《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第36話 再會
「海野さん! 起きて下さいッス! もう朝ッスよぉ!
臆助君の聲がする――五月蝿い。就寢するのがいつもよりも大変遅かったということもあるのだろうけれど、とても睡眠とは言い難い狀態だったので流石にまだ眠い。そんな狀態で聞く臆助君の大きな聲は失禮だけれどとても煩わしい。普段の寢起きは良い方だと自負している私だが、今回ばかりはもうし眠っていたい。せめてあと……九分くらい。
「海野さん! 何また目を閉じて眠ろうとしてんしてんスか 早く起きないと……!」
と臆助くんがそう言葉を言い終える間も無く、ドア付近の方からだと思われるがドタドタと一歩一歩を力強く踏みしめて歩く鈍重な足音が聞こえてきた。
ずいっと顔の方に何かが近寄ってきた覚に襲われた。
モヤっとする覚に私は負けじとそのまま目を瞑っていた。
しかし私の抵抗など通じる筈も無く、額の方に得も言われぬ違和が襲った。
「痛ッ 」
瞬間額に痛烈な痛みが走った。思わず私は両手で額を押さえてしまった。まだジンジンと痛む……! とんでもない威力のあるデコピンを食らったのだった! 山くんに夜中に忠告された通り……文字通り……私は彼に叩き起こされたのだ。
「ううぅ~……!」
「あ~あぁ……、やられちまったッス……。奇鬼さん……の子に対しても容赦ないッスねぇ……」
「こいつが一度は起きた癖に起きないのが悪い。まったく……二日連続寢坊をし、剰あまつさえ二度寢をしようとするとは……委員長の風上にも置けぬな、なあ?」
「うッ……! おはよう……山くん……臆助くん……、そして……ごめんなさい……」
「ハッ! アンタは一これまで何度私に謝罪の言葉を述べてきた? そう何度も言葉と頭下げるだけで許してもらえると思っていたら大間違いだ。たまには他の方法か何かで示せないのかね?」
彼は相當ご立腹のようだ。このままでは彼の怒りは収まる様子もなさそうだ…、でも確かに私は幾度となく彼に謝ってきた……大した事ないことからそうであることまで丁寧に。でも流石に私も今更言葉や頭を下げるだけで許してもらえるとも思っていない。ではどうすればいいか……? 彼の怒りを鎮め且つ穏便に済ます方法……。
うーん、ここはやっぱり自己犠牲か……? 思い立ったが吉日、早速私は実行に移した。
「じゃあ……私の……山くんの好きにしても——いいよ?」
「ブッ 」「ええぇッ 」
解りやすいくらい彼は帽子とフードのから僅かに覗く頬を紅させて噴き出し、臆くん君は私の予想だにしない言葉にびっくりしたのかその場で腰を抜かし餅をついてしまった。でもまだ足りない……もうひと押し……!
「あなたがそれでいいのなら……私は喜んでこのを捧げます。その代わり一つお願い……、私……その……は、初めてだから……優しくお願いします。さあ、どうぞご自由に!」
そう私が言い切った瞬間、彼は私を押し倒すように払いのけ、次に顔を見られたくなさそうにフードの両端を両手で摑みながら私からそっぽを向き離れた。そしてそっぽを向いたまま彼は非常にらしくない妙に申し訳なさそうな聲でこう言った。
「阿呆、そこまでしろと誰が言った……! もっと自分を大切にするのだ……! 今日だけは、今回に限り特別に……許してやる。だから早く……著替えろ……」
計算通り。彼って無想なくせに妙に紳士的だから絶対その反応をしてくると思った。まあ計算通りと豪語したけれど、ある意味賭けであったことを否むことは出來ない。幾ら山くんが人の意を汲む事が出來、気を利かすことの出來る紳士であれど、思春期の男の子であることに変わりはなく、詰まる所いつ狼に変してもおかしくはないのだ。
大多數の男子ならば私の第一聲で理が崩壊し、私を襲ってしまうだろう。しかしそこはさり気ない優しさに定評のある山くん、私を許してくれただけでなく、見事理を保ち私を襲う事はなかった。私は人生最大とも言える賭けに勝ったのだ!
