《婚約破棄されたら高嶺の皇子様に囲い込まれています!?》11.殿下が最強であることは自明の理です
特待生ロジェに指を突きつけられ、わたくしは目を泳がせた。
「ロジェ、忘れていたの? 魔法學実技はクラス合同授業でしょう? 思ったより早い再會になったねえ」
殺意のこもった目を向けられようが、殿下の余裕のある笑みは揺るがない。のんびりした聲に、赤髪の苦學生はわなわなと肩をふるわせている。
わたくしはちらっと左右を見回した。
よかった、食堂のいじめっ子にミーニャ=ベルメール――あとついでにレオナールもか。騒を起こしそうな面々は、なくとも視界の範囲にはいない。殿下とロジェのやりとりに集中できそうである。
というわけでちょんちょんと殿下の腕をつつき、そっと囁きかけた。
「殿下。恐れながら申し上げますが、ロジェ=ギルマンにこの授業で絡みに行くのはあまりよろしくないかと。彼、炎魔法でかなりの才能を発揮している學生なのです。萬が一対戦練習しましょうなんてことになったら、に危険が――」
「へえ、そうなんだ。ロジェ、せっかくだからぼくと魔法比べをしてみる?」
鎮火しようとしたつもりが、火に油を注いだらしい件。
やだこの殿下、案外好戦的ですね? 皇室で一番大人しい男って聞いてた前評判と違くない?
ロジェの震えが止まり、彼はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「へえ……そっちが対戦申し込んで來たなら、けるのが禮儀だよな?」
平民學生は腕をバキボキと鳴らした。がっつりやる気のようだ。
わたくしは気が遠くなり、ふっと空を仰ぐ。
ああ、今日はいい天気だなあ。こんな晴天の日は、気持ち良くお日様のを浴びたいなあ――。
「何あれ、特待生が皇子殿下にご無禮を……!?」
「いい機會だ、殿下にとっちめられてしまえ!」
こんな野次馬の衆目じゃなくて。
見世の気配に、皆自分たちの手を止めてわらわら集まってきている。
そして擔當教員は……ああ駄目だ、あの顔は「うほっ、若く才気溢れた魔法使い達の青春が見られる!」ってワクワクしちゃってますね。何なら誰よりも先に観覧席確保してるじゃない。
「シャンナ、立會人を頼める? 大丈夫、お互い怪我はしないようにするから」
わあ、名指しかあ……代わりにお前が対戦相手になれって言われるのとどっちがマシかな。でもしでも殿下が危ないと思ったらすぐ中止を申し渡せるのなら、悪くないのかしら。
わたくしは複雑な気持ちになりながら、「承知いたしました」と乾いた聲で答える。
ここでし、狀況の補足。
一學年はAからDの四クラスに分かれており、座學はクラス別に行われる。
平等教育の本家である皇國では、適材適所の理念の元、能力の高いものは武クラス、座學績の良いものは文クラス――等々、學生の得意分野によって振り分けが行われるものらしい。
我が王國では、分によって振り分けがされる。
だから皇子殿下は當然のごとくAクラスに編しているし、特待生であるロジェは平民の集いであるDクラスにいるのだ。
ちなみにわたくしは、本來であればB――いやCクラスの在籍なのだろうが、Aクラスの端っこにれさせていただいている。
學時にはまだレオナールの婚約者だったため、「將來は我が家の夫人になるんだから勵めよ」と侯爵閣下が気を利かせてくれた結果だったのではないかと思う。
おかげで「なんでの程知らずがAクラスにいるの?」と孤立待ったなしで、レオナールにネチネチいびられ続けることにもなったのだが……。
そういえば、婚約破棄され、ただの三下貴族になったのだから、C、いや激怒のDクラス降格も普通にあり得そうだ。
今のところそういった話は來ていないが、現デュジャルダン侯爵閣下は、まだわたくし達の婚約破棄をご存じないのだろうか?
