《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第32話 魔の末路
その時、誰かに呼ばれた気がした。
まるで鈴の音のような、明のある聲……。
何を言っているのかまではわからない。でもあれはきっと、助けを求める聲。
今考えると、あの時聞こえたのはアルテイアの聲だった。
聲に引き寄せられるようにしての中を漂い、気がつくと私は森の上空にいた。
目にまぶしい濃い緑、針葉樹の爽やかな香り……。
  それが一気に襲ってきて、私は失いかけていた五を取り戻した。
さっきは車に跳ね飛ばされたと思ったのに、今は森の上にふわふわ浮いている。
私は幽霊にでもなったのか。
ぼんやりと現狀をけ止めながら森を見下ろした。
森の中にある緑の草地に、の人が仰向けに橫たわっていた。
らかな草のドレス。痩せた。黒髪に、管がけて見えるような白い。
顔に見覚えがあった。あれは鏡に映る私の顔だ。
あまりに似ている。
彼と私には、何かしらの縁があるに違いない。例えば違う世界での自分?
だってこの世界は、私が知っている世界とは違う。
彼の服裝もそうだし、電柱の一本もない森は緑の輝き方があまりに幻想的だった。
私はふわふわと、自分によく似た彼に近づいていく。
それから彼の中が、空っぽなのに気づいた。
死んでいる? 私と同じように。
とっさに確かめようとして手をれた。
するとピリッと刺すような痛みが走り……。
次の瞬間、私は彼とひとつになっていた!
ソシエは強い魔法、幻の魔法を使ったために記憶を失ってしまった。以前、ミラーがそう推測していた。
きっとそれは半分當たっていて、殘りの半分は間違っていた。
ソシエが魔法と引き換えに手放してしまったのは、記憶でなく魂だったんだろう。
そうして空っぽになった彼のに、違う世界で死んだ私の意識が宿った。
*
異世界からの呼び聲、あの日のアルテイアの言葉がよみがえる。
――お願い! あの子を守って!
ようやく思い出した、私は……。
私はアルテイアに導かれ、スノーホワイトを守るためにこの世界へやってきた。
目の前では壁に立てかけられた大きな鏡が、ひとりでにガタガタと揺れていた。
鏡に映るのは兇悪な魔の顔。前王妃のアルテイアに似せているけれど、あれは彼じゃない。魔法の鏡が彼の顔を使って、私をこの世界から追い出そうとしている。
(そうはさせない!)
私は逆風の中で駆け寄って、もう一度鏡のふちをつかんだ。
今度は放すまいと、両手で力いっぱい。
「この世界から出ていくのは、あなたの方!」
鏡を頭上へ振りかぶり、足下めがけて力いっぱい叩き落とす。
ブンッと風を切る音。そして確かな手応えがあった。
鏡はガラス製だ。衝撃でガラスがバラバラに砕け、レリーフが刻まれた枠から外れて崩れ落ちる。
呆気なかった。いくら魔力を持っていても、鏡は鏡だ。
々になってしまった鏡はもう、アルテイアの顔を映すことも、それをもってスノーホワイトの心を掻きすこともできない。
私は役目を果たせたのか。
そう思った瞬間。
割れた鏡の欠片から、次々と黒いモヤのようなものが噴き出した。
(――何、これ!?)
腐臭のようなものが鼻につく。
強い悪意をでじた。
背筋が本能的恐怖に凍りつく。
禍々しいモヤは黒い筋となって、そこら中を縦橫無盡に踴り狂った。
『ウァアアアッ、よくもやってくれたなァア!?』
奇怪な聲が宮殿の空気を掻きす。
『を映す鏡としてこの世に生まれて三百年、私ほどのものを無に帰すなどと……フハハハハ、フハッ! 新しい王妃は兇人であったか!』
私は震えながら後ずさりする。
モヤのびは焼けた鉄の靴を履かされ踴り狂う、魔の斷末魔を思わせた。
『ァアアッ、お終い……これでお終いダァアア! しかしこのままでは済まさぬぞ!?』
唖然として見ている私の前で、モヤが集まり黒い大きな手を作る。
『お前もッ來い!』
禍々しい手がこちらへ迫った。
「いやあっ! 放して!?」
手首をつかみ、ものすごい力で引き寄せられた。
踏ん張る靴底が部屋の絨毯にこすれ、絨毯ごと引きずられる。
なんて力なのか!
