《香滴る外資系エリートに甘く溶かされて》ex 5-1. 明るい海でを告げる
————海外研修もあっという間に終わりに近づいていた。
9月初旬、空港まで見送りに來てくれた春都は「うう、離れたくない……でも、玲奈にとってはきっと凄く良い経験になると思うから、向こうでたくさんんなことを吸収してきてね……ああ、でもやっぱり俺と一緒にいてしい………」と最後の最後まで葛藤していた。職場ではあれだけクールな加賀谷さんなのに、プライベートの彼はすっかり私に甘えてくれるようになってしくて仕方ない。私としても後ろ髪が引かれる思いだが、せっかくの機會だ。できるだけ明るい笑顔で彼に手を振って日本を発った。
「玲奈ちゃん。これは心からのアドバイスだけど、海外研修中は加賀谷との連絡は控えた方がいいよ。こいつ、すっかり玲奈ちゃんに甘えるようになっちゃったでしょ?メッセージも電話もまともに構ってたら海外研修にがらなくなっちゃうから。意図的に連絡頻度減らして研修に集中した方が絶対今後のためになると思う」
「は!?佐倉、お前何てこと言ってんの!?」
意外なアドバイスに私も目を瞬かせる。新規案件の提案で瑠璃香を訪れていた佐倉さんを偶然社で見つけて、せっかくなので一緒にランチを摂ることにしたのだ。奇跡的に春都もその日はスケジュールに余裕があったらしく、穏やかに3人で食事していると藪から棒にそんなことを言われた。人目も気にせず、春都が佐倉さんの両肩を摑んで揺さぶっている。
「いやね、うちの奧さんって海外出張が多いんだけど最初の頃めちゃくちゃめたのよ。普段と違う狀況だから、お互い相手のことがいつも以上に気になるでしょ?それで何回も連絡するんだけど忙しかったり、時差の関係だったりで返信が遅れるんだよね。おまけに聞きたい返事を貰えないこともあって、そのうち2人ともフラストレーションが溜まっちゃって」
「うわぁ、めっちゃリアル………確かにそういうことって有り得そうです…」
「でしょ?顔を見てハグでもすればすぐに解決するような心のわだかまりが、ずっと心の中でモヤモヤするあのじ。加賀谷、あれ耐えらんないと思う。こいつが暴走したらもれなく僕と橘が苦労することになるから何卒よろしくお願いします」
なるほど、佐倉さんの本音はこっちらしい。そんな発言を聞いた春都はというと珍しく本気で怒っている。ただ、佐倉さんの意見全てに思い當たる節がある私としては彼のアドバイスを有難くけ取ることにした。
という訳で、この一ヶ月は春都とほとんど連絡を取っていない。お互いメッセージを送るのは1日1回だけ、電話は週に1回だけという約束を取り付けてから私は旅発ったのだ………え?それでも多いって?それはひとえに「それ以上連絡取れないのは無理、俺寂しくて泣くよ?」と潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見つめる男に絆されたからだ。
それでも彼は時々耐えられなくなるらしくて、信じられないくらい長文のメッセージが定期的に送られてきている。週に1回と決めた電話も毎回恐ろしく長い。研修のない日にお願いしているので問題はないのだが、電話を切った後に表示される通話時間を毎回2度見する位には長い。
なのに、今日は一向にメッセージも電話も來ない。昨日のメッセージで「明日電話してもいい?」と聞かれていたので今日掛かってくるのは間違いないのだが…どうしたのだろう、し不安になってきた。
明日で私の研修も終わり、明後日のフライトで日本に向かう予定だ。前半はパリ、後半はニューヨークという贅沢な日程の研修も殘すところ後1日。初めての海外研修は本當に充実していた。異國の地で働く同僚たちとの流は刺激的だったし、何より瑠璃香のビジネスを俯瞰して考える良い機會になった。將來的にグローバルマーケティング部に移籍してみたいという、これからのキャリアを歩む上での新たな夢も見つけた。その夢を実現させるためにもこれからまだまだ頑張らなくては。ここ數ヶ月しっかり勉強したおかげで英會話への抵抗は隨分薄れたものの、実力不足は否めない。今回の研修で何度も悔しい思いをしたので、これからも引き続き英語力を研鑽していきたい。日本で気強く私の勉強に付き合ってくれた春都にはちゃんとお禮をしなければ。
