《マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで》6
リサの衝撃のカミングアウトの後、會場には音が流れ、スクリーンには俺とリサのドラムを叩いているPV映像が互に流されている。
「兄さんの1番弟子だって… !?」
 もう何年も音信不通だった兄の名前を、まさかこんな所で、しかも《Ex 》のドラマー、リサから聞くことになるとは…
「ビックリした?」
「………… 」
「ごめんねー、戦意喪失しちゃたかな? そんなつもりはなかったんだけど、ただね… マサキくんの弟がどれだけ凄いのか、見てみたかったんだよね〜 」
「何… だって… ?」
「だからさ、マシュ? 私を… 楽しませてよ!」
 そう言い殘して、リサは自分のドラムセットの方へと向かって行った。
「兄さん… 」
 歳の離れた兄さんの背中を追うように始めたドラム。それだけが、俺と兄さんとの繋がりだった。
 兄さんに褒めてもらいたかった。認めてもらいたかった。兄さんのようになりたかった。
 そんな俺の気持ちから逃げるように、兄さんは姿を消した。
 わかってる。俺を面倒とか、嫌いになったわけじゃないって…
 だけど、つい考えてしまう。
 兄さんは…
兄さんは、本當はどう思っているんだろうと…
「マシュ〜! 早く準備しろ〜ッ!!」
  ユウが向こうの方で、『早く行け』とジェスチャーを送ってくる。
 そんなユウの姿が、視界の隅にってくれたおで、し過去にタイムスリップしていた自分を現在(いま)に引き止めることができた。
 そうだ、そうだった…
 今の俺にはガップレ(みんな)がいる。
 それこそが、俺のアイデンティティー。
今、俺がドラムを叩いている理由だ!
 何だかわからないうちにこんな事になったが、勝負と言うからには全力でやってやるさ!
 俺は自分のドラムスローンに腰を掛け、ゆっくりと肺の中の空気を全て吐き出し、全の筋に火をれた。
☆
「お、マシュのやつ、気合いってんな〜」
 俺は、ステージ下手側の待機席で、し遠目から見るマシュと、中継スクリーンにドアップで映されるマシュとを見比べながら、そんな事を呟いていた。
「そう? 私にはいつもと変わらないように見えるけど… 」
 隣に座っている、歩ことガップレのミュアは、沸るマシュのオーラをじ取れない様子だった。
「僕も、まったく違いがわからないんだけど… 」
「うむ、僕ちんも同意見ですぞ!」
 どうやら、俺以外のガップレメンバーには、マシュのオーラをじ取る能力が未開発らしい。
 全く! 裏ハンター試験に合格してから、出直して來なさいっての!
「まったく、まだまだだね」
「的には何がいつもと違うの?」
「筋」
「「「は?」」」
 3人の異様にシンクロ率の高い「は?」にしたじろいでしまうが、直ぐに態勢を立て直す。
「だから筋だってば、俺なんかおかしなこと言ってるか?」
「筋… ねえ?」
「えっと〜 ユウくん? 的にその筋がどう違うのか教えてくれない?」
「そうだなー… 」
 何故か肩の力が抜けてしまったミュアを橫目に、引き笑いのヨシヤが質問を繋ぐ。
 やれやれ、1から10まで説明しないとわからないとは… 困った子たちだよ。
「マシュの筋をよく見てくれ、ひとつひとつの筋が脈しているのがわかるだろ?」
 まるで筋が自ら呼吸をし、心の臓に酸素を送っているかのように、マシュの筋(それ)は、しずつ鼓を早めているようだった。
「信じられない…  筋のひとつひとつが生きているみたい!」
「いや、これは刷り込みだ… この僕が、まさか、そんなファンタジーな話を、ぼっ、僕は信じないんだからねッ!!」
「ふむ、あれが筋道の極みなのですね、マシュ氏! 僕ちんも、いつか勇子ちゃん道を極めれば、マシュ氏と同じ高みへ… 」
「ショウちゃん、うるさい、黙らっしゃい」
 ショウちゃんのせいで、話が線しそうになるが、何とか食い止めて話を続ける。
「あそこまで筋の調子が上がってるのは、この前の単獨アリーナライブの時以來か… 」
「まったくわからんですぞ… 」
「僕、なんか頭痛い… 」
「いや、それ以上かもしれない…!今日はすげえもんが見られるぞ〜!」
「それでは両者、向き合って!」
 プロレスかボクシングのレフリーのような、赤い蝶ネクタイに黒と白の縦縞の服を著たおっさんが2人の間に立ち、互にアイコンタクトを送る。
「レディー… ファイッ!!」
『BPM 76 』
 おっさんレフリーの合図と同時に、スクリーンには曲の速度を表す、BPMが表示され、その速さのメトロノームが2小節分だけ拍を刻む。
 2人は同時に、そのリズムに合わせ、殘りの空白の時間を寸分の狂いなくビートを刻んでいく。
 さて、最初に仕掛けるのはどちらかな?
