《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第38話 遮りし高臺

現時刻十時二十一分、私たち二人は冗談抜きで急いで山くんの元へ全力疾走していた。その理由はこうである。痺れを切らした山くんが私のスマホの攜帯番號に電話を掛けてきて、 

「遅い。いつまで待たせるつもりだ。十時二十五分までに來なければお前らグーで毆るぞ」

と言ってきたのだ。グーだけにストレートな罰だこと……。

だがそれが嫌だ。未だにデコピンを喰らった額がジンジンと痛むのだ……、ストレートパンチなんて喰らったら赤く腫れるどころじゃ済まないだろう。

そもそも『お前ら』とはどういう事だろうか? 私もグーで毆られるの? 何処を? お腹? 顔? いやいやいやいやいやいやいや 子をグーで毆るなんて男子の風上にも置けない! いくら彼でも子である私をグーで毆るなんて考えられない! ……いや、有り得る、彼だったらやり兼ねない……! そして純粋に毆られたくない……! 早く! そして速く! 私達二人は息も絶え絶えになりながら目的地へ急いだ。

そして目的地である寶石店の裏手に到著。そこには腕を組んで仁王立ちで如何にも不機嫌そうな山くんが立っていた。そして彼は腕時計で時間を確かめ、

「フン。十時二十四分四十七秒か。あと十三秒遅ければお前らをグーで毆れたのに……!」

「本當にやる気だったの ︎」

「いやぁ……海野さん……。奇鬼さんはやると言ったらやる人ッス。例えの人であろうと俺っちみたいな子供だろうと容赦ないッス……」

臆助くんみたいな子供まで? 景浦君……恐ろしい人……! 同じの通った人間とはとてもじゃないけれど思えない……!

「ほら! 早くこれを持つのだ!」

待たされた挙句私達を毆る事が出來ずにストレスを溜まりに溜めた彼はアタッシュケースから例の手榴弾型の催眠ガス弾を三つ取り出し私に暴に投げつけてきた。腹を立てるのは結構だけれど八つ當たりは止めてしいものだ。

案の定、彼の強肩からばら撒き放たれた手榴弾型催眠ガス弾をけ止められる筈も無く、しかもそのの一つが私の手首に直撃し、三つとも地面に落としてしまった。

「おいッ! 何をしている貴様あぁ!」 

「!」うひぇぇーッ!」

「落とした弾みでピンが抜けたらどうするのだ! ちゃんとけ止めろ!」

と彼の怒聲が狹い裏路地に響き渡った。お店とお店の間の壁にその聲が反響し合い余計に大きく鋭く鼓に突き刺さった。恐らくここ數日聞いた彼の大聲でベストワン…いやワーストワンだっただろう。因みにこの聲が大きく聞こえる仕組みは前に説明したと思うけれどまた説明する自信が無く、何より怖いので説明はしない。

それよりも痛い……思いっきりまともに當たってしまった……! だんだん患部が青白く腫れてきた……上手くかせない……これは骨折しているなぁ……。當たったのが利き腕じゃなかっただけ良かったかな……。

「何をしている? さっさと拾うのだ……! 左手で……、なぁ……」

うう……鬼畜だ……。そう思っても口には出さず私は黙って震える左手で足元に落ちた催眠ガス弾を一個ずつ拾い上げた。怪我を負ったのが手首だったので手首さえ使わなければなんとか全て拾い上げることが出來た。

その様子を臆助くんが同様に黙って見屆ける。一瞥して彼の表を窺ったらまるで自分がやられたかのように痛そうに顔を歪ませていた。何か言いたげな表でもあったけれど言わぬは言うに勝るとでも思っていたのかそのまま沈黙を保ち続けていた。そして漸く最後の一個を拾い上げ、右腕に全てのガス弾を抱え私はなるべく平然とした態度で浦景君を咎めた。

「酷いなぁ……。の子に対してあんな剛速球を投げてくるなんて。力加減の付け方見極めた方がいいよ? 男の子が投げたボールをの子がけ止められると思う?」

「いいや思わぬ。非常に業腹だったんで一つ大聲を出してストレスを発散したかったんで大聲を出せる切っ掛けを作っただけだ。あれだけの剛球を一度に投げればアンタは間違いなく落とすと思ったんでなぁ……」

