《顔の僕は異世界でがんばる》狡猾な冒険者23
「ここか」
深夜零時。
僕はワイバーンの背の上から、街燈によって仄かに明るい商業都市を見下ろしていた。
作戦がどうあれ、まずはワユンの救出だ。
とはいえ、まさか裝のまま來ることになるなんてな。
服裝は、どこにでもいそうな町娘のワンピース。
この方が誰かに見られたときばれにくいとはいえ、気分のいいものじゃない。
ハンナさんの魔改造によっての子のように長くなってしまった髪のをうっとおしく思いながら、警備兵にばれないよう距離を調整しつつ都市の橫、城壁のまで移する。
「出でよ<ノーム>」
<解放>の殘りエネルギーすべて使って召喚したのは、褐の妖だ。
背丈はピクシーと同程度だが、より顔で羽が無く、槌を片手に飛び回る様は男の子に見えなくもない。
チューブトップとワークズボンを著ている、ガテン系ってイメージだ。
「抜け道を作ってくれ」
命令すると、『任せとけ!』と言わんばかりに笑顔で頷き、一瞬でを掘ってトンネルを作り上げた。
正面からるのはいろいろ不都合があるから、橫からることにしたのだ。城壁はかなり地下深くまで続いているだろうが、土の妖からすればその程度、大したことは無いらしい。
空中からると言う選択肢もないわけじゃないが、ばれる可能があった。城壁は高く、どこに見張りがいるかわからない。
トンネルのり口には錬金で作った鉄板を被せ、その上から土を被せるなどのカムフラージュをノームに任せて、ピクシーの明かりを頼りに進んで行く。
トンネル部は、上り下りしやすいよう階段が造られていて、また壁も固められてて頑丈だ。あの一瞬でここまでのものを作り上げるなんて、やっぱ妖ってすごいんだな。
禮を言うと、ノームは照れくさそうに鼻の下を指でこすった。
潛功。
口と同じようにカムフラージュして、あたりを見渡す。
どうやら裏路地に出たらしく、人気も街燈もない。立ち並ぶ建は民家だろう。商業都市の中心街からはかなり離れているみたいだ。
小さく印をつけて、の抜け道完。もしもの時のために、スカートの中にノームとアプサラスを忍ばせた。
ピクシーに最小限明かりをつけさせ、シャドウに先行させて進んで行く。
ハンナさんの報によると、正門からってすぐ、主要な店が立ち並ぶ中央通りがあり、その奧へ進むと大きな商會が立ち並ぶ中心街へ出る。通りをさらに進めば領主の館に繋がるそうだ。
中央通り向かって左には、その他細々した店と宿が立し、さらに奧へ行けば歓楽街が広がる。
右は生活區域だ。右端の隅にはスラム街もあるそうだが、幸いここはただの住宅街だろう。
中央通りは警備が厳重だろうから、ここはこのまま生活區域を進んで行くのがベストのはず。
死んだように靜かな裏通りを進み、時折抜け道を設置して、やがて左斜め前方に、巨大なシルエットが現れた。
領主の館だ。
より一層警戒して、ゆっくりと館へ接近する。
館は塀に囲まれていて、二つの街燈に照らされた門は、二人の兵士によって警護されていた。たぶん塀の向こう側にも何人かいるだろう。
とりあえず奧の角まで進み、シャドウとアプサラスに部の狀況を確認させつつノームに抜けを作らせた。
抜けの中で待機し、シャドウとアプサラスの帰りを待つ。
二人には警備兵の報と、侵できそうな場所が無いか調べさせている。最悪、睡眠薬を使うか洗脳するかして正面突破するという手もあるけど、失敗する可能が高い。
とにかく、誰かに見られたらダメなんだ。
一切の証拠無しにルーヘンが僕を犯人だと騒ぎ立てている。そんな狀況を作りたい。
午前二時二十分。
僕は妖たちに引き上げられ、二階のバルコニーから部へ潛した。
洋館風な屋敷の部は真っ暗で、なんとなく幽霊の類が出てきそうな、不気味な雰囲気が漂っている。
しかしここからは、明かりをつけることさえ許されない。
見つかる可能が高くなるからだ。
いつも通りシャドウに先行させ、妖たちの補助を得ながら慎重に進んで行く。
屋敷部の構造はわからないが、シャドウがワユンの気配を察知してくれるため、迷う心配はない。シャドウに率いられ、ゆっくりと、しかし無駄なく進んで行く。
手すりに摑まりながら階段を下り、そこで立ち止まった。
地下への階段に、警備兵が一人、配置されていたのだ。蝋燭で照らされた顔は、いかにも真面目そう。
ほかに道は無いかと思いシャドウを放つが、見つからなかった。
どうする?