『BPM 120』
「こんなのいかが!?」
 リサが次のテンポアップの間にフィル(即興演奏)をれてくる。
 マシュのテンポをし、揺させるつもりらしいが… 
「悪いけど、挑発には乗らないぜ?」
 マシュはリサの挑発をともせず、ただ正確にビートを刻み続けていた。
「これならどう!?」
『BPM 182』
 ロックバンドであるリサの、専売特許とも言える速いリズムに、これでもかと細かく激しいフィルを挾み込みんで、さらに挑発を重ねる。
 
「くッ… 」 
 流石のマシュもリサの怒濤のフィル攻めに、若干の揺のを見せていた。
「さーて、ここからだぞ〜 マシュの本領発揮は!」
「こんな速いテンポ、ガップレの練習でもやったことないけど、マシュくん大丈夫かしら… ?」
「確かに、マシュの本來のプレイスタイルはジャズだから、スウィングや、ゴーストノートをバチバチに挾むのが得意なんだが、テンポが速くなればなるほど、當然やり難くなる」
「あーらら、じゃあそろそろ限界なんじゃない? 僕、見てられないよ」
 そう言って、マシュから目を逸らすヨシヤを、俺は手振りでまあまあと宥めてから話を続ける。
「だけど、あいつはガップレのドラマーとして、ジャズばかり叩いてたわけじゃないだろ?」
「そうだった! ポップスやロック、最近では、ショウちゃんがメインで作ったメタルの曲だって叩いてたんだ!」
「その通り! そして、ガップレ唯一のメタル曲、『wake up in the new world』でマシュが使った新しい技は… 」
「「ダブルベースドラム!!」」
「そう、略して『ツーバス』だ」
 ミュア、ヨシヤ、ショウちゃんの聲が大きくシンクロする。
 『wake up in the new world』で、マシュが見せたテクニックは、ドラムのことにあまり関心のないミュアを始め、多くのファンから絶賛されたものだった。
 ダブルベースドラムは、足元の1番大きなベースドラムを2つセットし、本來、1つのベースドラムでは対応できない連打を可能にするものだ。だが…
「でも、マシュくん、今日のセッティングはワンバスじゃないの?」
「そう、その通り」
 マシュの通常時のドラムセットは、シングルベースドラム、所謂、ワンバスというやつだ。
 ツーバスのセッティングでは、どうしてもその大きさ故に、ドラムをセッティングする場所の広さが求められる。
 そして、またその大きさのため、ワンバスのセッティングに比べて、タムやシンバルなども普段と同じ場所にはセッティングできない。
 そうなると、やはり叩き方やアプローチがなからず変わってしまう。
 だから、マシュは 『wake up in the new world』の練習や披が終わった後は、またワンバスのドラムセットに戻していた。
「じゃあ、ツーバス使えないじゃん!どーすんのさ?」
「ヨシヤ氏、何も連打はツーバスでないと出來ないものではないのですぞ?」
 流石、メタラーのショウちゃんは、とっくにわかっていたようだ。
「ワンバスでも、まるでツーバスのように連打する方法があるとしたら?」
「そんなスゴい方法があるの!?」
「正確には“方法”じゃなくて、“道”なんだけどね」
「それは?」
「ツインペダル」
 本側に2つのビーター(ドラムを叩く棒)がセットされていて、もう一方のペダルとシャフトで繋がっているものだ。
 これにより、ベースドラムが1つしかない場合でも、限りなくツーバスの覚に近い演奏が可能となるわけだ。
「それとマシュの筋(マッスル)パワーが加わると… 」
「およ、そろそろマシュ氏が仕掛けるようですぞ!」
「まあ、実際見た方が早いだろ」
 そう言って、俺の方へと視線を向けていたミュアとヨシヤへ、マシュの方を見るようにと、顎をクイクイっとかして視線を導する。
『BPM 200』
《ズドドドドドドドドドドド!!!》
 BPMが読み上げられた瞬間、マシュがものすごいスピードとパワーで、その両足を2つのフットペダルに、互に押し付け始めた。
「んなーッ! 何てもんを使うのよ、アンタ!?」
 流石のリサも予想していなかったのか、マシュのツインペダルの連打に変な聲を上げている。
 「 両足で安定してリズムを取れる分、両腕は自由にフィルをれることが出來るわけだ。さあ見せてくれ、マシュ! お前の筋(マッスル)パワーを!!!」
「聞いてないわよ!? マシュがツインペダル使うなんてーッ!?」
「行くぜリサ!! これが俺の必殺技! 筋(マッスル)ビィーーーートッ!!!」
《ズドドドドドドドドドドド!!!》
 「はッ、激しいぃ!? ダメっ… こんなの…!!」
 マシュの必殺筋(マッスル)ビートの圧力にリサのリズムが崩れゆく。
《カンカンカンカン!!!》
 ゴングがけたたましく鳴り響き、第1ラウンドの勝者を告げる。
「第1ラウンド、勝者! ガップレ〜、マーーシュッ!!!」
「「「うぉおおおお!!!」」」
「やった!」
「やりましたぞ!」
「よし!」
「やったなマシュ! けど、まだ油斷はできないぜ… 」
 俺はステージの反対側で、未だ余裕の表を見せるレオンの顔を見ながら、異様な空気をでじていた。
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