《顔の僕は異世界でがんばる》狡猾な冒険者 7
さて、お晝も食べたところで午後の部開始と行きますか。
気合いをれると、どこかで聞いたことのあるような無いような、キィキィとした耳障りな聲が、背後、林の向こう側から聞こえてきた。
振り返る――林から出てきたのは、予想通り糞貴族と奴隷の獣人娘、それからギルドでよく見る中年優男な冒険者だった。
糞貴族は、今朝町で見た奴だ。
中年優男は、マルコとの決闘の時、僕を心配してくれた人で、そこそこの実力者だったはず。確かCランク、だったかな。
すでに疲れたような顔をしているところを見ると、やっぱ貴族の相手は大変らしい。
南無。
なんて他人事のように思っていると、貴族と目が合った。
あぁぁ、厄介ごとの予。
糞貴族は嫌な予通り、目が合うなり大きな聲をあげた。
「なんだ貴様は! この大量発生はベーゼ伯が三男ルーヘンがけた依頼だぞ! すぐに消え失せよ!」
「はぁ?」
突然のキレ蕓に、思わず変な聲を返してしまった。
いやいやちょっと意味が分かりません。
大量発生は複數人が領して當然でしょうが。
初心者ガイドもう一度読んでから出直してきてくださいよ、ロード・ジュニア。それくらいはいくら弱い頭でも読めるでしょ?
それとも、こっちは関わり合いたくないってのに、そんなに絡みたいの? なにそれ、僕貞の危機?
くだらないこと考えて返事が遅れると、あまりの暴論に見かねたのか、Cランク冒険者さんが口を出す。
「ちょっ、ルーヘン様! 大量発生なんですから、みんなで協力して」
「黙れ!! 一介の冒険者風がこの僕ちんに指図するとは何事だ!! そんな腑抜けたことをぬかしてるからいつまでもC止まりなんだよ!! いいからお前はさっさと働け!!」
「……っ」
ありえない言葉が炸裂し、優おっさんはちらりと僕に申し訳なさそうな視線を送り、すごすごと後ろへ引き下がってしまった。
おいおいおいおい、ちょい待ちお前ら。
糞七りはともかくおっさん、あんたEランクの糞青二才にそんだけ言われてなんとも思わないのかよ?
反論したっていいだろう? お坊ちゃまとはいえ同じ冒険者、しかもペーペーだぞ?
あんまりな景に絶句していると、ルーヘンは高圧的な態度のままこちらに近づいてきた。
「さっさと消えろと言ったのが聞こえなかったのか!?」
脅すように怒鳴り聲をあげる。
どーするかなぁ。
はっきり言って全然怖くない。
この世界の常識についてはリュカさんに聞いたり本でちょくちょく調べていたから、貴族が結構な権力を持っているということくらいは知っている。
逆らって悲慘なことになっちゃったって事例もある。
正直関わりたくない。
場所、譲っちゃおうか。
理屈だけで言えば、それが明らかに一番利口なやり方だった。午前中だけでも十分な果あるし、別にここ程度の魔、惜しくもなんともない。
けれど、なんか嫌だった。
だってこのもやし、全然強くないんだもの。
見ただけでここまで弱いとわかる生きもなかなかいない。
なんならゴキブリの方が強そうだ。
そんなやつ相手に、はいはい言いなりにはなりたくない。ムカつくし。進んで喧嘩ふっかけようとも思わないけどさ。
「おい聞いてるのか! 僕ちんに逆らったらパパが黙ってな……」
キィキィ喚くお坊ちゃまが一瞬にして固まった。目線は僕の斜め後ろちょい上あたりに注がれている。
まぁ近づいてきてくれていることはわかってたんだけどね、ワイバーンの兄貴。
一瞬で紅していた頬が真っ白になったおぼっちゃまを見て、口元がにやけるのを抑えられない。
「ひっ、ひぃぁあぁ……お、おいっ」
「はいぃ!!」
呼びかけに応じたわん娘ちゃんが、ビビり主人を庇うようにして、ワイバーンを睨みつける。
でも武は持たされていないのか、素手だ。
大きなたれ目いっぱいに涙を貯め、ふるふる震える様はなんとも同をう。
おいおい貴族ちゃま、お腰に著けた立派な剣は飾りですかな? 素手のの子に庇われて、いいご分だこと。
一杯蔑むように坊ちゃんを見下し、口を開く。
「あぁ、そう構えないでください。こいつは僕の使い魔です。よく懐いてくれていますから、よほどのことが無い限り攻撃したりしませんよ」
軽く一笑して、言い放つ。
よほどのこと……たとえば僕を怒らせるとか。まぁ僕のはそんな小さくないから安全だよね。
「ふっ、ふざけるな!! 貴様みたいになよなよしたやつが、ワイバーンなんかを」
「え?」
何言ってやがるんでしょうかこの七三分け。今、なよなよしたとか聞こえた気がするんですけど気の所為ですよね? そうですよね?
