十分ほどで作業を終え、僕は再び戻ってきた。

作った壁は縦に約五キロ、橫に三キロの長方形。

これはギリギリアレンたちの故郷＜スクルム＞までを囲える範囲だ。

「お疲れ様です、オーワさん」

「うん、ただいま」

男爵は突如現れた壁に驚いてやってきた兵へ説明するのに忙しそうだったので、出迎えてくれなかった。

まぁ、おっさんの出迎えよりワユンのほうが億倍うれしいからいいんだけどさ。

「あとは魔を間引いて、アレンたちを壁の中まで運んだらおしまいかな」

「あの、何かお手伝いできませんか？」

僕が獨り言をらすと、ワユンは僕の肩をちょんちょんと叩き、言った。

「手伝い？」

「その、私なにもできてないので……あぁいえ、その、む、無理にとは言いませんけど」

ワユンの目は、何か恐れているようだった。

……あぁ、この目は出會った時の目だ。

見捨てられるのを恐れている。

    僕にはワユンの気持ちがわかるような気がした。

けど、手伝ってもらうことなんてないんだよなぁ。

「うーん、そうだなぁ……」

「な、何でもしますっ！」

なんでも？

なんでも、と言ったよねこの子？

それは、エ、エッチなこととかも含まれるよね當然？

とたんに頭の中で卑猥な妄想が展開されていく。

って、何考えてんだこんな時に。

まったく、ワユンもよく考えてから発言してほしいものだ。

貞をなめてはいけない。

どんな深刻な狀況であろうと、どんなに関係のないことであろうと、エロに結びついてしまうことがある。

そのままギャグシーンにまで突して、それまでの事態をうやむやにしてしまうまである。

もう一度言おう、貞をなめてはいけない。

「それじゃあ、僕が魔力を使いすぎて倒れた時看病してくれると助かるかな」

「……はぃ」

裏を返せば今は特にすることがないということだ。

ワユンはし落ち込んでしまう。

うーん、うまい言葉が見つからない。語彙力のなさ、いや、コミュ力のなさが恨めしい。時間をかけるほどどんどん沈んでいっちゃいそうだ。

     さっさとやることやってしまうか。

「じゃあとりあえず、壁の上に登ろう」

ワユンを伴って防壁の上へ向かう。上から俯瞰すると、魔の列はどこまでも続いているように見えた。いったいどれだけの數がいるのか。正直なところ、逃げ出した貴族の気持ちもわかる。どう見てもこちらの兵力では焼け石に水だ。時間稼ぎすらままならないと思う。

