《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第4話 山頂の城
バスカヴィル家の舊領地を見て、フリオ王はどうするのか。その真意はわからないけれど、行くことが決まってしまった。
王は狩りが好きみたいだから、山奧までおもむくのにも抵抗はないらしい。行くと決まると、いそいそと準備を進めた。
彼は護衛の騎士たちと馬で先行し、私はミラーと後続の馬車で運ばれることになる。
一日中、休むことなく馬を走らせる強行軍だった。
何しろ城下におれを出している、婚禮の日が迫っている。婚禮前に花嫁の素を調べるなら、急がなくてはならない。
「ちょっとこれ、なんとかなりませんかねえ……。國王は気取った都會の貴族かと思っていたのに、まるで野武者かイノシシです」
ミラーが馬車の窓から前を見て、いまいましげにこぼした。
前方には王と護衛の乗る馬たちの、たくましいが見えている。
「気取った都會の貴族だったら、森で拾った素のわからないを妻にしようとしたりはしないでしょ……」
森で出會ったからというのもあるんだろう。フリオ王は、私の目にははじめから、素樸な野味を持って見えた。
「どうでしょうねえ? 気取った都會の貴族もの香に目がくらめば、分なんて関係ないのでは? とくにあの王は好そうです!」
  ミラーはぶつくさと言う。
豪快でまっすぐな王と、繊細でずる賢いミラーとでは、もともと格が合わないのかもしれない。
「そういうミラーはどうなの?」
そちらへ矛先を向けると……。
「はっ、何を言い出すんですか!? ぼっ、僕をアレと一緒にしないでください!」
彼は顔を真っ赤にして怒っている。
揺れる馬車に胃の中を混ぜ返されているせいか、今日のミラーはとても機嫌が悪いみたいだ。刺激するようなことを言うのはやめておこう。
一方のフリオ王はやはり城にいるより、馬に乗る方が楽しそうだった。
護衛の騎士たちと話しているのか、前の方からときおり快活な笑い聲が聞こえてくる。
そういえば彼は初め、私を同じ馬の背に乗せたがっていた。
王と著しながら旅をするなんて落ち著かなそうで、私は馬車を希したけれど。
不機嫌なミラーと一緒に馬車に乗るのと、どちらがマシだったのか。
難しいところだ。
「それにしても、なんでこんなことになったのか……。せっかくソシエお嬢様の魔法が効いているのに。まさか領地を調べられるとは……」
しばらくして、ミラーが口元にハンカチを當てながらぼやいた。
王がわざわざ舊バスカヴィル領にまで足を運ぶのは、ミラーとしても想定外だったらしい。
「もしかして、調べられてマズいことが?」
私は聲を潛めた。
「そうですね……。バスカヴィル家は伝統的に魔法を扱う一族ですから、そのことは大きな聲では言えません。ですがすでに勘づかれているでしょう。王がどう思っているのかは知りませんが、バスカヴィル家をよく思っていない貴族は多そうですし」
「どういうこと?」
王の様子から私は、彼は何も知らないと思っていた。
馬車が大きく揺れ、ミラーは肘掛けにしがみつきながら続ける。
「バスカヴィル家がお取り潰しになったのは、魔法のウワサがあったからだと思うんです。取り潰しの理由がお嬢様が未婚ということだけでしたら、婿を取れば解決します。そうならなかったのはやはり……」
「陛下が魔法のウワサを聞いていたってこと?」
「というより、そこまで話は上がっていなくて、大臣辺りで処理されたのかもしれません。王はそこまで地方のことに興味がなかったんじゃないかとっ……あたっ!」
ミラーが舌を噛んだ。
「いたたた……。でもまあ、あの王はお嬢様にたいそうご執心のようですから、領で魔法のウワサを耳にしても、見て見ぬふりをするかもしれません。さすがに今は魔はけ継がれていないということで、お嬢様も口裏を合わせてくださいね?」
ミラーからそう言われ、私はとりあえずうなずいた。
フリオ王と結婚したいわけではないけれど、魔法のことを知られて自分のに危険が及ぶのも困る。
魔法自は面白いのに、殘念だな……。
*
舊バスカヴィル領は、聞いていた通り深い山の中だった。
山間にいくつか小さな集落があり、そこを王の一行が通るたび、畑を耕す人たちが驚いた顔で振り返った。
乗り酔いに閉口して馬車を止めた村で、小さな子どもたちが寄ってくる。
「ソシエお嬢様!」
子どもたちの笑顔には親しみがこもっていた。
私がこの土地の出だということは間違いないらしい。
「わあ、きれいなドレス! お姫様みたい!」
の子たちが次々と腰の辺りにまとわりついてくる。
そのの子たちも後ろから來る大人たちも、みな土で汚れた古布のような服を著ていた。