警備兵がいるってことは、地下に大切な、あるいは見られたくないが隠されているということになる。たぶん寶庫とかがあるんだろう。
しょうがない、睡眠薬を使うか。
今のところ、末狀の睡眠薬と丸薬狀の睡眠薬がある。末狀のは通常経口投與するが、最悪散布することでもある程度の効果は得られる。町長の家族に使ったのがこれだ。
手拭いを顔に巻き、シャドウに一摑み薬を握らせ、警備兵のところへ放った。
十分後、警備兵はし眠そうな顔をしていたが、意識は保っていた。
どんだけ真面目なんだよ。いくら散布しただけとはいえ、通常量よりかなり多めだったはずだぞ?
やきもきさせられて、結局王の力で軽く後押ししてやることで、ようやく眠ってくれた。
おそるおそる警備兵の隣を通り過ぎ、階段を下りる。
地下一階は、より暗く、一寸先すら見えない狀況だった。
しかも、ほぼ無音。
けれどこれは、周辺に警備兵がいないことを示している。こんな狀況で歩き回ることなんて不可能だからだ。
いたら明かりが見えるはず。
最低限の明かりをピクシーに點けさせた。
地下はジトッとして、それでいてし寒くじた。レンガ造りだからか、上階にもましてホラー映畫を思わせるような薄気味悪さをじる。
あの暗闇の向こうには、何かいるんじゃないか。
思わずそんなことを考えて、震いした。
スケルトンみたいな魔とも何度か戦っているというのに、今更何を言っているんだか。シャドウだって、幽霊みたいなものじゃないか。
そんなことを思ってみるも、怖さは拭えなかった。
それでも何とか進んで行くと、やがてシャドウは一つの扉の前で止まった。
「――っ!!」
ピクシーに照らされた扉を見て、思わず息を呑む。
取っ手が、の跡で茶に変していたのだ。削れているところを見ると、何度も洗ったのだろうが、滲み込んだはそれでも取れなかったらしい。
拷問部屋?
――け!!
震えるに喝をれ、錬金を使って錠前を外し、重い扉を押し開けた。
ギィィっと低い音を立て開いた扉。中から、強い香水のにおいと汗の臭いが混ざった、むわっとした異臭が吐き出される。
心臓が大きく拍した。
息が自然と荒くなる。
けれど、頭は不思議と冴えていた。
とりあえず扉は閉めた方がいいだろう。明かりをつけるにしろ、聲を出すにしろ、あまり外にれるのはよくない。階段の上にいたいかにも真面目そうな奴が、もう起きているかも。
ゆっくりと扉を閉めると、奧の方から、かすかな息遣いが聞こえた。
怖い。
廊下にいた時とはまるで違う、圧倒的な恐怖があった。
暗闇の向こうから、目が離せない。
歯のが合わないほど震えていた。
おそるおそる、ピクシーに明かりを強めるよう、命令した。
扉の前に立った時、半ば予想はしていた。
しかしそれでも、衝撃は稲妻のようにを駆け抜けた。
布一つにつけず、力なく橫たわるワユンのには、ところどころが滲んでいた。
鞭痕。
調教。
どれくらい呆けただろうか、數秒だったようにも、數時間だったようにも思える。
ピクシーに頬を抓られようやく意識を取り戻した僕は、アプサラスにワユンのを洗わせるべく指示を出した。
そして僕も、治癒魔法をかけるべく近づく。
――ワユンの目が、突如開いた。
斜め後ろへ飛びずさる。
それはほとんど反的だった。
ワユンが跳ね起きる――僕の真橫で、その牙が音を立てた。
鳥が立った。
エーミールの突きが無かったら、真後ろに下がっていただろう。
そしたら?
首元を食い破られる絵が、脳裏を過る。
皮にも、あの経験のおかげで助かったらしい。
畳み掛けるように蹴りが飛んでくる。
上段蹴り――両手で顔面をカバーした。
「っ!!」
思った以上の衝撃に、さらに二歩後ずさる。
続けざまに突きが放たれる。
しかし衝撃は無い。
がら空きだった僕の腹部の前には、土でできた壁があった。
予想して、上段蹴りをけた瞬間、ノームに命令しておいたのだ。
ワユンは即座に後退した。
「ワユン! 僕だ、こんな格好だけど、オーワだよ。助けに來たんだ」
「オーワ、さん……?」
「そうだ。さぁ、帰ろう?」
言って、手を差し出して、歩み寄った。
きっと、さっきの攻撃は、気が転していたんだろう。
「逃げ、て……」
苦しそうに言うワユンは、泣いていた。
「え?」
ワユンのが『ぶれた』。
「――っ!!」
再び斜め後ろへ。
今度は意識的だった。
どこかで、おかしいとわかっていたんだろう。
なんで、あんな狀態のワユンが、ここまで速くけるんだ?
