビト』にとって不都合であれば、ヌエビトは現れぬわけには行かぬということじゃ。うがった考え方をすれば、ヌエビトが現れる條件が晝夜の別ではないとなると、沙和の捜索を妨害するためにヌエビトが現れたと考えることも出來る」

「そりゃあ、沙和さんのいなくなった夜にだけ出てくるなんて、都合が良すぎるもんね」

「そう言うことじゃ。さて、今回は私というが夕暮れにいなくなり、お主は私を追って森にろうとした」

……まあいいや、そうだね」

「この時、もしヌエビトが現れなかったなら、いよいよ沙和の失蹤とヌエビトとの結びつきが強くなる。そして、その展開は『ヌエビト』にとっては不都合なことじゃと思われる」

長い言葉を切って、壱子はチラリと縛られた村の男たちに視線を向けた。

「では、今度はヌエビトの視點に立って考えてみよう。今回、私は勝手に姿をくらませただけであるから、『ヌエビト』には私が森のどこにいるのか知る由よしも無い」

「確かに、僕だって知らなかったからね」

「それは……悪かった」

「いいよ、続けてくれ」

壱子は小さく息を吐いた。

そしてしばらく考え込んでから、再び口を開く。

「私は、ヌエビトの役割が『外部の都合が悪い人間を森にれないようにする』ことではないかと考えた」

「つまり、ヌエビトは森の番人なんじゃないかってこと?」

「そうじゃ。それを確かめるため、私は黙って姿をくらまし、お主は私が森の中に消えたと思って村中を走り回るように仕向けた」

「本當に心配したんだけど」

「だから悪かったと……! ま、しかしそのおで、『ヌエビト』にも私が森に行ったきり、夕暮れになっても帰っていないことが知れたわけじゃ。すると森の番人たる『ヌエビト』はどう思う?」

壱子の問いかけに、平間は首をかしげた。

もし壱子の言う通り、ヌエビトが森に外敵をれない役割を持っていたとすると、壱子が夜の森に一人でっているのは看過できない事態だろう。

しかしだからと言って、壱子の行方は分からない。

夕暮れの森はかなり暗く、探すのも難しい。

となると、他の手を考えるしかない。

それも、確実のある手を……。

その時、かちゃり、と平間の頭の中で何かが噛み合う音がした。

「僕だ。僕を抑えればいい」

「おお! その通りじゃ」

壱子は嬉しそうに顔をほころばせ、頷いた。

「どこにいるのか分からない私を探すより、私を探すために確実に森にるであろう平間を待ちけるほうが、ずっと効率がいい。それに、私が森から出ようとした時に脅かすことも出來る。まさしく一石二鳥じゃ」

「ということは、壱子はヌエビトが森に現れるようにワザといなくなったってこと?」

「そうじゃ。もし萬が一、か弱い可憐なである私が、ふらふらと夜の森から帰ってきてしまえば、せっかく『夜の森は危険だ』などと脅しつけた甲斐がなくなってしまう。それどころか、この森に定著させたヌエビト伝説も、その信憑を一気に失ってしまうじゃろう」

「それは、森の番人であるヌエビトにとっては致命的だね」

「うむ。そして見ての通り、ヌエビトは現れた。そしてヌエビトとは『森の番人』であり、かつ虛像であるということが分かった」

そう言って、壱子は大きくびをする。

こういう仕草だけを見れば、壱子は年相応にさの殘るだ。

平間はチラリとヌエビトだと思っていたものを見、次いで隕鉄に捕えられた村人らを見た。

これを目の前の小柄なが仕組んだのか。

そう思うと、平間は思わず震いする。

「どうかしたか、平間?」

「え? 何が?」

「まさか、まだ私がお主に計畫を黙っていたのを怒っておるのか?」

心配そうに尋ねる壱子に、平間はなぜか頷いてしまう。

「そう、そうだよ。上手く行ったから良かったけど、本當、生きた心地がしなかった」

「しかしお主、演技が下手じゃろ。もし策の詳細を言っておったら、それはそれは白々しい探し方になっておったはずじゃ」

「それは、まあ、否定は出來ない……」

言いよどむ平間に、壱子はいつものらかい笑みを作って平間の目を真っ直ぐに見つめた。

「平間、お主を心配させたのは悪かったと思っておる。しかし、なりふりを構ってもいられなかったのじゃ。それにな、お主が私を心配してくれて本當に嬉しかった。ただ、結果的には人の気持ちを試す面倒くさいのような真似をしてしまったな……平間、許しておくれ」