けれど、これだけの戦力を前にしても、ほんのしも圧力をじていない。まるで蟻の大軍を見下ろしてるような気分だった。不思議な覚だ。

「ちょっと離れてて。それから、僕のから出る黒い靄には絶対にらないでね」

「は、はいっ」

急に真面目に言ってしまったからか、ワユンは張を帯びた聲を出し、すぐに離れる。

そこまで離れなくてもいいのにな。

人がいないのを確認し、リーサル・タッチに思い切り魔力を籠める。

黒い靄は夜の中でもそこだけ月明りすら屆かないため、異様に黒く浮き出る。

瞬く間に魔へ向かって巨大な腕がびていき、魔の上空で掌が形を崩した。そして魔の列に合わせて靄を橫にばしていく。

音もなく水平に靄が広がっていく様は、まるで見えない臺の上に墨をこぼしたように見える。

魔はいまだかない。

攻撃を加えた瞬間にき出されたら、討ちらしが出る可能もあった。

だから今回は一度に終わらせる。

込める魔力量は以前の數倍。

加えて地平線にまで及ぶ大軍全を覆うほど使うと、魔力もだいぶ削られる。

し頭が痛くなってきた。

けどそれだけだ。

すべて覆ったところで、まるで滝のように黒い靄は落ちた。

「ふぇええっ！？」

ワユンの力が抜けるような悲鳴が聞こえた。

寫真の上に墨をこぼしたようにそこ一帯は何も見えなくなってしまっているけど、僕の中へ〈解放〉エネルギーが一気に流れ込んでくるから、たぶん功したんだろう。

こちら側に逃げてくる魔がいないから、ほとんど即死させたかな。

一分ほど靄を維持して、それから解除すると、魔の群れはきれいさっぱりいなくなった。

けど見えないとこまで、これと同じ規模のが點々としてるんだよな。

しめんどくさい。

人間の國と魔大陸との境界は長い。

最も、人間の國は半島のように大陸からせり出しているから、両端はわかりやすいのだけど。

いずれにせよ境界線上のすべての魔を排除するには、機力が必要だ。

それにあれがすべてではないだろうし、僕がいなくなった後のために番人も用意しておかないとな。

いや、それはティターニアに任せればいいのか。

でもティターニアは、力だけじゃなくていろいろ便利なんだよな。できればいつでも使えるよう溫存しておきたい。

「――おぉっ？」

溜まった解放エネルギーを確認すると、じたことないほどのものがたまっていた。

今倒した中に魔人か強い魔が何か混じっていたみたいだな。

適當な理由で納得しながら、〈解放〉できる召喚獣の欄をスクロールしていく。

そして、ついに最下層に到達した。

今まで黒く抜けていた欄がすべて埋まり、＜解放＞が可能になったのだとわかった。

そこにはティターニアもある。

＜任命＞を使わなくても、種族の頂點を召喚できるようになったのか。

だとしたら、＜任命＞の意味は？

ここまで來たら、＜任命＞で進化させる意味がなくなってしまう。

けれど、＜王の力＞の一部が、その程度のものなのだろうか？ それとも、〈任命〉された魔にはもっと別の力が宿っているのか？

まぁいい。今考えても答えは出ないだろう。

それよりも何を＜解放＞するか考えよう。

求めているのは機力と魔人たちと戦える圧倒的な戦闘力だ。

それならやはり、ドラゴン。

そして、その頂點は？

スクロールすると、カオス・ドラゴンの下にまださらに何かドラゴンが存在していた。

噓だろ、あれで最強じゃないのかよ。

そして、最下層には。

「エンシェント・ドラゴン」

確か古龍だったっけ。

詳しいことは全く分からないけれど、なくとも強いことだけはわかった。

ドラゴンなんだから機力もあるだろうし、この地域の守りを任せるには適任かな？

＜エンシェント・ドラゴン＞、＜解放＞――

「――！？」

それと同時に、目の前に展開されていた＜解放欄＞の＜召喚獣＞たちの名前が急に點滅を始めた。

點滅しているのは、妖以外すべてみたいだ。

そして、いつかみた別枠のウィンドウが表示される。

なんか、しアニメチックな景だった。

そういえば、どこか見覚えがあるような――？

『最高位の魔を解放したため、そこに連なる全魔の召喚制限を解放します』

まじか？

それは願ったり葉ったりだけど、そんな簡単に召喚魔法のスキルが手にっていいのか？

だって、普通にカオス・ドラゴンとかいるんだよ？

けれど拒否する理由もないのでそのまま放っておくと、數秒でウィンドウは消え、妖を除く召喚獣たちはすべて＜解放＞されていた。

    なぜ妖は別枠なんだ？

「オーワさん、どうしました？」

「いや、ちょっとね……」

ワユンの心配そうな聲で、僕は脳のイメージをシャットダウンした。

いつの間にかワユンはそばに來ていて、心配そうにこちらを見ている。

「魔力の使い過ぎじゃありませんか？　しお休みになったほうが」

「いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ」

「でも……」

ワユンは僕の言葉に納得していないようだ。

「それよりも、新しい召喚獣を出そうと思うんだけど、どんなやつかわからないから僕のそばにいて」

「えっ？　あ、はいっ」

そういうと、ワユンは僕の左腕にひしっとくっついてきた。

うぉっ！？　が、やわらかっ……。

「そ、それじゃあ、いくよ」

「はいっ」

からワユンの震えが伝わってくる。

ふにゅふにゅして気持ちいぃ、じゃなくてそこまで怖いのか。

いやまぁ、怖いよな、そりゃ。

僕だってそばにいるやつが何しでかすかわからない上にとんでもない力持ってたら怖いし。

手に魔力を籠め、し離れた前方に＜転移召喚＞を発する。

どの程度の大きさかわからないためかなりの距離をとり、かつ空高くに設定したのだが、空中に現れた召喚陣はこちらにまで屆きそうだ。

ちょっと待てよ、ドラゴンって顔から出て來るんだぞ？

これ、顔だけで直徑何メートルあると思ってるんだ――？

「きゃぁあああっ！！」

「うわ……」

ドラゴンの顔が出てきた瞬間、ワユンが悲鳴を上げた。

僕も思わず聲を出してしまった。

でかすぎて、全像が全く見えない。

ただこちらの近くを漂う髭は大木のように太く、は月明りを銀に反している。

この壁から後ろ側には絶対に被害を出すな、という命令をすると、ドラゴンは魔たちがいた方向にするすると出ていく。

首が現れ、一分もして召喚陣がさらに巨大になり、ついに上空すべてを召喚陣が覆いつくした。

腕は見當たらなかったが、翼は片翼だけで空を覆いつくし、足はほんの一部しか見れなかったが、それでも隆々とした筋の蠢きが確認できた。

そこからさらに五分近くも尾が続き、ついに召喚が終わった。

こんなに召喚時間が長いことは初めてだ。

尾の召喚途中で男爵が転げるようにやってきたので説明し、納得して帰ってもらってもまだ召喚が続いていたからな。

「――うぉっ？」

「オーワさんっ！？」

急に足元がぐらついて、ワユンに支えてもらった。

頭がガンガンする……どうやら、魔力を、使い過ぎ――

「大丈夫ですかっ！？　オーワさんっ、オーワさ――」

ワユンの聲を聴きながら、僕は意識が底のほうに引っ張られていくのをじた。