そりゃ落とすでしょ。三つも一気に投げられたら。プロのキャッチャーでも至難の業――依然に未知の世界だよ。

「そんな事の為だけに私にこんな怪我を負わせたなんて……あなたってホント最低だね」

「フッ……最低で結構だ。それに怪我をしてしまったのはアンタがけ取れなかったからだろう? 因みにこれからあんたもそんな最低野郎の仲間りをしようというのだからな。そんな罵聲に発言力など欠片も無いことなど見え見えだ」

「…………」

「それにアンタは本當に偽善にも程がある。普通ではない。あんな事された挙句怪我までさせられたら治療費払ってくれだのなんだの何かしらのけじめを付けさせようとしてくるのが普通だが、あんたは何も求めてこずただ私の命令に従い最終的に罵聲を浴びせただけ? アンタも怒っていいところと悪いところの區別――見極めた方がいいぞ」

黙って聞いていれば言いたい事をつらつらペラペラと言ってくれるものだ。確かに彼を長時間この場に待たせてしまったのは申し訳なく思っており彼が苛立つ気持ちも解らなくもないけれどこの仕打ちはあまりに酷く慘い。

これでは今からする仕事に支障が出てしまう可能がある。それで私の所為にされでもしたらいよいよこの人をまともな人間として見られなくなりそうだ。

怒っていいところと悪いところを見極めろ……? これだけの仕打ちをけたのだ、今こそ怒る時なのでは? 今ここで怒っても別に構わないよね?

さあ、今こそ怒りを発させる時が來た……!

——」

「二人とも! ちょっと待つッスぅ!」

と彼に対してこの怒りをぶつけようとしたところで、今まで沈黙を保っていた臆助くんが私と山くんの間にり込み、両手を広げて遮ってきたのだ。

「海野さん! まずは俺っちたちから先に浦景さんに謝るッス!」

「え……」

「奇鬼さん! 自分達がモタモタしていたばっかりに 奇鬼さんを待たせてしまったことを、本當に申し訳なく思っているッスぅッ!」

と臆助君は山くんに向かって深々と腰を九十度に曲げて、三秒間、頭を下げ続けた。私が訳が解らず呆気に取られていると臆助君が顔をしこちらに向け目配せで「海野さんもほらっ!」と言っていたので私も彼に対して取り敢えず頭を下げて謝る。

「その……、山くん、ごめんなさい……」

「…………」

彼はは何も反応が無いけれど恐らく帽子の下で怪訝そうな表を浮かべいる事だろう。しかしそんな事お構いなしに臆助くんの行は尚も止まらない。漸く頭を上げてこう続ける。

「よし! 次は浦景さん! その……あの……!」

「何だよ……」

「ヒイィッ! ……いやいや、負けるな臆助! お前なら言えるッス! お前が言わなきゃ誰が言うッスぅ!」

臆助くん……あなたは心の中で言っているつもりだと思うのだけれど、聲に出てるよ……。

とは今の狀況では言えない。

「う、う……海野さんに謝ってしいッス!」

「何? おい臆助。さっきから高いところからを言いおって。一何を言っているのか自分で解って発言をしているのか!」

「勿論ッス! これが意味も解らずに話を進めている男の目に見えるんスか! だとしたら奇鬼さん……あなたの察眼も落ちたものッスね……!」

「……! おいおいおいおい臆助……! 貴様の心は何時からそんなに壊してしまったんだ? 何故私がこんなに謝らなければならないんだ……?」

「そうだよ臆助くん……本來なら私達が悪いんだし……、怪我をしてしまったのは私が鈍臭かったからであって……」

さっきまで怒りをぶつけようとしていた者の臺詞ではない気もするが、私は臆助くんにそう訊かざるを得なかった。あの臆助君が――山くんに何をされようと決して逆らわなかった臆助くんが、初めて彼に対して刃向ったのだ。これを訊かない訳にはいかなかった。

