《売れ殘り同士、結婚します!》2話 目と鼻の先
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「大河原先生、おはようございます」
「橋本ハシモト先生。おはようございます」
「なんか今日疲れてる?大丈夫?」
「ちょっと寢不足で……でも大丈夫です。ありがとうございます」
蘭ちゃんの結婚式から二日後の月曜日の早朝、六時半。
早番のため、五時に起きた私は瞼の下にできてしまった濃いめのクマを必死にコンシーラーで隠してから出勤した。
昨日は一日悶々としていて、今日もここに來るまでの足取りは重く布団から出たくなかった。
なぜかと言えば、そんなの冬馬のせいに決まっている。
"どうやら俺たちは二人とも売れ殘り同士らしいし。……約束通り、結婚しようぜ"
土曜日のあのバーでの出來事は、夢だったんじゃないか。
そう思いながら目覚めた昨日、日曜日。
"昨夜の、夢だとか考えてんじゃねーよ?ちゃんと現実だからな。後で連絡する"
朝一番にスマートフォンに送られてきたメッセージを見て、冬馬にはそんな私のことはなんでもお見通しなのだと知って頭を抱えたくなった。
頭は冷靜だった。酔ってなんかいなかった。あの時の私はそう思っていたけれど、果たして本當にそうだったのか。
お酒の勢いも多なりともあっただろう。
だってそうじゃなきゃ、いくら昔から知ってるとは言え、付き合ってもいない人からのプロポーズにOKするか?普通。
でももう頷いてしまったわけだし。
正直言えば、ドキドキした。
冬馬の真剣な瞳に目を奪われて、が高鳴った。
あの約束が、漠然と頭の中に十年以上殘っていたのも事実。……それに。
……お互いのことはそれなりに知ってるから、気遣わなくていいのも正直楽と言えば楽。
でも本當にこれでいいのか……?
そもそも、冬馬こそ酔ってたんじゃないの?からかわれた?私の反応見て面白がってた?……いやいや、冬馬はそんな酷い男じゃないしつまらない冗談でからかうような人じゃない。
面倒なことが嫌いで、優しくてかっこいい男だ。
……でもじゃあ、どうして私に?あの約束だって、冬馬が覚えてるなんて思っていなかった。
……ああもう、急展開すぎて全然頭働かないっ……。
起きてからすでにパニックだった私は、そのまま無駄に頭を悩ませているうちに一日が終了。
夜に冬馬から"次の金曜日あいてる?"と連絡が來て、土曜日のことも改めて本気なのかどうかを聞こうと思って了承の返事をした。
そんなことがあり、今日もあまり眠れなくてあくびが止まらない。
メイクで隠せたかと思ったけれど、寢不足の疲れ切った顔はどうしようもなかったようだ。
けれど、出勤したらもうそんなことは言っていられない。しっかりしなきゃ。
同僚の橋本先生と一緒に會話しながら門の鍵を開けて園の中にっていく。
ここは都の閑靜な住宅地の端、最寄り駅からは徒歩十分の立地にある認定こども園、【にじいろ保育園】だ。
元々この土地に昔からある保育園だったものの、そこに稚園の機能を追加した、いわゆる"保育園型"で児福祉施設としての位置付けがされた認定こども園で、生後六ヶ月〜就學前までの子どもたちをお預かりしている。
正式名稱は【認定こども園:にじいろ保育園】と々ややこしく、普段は今まで通り【にじいろ保育園】で通っているし、保護者の多くもそう呼んでいる。
築年數が古く老朽化が問題視されていた園舎も三年前に建て替えられ、木の溫もりがらかな開放あふれる二階建ての新しい園舎と、シンボルのツリーハウスが目を引く広い園庭が自慢。
未満児クラス以外はお部屋の壁を無くして開閉自由な仕切りにしたことにより、縦割り保育で異年齢との流も積極的。
子ども一人一人の個に寄り添い、遊びが中心ののびのびとした保育を行なっている。
そんなにじいろ保育園で働く私は、気が付けばすでに社會人十年目を超えており、一度転職を経験しているとは言え離職率の高い保育の世界では立派な中堅となってしまった。
ここ、にじいろ保育園で働く保育士は、早番、中番、遅番のシフト制で勤務しており、登園する園児の數にもよるけれど月に二回ほど土曜保育が回ってくる。
ご両親の仕事の都合により、朝早い子は開園時間の七時と同時に登園してくるため、早番の保育士は毎朝時間との勝負だ。
出勤してしまえば仕事が忙しいから他のことなんて考えている余裕も暇もなくなる。それが今の私にはとても都合が良かった。
今日も急いでタイムカードを切り、掃除に向かう同僚たちを見送った私は職員室で充電されているタブレットを手に取り電源ボタンを長押しした。
保護者からのお休みやお迎え変更の連絡などは大専用アプリを通してこのタブレットに送られてくる。
今日は私は玄関で園児たちを迎える役割を擔っていた。
タブレットを持ちながら移している間に続々と送られてくる報。それを整理し、園の玄関に置かれているホワイトボードに名前を書き寫す。
そうしているうちにあっという間に七時になり、
「おあよーごじゃいましゅ!」
扉が開くと同時に今日一番最初の元気な聲が聞こえてきた。
「ゆめちゃんおはよう。ゆめちゃん、元気にご挨拶できたねぇ」
