《顔の僕は異世界でがんばる》不用な冒険者 16
クロに乗るのは難しくなかった。
というのも、し気が引けたが、王の力を使うことで、クロを自由自在にかすことが出來たからだ。帰りは街道沿いを直走り、晝ごろにはギルドに到著した。
僕はリュカ姉を背負い、ギルドの扉を蹴破り、開口一番んだ。
「ハンナさん!! リュカ姉が……」
「あいつだ!!」
僕の聲は、聞き覚えのあるムカつく聲に被せられた。疲労のせいか、僕の聲は若干かすれていたのだ。
「俺たちゃあいつに襲われたんだ!!」
聲の主は、ノッポと髭面だった。ハンナさんに摑みかからん勢いで、聲の限りに騒ぎ立てる。
「俺たちは魔と戦ってる隙に、後ろから襲われたんだ!! そんでもって、魔石や鉱石を奪いやがった!!」
「見ろよこの傷!! あいつの使い魔にやられたんだぜ!?」
ぴーちくぱーちく騒ぐ。何言ってやがるんだあの糞ども。もう一度地面にキスさせてやろうか?
僕がこうとすると、ハンナさんは二人を無視し、こちらに聲をかけてきた。
「リュカさんがどうされたんですか!?」
「大けがを負っています!! すぐに醫務室へ!!」
すると即座に數名のスタッフが駆け寄ってきて、リュカ姉を擔いだ。しかしその行く手に、二人組が立ち塞がる。
「おいっ!! 無視してんじゃねえ!! ギルドは公平な機関だろうが!! よそ者だからって無礙に扱ってるとどうなるか……」
「どうなるってんだおっさん」
僕が出ていこうとしたとき、見覚えのある銀髪が、二人の背後に立った。近くにはカリファをはべらせている。相変わらずでかくて強そうだ。
オーラをさすがにじ取ったのか、二人組はたじろぐ。
「おい、さっさと連れてけ」
「は、はいっ!!」
マルコに命令され、スタッフはあわててき出す。リュカ姉が助かればまずいと思ったのだろうか、ノッポがそれを止めようといた。
その肩を、マルコはがっちりと摑んだ。
「あれは今関係ねぇだろうが」
「う、うるせえっ!! お前だって関係ないだろ!?」
「いや、あるぜ? なぁ、糞ガキ?」
「え?」
突然こちらを見てきた。何が何だかわからない。
フリが急すぎです、でかマルコさん。
「え? じゃねぇだろ糞ガキ。俺たちはパーティーだ。今回はたまたま一緒じゃなかっただけでな。そうだろエーミール、カリファ?」
「えぇ、そうね」
カリファさんは軽く嘲笑しながら、いつの間にかマルコの後ろに立っていたエーミールさんは無言で、それぞれ肯定した。っていうか、なんで三人ともいるんだよ? 真晝間からギルドにり浸るなんて、こいつら以外いない。
あぁいや、そうか。リュカ姉が心配だったのか。出発したの昨日だしな。
マルコは再びノッポを睨みつけ、その襟首を摑んで顔を寄せる。完全にカツアゲしてるDQNの図だ。
「で、だ。お前らあのガキに襲われたっつってたよな? 証拠あんのか証拠は? あぁ?」
「ひっ、あ……」
かわいそうなくらいどもるノッポの気持ちは、痛いくらいによくわかる。まぁ、ざまぁとしか思えないけど。
「だから俺の傷がそうなんだって言ってるだろうが!!」
橫から髭面がマルコを見上げる。
「んなもん証拠になんねえよ。その程度の傷、自分でつけられる。それよりも、だ……」
今度はこっちを向いてきた。
「何があった? あんなレベルの場所でやつが怪我するわけねぇだろ」
振られて、ようやく僕は一部始終を話すことが出來た。
「……変異種か」
「なるほどねぇ、納得したわ。いくらあの牛(うしちち)が脳筋でも、さすがにこんなお荷を抱えてちゃ勝てないわね。あぁ、いい気味」
どうやら信じてくれたらしい。というかなんであんたそんなにリュカ姉が嫌いなんだよ。
形勢が悪いと悟ったのか、二人組が喚き始めた。
「お、おいっ!! こんな奴の言うこと信じるってのかよ!?」
必死な顔でノッポが喚くと、
「冗談じゃねぇぜ!! 同じパーティーの連中ん聞けばそうなるに決まってらぁ!! おいっ!! 誰か公平そうな奴を呼びやがれ!! そうだそこの職員!!」
続いて騒いだ髭面が指さしたのは、いかにもおどおどした、黒髪メガネのお姉さんだった。脅せると思っているのだろうか?