「言っておくが……! 私は何度も言っている事だがあんたのなど貧相過ぎて微塵のも湧かぬ! 私を唆そうと思うのであればまずその貧弱なを育てることだな!」
「奇鬼さん……、ここから見ても顔がまだ真っ赤ッスよ……? 説得力皆無ッス……」
「五月蝿い! 余計な事を言うな臆助! それとも、お前はまだ喰らい足りないのか?」
「済まないッス! あんなのまた喰らったら記憶が吹っ飛ぶッスぅ!」
そう怯える臆助くんの額の真ん中が赤く腫れていた。どうやら臆助くんもあのデコピンを喰らって起こされたようだ。記憶が吹っ飛ぶと言うのは誇張し過ぎだと思うが確かにあれは痛かった。私の額も臆助くん同様真っ赤に腫れている事だろう。またあれを喰らうのは私としても勘弁してもらいたい。さっさとすることしてしまおう。
昨日の朝と大同じことの繰り返しなのでその辺のり行きは省き、早速昨日の作戦の再確認を行うことになった。
「お前ら……解り切っている事だとは思うが、チャンスは一度きり。言わずもがな二度はない。しっかりと自分の役割を把握し迅速に事を進めることが基本だ。しでも任務に滯りを生じさせた奴は勿論……仮に依頼が功したとしても分け前は減ると思え?」
「了解ッス 」
「解りました……」
「約一名不服申し立てしたそうに怪訝な表を浮かべ気のない返事をしたがいるがまあ文句は全てが終わった後で聞こう。但し聞くだけだ」
前にも同じ臺詞を聞いた気がする。聞くだけならただの一方的なお喋りじゃない……。
「役割の再確認を行う。まず委員長が催眠ガスを持ち、屋上に上がりそれを給気設備に投げれる役、臆助も同様に委員長と共に屋上に上がり給気設備に催眠ガスが乗っかった瞬間ハッキングを開始して警報システムを一定時間止める役、そして私は店に催眠ガスが充満し店員が眠ったところを見計らいその間に貴金屬やら寶石やらを盜み出す役だ」
「う~ん、簡単そうに聞こえるのにいざやるとなると意外と難しい。不思議ッスねぇ……」
「本番では何があるか解らぬ。これだから任務は恐ろしいな……」
リハーサルとかならば場合によっては取り繕う事が出來るけれど、犯罪の場合はやろうとした時點で許されることなどない。失敗も何も無いのだ。私はそんな思考回路をもつ山くんの方が何よりも恐ろしい。
「あとはそうだな……作戦の変更點として全てが終了した後何処かで一度落ち合うと言ったが、もう一々決めるのが面倒だ。終わったらこのアパートに帰って來い」
「了解ッス!」
「……………」
「だが帰ってくる時も決しては油斷するな。常に上下左右三百六十度を見回せ! こちらをジロジロ見てくる奴がいればそれは刑事関係者と思え。道に落ちている割と大きめの石を見かけたらそれは罠だと思え!」
「いや山くん。そんな風に周りを常にキョロキョロと警戒しながら歩いていたら逆に怪しまれると思うのだけれど?」
「フッ……、委員長、『石橋を叩いて渡る』という諺を知っているよな?」
「え? うん……用心の上にさらに用心をすることを喩えた諺だよね。それがどうしたの?」
「実はその諺……間違っているのだ。正しくは『石橋を叩き過ぎて壊す』が正解なのだよ」
「は?」
石橋を叩き過ぎて壊しちゃったら渡れないじゃない。何を言っているの彼は?