「うん!」
「おはようございます」
「お母さん、おはようございます」
二歳児クラスのゆめちゃんとそのお母さんが登園してきて、後ろからも続々と園児が扉をくぐってくる。
「おはようございまーす」
「あ、しずくせんせーおはよー」
「おはようございます。なごみちゃんおはよう」
「しずくせんせーおはよーございまーす」
「ひなたくんおはよう」
「おはようございますしずく先生」
「おはようございます」
「しずく先生、これ先月の延長料金です。遅くなってすみません」
「あ、ありがとうございます!」
「しずく先生、これ先日保育園でお借りした洋服です。ありがとうございました」
「あぁ、いえいえ、こちらこそありがとうございます」
園児と保護者一人一人に笑顔で挨拶をし、保護者の方からの提出や返卻をけ取り、お子さんについての心配事なども聞きつつ、砂で汚れた玄関を掃き掃除しなから電話対応もして出勤してくる保育士や各お部屋で待機している先生方への申し送りもして。
目まぐるしいほどに忙しい時間を送ること、きっかり二時間半。
時計を見ると、すでに九時半の登園完了時間になっていた。
一息吐く間も無く、軽く玄関の掃き掃除を行なった後にタブレットを持って職員室へ向かい、朝禮をしてから擔任をけ取っているひまわり組へのお部屋へ向かった。
私は今年、數あるクラスの中でも一番大きな年長さんクラスのひまわり組の擔任をしている。
厳に言えば昨年度からの持ち上がりで、園児も保護者もほとんどが見慣れているから新鮮味はあまり無いものの、子どもたちも慣れてくれているからか充実した毎日を送っている。
「あ!しずくせんせー!」
「しずくせんせーきたー!」
「せんせ、せんせ、こっちきて!」
「いっしょにあそぼー!」
「オレもー!」
「だめぇ、しずくせんせーはわたしといっしょにあそぶのー!」
「オレがさき!ブロックでひこうきつくるの!」
「わーたーしー!おえかきするのー!」
こうやって取り合ってくれるのもいつものこと。
可くて本當に嬉しいやり取りに、顔が綻ぶ。
「遊ぶのはまた後でね。はい、じゃあ時間なのでまずはひまわりさん、お片付けしますよー」
「えー、もう?」
「もうだよー、ほら時計見て?今短い針どこにあるー?今何時かわかる子いるかなー?」
「んーと、えーっと、みじかいはりはね、もうすぐジューになる!」
「そうだね。もうすぐ十時になるね」
もうちょっと可らしいやりとりを見ていたい気持ちをぐっと堪えて、時計を指差して片付けを導してからカレンダーの前に向かった。
「はい、それじゃあ今日のお當番さんは誰かなあー?」
日めくり式になっているお當番表。
それをぺらりと一枚捲ると、可らしいツインテールが魅力的なちづるちゃんとキリッとした目元がすでにかっこいいゆうじろうくんの顔寫真が出てきた。
「お、今日はちづるちゃんとゆうじろうくんだね。二人は前に出てきてくださーい」
「はーい!」
「はぁい」
私の呼ぶ聲に素直に出てくる二人が可らしい。
ひまわり組では、毎日お當番さんを決めて朝の會を行っている。
朝のご挨拶と日付と曜日の確認、時計の読み方のお勉強と月ごとのお歌を歌う。
それが終わるとクラス別保育の時間で、今日のひまわり組は來月行われる発表會の練習をすることになっていた。
オペレッタを行う予定ですでに配役も決まったため、あとは練習あるのみ。
子どもたち全員に平等にセリフがあるためか歌が多いからなのか、意的に取り組んでくれているし卒園前最後の発表會で私たち保育士の方が泣いてしまうんじゃないかと今から頭を悩ませているくらいだ。
慌ただしく練習をして午前の保育を終えた後、給食を食べて午睡の時間。
年が明けるまではまだ年長さんでも午睡の時間を設けているため、他の擔任に任せて私は職員室でパソコンの前に座る。
「はぁー……」
ようやく一息つけた気がして、思わず深いため息がこぼれ落ちた。
「大河原先生、お疲れ様」
「佐藤サトウ先生。お疲れ様ぁ」
「はいこれ、良かったら」
「わー、ありがとう。助かる」
にじいろ保育園で現在唯一の私と同い年、佐藤 由紀乃ユキノ先生。今は三歳児クラス、つまり年さんのクラスをけ持っている。
同い年だから話が合い、同僚というよりはすでに友達のようなもの。仕事中は佐藤先生と呼んでいるけれど、プライベートでは"由紀乃""しずく"と呼び合うほど仲良くしてもらっている。
先に職員室に來ていたらしい佐藤先生は私の分のコーヒーを用意してくれて、わざわざここまで持ってきてくれた。
ありがたくけ取って一口飲むと、苦味がに染み渡るようでとてもおいしい。
「朝から顔悪いし、寢不足でしょ?ちゃんと寢ないと力もたないよ」
「うん。考え事してたら眠れなくって。……あ、佐藤先生、土曜の夜とか空いてる?聞いてほしいことあるんだけど」
「土曜?あー、私出勤だから、その後でよければ」
「うん、それでお願い!」
「りょーかい」
にこやかに頷いた佐藤先生に謝しながら、私は再びパソコンに視線を戻す。
來週はリーダーだから今日中に週案進めておかなきゃ。來月の壁面裝飾もそろそろ考えないと……去年はリスとどんぐり作ったんだっけ?