山くんが飼い犬に手を噛まれるような狀況になるなど想像だにしていなかったのだから。

「奇鬼さん……これはうちの母さんが言っていたッス……。悪い事したら、若しくはしたと思ったら……「ごめんなさい」と一言謝りなさいって……言ってたんスよ……」

「…………?」

「奇鬼さん……あなたは海野さんに怪我をさせるつもりなんて無かった筈ッス。けれど海野さんは怪我をしてしまった……を人に投げつけた時點でもうが悪いッスが、あなたはさらに罪を重ねたッス!」

「…………!」

「怒りたければいくらでも怒ってもらって結構ッス……! けれど……! 怒りに任せて他人を――しかもの人を……傷付けるような事はしてしくないッス…… 」

「…………」

「一言で……たった一言でもいいので頼むッス……! 海野さんに……謝って下さいッス、浦景さん……!」

お願いするッス。と言い臆助君は再度深々と頭を下げた。

すると、山くんが黙ったままスタスタと私の前まで近付いてきて……持っていたアタッシュケースを開け手をれると、中から長さ十センチ程度の添え木と包帯、そして財布を取り出した。私の左手を優しく取り上げ、添え木を當てて手首がかないようにしっかりと包帯で固定してくれたのだ。そして、財布から一萬円札を取り出し私の制服のブレザーのポケットに押し込み、

「謝るのは私のに合わぬ。その応急手當と病院代が謝罪の代わりだ」

もし金が余ったらあんたにくれてやる、と言い彼はプイッと私からそっぽを向くようにしながらそう言ったのだった。

「ありがとう山くん。私どうお禮を言って良いんだか……」

「あ……ありがとうございまッス! 奇鬼さん!」

「フッ……謝罪をして謝されるというのは初めての経験だ。ていうか委員長、あんた先に禮を言う相手を間違えちゃいねぇか?」

「え?」

そう彼に言われて私はハッとした。そう、この事態を勇気を持って丸く収めてくれた人に対して、私は無禮にもお禮を言っていなかったのだ。

「臆助くん……ありがとう。そして……ごめんなさい。これから皆で力を合わせなきゃいけないって時にケンカなんかしちゃって……」

と私は臆助くんに対して改めてお禮と謝罪の言葉を述べた。臆助君は「自分も気が付いたら行してたッス」と若干謙遜してそう言った。こうしていざこざが全て終わったと思った直後、臆助君が私を呼び止めた。そして私の前で跪き、

「海野さん……あなたも奇鬼さんもお互いに謝ったッスが、まだ俺があなたに謝ってないッス……!」

と頭を下げたままそう言うと、彼の顔からが裏路地の影で冷たくなった地面に落ちていくのが見えた。え……臆助君……泣いている?

「海野さん……済まなかったッス……。あの時俺っちが早く海野さんの前に立っていれば、海野さんは怪我なんてしなくて済んだッス……。ホント俺っちって決斷力が無いッス……。だから海野さんが痛そうにガス弾拾っている時、凄くが痛くなったッス……申し訳ないって……、済まないって思いながら……」

「臆助くん……」

何て見上げた子だ……いくらお母さんの教えとはいえ、『悪い事をした、若しくはしたと思ったら相手に謝る』だったっけ……。

別に臆助くんは悪くないのに、私が鈍臭くて、怪我をしたのは運が悪かっただけなのに……。そもそも山くんがガス弾を投げつけてきたのがいきなりすぎたので私の前に立ちはだかる瞬間すらなかった筈だ。

捨間臆助――純真無垢を現化したような男の子。その心は當に天。ちょっと臆病だけれど凄く真面目な優良児。だから悪くない事まで悪いと思ってしまい謝ってしまう、自分の所為にしてしまう。他人に噓を吐く事が出來ない……絵に描いたような馬鹿正直者。

改めて言わせてもらうけれど、臆助くんはこんなにも優しくて禮儀正しくて誠実な子だ。山くんがよく私を「偽善者」と罵るけれど、臆助くゆには絶対にそうは言わない。そう考えると本當に私は奇鬼くんの言う通り「偽善者」なのかも知れない……。そう思えてしまうくらい私の優しさとは上辺だけのものなのだとまざまざと思い知らされる。