ベランダの手すりが迫る。死への扉がそこに口を開けていた。
鏡と一緒に踴りながら死ぬ、これが魔である私の最期なのか。
そんな、イヤだ! こんな終わりになるなんて……。
すぐには現実をけ止められない。
たくさんの思いが一気にに押し寄せた。
ねえスノーホワイト、私はあなたを守れたの?
ミラー、ごめん……。あなたのする人を奪ってしまったこと、謝れなかった。
そしてフリオ……。大切にしてくれたのに、何も返せなくてごめんなさい。
ずっと惹かれてたのに……。好きだって言えばよかった。
二人目の妻にまで先立たれる彼を思うと、本當に居たたまれない。
あんなに魅力的な“王子さま”は、他にいないのに……。
(ああフリオ!!)
私は手をばした。れたいと思うその人の、イメージに向かって。
するとその手を握り返された。
「ソシエ! こっちへ!!」
大きな熱い手に、力強く引き寄せられる。
黒々としたモヤの手が離れ――。
それから衝撃とともに、私はフリオ王のに著地した。
「ソシエ!」
すぐさま背中に彼の腕が回ってくる。
私を抱きしめる彼の呼吸もれていた。
「あれはなんなんだ?」
フリオ王はモヤをにらむ。
「いや。何者であろうと、私の妻に狼藉を働く者は許さない!」
彼が私を背中にかばい、剣を構えた。
寶石が散りばめられた細の剣だ。彼が普段、王として人前に立つ時ににつける……。
それが抜かれるのを、私は今初めて目にした。
ヒュッとしなる音とともに、黃金の剣が宙を舞う。
放線狀の軌跡が、モヤを斜めに切り裂いた。
その瞬間、何が起こったのか。
次の瞬間にはモヤは、の粒となって消え失せた。
夢でも見ているみたいだった。
あれだけ荒れ狂っていた鏡の魔力が、一瞬にして消えてしまうなんて……。
「い、今の……」
「何かの魔に見えたな」
フリオ王は剣をするりと鞘へ収める。
「一なんだったのか……。きっと何かよからぬものだな」
あまりにざっくりした表現だけれど、確かに“よからぬもの”には違いない。
彼の視線に、私はうなずいてみせた。
「そのよからぬものを……、陛下は斬ってしまわれたんですか?」
「ああ……」
彼が腰の剣へと視線を戻す。
「この剣は聖剣として王家にけ継がれているものなんだ。儀式用のハリボテだと思っていたが、本當に邪悪なるものを払う力があったとは……」
そう言われて、私も剣へと目を落とした。
鞘にも柄にも華やかな裝飾が施されている。
けれどもその剣自に、特別な力があるようには思えなかった。
なくとも魔法の鏡からじたような、ただのとは違う強い気配はじられない。
(邪悪なものを払う力があったのは、剣ではなくて彼自じゃ……?)
私は頭の中でそんな結論に至る。
だってキスだけで死人をよみがえらせてしまうような人だ。
この王が、ただの人とは思えない。
ともあれ、彼は間違いなくヒーローだ。英雄と書いてヒーローと読む。
良くも悪くも世界で一番単純で、幸運で、周囲を明るく照らす存在。
そんなのはいいとこ取りでズルいけど……。
「どうした?」
「いえ……」
いつの間にか、私は彼に見っていた。
イケメン過ぎる顔にはようやく慣れてきたと思ったのに……。
ああ、本當にズルい……。
手のひらで顔を扇ぐ私に、彼は言った。
「ところで、ガラスが割れるような音を聞いて駆けつけたんだが、レディに怪我はなかったのか?」
「あっ、えーと、はい……」
そういえば王と大臣たちの會議室が、庭を挾んで向かいだった。王は異変に気づき、會議を放り出して駆けつけてくれたのかもしれない。
彼の視線が々になった鏡の殘骸に向けられた。
「そうか、この鏡が倒れて割れたのか」
(……あれ?)
「いつかこういうことになると思ってたんだ……。スノーホワイトはやたらとを溜め込む癖があるから」
私は思わず首をかしげた。
彼はさっきの“よからぬもの”と、割れた鏡の関連について気づいていないらしい。
狀況からして気づいてもよさそうなのに……。
(天然……なのかな?)
