《婚約破棄されたら高嶺の皇子様に囲い込まれています!?》12.わたくし、何かやらかしました……?
赤髪の苦學生ロジェ=ギルマンという男子學生は、割と見た目通りの格をしているらしい。
つまりは、熱しやすい直型だ。
真っ向勝負で、おそらく彼の知りうる中で最も強い魔法を使い、けれど見事なまでに完封されたのだ。
もっとふてくされたり、信じられなくて再戦を求めたり、あるいはいかさまの類いを疑ったりしてもおかしくはなかったと思う。
けれど彼は勝負ありの聲を聞いてから數拍後、ぷはっと息を吐き出し、
「完敗だ! あんた、本當にすげえ奴なんだなあ」
と気持ちよく殿下への評価を改めた。
掌返しとは揶揄しまい。
きっとロジェが実力者であり、本気で挑んだからこそ、殿下の力がより理解できたのだろう。
というか、霊級の式を見てから対処なんて、普通はできませんからね!
相殺詠唱が間に合わないか間違えれば、當然迎撃は失敗。正しい対処方法を知っていたとて、魔力不足であれば火力負けしてやっぱり失敗。
いともたやすく行われるえげつない神業。実力社會とはお聞きしておりますが、皇室の教育は本當にどうなってるんですか。まさかとは思いますが、あんな魔法を練習でバンバン打ち合ってるんですか。
皇室で一番大人しい男(相対評価)という話なのであれば、ちょっとだけ納得できてしまう……。皇族って怖いなあ。
裏表のない素直な賞賛には、殿下もきょとんとした瞬きの後、てれっと頭に手を置いている。
「いやあ、ぼくもつい、いつもの癖で本気を出してしまって……」
「いつもの癖?」
「あ、いや……ええと、とにかく、あんな素晴らしいものを見せてもらって出し惜しみするのも失禮でしょう?」
「ふーん……」
ロジェはそっぽを向いたが、まんざらでもなさそうだ。さらっと聞こえた皇國では日常茶飯事でした疑については、後で記憶から消しておくことにしよう。
わたくしの隣では「ええもん見たわい!」と教師が號泣しており、周囲からは拍手が、やがて歓聲が上がる。
「ほうれ、皆自分の研鑽に戻るように。良いかの、霊級式は、実力が伴われておらねば詠唱の途中で吐するからの。最悪口から胃が飛び出るからの。相殺魔法はもっと酷いぞ、ミスると首から上が消し飛ぶからの。今のが格好良かったからといって、安易に真似するでないぞう」
教師が騒なことをほのぼの言いながら、野次馬を追い払っていく。
……まあ、思いっきり見學者第一號と化していたとは言え、対戦中は地味にずっと杖を握って構えていたし、指導としての義務は果たしていた……のかな……?
殿下とロジェはすっかり打ち解けた様子で、お互いの魔法について楽しそうに話していた。が、不意に會話が止まり、視線がわたくしに集まる。
「なあ。さっきの、何だったんだ?」
「殿下の相殺魔法ですか?」
「違う。おまえの方だ、シャリーアンナ=リュシー=ラグランジュ。……何が見えていた?」
……ん? 今完全に「殿下すげー」「ロジェもすごいよ」の流れでしたよね? なぜわたくしに矛先が向いたのでしょう。
困していると、ロジェがはーっと大きな息を吐き出し、指をピッと立てて続けた。
「まず、最初。俺が派手に火だるまを作っただろ。ちょっと細工もしたから側の奴に危険はない魔法だったが、まあ見た目は派手だし、それなりの熱さはじるし、近くででっけー火柱が立ったら普通しは慌てる。皇子サマは一瞬でその辺見抜いたらしいが――あんたもさ、あのとき全く中止を考えてなかっただろ?」
『こけおどし程度では、殿下は満足なされないかと』
「つまりシャンナには、炎の見た目の割にぼくが危険でない確信があった。同時に、ロジェがどういった魔法を使ったかも理解していたということだね」
皇子殿下が穏やかに補足すると、うんうんとロジェは頷き、二本目の指を立てた。
「次。霊級式を展開したとき、あんたは危険をわかっていてあえて止めなかった。……何のことですかなんて顔すんなよ、先生が相変えて駆け寄りに行くのを目の端で見たっつの。言っておくが、俺はやめって言われたらやめるつもりだったからな? 一応は……」
