《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第33話 自問

現在の時刻は……十八時四十二分。………………遅い。

私の予想が正しければ臆助くんは一時間で帰ってくるはずだったのにもう三十分以上オーバーしていた。山くんの買い出しの時もそうだったけれど最近の男の子は時間にルーズなのだろうか。これからはもう彼等とは待ち合わせなどは極力出來ないだろう。

この一時間は本當に何もすることが無かった。自宅に一旦帰って參考書を持ってきて勉強をしようかと思ったら、眠っていた筈の山くんが急に起き上がり「何処に行くつもりだ。勝手に外に出るな」と言うとまた元の制に戻り眠りにってしまったのだ。本當に彼の神経ははどれほど研ぎ澄まされているのだろう。ドアを開けた音だけで目が覚めるなんて。

そろそろ夕食時だし彼を起こさなければならない。私はベッドの橫に立ち彼のを揺さぶって起こそうとしたら案の定、彼の腕にまた力強く握られた。

「痛い痛い痛い痛い! 痛いよぉ!」

「また懲りずに私の顔を見ようとしたのか? 何度掛かってきても所詮同じ事……」

「違うよ! もう夕食時だから起こそうとしたんだよ! 痛いから離してぇ!」

フッ……大袈裟だな、と言い彼は腕を離してくれた。彼を起こすのにこんなに痛い思いをしなければならないなんて命懸けと言っても過言ではない。このままでは私の手首が持たない。

「ふあぁ~、しかし良く寢たなぁ~……。む? 臆助の奴は何処に行ったのだ?」

と、目の辺りをりながら眠そうな聲で訊いてきた山くん。ふと思ったのだけれど、臆助君が出て行ったときには、どうして起きなかったのだろう? 起きられたら起きられたで、結局することがないので、それに関しては起きてくれなくて良かったのだけれど。

「あなたが寢ている間に彼が勉強の仕方が解らないって言っていたから、教えてあげるよって言ったら一旦家に帰って教科書持ってくるって言って出て行ったんだよ。一時間くらいで帰ってくると思ったんだけれど帰って來ないんだよ」

「何 アンタは余計な事を! あいつ今日中に帰って來れるんだろうなぁ……!」

「え? でも臆助君この近くに住んでいるみたいだよ? 片道三十分くらいだったって」

「……嗚呼、なああんた、あいつ、自宅から家までの掛かった時間どんな風に言ってた?」

「う~ん、確か家を出たのが九時でここに著いたのが半くらいって言ってたような……」

「あんた馬鹿か あんたはその時點で勘違いしているに気付いていない! 思い込みってのは実に恐ろしいな。あんたもしかして……あいつがここに……九時半に著いたと勝手に思い込んでいるだろう!」

「え? だって九時に家を出て半にここに著いたのだったら――って待ってよ。そう言えば彼、半に著いたと言っただけで何時の半に著いたのかは言ってなかったような……」

名答。あいつは本當に馬鹿なんだ。アナログの時計だってろくに読めないくらいな……」

何てことだ。確かにそうだ。山くんが臆助くんに電話をしたのが九時。そして私が先に山くんのアパートに帰ってきた時ロビーの置き時計は十一時半を指していたのだ。もし彼の言葉を鵜呑みにして九時半についていたとして、彼はそこから二時間もアパートで待っていたと言うのだろうか? いや、有り得ない。何故なら臆助君はこう言っていたから。

――アパートにいざ這った途端あなたが階段で(以下略)

いざ這った途端――これは彼がこのアパートに足を踏みれたという事を明確に表していた。つまり、私は勘違いを――とんだ思い込みをしていたのだ。彼は片道三十分掛けてここに來たのではなく、二時間半というフルマラソンを走る時間を掛けてここに來ていたのだ。往復で五時間。彼はどんなに急いでも一時間で帰ってくるのは不可能なのだ。

「あのノッポはいつ出て行った 恐らくまだ自宅にすら著いていないだろう!」

「十七時十一分だよ!」

「よし、久し振りに本気で走るか! あんた留守番頼むぞ!」

「え? 電話すればいいじゃない。何で直接迎えに行くの?」

「あいつは攜帯なんか持ってない! 電話はあいつの自宅に掛けたんだ! あんたあいつが小學生って事忘れているだろう!」

そう言えばそうだった。臆助くんは小學生だった。あの姿かたちのせいで完全に忘れていた。彼のお家事は分からないけれど攜帯は持たされていないようだ。

「とにかく行ってくる! 直ぐに戻ってくるつもりだがそれでも遅くなるだろう。そうなったらあんたはぁ……そうだなぁ。夕飯先に食って寢てろ」

そう言い彼は臆助君が一時間半前にやったようなじでドアを勢いよく開け、開けっ放しで走って行った。また同じような事しなければならなくなるとは思わなかった。

そして私は一人になった。夕食を食べろと言われても昨日買ってきた卵があと殘り四つと、彼が今朝買ってきた食パン二枚くらいしかなかった。この食材を見て私は思った。景浦君に今朝言われた言葉を思い出していたのだ。

