《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第40話 強盜 その1
「時間がないから手短に伝えよう。臆助と委員長。お前ら、これを耳につけろ」
そう言い彼がアタッシュケースから取り出し私達二人に差し出したのは、私が昨日寶石店の下見をした時と同じ型のワイヤレスイヤホンマイク二つだった。
「ここからは二手に分かれて行をする為だ。指示が的確に送れるようにな」
「おお! カッコいいッスねぇ! 俺っちこういうの一度付けてみたかったんスよぉ!」
子供みたいに(子供だけれど)無邪気に喜び嬉しそうに片耳にイヤホンマイクを付ける臆助くん。やはり男の子はこういうものに憧れを抱くものなのだろうか……?
「では詳しい指示は後ほど出す。まずはお前ら、この寶石店の屋上へ向かえ。この路地から出た歩道側に屋上へ登る為の階段が設置されている」
「そんなもの勝手に使っていいの? 関係者以外立ちり止とか……」
「助手の分際で私に意見するな。アンタは私がが「ワン! と鳴け」と命令したら素直に「ワン!」と鳴いていればいいのだ。サッサと行くのだ。時間がないと言ったばかりだろう」
一蹴されてしまった。それにその上下関係はもう助手というよりは下僕に近い。
百歩譲って私は今ケガ人だというのに扱いがぞんざいである。さっきまであんなに恭しく私や臆助くんに丁寧に謝罪をしていたというのに……掌返しが早すぎる。
先ほどの山くんの剣幕に恐れをなしたのか、関係ない臆助くんが「ワン…… 」と戦々恐々とした聲と顔を浮かべ先に階段のある歩道側へと向かって行ってしまった。
しかし真面目過ぎる……。まさかちゃんと「ワン」と返事をして行くなんて……。
私も臆助君の後に続こうと彼を追おうとしたら、
「ああ待つのだ。危ない危ない、忘れるところだった。あんた、こいつを臆助に渡してやってくれないか? ……まったくあのビビり野郎……。臆助の『臆』は臆病の『臆』かよ……」
誰が上手い事言えと……。
々蛇足とも言える反応があったけれど話を戻すと山くんが私を呼び止め私に渡してきたのは、彼がいつも攜帯しているあの鈍い銀のを反するジュラルミンケースだった。
「え……これも持っていかなきゃならないの?」
「しょうがないだろう。あいつが先に行ってしまったのだから。マイクで戻ってくるよう伝えようにもあいつ電源をれていないみたいだしな、悪いな……持って行ってくれるか?」
段取りが悪すぎる。マイクの電源の付け方を言い忘れるわ臆助君にケースを渡し忘れるわで時間がないと私達に散々文句を言っておきながら自分がどうなのだ?
何度も口を酸っぱくして言うようだけれど今私は左手を負傷していて添え木を當てて固定している狀態だ。よって片手の自由はほぼ無いに等しい。
そんな狀態で今、私の右小脇には三つの催眠ガス弾が抱えられているのだ。そのうえ見るからに重厚そうで重量のありそうな未來から來た耳の無い青の貓型ロボットの四次元ポケット並にどんなものでも出てくるあのアタッシュケースを持って行けと?