ぷっちーーん。
疑わしきは罰する。
兄貴、ここは一つ、一発カマしてやってくだせぇ。
命じる、というか懇願すると、ワイバーンは上空へ向け炎を勢いよく放した後、唸り聲を上げてルーヘンにガンを飛ばした。
『もう一度言ってみろやコラ』とおっしゃっている。
言葉通りけ取ってもう一度言ったら最後、骨も殘らないだろう。
理不盡の塊みたいな言葉だ。
「ひぃぃっ!!」
坊ちゃんは腰を抜かしたまま後ろへ手をつき、そのままがさがさとゴキブリ走法にて後退した。
わん娘ちゃんは慌てて主人についていく。
たっぷり十數メートル距離をとったところで、貴族は聲を張り上げた。
「き、貴様!! この僕ちんにこんなことして、ただでは済まさないぞ!! 父上に言いつけてやる!!」
ゴキブリ姿勢のまま、ぶるぶる震えながら言われても。
というかなんもしてないし。
それにロード、チクリが最強なのは低學年までって小學校で習わなかったのですか?
剣がチクりよりも強いのはお子ちゃまの時期だけですよ?
大きくなったらバックの強さよりも地力の方が大切。
だってチクる前に殺されちゃったら、ねぇ?
死人に口は無いのです。
わん娘はどうしていいか困っているようだったが、
「ボケッとしてるんじゃない!! さっさと行くぞ!!」
怒れるお坊ちゃまにおを蹴飛ばされて、小さく悲鳴を上げると、短剣をけ取り向こうへ行ってしまった。
おっさんはもう一度僕へ申し訳なさそうに頭を下げ、つき従っていく。
坊ちゃま無事撃退!
……これ、ヤバいのかな、どうなんだろう。
でも別に攻撃したわけじゃないし、傷どころか指一本れてないわけだし、たぶん大丈夫。ギリギリセーフ、り込みで。
ってか被害者はどう考えたって僕だよな?
そのあとはとくに貴族がこちらへ干渉してくることは無かったので、ピクシーやアプサラスといちゃいちゃしながら、平和に草花をいじくっていた。
ついでに、ちょくちょくやつの向を伺っている。
いやだって、やっぱ権力怖いじゃん?
べ、別にびびってるわけじゃ、な、ないよ? でもさ、なんというか、萬全を期すっていうかさ?
萬全を期す、萬が一訴えられないように、変なことしてこないように。狩りすぎて難癖付けられないように。
そのため狩りもそこそこに、使い魔ーズたちは自由に遊ばせることにした。
予想通り貴族は何もせず、前線で戦う奴隷にひたすら暴言を吐くか、冒険者にいちゃもんつけるだけだった。
あれは邪魔しかしてないよな。
しかも報酬はむしろ貴族の方が多い気がするし。
あんなの、の大きい僕をして発狂するレベル。よくおっさん耐えられるもんだ。
その忍耐強さに敬禮。
おっさんが強いのは當然として、それよりも目に付いたのは奴隷のきだった。
すごくしなやかで、機敏だ。
まるで野生のネコのように無駄なくにをかしているのに、それでいてオオカミみたいな鋭さも持っている。
そん所そこらの魔より能力高いんじゃないか?
この世界には獣人と呼ばれる人種が存在する。
ほとんど人間に近い種からほとんど魔に近い種まで様々いるけれど、それぞれ得意分野が異なっていて、差別とかはない。
むしろ、ほとんど特徴のない人間のほうが劣っているんじゃないかと思うくらい。
そういえば、魔に近い見た目の獣人と魔人の違いは何だろうか?
魔大陸に住んでるか人間領に住んでるか、ってことだけじゃないだろうし、なんか魔人は悪い奴みたいなじで言われてるけど、人間の敵かそうでないか、ってことなのか?