それにのよい都の貴族たちとは違って痩せている。
そんな中、私だけが王に保護されよい著を與えられていると思うと、後ろめたい気持ちになった。
子どもたちの母親らしきが、冷たい井戸水を運んでくる。
「ソシエお嬢様、戻られたんですか? お水をどうぞ」
「ありがとうございます」
旅で疲れたに冷たい水がよく染みた。
「ちょっと事があって、今は王族の方とご一緒しているんです」
ミラーが説明する。
が目を丸くした。
「ってことは、さっき通ったのが……!?」
「まあ、今回はお忍びなので……」
ミラーは人差し指を顔の前に立ててみせる。
「國王陛下が後妻を取られるって聞いたけど、まさか……」
こんな山奧の村にまで、ウワサが屆いているらしかった。
ただまだ結婚が決まったわけじゃないし、いろいろと突っ込まれても困る。それで私は話題を変える。
「それより、最近の暮らしぶりはどうですか?」
するとは顔を曇らせた。
「そうですねえ、正直、苦しいです……。流行り病は収まりましたが、働き手が減ってしまい……。出稼ぎ連中からの仕送りもなくなって、貧しい中、今年産まれた隣の赤ん坊は天に召されました……」
「………………」
想像以上の貧しさに、言葉がなかった。
「私……。何もできなくてごめんなさい……」
持っているブレスレットや髪留めを、の手に握らせる。
「こんなものしかないけれど……。何かの足しにしてください」
私が領主の娘なら、本來なら領民たちの暮らしを支える立場なんだろう。家が取り潰しになったなら、そんなことをする権利もないけれど……。
「そんな……、お嬢様も大変なのは知っています」
そう言いつつもは、私を立てて渡したものをけ取ってくれた。
*
その夜は、山頂にある舊バスカヴィル家の城にたどり著き、そこに泊まることになった。
王の配下が先乗りして、空き家狀態の城に寢床を作ってくれていた。新しい領主が城に役人を置いているかと思ったが、それもなかったらしい。
こんな狀況で領民たちの暮らしがり立つとも思えない。彼らはまるで捨てられた子どもみたいだった。
夜のバルコニーに立った私は星明かりの下でため息をつく。
ここは戦の昔に出城として作られた建で、バルコニーからは山の裾野に続く平野までもが見渡せた。
だが今はそのすべてが夜の闇に沈んでしまい、月と星だけが澄んだを放っている。
後ろでミラーの気配がした。
「ねえ、記憶を失う前の私が王に取りろうとしたのは、領民の暮らしを守るためだったの……?」
様子を見にきたらしい彼に聞いてみると、困ったような微笑みが返ってきた。
「そうじゃなかったら僕がお嬢様を口説いてましたよ。あなたは世界で一番しい人だから……」
「しい……?」
私は我が耳を疑う。
でも、あの語で悪い魔を「しい」なんて言っておだてるのは、鏡……つまりミラーの役目だった。真にけちゃいけない。
「おっと、口がりましたね。今のは忘れてください! きっとひどい馬車酔いのせいです」
月明かりの下、ミラーは私のそばまでやってきた。
そして手すりにもたれる私にそっと肩を寄せる。
「でもお嬢様、これだけははっきり言えます……」
さっきまで笑っていた聲のトーンが一転して、落ち著いたものに変わった。
「領民たちはあの王を恨んでいます。そしてこの僕も……」
「……え?」
ミラーの意外な告白に驚いた。
「だって考えてもみてください。お嬢様からこの城と領地を取り上げたのはあの男です。あの男が臣下と民を思う有能な王なら、こうはならなかったはず……」
私はとっさに周囲の気配をうかがう。ミラーの話は人に聞かれてまずい話題が多すぎる。
けれど月夜のバルコニーには自分たちと森と丸い月以外、誰の気配もなかった。
ミラーの手が私の肩にれ、髪に彼の頬がれる。
「そのくせあの男は、ずうずうしくもお嬢様のまで奪おうとしています。もちろん、お嬢様がこの國の王妃になられれば、それは僕にとっても喜ばしいことですよ? しかし、あの男には吐き気がする……」
れ合うを通して、彼の揺れくが伝わってくるようだった。
「僕は何を捨てても、お嬢様をあの王の妃にするつもりです。ですからふたりで、雪解けの國を乗っ取ってやりましょう……! これは復讐です」
“魔法の鏡”が毒のような言葉を耳に流し込む。
ミラーの思い通りに事が進めば、私は王の妃になり、白雪姫の継母になる――。
絵本の筋書き通りだ。
本當にこれでいいのか、すんなりはけれられない。
けれど周囲の狀況が、私がこの役から降りることを許してくれないみたいだった。
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