《完璧曹司が、なぜか私にだけ意地悪をしてきます》逃げの一手
どうやら千鶴は、花園が遊び半分で郁を口説いていて、郁は彼にぞっこんになっている、と判斷したようだ。
(いや……ない、ない)
郁は出來る事ならば花園と関わりたくないし、彼も郁を嫌っている。ただ一つ、彼が當てたのは、『花園が郁で遊んでいる』という事だった。
(あんな人に言い寄られてるのに、わざわざ私を遊び相手にするなんて……本當、相當いい格してるよ、花園さんは)
しかし時々、その目にふっと切実なが浮かぶのを、郁は見てしまってもいた。こちらを強烈に求めるような、切ないあのまなざし。ふいにあの目で見つめられると、郁の理が揺らぐ。
(もしかして、花園さんは遊びじゃなくて……)
しかし、それはありえない事だ。もしも花園が郁を憎からず思っているなら、もっとまともなアプローチをしてくるはずなのだから。
(彼は『遊び』。それは前提として……とにかく、仕事にだけは影響してほしくない)
大金を立て替えてもらった以上、一斤屋の外で、彼のいいなりになるのは仕方がない。けれど、職場でありもしない噂を流されたり、勘ぐられたりするのはごめんだ。業務に支障が出るかもしれない。
(お弁當やめたい、って……ちゃんと言おう)
その時、スマホが鳴った。
『おい、どこにいるんだよ』
電話の第一聲で、花園は不機嫌そうだった。郁はやれやれと思いながら、彼と近くの公園で待ち合わせすることにした。
こそこそ従業員用のり口から出で、歩いて數分の貓の額ほどの小さいな公園に足を踏みれると、すでに花園がベンチに腰かけていた。
「なんで今日、休憩室にいなかったんだよ」
彼はむくれているようだった。
「あの、行ったは行ったんですが。マヌカンのかたが先にいて、居づらくて。すみません」
「それならそうで、連絡の一つもよこせよ」
「……申し訳ありません」
郁はそう言って、お弁當を彼に渡して彼の隣に座った。すると花園は、ちらっと隣の郁を見て、公園を見渡した。
「でも……外で食べるのも、悪くはない、かな……」
周りのビルに切り取られた、緑の木れ日が二人のすわるベンチにを落としていた。5月を目前にした今、こんな小さな公園でも、まぶしいほどの新緑で溢れている。
その景を見て、郁もうなずいた。
「そうですね。私も久々、です」
すると、いつも皮気にゆがめてられていた花園の顔が、ふと無邪気に緩んだ。
「それなら……明日からここで一緒に、食べる?」
郁の出方をじっと期待するようなその表は、どこか子どものような、犬のような、そんな風があった。
(え……な、なんでそんな事、言うの? この人、私が嫌いなはずじゃ)
こんな顔をされると、また調子が狂う。しかし郁は長年の接客スキルで心の揺を隠してにっこり微笑んだ。
「そうしたいのも、やまやまなんですが……ちょっと、明日からお弁當を作るのは、ご遠慮させていただきたくて」
すると、花園の眉がぎゅっと寄った。
「は!? なんで」
「その……私たちの関係を、他の社員の人たちに疑われては、困ると思うので」
「俺は別に困らない」
「私は困ります……。」
すると花園はふふんと笑った。
「じゃあいっそ、付き合ってるって公表でもするか?」
「いや、それは一番困ります」
「ふうん、本當の事、バラされるよりも? 中野さんは借金があって、それの返済を俺が――」
「やめてくださいっ」
こんな所で、何を言うんだ。誰が聞いているかもわからないのに。郁は焦りながら彼を止めた。何か、何でもいいから、代案を出さないと。しかし、もう休憩時間が終わりそうだ。遅刻するわけにはいかない。
「わ、わかりました。ですがこのままだと遅刻してしまうので、続きは仕事終わりまで待ってもらって、いいでしょうかっ。えっと、この公園でまた!」
郁はそう言って、頭を下げて逃げるように一斤屋に戻った。
やっぱり、お弁當はほとんど食べれなかった。
空腹をごまかしながらも午後を乗り切り、郁は花園が來るのを先ほどの公園で待った。ほどなくして、り口にピタリと車が止まった。運転席の窓が開いて、手招きしたのはこの間の書の男だった。
「申し訳ありません、中野様。花園はこの時間どうしても出られなくて。私と一緒に來ていただけますか」
丁寧にそう言われて、郁は恐しながら後部座席に乗り込んだ。
「すみません、ええと……花園さんは、忙しいんですか?」
「急な呼び出しがってしまったようで、中野様との約束に來られそうもないと言う事で、私がお迎えにあがらせていただきました」
それを聞いて、郁は申し訳ない気持ちになった。
(あの人って……意地悪な事はするけど、約束とかそういうのは、キッチリしてる方なんだな……)
逆に郁は、お弁當を渡せなかった時、連絡の一つもしなかった。花園が晝を食いっぱぐれる事より、マヌカンの彼や自分のことばかり考えて、それどころではなかった。
(これはちょっと……ちゃんと、謝らないとな)
郁は反省しつつ、書氏に告げた。
「わざわざ、すみません。花園さんのご用事が終わるまで、待たせていただければと思います」
「突然申し訳ありません」
穏やかな聲でそう言って、書は車を発進させた。唸るように高いビルの隙間に作られた東京の道路を、ゆうゆうと車を走らせる。4車線道路の車線変更も、複雑な道もお手のものだ。
(すごい、慣れてるな……)
運転一つで、彼がなんでもそつなくこなせ、目端の利く人だとわかる。こんな人を書に使っている花園は、つくづく曹司なのだなと思い知らされた。
ビルを抜け、高架橋の下のいくつもの石造りの端を渡り、車は坂道の多い閑靜な區畫へとった。
(いったい、どこに行くんだろう……)
郁はただただ、行き先の事を思いながら窓の外を眺めていた。
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