「なにしてんの？」

冷ややかな聲が頭上から降ってくる。

「ぶ……部活……を……」

「こんな時間なんだから岸と帰れよ。校にはまだ俺らみたいなのが殘ってんだし危機持たねぇとマジで襲われるぞ」

「花ちゃ……今日、早退……して、て……」

同じような時間に帰ることは多々あった。ほとんどは花と一緒にいたけれど、単のときがなかったわけではない。そういったときに怖い経験をしたこともなければ、酷い噂を耳にしたこともない。

校ならば先生方もいるので安全と思い込んで油斷していたことは否めない。

「ご……ごめ……っ」

亜の視界が涙で歪む。泣く姿を見せまいと俯いたけれど、長い付き合いの優希にはお見通しだったようだ。

「立てよ」

目の前に差し出された手を見て、涙が零れ落ちた。どんなに悪ぶっても、優しいところはい頃からずっと変わらない。

 　こうして手を差しべてくれる優希の優しさに、申し訳ない気持ちが溢れてくる。

なかなか手を出さない亜に痺れを切らしたように優希が腕を摑んだ。引っ張るように立ち上がらされて、自分よりも大きくなったに抱きとめられる。

離れている間に優希の長は亜よりも十センチ以上も高くなっていた。

「……なんか、いい匂いする」

亜を腕の中に包み込みながら優希が呟く。

「部活で……マフィン、焼いた……から、かも？」

震える聲で答えると、ふ～んと興味なさげな聲が返ってくる。

亜は優希との短い會話でしずつ震えが治まっていくのをじた。

「助けたお禮に、ソレくれ」

優希の手が背中を離れて二人の間に距離が生まれる。

 亜は鞄に手を突っ込んで綺麗にラッピングされたマフィンを取り出した。

「丁寧に包んでるけど、誰かにあげるつもりだった？」

「み……みんなと同じようにしただけで……特に意味は……」

避けられるようになってからは、家に持ち帰って両親に食べてもらっている。優希に渡したい気持ちはあったけれど、関わりたくなくて避けている相手に聲を掛けられても迷なだけだろうと彼は思っていたのだ。

嫌われた自分に差しれをする資格があるはずもない。

考えれば考えるだけ自分を責めて落ち込んでいく。亜はとことんネガティブな人間だった。

「最近……一人暮らし始めて食生活れてんだよ、俺」

意外な言葉に顔を上げると、優希と視線がぶつかった。

「學校の近くにマンション買ったからって俺だけそこに住まわされた。親も俺なんかの世話をしたくないってことだろ。……捨てられたんだよ」

亜の記憶にある優希の家族は、夫婦仲がよくて二人とも優希と彼の弟ののぞむを心からしていた。家族四人で笑っている姿しか思い出せない。

「ご飯、は……？」

「今日の夜は確保した」

亜の手からマフィンを抜き取って軽く持ち上げる。

「そ……そんなの、ご飯じゃない……よ」

「俺、料理とかできねぇし」

「だったら、私が……っ」

私が作ってあげる、と言いそうになって慌てて口を噤む。しかし、しっかりと聞かれてしまったようだ。

「へぇ、栗林サンが作ってくれるんだ？ だったらお願いしようかな」

栗林サンという他人行儀な呼び方には悲しくなるけれど、亜は優希との接點を持てることの方が嬉しく思えた。

これが優希の食事の世話を始めるきっかけである。

優希とのやり取りは基本的に無料通信アプリを使っていた。自分に近付けば教師たちに目を付けられるから、と優希の方から提案したのだ。

い頃から一緒にいた亜は彼の食の好みも知している。

學校帰りにスーパーで買いをして優希の部屋に夕食を作りにいって洗濯や掃除を手伝ってから家に帰るという生活は苦ではなく、楽しいとさえ思えていたのである。