取り留めもなくそんなことを考えていると、ついに電話が掛かってきた。
「もしもし」
「玲奈、お疲れ様!電話遅くなっちゃってごめんね。今、大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど…なんか騒がしいね?春都こそ大丈夫?」
待ち焦がれていた人の聲に安堵を覚えた途端、電話越しに喧騒が聞こえてきた。どこかに出掛けているのだろうか。
「ああ、聞こえる?俺は平気だけど玲奈はちゃんと俺の聲聞こえてるかな」
「うん、問題ないよ。それで?今はどこにいるの?」
「ふふ、どこにいるか當ててみて」
ええ?と答えながらも、せっかくなので耳を澄ませてみた。騒がしいと思った話し聲はよくよく聞くと英語だった。それにスーツケースを引き摺るような音も聞こえる。
「……まさかとは思うけど空港にいるの?私が帰國するのは今日じゃないよ?」
「惜しいね。空港っていうのは合ってるけど————今、ロサンゼルスにいるんだよ。ねぇ、玲奈。ニューヨークからそのままこっちに來ない?」
思わず絶句した。そんな話聞いてない。
「後で國線のeチケット送っとくから確認してね。後、帰國で使うチケットの出発先の変更手順も送っとくから一応目を通しておいて。合流してから玲奈の代わりに俺が手続きするつもりだけど」
サプライズしてみたんだけど嫌だった?という春都の聲が遠くに聞こえる。元々、有休を大量に余らせていた私は「研修期間中は他のメンバーに逢坂さんのタスクを引き継いでもらう予定だし、このまましばらく休んじゃいなよ。今は繁忙期でもないしね。帰國した途端にどっと疲れが出てしばらく仕事に全力投球できなくなるだろうし、ちょうどいいんじゃないかな?」と三木課長に言われて、研修後10日間分の休暇を申請していた。
春都にそれを伝えると「わかった。俺もちょうどその期間はアベれそうだし…えーっと、案件の切れ目で仕事が落ち著きそうだから休暇を取れないか上と掛け合ってみるよ。たまには何の予定もなくのんびり過ごしてみない?」と話していたのだ。なのに、彼はロサンゼルスにいるって?というか、そもそも————。
「ちょっと待って、春都。このチケット會社に手配してもらってるやつなんだけど。勝手に出発先変更しちゃだめでしょ」
「一番最初に出てくるセリフがそれなの、ほんと玲奈って俺を飽きさせないよね…それは大丈夫、ちゃんと手を回しておいたから」
にっこりと完璧な笑みを浮かべる春都の顔が見えた気がした。
「ええ………春都を信頼してない訳じゃないけどちょっと一回電話切るね。すぐに掛け直すから待ってて」
「え、玲奈ちょっ————」
春都との電話を切った私は、すぐに社用スマホでチャットツールを開いて「お忙しい中すみません、逢坂です。帰國に関して、取り急ぎ確認したいことがあるのですがご都合いかがでしょうか。可能であれば通話させていただけると助かります」と三木課長にメッセージを送る。すごい、もう既読ついた。ちょうどこちらが夜中だから、日本は晝休憩の時間なのかもしれない。休憩時間に申し訳ないが、口頭で端的に確認させてもらうとなんとあっさりOKが出た。というか「いやぁ、なんか上の人間が妙なこと言ってるなぁとは思ってたけど、今思えばあれは加賀谷さんの仕業だったんだね」と言われた。一、春都は何をしたんだ。
「もしもし、お待たせ」
「もう、玲奈!いくらなんでもひどくない!?」
「いや…だって、びっくりしちゃって。三木課長にも聞いたけどOKって言われちゃったし………」
「だから、大丈夫だって言ったでしょ…それで?玲奈はこっちに來てくれるの?」
思わず答えに詰まったが、そんなの決まってる。
「行く。すっごいびっくりしたけど嬉しい。ありがとう」
あまりの出來事にまだ実が湧かないが、それでも春都が私を喜ばせるためにこうしてサプライズを仕掛けてくれたのだと思うと嬉しくて堪らなかった。
ヤンキーが語る昔ばなしシリーズ
ヤンキーが語ってます。
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