いやそもそも何故これごと臆助くんに渡す必要があるのか? 渡したいものがこの中にあるのならばそれを中から取り出して私に渡したらいいのに。
「これを臆助に渡してくれ。じゃないと作戦がり立たんのだ」
しかし彼は尚もアタッシュケースを差し出し「渡してくれ」の一點張り。どうやら本當にこれじゃないと駄目らしい。
「解ったよ。じゃあ、右手の指に引っ掛けて」
そうするしかないだろうと思い、私はこの重量漂う手提げ鞄を辛うじてまだ使うことが出來る右手の指先だけで支える覚悟を決めた。
「ほらよ。ちゃんとあのビッグバードに渡してやってくれよ」
「ああ、背が高くてチキンだからだね――って、だから誰が上手い事を言ってって――」
と、またも余計な事に対して突っ込もうとしたら、彼が私の空いた右手の四指にアタッシュケースの取っ手を、至って普通に、小をけ渡すかのように乗せてきた。
――のだが、
「うぅ…… お、重いぃ…… 」
予想通りと言えば予想通りだったのだが、案の定……その重さが尋常じゃなかったのだ。
四指でしか支えていなかったと言うのもあると思うのだが、僅か二センチ程の高さから落として渡されたとは思えない衝撃が指の付けまで伝わってきたのだ。誇張しすぎかもしれないけれど、あまりの衝撃に反対の手まで怪我をしてしまうかと思った。
こんなものをいつも片手で支えていたなんて彼の指は文字通り筋金りなのか
「重いか……。だがよく落とさずに耐えられたものだ。重さで言えば推定二十キロくらいはあるからな。流石は隠れ馬鹿力……、そうやって指先だけで支えることが出來るなんて大したものだ」
二十キロ…… そんな鉄の塊同然の重量を誇るを右手の四指だけで支えているという事実! これでは彼に隠れ馬鹿力と言われても否定する事など出來ない……。
けれど長時間持っている事は流石に出來そうにない。持ち始めてからまだ一分ほどしか経っていないというのに指の第一関節から先が鬱し青くなり始めている。
「屋上へ著いたらイヤホンマイクで連絡しろ。では、後は頼むぞ。アンタらが屋上へ行き指示を出さなければ、俺もくことは出來ぬからな」
「う! う……ん 」
あまりの重さに返事の聲がかなり図太くなってしまった……何てはしたない……。
最後に彼は「睡眠ガス弾も落とすんじゃないぞ。一生の眠りにつきたくなかったらな」と脅しにも似た口調でゆっくりスタスタと路地裏から姿を消したのだった。
その後ろ姿と歩き方は、どこか優雅でしささえじた。あれで見た目が良ければ……。
などとウットリ見惚れている暇などなかったのだ。早くこのアタッシュケースを臆助くんに渡さなければ私の指の神経が壊死しかねないという狀況に侵されていたのだった。ガス弾も右小脇に三つも抱えているのでいつ落としてもおかしくはない……!
私は山くんに指示された通りやや駆け足気味で裏路地を出た。右を曲がったところに階段があった。見たところかなりの段數がありそうでそれだけでもう心が折れそうになったけれど、そんな腑抜けた事は言っていられない。何とか覚がまだある震える腕、指先で支えているガス弾とアタッシュケースを気力だけで支え鉄製の階段を上って行った。
余談だけれど私は一昨日から手に関する事で々な災難に遭っている……。これから先こんな事が続く事を考えると借金を返済する前に私の腕がなくならないだろうか?
「あ……! 海野さん! 大丈夫ッスか 重かったッショ? 俺っちが持つッス!」
階段を上り切り屋上に著くと、臆助くんが待ってましたと言わんばかりに近付いてきて、右指だけで支えていたアタッシュケースを両手で支えけ取ってくれた。指全にが再び正常に流れ始めるのをズキズキと曲げることの出來ないくらいの痺れでじることが出來た。小脇に抱えていたガス弾にも異常はない。先ずは第一関門を突破したと言うところだろうか。これからまだ重要な仕事があると言うのにかなりハードな関門だったけれど。
「済まないッスね海野さん。の人にこんなに重いを持たせてしまって……」
「大丈夫だよ、気にしないで。でも臆助くん、山くんが怒ると怖いのは解るけれど、自分が怒られた訳じゃないのに早とちりしちゃ駄目だよ? 解った?」
「うう、それに関しても済まなかったッス。これからはなるべくそう善処するッスよ……」
と、私の諫言に臆助くんは頭をぐったりと項垂れて私にそう謝った。「善処する」という事は必ずしも絶対に言う通りにする訳ではないという事だろう。だが、景浦君のあの激昂した時の怖さはハッキリ言って生徒指導の先生と同じくらいの恐怖がある。慣れろと言う方が難しいだろう。
「そう言えば臆助くん、山くんにそのケースごとあなたに持って行ってくれって頼まれたんだけれど、何でそれ自が必要なのか、あなたには解る?」
「解るッスけど、そいつをお教えする事は出來ないッスね。いや、企業みたいな事ではなくて、後のお楽しみみたいなものッス。きっとビックリするッスよぉ~!」
「?」
後のお楽しみ? ビックリする? 確かに彼のあのケースからはんなが出てきて、その時點で既に驚いている訳だけれど、まだあのケースには何かがあるのだろうか?
やたら重かったのももしかしてその為……?