し考えればわかることだ。
ワユンは命令されているんだ。ルーヘン以外の者が、あるいは僕が近づいたとき、攻撃するようにと。
しかも、どうやらただの奴隷印による命令じゃないらしい。
ただの奴隷印なら、激痛に耐えさえすれば、しの間命令に背くこともできる。なくとも、戦いたくない相手と戦う時には、多きが鈍るだろう。
洗脳、あるいは特殊な奴隷印。
ガチリと空を噛んだワユンの目からは、大粒の雫が零れていた。
――つくづく、最低だ。
チリチリと、脳の奧で何かが焼けつく音がした。
きっと、理が焼切れているんだろう。
――やつだけは、ただではすまさない。
追撃の突きを再びノームに防がせる。
続く上段蹴り――を屈めて躱す。
――ここで錬金。
前もって発していた錬金で、ワユンの軸足を固定。
勢が崩れたを鉄鎖で拘束して、封殺した。
洗脳か、あるいは特別な奴隷印か。
唸るワユンを見て、考える。
前者なら、王の力を使えば上書きできる。
けど、それは危険だ。
もし奴隷印だった場合、王の力で強制的に背かせれば、ワユンに苦しみを與えてしまう。制約によっては、致死的なものもあるかもしれない。
眠らせるのが安全か。
意識を失わせてしまえば、命令に背くも何もない。
とりあえず、ハンナさんのところで奴隷印を解除しよう。
結局睡眠薬を使って眠らせ、恐る恐る近づいてみて、ワユンが苦しんでいないことを確認した後、治癒魔法をかける。
靜寂が降りた。
その時――
――カツン、カツン。
かすかに足音が聞こえた。
警備兵だ。
音を聞きつけたのか?
いや、違う。
ここは拷問部屋か、あるいは、『調教』するための部屋だ。ある程度の防音加工がなされているはず。
だとすれば、定期的な巡回の時間か。
とすると、あの真面目そうな警備兵のことだ、寢てしまった分念りに確認して回るだろう。
面倒だ。もういっそ、屋敷ごと全部、祭りにでもしてやろうか。
奧底で、何かが喚いている。
――早く、一刻も早く、やつを殺さなければ。
巨大な、質量をもった何かが、鎌首を擡げた。
あぁそうだ。
後のこととかどうでもいい。
今重要なのは、なんとしても、やつを殺して償わせることだ。そうでもしないと、この気持ちは、収まりそうにない――
「うぅ……」
「ワユンっ」
ワユンのきで、我に返る。
いや、まだだ。
抑えろ。一番大事なのはまず、ワユンを解放することだ。それに、一番悔しいのも、この子だ。
「ふぅ――――っ」
大きく息を吐いて、落ち著けようとする。
あんな奴のために、犯罪者になることは無い。こっちは悪くないんだから、こちらは無傷で、やつを思い切り貶めるだけ貶めて、最後にワユンと一緒に見下してやろうじゃないか。
すぐ殺してしまうのは、あまりに割に合わない。
殺すのは、地獄を見せてからだ。
どこかの扉が開く音がした。
看守が近づいている。
もう一度眠らせるか?
いや、さすがに不自然だと思われる。
じゃあ、王の力を使って――?
いや、まてよ。ここは地下だ。
『ノーム、ここからを掘って外に出られるか?』
尋ねると、ノームはコンコンと床を叩き、頷いてきた。
そして部屋の隅へ向かい、なんと石畳を剝がし、を掘ってしまった。
どんなバカ力だよ。
心驚きを隠せないまま、ノームに後処理を任せて、僕たちはへ飛び込んだ。
の出り口は完全にふさぎ、自は殘しておいた。
これで次は侵するのも楽になる。
腕の中で、ようやく落ち著いた表のワユンを見て、し、ほっとする。
同時に、チリチリと言う音が、バチバチとはじけていくのをじた。
その白い額に張り付く濡れた髪をかき分け、整える。
ワユン、安心して。すぐに最高の舞臺を整えるから。
反撃だ。
――思う存分嬲ってくれる。
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8 135アイアンクロス
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