そう言って、壱子は平間の手を取って上目遣いで視線を送る。

壱子の武を最大限に尖らせたその仕草に、平間は危うく無意識に首を縦に振りそうになった。

それを寸でのところで思いとどまる。

あざとい。

本當にあざとい。

壱子が己の長所をよく心得ているということがけて見えるようだ。

しかし平間は自分の単純さと壱子の計算高さに呆れながらも、目の前のを許す以外の選択肢を見つけることができなかった。

平間はしぶしぶ首を振り、隕鉄の傍らで縛られ、しゅんとしている男たちを指して言った。

「分かったよ。じゃあ、その人たちを村長さんのところに連れて行こう」

「……お主、何を言っておる?」

「僕、何か変なこと言った?」

先ほどのらしい表とはうって変わって、壱子はおおげさに眉をひそめた。

その変わりように、平間は自分が頓珍漢なことを言ったのではないかという不安に駆られて、あたふたと付け加える。

「だって、この狀況から見るに、その人たちが作りのヌエビトをかしていたんだよね?」

「ああ、その通りじゃな」

「だったら、それを村長の皿江さんに報告するべきじゃない?」

「……はぁ」

壱子はし考え込んで、顔を上げて數回口をパクパクさせたあと、何かを決心したように頷いて言った。

「あのな平間、こんなこと言いたくは無いが、お主は阿呆か?」

「な、阿呆とはなんだ!」

「この際、阿呆でも間抜けでもとんまでも何でも良い。考えてみよ、村人數人の獨斷でこんな大掛かりな創作ヌエビトを用意し、村の者に知られずにこっそりとかせるはずが無いじゃろうに」

「え、だったら……」

「そう、結論は一つしか無い。ヌエビトを作り出した犯人は、勝未村の村人全員じゃ。村ごと全員で結託してヌエビトの噂を流しておった。それ以外考えられぬ。そしてそうなれば勿論、村長の皿江も共犯に決まっておろう!」

人差し指を平間に突きつけて、壱子は息を荒くする。

小柄な彼らしからぬその迫力に平間は思わず怯むが、まだ納得できない。

「でも、村の人たちは何のためにそんなことをするんだよ。そうだ、そもそも僕らに調査に來るように言ったのだって、皿江さんからの要があったからじゃないか。自分たちでヌエビトの噂を作り出したのなら、それを暴かれる危険をどうして冒おかす必要があるんだ?」

「なんじゃ、そんなことか」

平間の反論を、壱子は一笑に付した。

「簡単なことじゃ。皿江がお主を呼んだ理由は、ほれ、私じゃ」

「……壱子が?」

全く予想外の壱子の答えに、平間は大いに困した。

――

「壱子と勝未村に何の関係があるんだ? えーっと、君ってこの村に來たことがあるの?」

「無い。そうではなく、私の頭にっている知識が問題なのじゃ」

「……いよいよ分からないんだけど」

「覚えておるじゃろう、ツツガムシに付いての報は、醫事方がとっくに公開しておるということを。そして私が皿江の話を聞き、村の記録を調べただけで『ヌエビトの呪いとはツツガムシ病ではないか』と気付いたことを」

「それは勿論覚えているけど……」

だからなんだ、というのが平間の正直な想だった。

濡れた火縄のような平間の態度に、壱子は呆れて首を振る。

「では、続きは他所で話そう。平間、隕鉄、行くぞ。ああ、その三人は縄を解いてよいぞ。武は預かったし、その様子では何が出來るわけでもあるまい」

壱子は帯に挿した扇子せんすを取り出し、素晴らしく流麗な所作で広げると、平間の橫をすり抜けるようにして歩き始めた。

「壱子、どこに行くんだ?」

「決まっておる。このヌエビト騒を引き起こした首謀者のところじゃ」

涼しい顔で言って再び歩き出した壱子だったが、すぐに足を止めてしまう。

そして平間にだけ聞こえる聲の大きさで、搾り出すように言う。

「平間、正念場じゃ。沙和の敵かたきを取るぞ」

靜かな怒りが篭もったその聲に、平間は何も言えずに頷いた。

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