レオナールのことは何とも思わないが、期待してくださっていたらしい侯爵閣下を失させただろうことには心が痛む。
どこかで謝罪する必要はあるのでしょうね……けれてもらえるかはわからないけれど。
閑話休題。クラス分けの話に戻る。
AからDまでのクラスは、実技の時間だけ合同授業となる。
魔法の才能はある程度伝する。どこの國でも、貴族の魔法使い率は高く、平民は低い。
貴族は學園に來る前から家で充分な教育をけており、魔法の扱いにも慣れている。
一方で、平民は才能に目覚めても伝手がなければ獨學にならざるを得ず、中には魔力があることがわかって學園に來たが、実踐経験は一度もない、なんて學生もいる。
つまりこの學園における魔法學実技とはどういうものなのかというと、お貴族様による平民マウント大會なのだ。
平民が呪文の詠唱で苦労しているのを橫目に、無詠唱で難なく火やら水やら出して見せ、「ええー呪文唱えてるのに魔法使えないなんて、才能ないんじゃない?」などとあおって自尊心を満たす。
あるいは貴族同士でも、上級貴族が下級貴族に格の違いを見せつける。
わたくしも、派手に土人形ゴーレムを作って拍手喝采されたレオナールに、「ラグランジュはこんなこともできないのか?」って鼻で笑われたものだったなあ……。
すみませんね、呪文を唱えてたいしたことない風を起こす程度しか才能がなくて。全く駄目ですじゃなくて、中途半端にちょびっとだけ使えるのが、なんというかまたわたくしらしい。
さて、ロジェ=ギルマンは特待生として認められただけのことはあり、わたくしよりもずっと魔法の才能に恵まれていた。
學當初は呪文詠唱にすらとまどっていたものの、持ち前の反骨神をバネに起し、今では教師も舌を巻く炎魔法の達人になっている。
対戦練習も認められている魔法學実技だが、基本的にこの學園では、分が低い者が高い者に挑戦することは許されてない。
だから、最初は魔法の使い方がわからずにいたロジェを散々対戦相手に指名しておもちゃにしていた貴族達も、彼が長するに連れて構わなくなっていった。
今ではロジェの練習相手は、もっぱら平民のみだ。ロジェは毎回元気を有り余らせていたことだろう。
しかし殿下は自ら名乗り出てしまった。
擔當教師がいざという時には防魔法を展開してくれることを祈ろう……そう思いながら、わたくしは合図の手を上げる。
「両者、構え」
「一番得意な魔法を撃ってきていいよ」
「へっ……なめられたものだな。後悔するなよ?」
殿下はにこやか、ロジェは腕まくりしてやる気満々だ。
「――はじめ!」
わたくしが手を下げるのと同時、ロジェが小さく何か呟いた。おそらくは簡易呪文を唱えたのだろう。たちまち殿下のいた場所に火だるまが上がり、周囲から悲鳴が上がる。
「ああっ、殿下!」
「あの平民正気か――!?」
「どうしましょう、わたくしたち全員、責任を取らされることになるのでは――」
阿鼻喚の中、ふん、と鼻を鳴らしたロジェが、わたくしに達に満ちた顔を向けてくる。
「おい、立會人。勝負ありの聲はまだか?」
「……こけおどし程度では、殿下は満足なされないかと」
「なに――?」
わたくしがため息を吐くと、ロジェはいぶかしげに眉をひそめる。
突如、火だるまが消える。強い突風に打ち消されたようだった。
先ほどと何ら変わりない様子の殿下が、ゆっくりと閉じていた瞼を上げ、ロジェを見據える。
「きみは存外優しいな、ロジェ=ギルマン。気を遣ってくれたんだね」
「んなっ――!?」
「でも、この程度ではぼくには屆かない。今まで全力を出せる相手がいなかったのでしょう? いいよ、本気を出しても」
唖然とした様子の特待生は、殿下が目を細めて言う言葉にすっと表を消し、構え直した。
「灼熱より出でしもの、煌々と燃え上がるを天に捧ぐ――」
「あー。こりゃまずい。オホン。きみきみ、ちょっとここまでにしておいた方がいいんじゃないのかね?」
詠唱の序文を聞いた教師が、慌ててわたくしに駆け寄ってきた。
そんな古代の詠唱文を知っている上に使いこなす自信があるのか、と心していたわたくしは、ちらっと教師を振り仰いでから、殿下の方に目を戻す。
彼もまた、ロジェの詠唱を耳にした瞬間から、なにごとか小さく唱え始めている。その目に焦りや迷いはない。
「……特に問題ないかと」
「いやあ。あのね、ロジェ君が今唱えてるあれね、大霊級の式なんだよ。つまり、暴発したらこの辺一帯全部燃えても不思議じゃない、危ないものなんだ。というか學校が吹き飛ぶかなー、なんて」
「では先生が聲を上げてみては? 殿下は消化不良になりそうですが」
「……ラグランジュ史は、皇子殿下が相殺してくれると信じる、と?」
「信じるというか……事実ですので。殿下の方がお強いですし、相殺魔法は功していますから」
わたくしはし困していた。
確かにロジェの放とうとしている魔法は危険で、本來であればすぐに中斷させねばらない詠唱だ。
だが殿下はあの程度であれば、対処できる。というか現在進行形でやっている。
わたくしごときに見えている・・・・・ものであれば、魔法の専門家たる教師だって當然理解できているはずではないだろうか?
「我が勇に応え、その剛を示せ!」
ロジェが手を掲げると、とぐろを巻く巨大な火の球が形された。
だがほぼ同時に、殿下もまた詠唱を終えて掌を天に掲げる。
「悪しきもののみが業火に焼かれよ!」
そして殿下の言葉が終わった途端、ロジェの作り上げた炎が霧散した。
彼は何が起こったかわからないようで、目をぱちくりさせている。
沈黙の中、わたくしはすっと手を上げた。
「そこまで。勝負ありです」
ほっと殿下が息を吐き出すと、さざ波のようにざわめきが広がっていき、歓聲になった。
「なあ。さっきの、何だったんだ?」
「殿下の相殺魔法ですか?」
「違う。あんたの方だよ、シャリーアンナ=リュシー=ラグランジュ。……何が見えていた?」
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