おずおずと出てきた職員さんへ、睨むように聲をかける。
「なぁ、この狀況どう思う? 大人二人とガキ一匹、どっちを信じる? しかもあいつは、スカル・デーモンなんて化けの変異種を倒したとか、無茶苦茶言ってんだぜ?」
「え、えぇと……」
答えあぐねていると、靜かな聲が割ってった。
「勘違い、するな」
「あん?」
髭面はエーミールさんに対しても強気だ。ちなみにノッポは、マルコが怖いのか完全に委してしまっている。
「あれは、『炎剣』だ……」
「あ? 何言って……」
「わかんねえのかよ? やつは炎剣のリュカ、Aランク冒険者だ。つまり今俺たちがやってやってんのは、溫だって言ってんだよ」
相変わらずぼそぼそ単語しか話さないエーミールさんの補足をするようにマルコが付け加えた。
何を言ってるのかよくわからない。しかし髭面にはわかったようで、みるみるに顔が青くなっていく。
「ちなみにこの人もAランクで、こっちのマルコは準Aランクって言われてるわ? おわかり?」
カリファはお得意のゴミでも見るかのような、冷ややかな目だ。おそらくこの人たちは、ギルドで最も絡まれたくない三人組だろう。
「そっ、そんなわけ……」
「いいのか、おっさん? 俺はこれでも、我慢してるんだぜ? せっかくの狩り日和を邪魔された挙句、てめぇらみたいな底辺の、糞つまらねぇ作り話聞かされてよぉ……あぁ、イラつくぜ……」
「ね~え~、こんな雑魚さっさと片付けちゃってよマルコ~」
「……っっ!!」
さすがにひげ面も、恐怖で言葉が出てこないようだった。
ガンつけてやっすい脅しかけていかにもなビッチをはべらせる、すがすがしいくらいにDQNなマルコだ。
宥めるように、エーミールさんが口をはさむ。
「いずれにせよ、リュカが起きてからだ」
「ちっ、ったくよそ者ってのはめんどくさくて困るぜ」
どうやら、よそのギルド出の冒険者を攻撃するのは、いろいろと問題があるらしい。そうじゃなきゃ、今頃マルコが適當な理由つけて半殺しにでもしていただろう。
なんなら僕がやってしまおうか。いやでも、王の力使うと問題になりそうだしなぁ。なるたけこの力は隠しておきたい。
「どうよ? このまま待ってんのもあれだ。気にらねえんだったら相手になるぜ?」
マルコが挑発するも、二人は悔しそうに目線を逸らすだけだ。
「ちっ、あ~つまんねえ」
「なにあれ、ダッサ。おチビ、こっちきな? 手にれた鉱、ちょっと見せなさいよ」
カリファはダニでも見るかのような目で二人組を一瞥し吐き捨てると、僕を手招きした。う~む、まだ正直気は晴れないけど、まぁリュカ姉が起きて判決が下ってから、ゆっくり憂さ晴らしするとしようか。
リュカ姉が起きたのは、それから五時間後のことだった。すでに空が赤らんでいる中、二人組の処罰が決まった。
冒険者ギルドからの永久追放、および財産沒収の上奴隷落ち。
これでもリュカ姉の計らいで、かなり溫されているらしい。Aランク、Dランク冒険者の殺人未遂、および竊盜未遂に虛偽申告。
そのほかこれまで犯してきた罪がどの程度かは計り知れないが、それが明るみに出れば即縛り首もあり得る。
しかしなによりも大きかったのは、Aランク冒険者に、間接的にとは言え重傷を負わせた罪だった。
高レベルの治癒魔法によって一命は取り留めたが、リュカ姉はしばらく安靜とのこと。だいたい一週間くらいだと言うが、たったそれだけの期間でも、Aランク一名の欠員はギルドにとって大きな痛手になるらしい。
どんだけ影響力あるんだよ。
判決後、納得いかないと二人組は暴れた。
ノッポが僕のことを魔人だと喚いたときはし揺したが、遠慮なくボコしていいとカリファに諭され、さんざん毆っていたぶって踏みつけて高笑いしたらすっきりした。エーミールさんはちょっと引いていたようだったが、他の三人には好評だったからよしとする。
