《顔の僕は異世界でがんばる》狡猾な冒険者29
朝六時。
ピクシーに頬をぺちぺちと叩かれて起床した僕は、あくびを懸命に噛み殺した。
眠い。
ここへ來て疲れがどっと出たようだ。
的にじゃない。
もちろん連日の睡眠不足によるの疲れもあったが、それ以上に神がへこたれてきている。
もうずっと寢てたい、引き籠りたい。
なんて甘ったれた考えに、押しつぶされそうになっていた。
思えば、こんなにも多くの人と悪意を持ってやり取りしたのは初めてだ。
もう何日もずっと誰かを騙し続けてきて、その裏でばれてるんじゃないか、騙されてるんじゃないかと気を張ってきた。
張の糸が、張り詰めたままさらに引っ張られ続け、今にも千切れそうになっている。
そんなイメージが湧いた。ここで切れれば、もう持ち直すことはできないだろう。
なけなしの気力を振り絞り、思い切ってベッドから飛び出して、部屋の外に出た。
進まなければならない。
気持ちを切り替えよう。
ワユンの調子は、どうだろうか。
彼の調子が良くなければ、さすがに連れて行くわけにはいかない。
まぁ最悪、それでもいい。公然でルーヘンを扱き下ろせる快を分かち合えないのは殘念で仕方ないが、やつをボロボロにして連れてくれば、ここで彼も憂さ晴らしできるだろう。
なんて思いながら部屋にると、そこには元気そうにストレッチをするワユンの姿があった。
目が合うと、ワユンはちょっと気まずそうに目を逸らす。きっと、気にしているんだ。
「おはよう。もうは大丈夫?」
「お、おはようございます。その、おかげでさまで、元気です……」
し沈黙。
意を決したように、ワユンは僕の目を見つめてきた。
「申し訳ございませんでした!!」
予想通りの展開。今までで一番の勢いで土下座に移行しようとする彼を、僕は食い止めた。
「いいんだよ。られてたんだろ?」
「でっ、でも……」
ぬぅ、ち、力強っ!! 両肩を摑んだ手が、小刻みに震えるのをじた。
カッコつけて食い止めたのはいいけど、このままじゃ負けそうだ。なにそれ超ダサい。ってか自分の腕力の無さにマジ凹む。
「げ、元気になってよかった。それが一番だ」
「ご、ご迷をおかけして……」
さらに力が強まる。
げ、限界。
「そ、それよりもワユンにお禮言ってほしいな。できれば笑顔で!」
「へ?」
ワユンはぽかんとして、顔を上げた。
ようやく解放されほっとしたのもつかの間、至近距離で目が合う。
ち、近っ!
慌てて距離をとると、ワユンも仰け反っていた。しかもちょっと上気してる。なに、そんなにびっくりした? したよね。僕もした。
「あ!」
あ?
「ありがとう、ございました……えへへ」
言って、おずおずと、ワユンははにかんだ。
どうやらワユンはもうすっかり元気になったようで、彼の希もあり、結局連れて行くことにした。
段取りをワユンに説明し、ハンナさんとヨナを含めた四人で話し合い、調整する。
不安だったのが、ハンナさんとワユン、二人共を連れて行かなくちゃならないことだった。ハンナさんには証人になってもらわなければならない。
するとヨナを一人、殘していくことになる。
ハンナさんが言うには、ここは絶対安全らしいのだが、またあんなことになったらと思うと、どうしても不安に駆られる。
「心配ご無用ですよ? ここ、安全みたいですから」
ハンナさんのよくわからない力のおかげで大丈夫。なんて信用できるはずないのに、ヨナは何も心配してないふうだった。むしろ僕たちを心配する始末。
結局、念のためウィルムを見張りに立てて、僕たちは隠れ家を後にした。
朝八時。
倉前に町の代表三人と奴隷商が揃ったのを確認し、説明もおざなりに町を出た。
ワイバーンなら、七人乗りで片道一時間ちょっと。
その間に、全員へ説明をしていく。
「素晴らしい作戦だね!! 私のすべきことはよくわかった。全力でサポートしようじゃないか!! なぁに、任せておきなさい。これでも演説は得意なんだ!!」
妙にやる気満々な町長は、今日も超舌好調。ちょうちょう、ちょうちょう、うるさい。なに、菜の葉にとまるの? それとも桜?