まぁいいや、なんかそんなこと言ったら大顰蹙買いそうだし。
とにかく、この世界の差別は平等にカースト制だ。
奴隷、平民、貴族……みたいに分で偉いかどうかが明確に決められている。
やっぱお貴族様にはゴマすっといたほうがよかったか?
日が傾いてきたころ、ルーヘン様一行は湖畔の近くでテント造りを始めた。
僕は泊りがけで魔退治することなんてほとんどないけど、こんなところまでわざわざやってきたんだ、普通は何泊かするんだろう。
狩りはともかく、訓練狀況はまずまずだ。
シャドウに取ってこさせた薬草はすべて図鑑で調べ終えたし、レベル二に上げた調薬でいくつか基本的な薬も作れた。
効果があるかはわからないけど、本に書かれてる通りに魔発したし、治癒魔法の時みたいにたぶん大丈夫って覚もある。
だからたぶんオッケー。
……実験ならぬ魔実験、しといたほうがいいかなぁ。
でも既存の薬品だし……いやあとでやっとこう。ウィルムあたりで。あいつ何食べても平気そうだし。ってそれ意味なくね?
やっぱ、地球の化學的な知識があるってのが大きい。
分の名前は全く聞き慣れないばかりだけど、イメージが違う。
この世界の人たちが思ってる漠然としたものじゃなくて、ちゃんと原子だとか化學結合だとかがイメージできてるぶん、早くコツがつかめるんだろう。
魔の利便と、それが無いところで創られた偉大な知識の合わせ技、加えて解放なんていう常識はずれのスキル……ズルすぎる気もするけど、自分が使うんだからオッケー。
罪の意識? あるわけない。
そろそろ帰ろうか。ワイバーンを見やる。
「さて、それじゃあ兄貴、帰りも……」
「きゃあああっ!!」
背中に乗ってワイバーンの兄貴に聲をかけようとしたら、悲鳴にかき消された。
なんだ!?
慌てて振り向くと、水を汲んでいたのだろうか、湖にを乗り出していたわん娘ちゃんの目の前に、巨大なウツボのような魔が顔を出していた。
あれはーーマド・モーレイ!?
Bランク上位の魔がなぜこんな湖畔に? 主か?
そのくちばしのような口が、次の瞬間信じられないほど大きく開かれる――
――食われる!!
と思った瞬間、おっさんが橫からわん娘に抱きつき、なんとかウツボから逃れた。
しかしウツボの猛攻は止まらない。
再び顔を上げると、ぎょろりとした目で地面に転がる二人を捉える。
『兄貴!!』
伝達と同時に僕の左右で兄貴の翼が猛烈に羽ばたく。ーー視界が溶けた。
「うわぁあぁああ!!」
まるで矢になったみたいだ。
悲鳴を上げる僕を乗せ、ワイバーンは一直線にウツボめがけて飛んでいた。
怖い怖い怖い!!
いや速すぎるちょっとタンマでもわん娘ちゃんが危ないからやっぱ行ってほしいけどこのままじゃ僕が逝く!!
そんな葛藤を兄貴は無視する。
僕は兄貴のペタッとした背中にヤモリのごとくへばりつき、目をぎゅっとつぶった。
衝撃、そして耳をつんざく巨大な悲鳴が木霊して、ようやく安定した。
恐る恐る目を開けると、兄貴はウツボの頭を踏みつけ、魔石がどこにあるか探るようにそのを抉っていた。
ぐっちゃぐっちゃと音を立てるワイバーン兄貴マジワイルド。目が逝っちゃってるよ。
グロ注意。
し吐き気がして、目をそらした。
そして倒れながらも呆然とこちらを見上げる二人の方を向いて聲をかけた。
「お、お怪我はありませんか?}
でもまだ震えが止まっていなかったらしく、よろよろとした聲が出てしまう。
それでようやく気を取り直したのか、おっさんは頭を下げてきた。
つられるように我に返ったわん娘も頭を下げる。
「ありがとう。助かったよ」
「ありがとうございます」
ぐっちゃぐっちゃと生々しい音が湧く中、お禮の言葉はかろうじて屆いた。
あぁ、いいことするって素晴らしいなぁ。
まぁやったの全部兄貴だけど。
背中から飛び降り(ちょっとよろけた)、二人のもとへ寄る。
たぶん二人ともり傷くらいはしてるだろうから、治癒魔法でもかけてやろう。
とその時、二人の前にルーヘンが。
なにやら怒ってるようなじだ。
……なぜに?