「臆助……、顔を上げて。あなたがそんなに思い詰める事じゃないよ。今回の件は私と山くゆが悪かったのだから、関係のないあなたはそれに対して勇気を持ってあなたなりに解決に導いてくれた事、あなたの優しさに……逆に私すっごく謝してるよ。だからもう泣かないで、臆助くん」

「海野さん……何てお優しい人なんスかあなたは……。こんな馬鹿でけない俺を許してくれるなんて……あなたのその底無しの優しさとお心遣いに……謝するッス……」

と、臆助くゆは立ち上がりまた深々と頭を下げてそう言った。

馬鹿でけない……か、謙遜のし過ぎにも程がある。そんな子がこんなにきっちりとした態度で謝罪など出來ようものか……。

本來謝罪する場面というものは決して誇らしいものではなく、恥であり、屈辱であり、辛酸を舐めさせられるものであり、場合によるものではあるけれど、必ずしもその行為自が名譽となるものではなく、むしろ殆どの場合避けなければならない事なのだ。

けれど臆助君の場合は、何というか恥だとか、自らの名譽だとか、地位だとか、そのようなものを背負っている訳ではなく、自らの過ちなど、過失など、不手際などがあったわけでもない、ただただ彼は自分が悪い事をしたと思い謝ったのだ。

その姿、立ち居振る舞い……何故だろう、彼が誠意を持って頭を下げる姿が凄く格好良く見えたのだ。傍から見ればその姿はけなく、哀れで、慘めである筈のその姿勢。格好悪さの代表的な姿勢であると言っても過言ではないその姿勢に、私は微塵も格好悪いなどと思わなかった……いや、思わなかったと言うよりもそのような愚考など考える事さえ許されなかったと言った方が正しいのかも知れない……。それ程臆助くんの行為には誠実さと、真剣さと、心強さと、勇ましさがその行為一つに込められていたという事だ。

した。思い知らされた。謝罪とは、優しさとは本來こうあるべきものだという事を、私はまた臆助君から教えてもらったのだ。

「おい、そろそろ済んだか? もうかなり時間をロスしてしまっている……今日中にクライアントに金を渡さないといけなんだ。さっさと各々の準備をしやがれ」

「待って山くん! ちょっと耳貸して……」

ああ? と彼はまだ何かあるのかというような不機嫌そうな返事をしたが、実はまだこれで終わりではない……というか終わってはいけなかったのだ。私達二人にはまだやらなければならない事が殘っているのだ。

骨に嫌がる山くんをなんとか説得し私は臆助くんに聞こえないよう彼にある事を耳打ちで喋りかけた(耳というよりはこの位置に山くんの耳があるであろうと予想しフード越しに喋りかけた。これが彼が骨に嫌がった理由の一つだった)。

すると彼は「別にいいではないか」とやはり面倒臭そうにしていたがそれでは臆助くゆに対して失禮だと私が咎めると彼はチッと舌打ちをし、

「面倒くさい、何故私たちが臆助にそのようなことをしなければならんのだ……」

「そんなこと言わない。臆助くんにだって迷を掛けたのは事実でしょう?」

「くそ……! 解ったよ……やればいいのだろ! やれば!」

「……! ありがとう景浦君!」

渋々ながらではあったけれど彼は私の意見を聞きれてくれた。いや、例え聞きれてくれなくとも私は々力を行使しようとも彼に言い聞かせなければならなかっただろう。

それ程の懸案事項であることを彼に理解してほしかったのだ。

そして私達は、放っておいてしまったままの臆助君の元へ向かい、

「ほら……、山くん。準備はいい?」

「………ああ」

「じゃあ、私が言うから、あなたは下げるだけでいいからね?」

「もう解ったから早く始めろ……! その行為をするだけでも私は屈辱なのだからな!」

と流し目で睨みつつそう訴えてきた。山くんはこの行為に込められた意味がまだ理解出來ていないようだけれどもそんな事問題ではない。要はやる気の問題だ。

そして私達は臆助くんの前で橫一列に並び、頭の中で即興で考えた言葉を思い出しながら、私は次のような言葉を奧助君に対して贈った。

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