「よ、よろしくお願いします」
引き攣らないよう注意しつつ、想笑い。
「私も、承知しました。それで、その、約束の方は……?」
警備ギルドのギルド長は、よっぽど今までの悪事を曬されるのが怖いのか、ずっとそればかり言っている。冒険者ギルドの方も、似たり寄ったりだ。
いやまぁ、普通そうなんだろうけどね。
昨日の茶番であそこまで人を信用する町長もどうかと思う。人がいい、と言えば聞こえはいいけど、見方を変えればただのバカだ。
「えぇもちろん。僕としては罪を撤回してもらえればそれで十分なので、協力してさえくれれば、悪いようにはしませんよ」
好印象を持ってもらえるよう、笑顔は絶やさない。
その笑みを見て一層震えるやつもいるけど。
失禮な。奴隷商は禮儀というものをもっとわきまえた方がいい。
「あ、あの……本當にこれで最後で……?」
「えぇ。『勝てれば』、あなたも自由ですよ?」
本當にしつこいやっちゃな。でもこれくらいでないと、裏ではやっていけないのかもしれないな。
商業都市<ハンデル>の近くに再び即席の倉をノームに造らせて、みんなにはいったん待機してもらうことにした。
他の都市でがんばってくれてる人たちも、連れてこなければならないからだ。集合時間に合わせて、貿易都市、王都の順に、迎えに行く。
倉には、見張りとして迫力十分のパンサー君を配置し、ハンナさんにも気を付けるよう頼み、ワイバーンに乗って飛び立った。
ワユンには僕の脇差を渡してあるし、パンサーもいれば大丈夫だろう。
使い魔たちには、外敵はもちろん、そこにいる四人にも注意してもらっている。何より怖いのは、四人が結託して裏切ってくることだ。絶対にそれだけは阻止しなければならない。
午前十一時半。
奴隷三人を除く全員を集合させると、ハンナさんに作戦の説明をお願いした。正直、僕がやるより彼にやってもらった方が、何倍もわかりやすくて説得力がある。
というか人の前で話とか超苦手だし。
隣でちょくちょく補足を加えながら 作戦説明を終えると、各自休憩タイムとする。
作戦説明とはいえ、正直元奴隷の十七人は大してやることが無い。ただ見客を集めたり、その中に混ざってサクラになってもらうだけだ。
おそらくルーヘンも、ただ無策で飛び込んでは來ないだろう。さすがに僕がここまでやってるとは思わないだろうが、私兵くらいは準備してくるはず。半々くらいの確率で、口論を予想してサクラも用意してるってところか。
商業都市に潛伏してもらっていた六人の話だと、一応不穏なきは無いらしいが、常に最悪の狀況を想定しておかなければならない。
証拠はすべてそろえた。証人も。それにルーヘンの評判も落としたし、濡れ疑も浮上させている。今回はサクラもいる。
大丈夫、大丈夫。
言い聞かせていると、白い手が、僕の手に添えられた。
それがワユンのものだと気が付くのに、時間は要らなかった。
「ワユン?」
問いかける聲が、驚くくらい頼りなくて、自分がかたかたと震えていることに気付く。
歯のが合っていない。
の気が引いて溫が低いからか、ワユンの手はやたら暖かくじた。
「きっと、大丈夫ですよ。オーワさんは無実ですし、何より必死に頑張ってきた。絶対に、伝わるはずです」
拠も何もない言葉だ。ワユンは、僕がどれだけ小賢しく汚いことをしてきたか知らない。
けれど、震えが収まっていくのをじた。
怖いに決まってる。
今まで、人の前に立って演説することなんて、無かったんだから。しかもカンペなんて作っていない。ましてや、疲労で頭がうまく働かないのに加え、練習すらまともにできていないのだ。
そして何より、今回のこれは、僕だけじゃなく、ヨナとワユンの今後にも関わってくる、絶対に失敗の許されないものだ。
吐き気すらじるほどに、怖い。
でも、こうして彼の手を握っていると、なんとなく大丈夫だと思った。なんて非合理的なんだと、あきれるけど。
きっと、大丈夫だ。
開始一分前。
十七人のサクラを紛れ込ませた僕は、主要なメンツを連れてワイバーンに乗り、上空から中心街を見下ろしていた。
人は多い。
けれど見客ではない。立ち止まっている人はないし、その數ない人たちの大半も、ルーヘンが私兵を二十人も連れているから、それを見ているだけといったところだ。
道行く人がいつもより多いのは、何かあるかもしれないから一応通ってはみる。そんなじだろう。
でもそれは、予定していた通りだった。ただの噂だけじゃ、仕事中の商人たちの足を引き留めるには至らない。
だから、これから注目を集める。
仕事を中斷してでも見逃せない、あるいは、オーワって冒険者はすごい力を持っている。そう思わせるような、派手なパフォーマンスを披するのだ。
「みなさん、しっかり摑まっててください」
さぁ、のろしを上げよう。
「グォオオオッ!!」
ワイバーンの咆哮が大気を揺らす――そのまま一気に急降下し、途中で方向転換。町に被害が及ばないよう注意しながら炎を撒き散らし、上空に橙のベールを作り上げた。
まだだ。
さらにピクシーがいくつも雷を落とし、アプサラスが気溫の上がった空間へ向け大量に噴霧する。細かい水滴のカーテンは炎と日を複雑に反、屈折させ、キラキラと輝く。
最後にゆっくりと降下していくと、自然と人が掃け、ワイバーンは堂々と地面へ降りたった。
一瞬の靜寂。
僕は立ち上がり、お辭儀をした。
息を吸って、ワユンの手をきゅっと握る。
――やるんだ。
「僕の名前はオーワです。今日はわがに著せられた汚名を灌ぐべく、參上した次第であります。皆様には多大なご迷をおかけしたこと、まずは心よりお詫び申し上げます」
聲がどこか遠くに聞こえる。
完全な靜寂の中、不自然なくらい、響いているのをじた。
大丈夫、驚くべきことに、大観衆の注目の中、ちゃんと聲は出ていた。
「僕は、皆様に証人となってもらいたいと思っております。誠に勝手なことを申していると、重々承知しておりますが、裁判もしてもらえず、に覚えのない罪で刑に処されるのは、我慢ならないのですっ」
顔を上げ、愕然とするルーヘンを見據える。
ようやくここまで來た。
――さぁ、覚悟しやがれ。
【書籍化・コミカライズ】誰にも愛されなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴虐公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺愛されていました〜【二章完】
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