に溫かなものがこみ上げた。
そういうぞんざいさも、フリオ王がフリオ王たる所以なんだと思う。
豪快でまっすぐな彼がとてもおしかった。
「違うんです。私が鏡を割ったんです」
「君が?」
王は不思議そうに私を見つめる。
「そうですね……。話すと長くなるので、この話は時間のある夜にでもさせてください」
「そうか、それならそうしよう」
彼が私の頬にキスしてささやいた。
「初めて君からってくれたな。さっそく今夜、君の部屋へ行く」
「はい」
「夜が楽しみだ」
反対側の頬にもキスがきた。
そのから離れがたい思いが伝わってくる。
「ちょっと、ヒトの部屋で何やってんのー?」
聲に振り向くと、そこにはスノーホワイトが立っていた。
「妻にキスを」
「聞いてないし!」
平然と答えるフリオ王に、スノーホワイトがイヤな顔をしてみせる。
「お前は旅の間、ずっとソシエを獨占していただろう。私はキスも許されないのか」
「はぁ? そういうのは子どもの見てないところでやってよね?」
「見ていないところでならいいんだな?」
フリオ王が私の腰を抱き寄せた。
「何それやらしー!」
スノーホワイトは真っ赤な頬を膨らませる。
「あのう。陛下、そろそろ……」
王の従者が呼びに來た。
「そうだった。大臣たちを待たせているんだった。……じゃあな、ソシエ」
最後のキスは、名殘惜しげに前髪の付けに押しつけられた。
雪解けの國は平和だ。
ここは幸せな絵本のくに。
ハッピーエンドのあとには何があるのか。
私はワクワクしながら、まだ見ぬ未來へ思いを馳せた――。
ニジノタビビト ―虹をつくる記憶喪失の旅人と翡翠の渦に巻き込まれた青年―
第七五六系、恒星シタールタを中心に公転している《惑星メカニカ》。 この星で生まれ育った青年キラはあるとき、《翡翠の渦》という発生原因不明の事故に巻き込まれて知らない星に飛ばされてしまう。 キラは飛ばされてしまった星で、虹をつくりながらある目的のために宇宙を巡る旅しているという記憶喪失のニジノタビビトに出會う。 ニジノタビビトは人が住む星々を巡って、えも言われぬ感情を抱える人々や、大きな思いを抱く人たちの協力のもと感情の具現化を行い、七つのカケラを生成して虹をつくっていた。 しかし、感情の具現化という技術は過去の出來事から禁術のような扱いを受けているものだった。 ニジノタビビトは自分が誰であるのかを知らない。 ニジノタビビトは自分がどうしてカケラを集めて虹をつくっているのかを知らない。 ニジノタビビトは虹をつくる方法と、虹をつくることでしか自分を知れないことだけを知っている。 記憶喪失であるニジノタビビトは名前すら思い出せずに「虹つくること」に関するだけを覚えている。ニジノタビビトはつくった虹を見るたびに何かが分かりそうで、何かの景色が見えそうで、それでも思い出せないもどかしさを抱えたままずっと旅を続けている。 これは一人ぼっちのニジノタビビトが、キラという青年と出會い、共に旅をするお話。 ※カクヨム様でも投稿しております。
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「アイリーン・セラーズ公爵令嬢! 私は、お前との婚約を破棄し、このエリザと婚約する!」 「はいわかりました! すみません退出してよろしいですか!?」 ある夜會で、アイリーンは突然の婚約破棄を突きつけられる。けれど彼女にとって最も重要な問題は、それではなかった。 視察に來ていた帝國の「皇太子」の後ろに控える、地味で眼鏡な下級役人。その人こそが、本物の皇太子こと、ヴィクター殿下だと気づいてしまったのだ。 更には正體を明かすことを本人から禁じられ、とはいえそのまま黙っているわけにもいかない。加えて、周囲は地味眼鏡だと侮って不敬を連発。 「私、詰んでない?」 何がなんでも不敬を回避したいアイリーンが思いついた作戦は、 「素晴らしい方でしたよ? まるで、皇太子のヴィクター様のような」 不敬を防ぎつつ、それとなく正體を伝えること。地味眼鏡を褒めたたえ、陰口を訂正してまわることに躍起になるアイリーンの姿を見た周囲は思った。 ……もしかしてこの公爵令嬢、地味眼鏡のことが好きすぎる? 一方で、その正體に気づかず不敬を繰り返した平民の令嬢は……? 笑いあり涙あり。悪戯俺様系皇太子×強気研究者令嬢による、テンション高めのラブコメディです。 ◇ 同タイトルの短編からの連載版です。 一章は短編版に5〜8話を加筆したもの、二章からは完全書き下ろしです。こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 電子書籍化が決定しました!ありがとうございます!
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