《不用なし方》第39話
亜の涙に優希はただ立ち盡くしていた。名乗っただけで泣かれるとは思ってもいなかったのだ。
だからといって優希を責める者はいない。責める理由もない。彼に名乗ることを許したのは亜の母で、彼はただ短く名乗っただけ。余計なことを言ったわけではない。
しかし、優希のは痛んだ。記憶はなくとも、彼の中に自分を恐れる気持ちがあるからだと思ったからだ。怖がらせることしかできないことが申し訳なく思えてくる。
そうでなくとも彼の涙には昔から弱かった。泣かれるとどうしていいのかわからなくなる。どうにかしてその涙を止めて笑顔にしてやりたくなるのだ。
近年彼を泣かし続けていたのは他でもない、自分だというのに。
「ん」
優希はぶっきらぼうにハンカチを差し出した。
「あ……ありがとう、ございます……」
ハンカチをけ取って顔に近付けた瞬間、亜はあることに気付く。
このハンカチ……同じ香りがする。
「さっさと泣きやんでくれないと、周囲の視線が痛いんだけど」
「優希っ」
優希の一言に彼の母が慌てて口を挾む。優希は謝ることもなくフラリとその場を離れていった。亜は、彼の両親が自分の両親に頭を下げているのを、不思議に思いながら眺めていた。
「亜さんたちはお參りが終わって帰るところ?」
が人懐っこい笑顔で尋ねてくる。すると、両家の間に流れていた気まずい空気が和らいだ。
「うん」
「そっか、これからだったら一緒にお茶でも……って思ったんだけど。……って、なんか買ってきてるし」
の呆れた聲を聞いて彼の視線の先を見れば、優希が紙コップを持って戻ってきたところだった。
「ん」
亜に向かって紙コップが差し出される。カップからは甘い香りがした。
「……ココア?」
「お前、甘酒苦手だろうが。取り敢えず、それ飲んで落ち著け」
亜のためにわざわざ傍の店で買ってきてくれたらしい。
「ありがとう、ございます……」
 禮を言ってカップをけ取り、息を吹き掛けながらゆっくりと口に運ぶ。
「味し……」
潤んだ眼のまま笑顔を浮かべて呟いた亜を見て、優希は抱きしめたい衝に駆られた。
自制心を総員してそのをどうにか抑えつけるけれど、自分の格上長時間耐えられるとは思えない。早々に立ち去った方がいいだろう。
「さっさとお參り済ませて帰らねぇ? 人混み苦手なんだけど」
優希は亜に背を向けて両親に聲を掛けた。
「あぁ、そうだな」
「これから人も増えてくるでしょうしね」
「じゃあ、うちも帰ろうか」
「そうね」
それぞれの両親がホッとしたような表を浮かべていた。
「じゃあ、また……」
ぎこちない挨拶をわして互いの両親が離れていく。
「俺らも行くぞ」
「そうだね。じゃあ、またね亜さん」
と優希も離れていこうとしている。
「あの……」
亜は意を決して聲を掛けた。
「ん?」
「ハンカチ……」
「あぁ……」
洗って返した方がいいと分かっていたけれど、他に呼び止める方法が思いつかなかった。
ハンカチをけ取るために優希が亜の方へと戻ってくる。
「あの……」
「ん?」
「ハンカチも、帽子も……ストールも、ありがとうございました」
ハンカチに向かってばした優希の手が小さく震えたのを亜は見逃さなかった。
「やっぱり……あなただったんですね」
「……なん、で……?」
「そのハンカチ、ストールと同じ匂いがしたんです」
「お前は犬か」
優希が突っ込みをれながら苦笑すると、それを見た亜のが苦しいほどに高鳴った。
亜の差し出したハンカチが手ごと摑まれて、顔が熱を帯びていくのをじる。心拍數も病気かと思うほどに上がっていく。
「……っ」
「早くいかないと、お前の両親が心配そうな顔して待ってるぞ」
「じゃあ……手を、離してください」
「力いっぱい握ってるわけじゃない。引き抜けばいいだろ」
優希は意地悪な笑みを浮かべたままかない。
「い……意地悪です」
「あぁ、俺は意地悪だ」
優希を見上げると視線がぶつかって、亜は勢いよく顔を逸らした。恥ずかしくて堪らない。
言葉をわしているのを見て気になったのか、が二人に近付く。すると、優希が亜の手を握っているのが見えて呆れ顔になった。
「兄ちゃん、そういうことしてると嫌われるよ?」
「……」
「はいはい、お參りいくよ~」
は二人の間をワザと橫切って繋がっていた手を強制的に離すと、そのまま優希の腕を摑んで両親の待つ方へと連れ去ってしまう。
手が離れると急に溫が奪われていく気がした。
「亜?」
「はぁい」
亜は母の聲に答えると、と優希の背中から視線を外して両親の許へと向かった。
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