「今度は本當に真剣な魔法が放たれることも、それでいてぼくが相殺することもシャンナは確信していたってことだね。わからなくてぼんやり見過ごしたのじゃなくて、理解した上で見屆けた。……ちゃんと立會人を果たしていたということだ」
口々に言ってくる二人を互に見つめ、わたくしはこまる。
「あの……わたくし、何かまずいことをしたのでしょうか……?」
「いや、まずいっつか、すげーじゃん。実はとんでもねーやり手ってことだろ? なのになんでベルメールに一度もやり返さなかったのか、よくわかんねーけど……」
……んんん? これはどうも、り行きで誤解と過大評価をけている気がしてきた。
わたくしはふう、と息を吐き出してから、手でお椀の形を作り、簡単な風魔法の詠唱を唱える。
ひゅるる、としだけわたくしの手の中に風が立ち、そして消えた。
目の前で繰り広げられた魔法に、ロジェ=ギルマンが眉をひそめる。
「なんだよ、ふざけてんのか? 俺のとっておきの手のを見抜いた奴が、その程度しかできないわけねえだろ」
「いえ……今の、割と頑張っての結果です。これが一杯なのですよ、わたくし」
「……え、マジ?」
「“沈黙のシャリーアンナ”は、ぐずでのろまで何の取り柄もないと伝わっていませんでしたか? 悲しいことではありますが、その話自は事実ですので。わたくしには、この程度の魔法の才能しかありません」
ロジェ=ギルマンは信じられないものを見る目になっている。
すると今度は、皇子殿下がため息を吐き出して苦笑した。
「――ってシャンナは思い込んでいるみたいなんだけどね。まあ、今のでほぼ間違いないと思う。彼、霊眼の持ち主だ。それもかなり高級のね」
「霊眼て――魔力が目に見えるって、あれか?」
「そう。だって初めて會ったときから、ぼくのことすごく見づらそうにしてるのだもの。一応抑えてるつもりだけど、どうしても収まりきらないらしいから……」
「……てことはあんた、ダダれ魔力の自覚があったくせに、霊眼使いのことを連れ回してたってことか? ひどくね?」
「いやあ……だって本人が『わたくし、一般人ですので』って態度を崩さないから。あとはほら、ずっと明るい場所にいれば、そのうち目が慣れるのと同じようなじにならないかな、って――」
「俺あんたみたいな奴のこと、なんて言うか知ってるぜ。天然ドS野郎だ」
「えっ……?」
二人は勝手に話を進めているけれど、わたくしはに覚えのない話に首を傾げるしかない。
「シャンナ、『そんなご冗談を』って顔してるね……」
「いえ、確かに殿下のことはお會いしてよりこちら、常にまぶしく見えておりましたし、ロジェ=ギルマンにも似たような波はじられるものの、殿下より弱いなあとは思っていましたが……」
「この野郎……事実なんだとしてもなんか腹立つな……」
「逆に今まで自覚はなかったの? 誰かに指摘されたこともない?」
「おまえの目は鬱陶しいからこっちを見るな、なら何度か言われましたが……」
わたくしが返すと、男子學生二人は顔を合わせ、なんだか難しそうな表になります。
そういえば、周囲の人達から立ち上る煙のようなのようなあれ、前はそこまではっきりと見えなかったはずですが、最近――ちょうど殿下とお會いした頃ぐらいから、はっきり見えるようになったような……?
「……まあ、いいや。とにかく、皇子サマは真っ向勝負で俺を上回った。お嬢サマは俺の手のを見抜いた。どっちにしろ、きれーに負けたわけだ。俺はあんたらに従うよ」
……よくわかりませんが、殿下が友人にしたがっていた方がお迎えできたのであれば、わたくしも喜びましょう!
あれ? でもやっぱりそうすると、特待生の劣化版たる凡人のわたくしは解雇では?
「シャンナ、やったね! これでますます學園生活が楽しめそうだ」
ああ……やっぱりわたくしも殿下チームの一員の一人なのですね。
霊眼とやらはきっと気のせいだろうと思いますが、捨てられぬ限りはお仕えしようと決めたのですし、これからも頑張りましょう、わたくし!
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