「石橋というはどうも信用ならん。だから叩いて渡って當然のだ。つまり數多の人間に叩かれ続けたその石橋はその間多くのダメージを蓄積し続けやがて耐久力が無くなっていく。私たちがその橋を渡る頃にはその橋は見るからにボロボロで渡っているに一気に崩壊してしまうだろう。そんな橋をあんた……自ら進んで渡りたいと思うか?」
「いや、思わないけれど……」
「であろう? だったらそんな橋は渡る前に壊してしまえばいいのだ。つまり私が言いたい事は! 危険が訪れる前に、それを元から斷つことが出來れば必ず安心できるという事だ!」
「おお! つまり! 警察に捕まりたくなかったり、罠に嵌りたくなければ、周りを常にやり過ぎなくらいに最初から警戒していれば、絶対に危険が訪れることはないという事ッスね 」
「そういう事だ臆助! お前らしくない素晴らしく解りやすい解釈ありがとう!」
「やったッス 奇鬼さんに褒められたッス! これ以上の喜びはないッス!」
まあ、本人達が満足なら……それでいいか。もう一々突っ込むのも面倒くさいし……。
「さて、作戦の再確認はこれにて終了だ。後は各々作戦の無事功を祈るがいい……では、まずはアパートのロビーに向かうぞ」
「アパートのロビー? これからあの寶石店に向かうんじゃないの?」
「おいおい、まだ作戦に重要な例の――催眠ガスが屆いてないだろう? そいつを依頼した業者がここまで持ってきてくれるそうだ。だからそいつが來るまで下で待つんだ」
そう言えばそうだ。今回の任務のキーアイテムである最重要の代――催眠ガス。それを給気設備に投げれる事で今回の依頼が功か失敗かが左右される重大な代。あろうことかそんな重役を私が務める事になってしまったのだ。初めての仕事だと言うのに責任が重過ぎる……。
しかし催眠ガスを作れるような業者に電話一本で依頼が出來るなんて。そんな人と知り合いである事にも驚きなのに……彼のコネクションには恐れる。
私達は自分達が今できる準備を済ませ、三人揃ってロビーに向かった。
ロビーに著き山くんがふてぶてしく椅子に座ると、臆助君が、
「浦景さん、あなたは業者って言ってったッスが、一どんな人に連絡れたんスか?」
と景浦君にそう尋ねた。すると景浦君は口元を緩ませながら、
「私とあいつは舊知の間柄の奴でな……。私が鬼の時にちょっとの間世話になったんだ。一言で言えば――私の命の恩人って言えばいいのかねぇ……。今でも謝してるよ……」
と慨深そうにそう答えた。山くんの命の恩人? 彼の命に危険が迫るようなことが子供の時にあったという事? その張本人が非致死兵を作れるような人? 全く話が繋がらない……。そして出來ればそんな人と関わり合いになりたくない……。
「へぇ~、あの奇鬼さんの命を救った方ッスかぁ? お會いしたらお近づきの印として、是非仲良くなりたいッスねぇ……」
「いや、止めた方がいい。あいつと仲良くできんのは私くらいの男しかいない……」
「え?」
と景浦君の表(これは彼の顔を窺い知ることが出來ないので口元の狀態でを読み取っているものと思ってもらいたい。尚これからは全て表で統一しようと思う)が急に険しくなった。まるでその命の恩人という人と関わるなと言わんばかりに。
「何でッスか? そんなに危ない人なんスか? 大丈夫ッスよ! 俺っち馬鹿ッスけど、どんな人とでも仲良くなれる自信ならあるッス!」
「それが危ないんだよ。俺が言ってんのはな……あいつと仲良くできるかじゃない……、仲良くなってその後無事でいられるか何だ」
えぇ? 怖い怖い怖い……! 何でそんな人と山くんは知り合いなの? 逆にどうして彼はその人と仲良くなれてそのまま無事でいられているの? 山くんの知り合いって本當にろくな人がいない(臆助君はいい子です)!
しかし後に私は知ることになる……。この時私は知らなかったのだ。彼の命の恩人であるその人が、決して仲良くなってはいけないその人が――あの人であったことを。
「そろそろ約束の時間なんだが、迷っているのかあいつ? 無駄にだけはでかいからな」
と山くんがボソッとそう毒づいた時、ロビーの扉がゆっくりと開かれた。
その時私達は目を疑った。扉は外側からは押して開けるタイプのもので、私達が今いる椅子やテーブルが置かれている休憩所から見れば、這ってきた人の腕が見えるのだが、その腕が有り得ない角度からびていたのだ。角度で、扉の取っ手を水平として言うならば約六十度くらいの傾きだったと思われる。そしてその腕の主がゆっくりと膝を屈ませて這ってきた。しかしこのままでは這らないと思ったのか一度中にれた膝を戻し、今度は頭から前のめりの狀態で再度這ってきた。頭を上げた時、その人は天井に頭をぶつけた。
「痛ッ! ……まったく、最近の建の天井はホント低いなぁ……。俺みたいな長の奴が引っ越してきたことを考えてしいもんだね……」
「おう、漸く來たか……」
「おおおぉ! 俺っちよりデケェッスぅぅぅー!」
「ッ ︎」
そう頭を片手で痛そうに押さえ愚癡を言いながらやってきた人に……私は見覚えがあった。
ぼさぼさの長髪に無ひげ、下がった口角、くっきりと刻まれた青痣のような隈。服裝が白のパーカーに黒のダメージジーンズ。
そして何よりの特徴が――中腰にならないとアパートの天井に頭が付いてしまう程の長。そうその不吉と不潔の両方のマイナスオーラを漂わせた大男――白臣塔が不敵な笑みを浮かべ、そこに立っていた。
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