《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第29話 別行
店の裏手に戻ると山くんがジュラルミンケースを完全に開きその中を凝視していた。何をしているのだろうと近付き覗き込もうとしたら、視線をじたのかケースを閉じられた。
「戻ったか。フンッ、まあ、我が助手の初仕事としては上出來だ」
「景浦君、アタッシュケースを見てたみたいだけど何をしていたの? 何かをしまっている様子じゃなかったようだけれど」
「アンタがそれを知る必要はない。知ったところでどうなる訳でも無し……、しかし何だ。ここから出ていく前と後とでは隨分と浮かない顔をしているではないか。何か不満でもあるか? 聞くだけなら聞いてやろう」
「山くん、今ならまだ間に合うからもう止めよう? あなただったら頭金くんにあげられるくらいの蓄えがあるでしょ。それに彼だってこんな方法で工面したお金なんて貰っても嬉しくないと思うけど……」
「甘いな。バレンタインデーに子が好きな男子にあげる本命チョコやそのイチャイチャしたムードより甘い。確かに私はあいつにどのような金額を提示されたところで、その場で貯金通帳を出し勝手に好きなだけ持っていってもいいと言えただろう。だが、それは私のプライドが許さない。もし何の苦労も無くして依頼をやり遂げたとして……あんた、その後で食う飯が味しくじるのか?」
「飯が味しいだけでは満足しないあなたがそれを言いますか」
「とにかく俺はやると決めたことは必ずやる。どんなに簡単な依頼だろうと必ず苦労をする。罪を犯す事も厭わぬ。これも全てクライアントの期待を裏切る為だ。勘違いするなよ。良い意味で、だ」
助手のくせに私に意見をするな。と彼は最後に付け加えた。アタッシュケースの件もそうだけれど、彼は私の忠告や質問を本當に聞くだけ聞き、言いたいことを言いたいだけ言い話は終わってしまった。
「その眼鏡は返せ。まだ私にはやるべきことがあるのだ。ほら、預かっておいてあげた制服とアンタの眼鏡、それでもって私の部屋の鍵だ」
そう言われ私は自分が掛けていた黒縁眼鏡と彼に預かってもらっていた制服と私の眼鏡を換した。そして彼は黒縁眼鏡に付いていたレンズを力づくで外し、自分の顔に掛けた。この瞬間に彼のご尊顔を拝することが出來るかもと期待したけれど、流石は彼。
顔を俯かせながら眼鏡を掛け、顔を挙げた時には眼鏡を掛けているかどうかも解らなくなってしまった。
「あんたは先に私の部屋に帰っていろ。作戦會議はその後だ」
「作戦會議までするなんて本當にやる気なんだね……。もう止めろとは言わないけれどあんまり無茶しないでね。捕まったら元も子もないんだから」
「フッ……、アンタに気に病まれるほど私はこの仕事伊達に十年もやってはいない。心配するならアンタがこれから無事に帰れるかどうかを心配するんだな」
「ど、どういう意味……?」
「忘れた訳ではないであろう、白臣だ。まだあいつはあの町にいる筈だ。私があいつに直接會って話を付けてもいいのだが、流石に私でもあいつの向を把握することは出來ぬ。もし出くわしてしまったら、これからの人生もう二度と走れなくなるになっちまうくらい全力疾走で逃げろ。それでは、健闘を祈る」
そう言い彼は何処かへ走って何処かへ消えていった。
彼には言えなかったことだけれど、私は忘れていた。私が彼の部屋に泊めてもらっていた理由を。
白臣塔という闇醫者の存在を。飽くまで彼の推測でしかないけれど、そうとは言い切れないのが怖いところである。
——怖い……恐い、嗚呼……!
そう思い出した時には私は早歩きで駅へと向かっていた。あの人に出會ってしまったら、あの巨に追われることを想像したら、力的に、速力的に、歩幅的に、逃げれない。
電車の中でも気を抜くことは出來ない。車は晝前という事もあって乗客は疎らだったけれど、私はその乗客一人一人を確認していく。當たり前のことだけどそれだと疑わしい人は一人も居なかった。というかあれだけの長を誇る人が電車に乗っていれば一目で判る。警戒するまでも無かったと自分に呆れつつもどこか安心している自分がいた。
そうこうしているに私は自分達が住んでいる町の駅に到著していた。電車を出る時も周りをよく見回しあの人がいないのを確認し駅の改札を抜け、再度早歩きで彼のマンションへと急いだ。客観的に見れば、學校の制服をはだかで抱えてスーツを著た子が小走りをしているのだ。好奇の目に曬されても可笑しくない。
しかし私は必死だった。まだ捕まりたくなかったから。死にたくなかったから。
息が切れようと、革靴を履いているが為に靴れを起こし踵が痛くなろうと、私は必死に彼のアパートへと急いだのだった。
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