「おい貴様!! 人の獲を橫取りするとは何事だ!!」
「はい?」
ん? どなってきたのかこいつ?
訳が分からないでいると中年優おっさんが慌ててルーヘンへ聲をかける。
「ちょ、ちょっとルーヘン様!!」
「貴様は黙ってろ!!」
すごすごと退き下がるおっさん、いと弱し。
ルーヘンはそんなおっさんへ一瞥もくれず、さらに喚きたてた。
「こんな魚ごとき、我が剣にかかれば一刀両斷だったのだ。それを貴様、橫取りしやがって。これは重大な違反だぞ!! 覚悟はできているんだろうな?」
んん? 何をおっしゃってるのかよくわかりませんルー変様。もう変様でいいや。
我があいけん? --犬?
あぁ、このわん娘ちゃんのことか。
頭の中を必死で整理する。
えぇと、このわん娘ちゃんが倒せたって言うのに僕がしゃしゃったから違反だと?
まぁ確かに犬は魚類に対して圧倒的に優位だけど……。
いまだ震えの止まらない、大きな目に涙をいっぱいためているをちらと見やる。
いやいや。
「……それはちょっと無理じゃありませんか?」
「なんだと貴様!! 僕ちんを愚弄するというのか!!」
おおう、すげえ剣幕だ。
意外と奴隷のこと大切にしてるのか? この娘ならきっとやれる、と?
いや、それは無いな。
だとしたら奴隷=自分の所有、つまり奴隷の強さを疑えば自分の強さを疑われたと同じってことか?
何その理論、天説もびっくりだよ。
こじつけすぎです変様。
それでもなんとかいら立ちを抑えて、へいこらする。
カースト制度の重要さは、にしみてわかっている。
「いえいえ、滅相もございません。ただこのウツボはBランクの魔の中でも強い方です。狀況的には助けにった方がよろしいかと思いまして……」
「ふん、Bランクなら僕ちん一人でも十分だったのだ。數々の無禮と言い、此度のことと言い、貴様は立派に犯罪者だ。覚悟しておくがいい」
犯罪者? わけわかめ。
あぁ~もうめんどくさいや。
さすがにこのことで犯罪者になるわけないだろうし、そろそろ帰らないとヨナに怒られちゃうし、さっさとおさらばしよう。
一禮する。
「申し訳ございませんでした。ではこのウツボはルー変様が倒したということで。魔石も素材も私は一切手を付けません。それでどうでしょう?」
「そんなの當たり前だろう!! 貴様は我のプライドを……」
もういいだろうが!?
僕の怒りに呼応するように、斜め後ろでワイバーンが吠えた。
「ヒィエッ!!」
瞬間腰が抜けてしまったのか、ルーヘンは地面にへなへなと頽れた。
ナイスです兄貴。
泣く子も黙らせる威嚇。
理不盡には圧倒的な武力を以って立ち向かおう!
剣より強いのはペンじゃなくてガン(拳銃)とかだ。
心ワイバーンを褒めながら、頭をで、宥める。
そしていまだ這いつくばるルーヘンを見下ろし、頭を下げた。
「すみませんでした。戦闘の後でこいつも気が立ってるんです。それで、さっきの件ですが、よろしいでしょうか?」
「ま、まぁいいだろう」
ルーヘンは震えながらこくこくと頷いた。
言質はとった。さてと、帰るとしようか。
はぁ、まったく散々な一日だったなぁ。
【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔術師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】
※書籍化決定しました!! 詳細は活動報告をご覧ください! ※1巻発売中です。2巻 9/25(土)に発売です。 ※第三章開始しました。 魔法は詠唱するか、スクロールと呼ばれる羊皮紙の巻物を使って発動するしかない。 ギルドにはスクロールを生産する寫本係がある。スティーヴンも寫本係の一人だ。 マップしか生産させてもらえない彼はいつかスクロール係になることを夢見て毎夜遅く、スクロールを盜み見てユニークスキル〈記録と読み取り〉を使い記憶していった。 5年マップを作らされた。 あるとき突然、貴族出身の新しいマップ係が現れ、スティーヴンは無能としてギルド『グーニー』を解雇される。 しかし、『グーニー』の人間は知らなかった。 スティーヴンのマップが異常なほど正確なことを。 それがどれだけ『グーニー』に影響を與えていたかということを。 さらに長年ユニークスキルで記憶してきたスクロールが目覚め、主人公と周囲の人々を救っていく。
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