《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第34話 夢
夢を見た。一言で言えば怖くて、生々しくて――嬉しい夢だった。私は何処だか解らない真っ暗な場所に一人で佇んでいた。
何も見えない。盲目にでもなってしまったのだろうかと錯覚してしまうくらいの真っ暗闇だった。しかし視線を落とすと自分のが見えた。目が見えなくなった訳ではなかったのだと安心したがその足元の底も晦冥かいめいであり地に足が著いているのか浮いているのかという気味の悪い覚に襲われ足が竦みそうになった。
私はその場にジッとしているのが恐ろしくなり私は走り出した。その真っ暗な世界に、天地晦冥なる世界の何処かに、が、明かりが無いかを探し求めるかのように。
しばらく無我夢中になって走っていると、暗闇の向こうに背を向け椅子に腰かけている誰かがいた。
今思えばこれが不思議でならない。勿論周りは真っ暗なのだ。一閃のすら差していないのである。なのに、そんな場所でもハッキリと何故かその人を視認することが出來たのだ。夢だからと言ってしまえばそれまでだけれど、とても視覚のの見え方の仕組みを無視した現象だったのでそんな事など念頭から除外されていたのだ。
とにかく私はその人の元へと無我夢中で駆け寄ったのだ。その人の背後まで近付いた時、私はその人が誰なのか確信を持って言うことが出來た。全黒ずくめのその後ろ姿――山奇鬼くんその人だった。後ろ姿で彼だと識別できるなんて相當私は彼の容姿が印象付けられていることを改めて実した。
しかし彼はこんなに近付いても振り返ることも無く椅子に腰かけたままだった。何をしているでもない、ただただ椅子に腰かけているだけ。両腕と両足を組みながら。ピクリともかない。まるで呪いに掛かり石化してしまったのではないかと言うくらいに微だにしないそんな彼の姿は恐怖のオーラが漂いとても怖かった。
の鼓がだんだん早く強く脈打つのをじ、冷や汗も出てきた。怖い。怖い。怖いよ。話し掛けた方がいいのかな? それとも顔を覗き込んで安否を確認した方がいいのかな?
どれが正解なのかも解らない。今まで解いてきたどんな難題よりも難しい彼からの挑戦とも言えるこの超難題。まさか夢の中でも選択を迫られるとは思わなかった。
解らない……解らないよ。そもそも正解なんてあるの? それにこれって本當に何かの問題なの? 考える必要なんて……あるのだろうか?
そうだ……これは夢なんだ。所詮は目が覚めて起きた時にはそれが夢だったんだと後から思うことが出來るのだ。簡単な話だ、何の事はない。考える必要も、答える必要なんて最初からないのだ。何故このような夢を見てしまっているのかは未だに解らないが所詮は夢。儚く、虛しく、醒めてしまう夢なのだ。
そう考えていたらさっきまで纏わり付いていた恐怖が一気に取り払われていくのをじた。今の私だったら何でも出來る。何でも言える。そこで私はこんな事をしてみた。
的に言うと、発言をした。普段だったら絶対に、仕事の上司である彼に対して絶対に言えない臺詞を心の底から、こうんだのだ。
「山くん……何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないの? もう沢山だよ。一億円なんて大金、學生である私が返済出來る訳ないよ。最初から私を殺す気なんでしょ……? あなたって本當にどうしようもない人だよね。散々働かせた挙句、最終的には殺してしまうなんて……最低だよ。これ以上そんな人生を送るようなら私はあなたを絶対に許さない。
一生軽蔑する。今からでも遅くないよ。もう止めよう? 人生……一生を棒に振るよ? だったらまずはさ……私を振り回す事から、止めにしない? ――もうこれ以上! 私を! 弄ぶのはやめて 」
言ってしまった。諫言してしまった。絶対殺される。でも恐怖など微塵もじなかった。
これが夢で良かったとつくづく思った。実に私らしくない非常に汚い暴言の數々をあんなにもつらつらと呈せたものだ。
我ながら実に……実に――黒い。黒々しい。
最低だ……私。
いくら夢とはいえ山くんに暴言を、諫言を、苦言を呈してしまった。私の中の何かが大きな音を立てて崩れていく、そんな嫌悪、罪悪をじた。あれ?
私って……、こんな事をいう格だったっけ? あんな意地が悪く腹黒い臺詞を吐く人だったっけ?
「……あれ? 何で? どうして? 何……これ……?」
急に視界がぼやける。その時私の瞼には大量の涙が溢れ頬を伝っていたのだ。
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?
意味が解らない。訳が解らない。理由が解らない。原理が解らない。
何でこのタイミングで涙が流れるの? 別に悲しくなんてないのに、恐怖など微塵もじていないのに、絶なんてしていないのに。涙が……止まらない……! 拭いても拭いても拭い切れない。ダムの放水の如く、堰を切ったかのように止めどなく流れ出る涙。
「うう……! 何……で……、止まってよ……! お願い……! う……うぅ……えぇぇ……」
どうしようもなくその場にへたり込んで泣きじゃくる私。すると……今の今まで悪口を言われようとも何の反応も見せなかった彼がいきなりスクッと立ち上がり、ゆっくりと私の前までやってきて、しゃがみ込み、私の顎を片手でクイッと持ち上げた。
「! ……山……くん?」
そして彼は何も言わずに顎から手を外し、私の掛けている眼鏡を外し、片方の空いた手に著けていた手袋を片手で用に外し、私の涙で濡れた顔をそれで拭ってくれた。するとどうだろう。私がいくら拭いても流れ出てきた涙がその一拭きで止まったのだ。彼はその手袋をつけ直し、私の目をしっかりと(恐らく)見つめたまま、諭すようにこう言った。
「その涙は何だ? 悔し涙か? 嬉し涙か? 意味のない涙なんて流すな。そんな涙に価値などない……拭い去ってしまった方がいい。仮にその涙を悔し涙としよう。一何が悔しい? 何を後悔した? 私に発した暴言か? 自分の腹黒さにか? フン……、下らん下らん。
だからあんたは弱いのだ。弱くて脆くて崩れやすい。自分の言った言葉に自信を持つのだ。確固たる確信を、信念を、信頼を、持つのだ! 私の知る限りアンタは、海野蒼というは……強かだ、そして責任もある。
だからこそ俺はあの時あんたをその場で殺さず助手として迎えれたんだ。このならば、出來るかも知れない……とな。だから……私を、がっかりさせるな……」
そう彼は言い終わると、立ち上がり背を向け、顔を隠すようにフードと帽子を深々と被り直した。心しか、一瞬彼の目にキラリとる何かが見えた気がした。そして私の心が浄化される。につっかえたものが無くなったような、そんな気分になった。そんな私の心を表しているのか先ほどまで真っ暗だった世界がだんだん真っ白に明るくなってきた。
私は彼を誤解していた。彼は私のことをそんな風に想ってくれていたことが意外であると同時に凄く嬉しい。嗚呼、せっかく拭いてもらったのにまた涙が流れてきた。 
「うう……う……うわああああん……! あああ、ああ……あああああああぁん……」
私は泣いた。大號泣だった。人目も憚らず大聲で。赤ん坊のように。
「ええぇ……えっ、えっ……うう……! あああああああああ……!」
「フフ……、今流している涙は……嬉し涙か? そいつを拭ってしまえば……価値が無くなってしまうな」
彼は私の傍らでそう呟いていた気がした。その後も私は泣き続けた。その間も彼は私の傍を離れることなく、ずっと私のすぐ近くでいつまでも靜かに佇んでいた。
 
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