――あんたの料理は味いだけなんだよなぁ……。

あの時私は初めて他人に料理を振舞った訳なのだけれど、正直な話私は自信があったのだ。いや、自信があると言うのは々言い過ぎだ。普通に料理が出來る程度だと思っていた。そして彼は普通に味しいと言ってくれると思っていたのだ。だが彼の評価はある種矛盾しているともいえるだった。味しかった――けれどそれだけ……。

今考えてみても未だに意味が解らない。これは私の偏見なのだけれど料理とは味しければそれでいいのではないだろうか。例え見た目が悪かろうとも、味さえしっかりと付いていれば私は食べることが出來るし、栄養だってちゃんと摂取できるのだ。

しかし彼は大した事は何も教えてくれなかった。教えてくれた事といえば、私の料理は一言で例えるのならば――ファミレス。その後は私ならば答えに辿り著けると言い教えてはもらえなかった。

ファミレスの料理が味は勿論の事、見た目だって完璧だ。なのに彼は、その料理すらも彼にとっては、味しいだけらしいのだ。

では一彼を満足させることの出來る料理人はこの世の何処にいるのだろうか。否、そんな料理人何処にもいる訳がない。

彼には失禮だけれど彼の味覚は常軌を逸している。味しいだけでは満足できない神の舌以上の舌を持つ人間を満足させる料理なんて作れる人間なんてこの世に存在する筈がない。そう考えると彼が可哀想にじてきた。彼はこの十六年間、食事をしても全く満足することが出來ないでいるという事に。

何かが足りない。きっと彼は何かをしているのだ。味しいだけではなく、見た目だけでなく、まだ彼の中には足りない何かがあるのだ。その答えを彼は私に探させようとしているのだろうか。今回ばかりは流石に無理だよ。切っ掛けさえ皆無だと言うのに。

私は余った材料で今朝作ったと同じ料理を作ってみた。あの時はあのような事を言われて空気が重くなり味があまり味しくじられなかった。だからもう一度確かめる意味も込めて作ったのだ。よくよく考えたら今日一日通しての食事がパン中心になってしまった。栄養の偏りが懸念されるけれどそんな贅沢でわがままな事は言ってはいられない。

私の料理の腕が落ちていないかどうかを確かめる為なのだ。まあ、食パンはレンジのトースター機能で焼くだけなので実質目玉焼き(言い忘れたけれどハムももう無い)が判斷基準になるのだけれど。

私は早速目玉焼きを口にした。

……味しい。やっぱり味しい。いや、確かに味しい。けれど味しいだけに解らない。一何が足りないと言うのだろう。

彼を満足させるには料理が味しいだけでは足りないのだ。見た目も今朝と何ら変わらず悪くない。栄養が足りないのだろうか? それとも目玉焼きなりトーストなり彼なりの焼き方にこだわりでもあるのだろうか? 々な事を考えれば考えるほどに解らない。考えているに夕食も食べ終えてしまっていた。朝飯並みに早い夕食の時間だった。

現時刻十九時二十五分。山くんと臆助くんはまだ帰って來ない。し早いけれどもうお風呂にっておこう。昨日は山くんの不意のがあったのでゆっくり湯船にも浸かることが出來なかった。今回はいくら彼でも早くは帰って來ないだろう。昨日の疲れだってろくに取れてはいないのだ、今日はゆっくりと二日分の疲れを癒すことが出來る。

大きなバスタブに湯を張り、掛け湯をし、湯船の中でを洗い、湯に浸かる。最後の工程を私は昨日することが出來なかったのでその分最高に心地が良かった。私はこうして湯船に首まで長い間浸かってボーっとするのがお風呂の楽しみなのだ。こんな風にしていられるのは何時振りだろうか。もっとこの覚に浸っていたい。時間の流れを忘れそうになる。

…………。……そろそろ出よう、逆上せてしまってもいけないし。

さて、を拭こう――ん? あれ? バスタオルが……ない?

そう言えば朝ここに顔を洗いに來た時にも既に掛かっていなかったような……。山くんが私を起こす前に洗濯してに行ったのだろうか。では一彼は何処に洗濯をしに行ったのだろう。この近くで徒歩で行けるコインランドリーはない。これだけ大きなアパートだ、きっと何処かに共同のランドリーの設備がある筈だ。探しに行きたいけれどもこのようなあられもない恰好で外を出歩く訳にはいかない。目撃された場合に癡だと勘違いされかねない。

ならばいよいよどうしたらいいだろう。このまま彼らが帰ってくるのを待つしかないのだろうか。私の予想ではあと一時間くらいで戻ってくる筈なのだけれどそれまでここで待つしかないだろう。が冷えないように湯船に浸かっておかなければならないのでどっちにしろ逆上せてしまう運命だけれど仕方ない。後で山くんに言っておかなくては。

そして私はまたお湯に浸かり直し、山くんたちの帰りを待った。

はあ……、やっぱりこうしている時間が一番幸せをじる……。このまま眠ってしまいそうなほどの心地よさと安心に包まれていく。

嗚呼、そう思っていたら本當に眠たくなってきた。大丈夫だ。今回は浴室に鍵も掛けたし山くんが心配してってくることも無いだろう。

案の定私は、そのまま眠りに落ちてしまった。

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