正直作ってる暇無いし去年の使い回していいかな……園児にバレるかな……いやその前に主任に怒られそうだなあ……一応後で置見に行こう。
あ、そうだ、來週は避難訓練もあるんだった。それも加味して週案作って……あとクラスだよりもそろそろ作らなきゃ。
原稿の擔當は……今月は津村先生だからそっちは問題無いから大丈夫。載せる寫真どうしよ。明日練習風景の寫真撮るか……。
主任に寫真用のスマホ借りて……あ、お母さん方に発表會の裝の連絡もしないと。
誕生會のカードもそろそろ作り始めなきゃ間に合わないかなあ。あとは……──
考え始めればいくらでもやらなければいけないことが増えていき、頭がパンクしてしまいそう。
こういう時に要領がいい先生方が本當にうらやましいと思う。
頭をフル回転させながらキーボードを叩いていると、あっという間に午睡の時間が終わる。
「やっば……」
急いでお部屋に戻って午後の活を開始した。
*****
早番の保育士の勤務時間が終わる、十五時。
私は一時間ほど職員室で殘業をしてから園を出た。
季節は秋。保育園を出てすぐの角を曲がると、辺り一面を山吹に染め上げるイチョウ並木が続いている。
早番の日は夕食を自炊するのが私の中での決まり事。
買いに行きたいけれど、財布にお金ってたっけ?
そう思って鞄から財布を取り出して中を確かめる。
すると、
「……あ」
お札れに先日もらった冬馬の名刺がっているのを見つけた。
そういえばここにれたんだっけ……。
どうせまだ時間はある。近くにある小さな公園のベンチに腰掛け、改めてその名刺をよく見てみる。
「崎総合法律事務所……そういえば、この名前どっかで……」
既視を覚えつつも、その名前をどこで聞いたのかを思い出せない。
しかしその下に書いてある住所を見て、驚いて固まった。
「……ここって……」
どう見ても、にじいろ保育園のすぐ側だ。
というか、今私がいる公園ら辺が正しくこの住所なのでは?
思わず立ち上がり、辺りを見渡す。
大きめのマンションや飲食店、住宅地のため學習塾などの習い事の看板も目立つ。そんな中でも一際大きくて目を惹く一つのオフィスビル。
「……噓でしょ?」
そっと近寄ってみると、そこには"崎総合法律事務所"の文字があった。
にじいろ保育園とは目と鼻の先の距離。まさかこんな近くで働いてるなんて、今まで何年も働いてきたのに全然知らなかった。
しばらく買いに行くことも忘れ、名刺を持ったままビルをポカンと見上げていた。
中から出てくる人々が、ちらちらと不審な目でこちらを見てくる。
その視線によって正気に戻り、私は慌てて歩き始めた。
……冬馬は、あんなすごいところで働いてるんだ……。
弁護士になっただけでも本當にすごいのに、さらにはあんな大きな事務所で。
きっとすごく大手の事務所で、そこに就職するだけでも大変なのだろう。
本當に"すごい"以外の言葉が出てこなくて、自分の語彙力の無さに笑えてくるほど。
なんだかもう買いもどうでもよくなってしまい、私はそのまま駅から電車に乗りこんだ。
その電車の中の広告で"崎総合法律事務所の文字を見つけて、既視の正はこれか、とじっと見つめる。
……私、何やってんだろ……。
最寄りに到著すると、どこにも寄らずに自宅アパートへと帰っていった。
【書籍化】傲慢王女でしたが心を入れ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん
「貴方との婚約は白紙に戻させて頂く」凍りつくような冷たい美貌のリューク・バルテリンク辺境伯は決斷を下した。顔だけは評判通りに美しいが高慢で殘酷な性格で、贅沢がなにより大好きという婚約者、ユスティネ王女……つまり私の振舞いに限界になったからだ。私はこれで王都に帰れると喜んだけれど、その後に悲慘な結末を迎えて死亡してしまう。気がつくと再び婚約破棄の場面に時間が巻き戻った私は、今度こそ身に覚えのない濡れ衣を晴らし前回の結末を回避するために婚約破棄を撤回させようと決意した。 ※ビーンズ文庫様より書籍版発売中です。応援ありがとうございました! ※誤字報告ありがとうございます!とても助かります。ひらがな多いのは作風ですのでご容赦下さい。※日間総合ランキング1位、月間総合ランキング2位、月間ジャンル別ランキング1位ありがとうございました!※タイトル変更しました。舊題「傲慢王女な私でしたが心を入れ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん」
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