あぁそうそう、財産やらはありがたくいただきました。リュカ姉が要らないと言ったので。遠慮? プライド? なに言ってるのかよくわかりません。
三人が部屋を出ていくと、途端に靜かになった。
しんとした空気がリュカ姉との間に流れるのは、初めてだ。リュカ姉がもじもじとしているのも新鮮で、ちょっと笑える。
けど、ちゃんと謝ってもらわないとな。
「リュカ姉、何か言うことは?」
「……ごめん」
くてりと首を垂れ、リュカ姉はつぶやいた。でも許さない。この人相手に優位に立てることは、そうそう無いのだから。たっぷりなぶってやろう。
「他人かぁ……傷ついたよあれ、すっごく」
「うぅ……いやその、あれはえぇと……」
あたふたとしている分には、この人はかわいい。
いや、わかってる。あれが本心ではないことくらい。でなければあの時、手が震えることは無かったんだ。でなければあんなふうに、僕を逃がすために必死にはならない。
というか、また泣きそうになってる。なんだ? 結構泣き蟲だったりするのか? 大雑把なくせに、妙なところはデリケートなんだな。
さてと、そろそろ許してやるか。
「防」
「へ?」
リュカ姉が顔を上げて、間抜けな聲を出した。
「防、買ってよ。リュカ姉の行きつけの店で、今回採れた鉱使った、一番おすすめのやつをさ。それでチャラだ」
自然に笑えた。リュカ姉の呆けた顔が面白かったからではなく、普通に、笑顔が出た。
リュカ姉の頬に赤みが差し、赤い瞳がうるんでいく。
「そんな、そんな簡単に……」
「そもそも、別に悪いことをしていたわけじゃない。リュカ姉がどう思おうと、なくとも、僕は悪いと思ってないし」
「でっ、でもっ!!」
聲は突如、切迫とした響きを伴った。
「でも私、あんたのことを……」
「最初は間違ってたかもしれない」
遮ることにした。その先は言われなくても大わかるし、正直聞きたくない。
「けどリュカ姉は、僕を僕として見てたと思うよ。リュカ姉は分かってた。僕が僕で、弟さんは弟さんだって。だから罪の意識があって、告白して、謝ったんだろ?」
「……それは……」
「それにさ、たとえどうあろうと、僕はリュカ姉に助けられたし、その、ちょっとうるさいけど、リュカ姉といて楽しいんだ」
あぁ、はずかしいなぁもう。何言ってんだろ、僕。
リュカ姉の顔を見て、言葉が詰まる。言おうか、言うまいか。こんな簡単なこと、さっさと言えばいいのに。
開けた口からただ息がれること數秒、ようやく一言が出た。
「……今、僕は幸せなんだ」
ヨナと話して、リュカ姉にいじられて、エーミールさんとも、なんとなく話せてきて……こんな経験初めてなんだ。
リュカ姉の目が、大きく見開かれた。
「……幸せ?」
琴線にれたのか、リュカ姉はつぶやいた。
そうだ。紛れもなく、幸せだ。なくとも、僕の生涯では最良と言える。
そしてそれは、リュカ姉のおかげでもある。弟さんがどんな人だったかは知らないけど、僕はリュカ姉みたいな姉がいるのも、悪くはないと思ってるんだ。
恥ずかしくて、でもうなずいた。
リュカ姉の目は、いっぱいの涙を孕んでいた。今にもあふれそう。けれどそれは、悲しみによるものではないと、僕でさえすぐにわかった。
他人だとか関係がどうとか、僕にはよくわからない。そもそも初めてなんだから。
でも、確信する。
僕は他人の幸せを願うなんてことはしない。むしろ不幸はの味だ。
だからこそ。
「だからさ、これからもよろしく」
流れた涙を見て、浮かんだ笑みを眺めて、僕は思った。
この人が今、幸せだったら、いいな。
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