「そうだ臆助くん、彼に渡されたイヤホンマイクの電源を付けてくれない? 山くんが指示が通らないからって言ってたの」
「おお! どおりでこのイヤホンなぁんにも聴こえなかったと思ったらそういう事だったんッスね! ええっとぉ……、あ! ここのボタンみたいなものがそうッスね!」
彼が耳を付けたままイヤホンマイクを探っていると、先端部分にある電源ボタンを見つけたようだ。片手にはあのケースを抱えていると言うのに、長痩軀なに似合わず力持ちな子だ(後から思ったけれど彼は片手で持っていたけれど私は指で支えていたのだ。そう考えたら私の方が凄いのかな?)。
「ああ! 私も山くんに屋上に著いたこと報告しないと! 電源をれて……」
私もイヤホンマイクの電源をれ、彼に屋上に著いた事を報告する。
「よし、よくやってくれたな。だが休んでいる暇はないぞ。『時は金なり』という諺がある様に、こうしている間にも手にれるべき金というは刻一刻と減り続けているのだ」
「いつものありがたいお説教はいいから早く指示を出して。『時は金なり』でしょ?」
「…………チッ」
舌打ちされた。「助手のくせに生意気だ」とでも言われたような気分だ。
「そこの屋上はそんなに広くはない筈だ。臆助、お前は先に向かっていたのだ。探さなくとも直ぐに見つけられただろう?」
「勿論ッスよ 海野さん、あれを見てしいッス!」
臆助君が指を指した方向に目を向けると、五メートル先のところに白の金網フェンスで覆われた大きな設備があった。それは紛れも無く、昨日景浦君が見せた寫真の給気設備と相違ないだった。これは確かに探すまでもない。これだけ大きければ嫌でも目に付く。
「では委員長。さっそくあんたの記念すべき初仕事だ。あんたの好きなタイミングでいい。その手に持っている非致死兵をあの給気設備の上部のファンに投げ込むんだ!」
いよいよその時が來てしまったようだ。何度も何度も口を酸っぱくして言ってきていた事だけれど、私の助手としての記念すべき初仕事にしては役割が非常に重い…。
なにせ私がこれからする仕事で今回の作戦の結果が全て左右されると言うのだから。
このガス弾をあの臆助くん……いや下手をすれば白臣の長よりも大きいあの排気設備に投げ込まなければならないのだ。山くん曰くファンがあるそうなのだが、それさえもこの位置からでは視認する事が出來ない程大きいのだ。投げ込もうと思えば投げ込めないような高さがある訳じゃないけれどこれ程までに不安なのには理由がある。
を投げる時、全を使うと聞いた事がある。逆に言えばの何処か一部でも故障していれば本來の力を発揮出來ず投げる事が出來ないという事だ。つまりついさっき思いっきり左手を負傷したばかりなので通常以下の力しか出せない可能があるのだ。
それだけならまだいい――もう一つ問題なのはガス弾の數に限りがあるという事だ。ケガをする前は三つもあれば十分だと思っていたのだが狀況が変わった。
二回までなら失敗出來るから二回しか失敗できないに考えが変わってしまったのだ。
作戦の失敗――あの山くんの事だ、あの大聲で怒鳴られるだけでは済まないだろう。
「どうした委員長? 好きなタイミングでもいいとは言ったが時間が無い事に変わりはないのだぞ? 簡単な事だ。ガス弾のピンを抜き、投げれる。たったこれだけの事だ」
その簡単な事を難しくさせたのはどこの誰ですか? なんて言えたらいいのに……。いやいやそれよりも、そうだ……! まだガス弾についての問題が殘っていた!
ピンだ……! 當たり前だけれどピンを抜かなければガス弾から催眠ガスが出ない! どうしよう……片手でピンを抜き投げられるほど私は用ではない。それにこのガス弾のガスが出るタイミングもまだ解らない。抜いた瞬間に出るのか、時間差があるのか……。
二回しか失敗出來ないとは言ったけれど、先ずはその能を確かめる必要がありそうだ。
そこで私が取った行は、左手は使えないので々行儀が悪いけれど口を使ってガス弾に付いているピンを引っこ抜いた! その瞬間、引き抜いたから濃い白のガスがプシューッという激しい噴音を立てて出てきたのだ。
「きゃッ 」
「うおッ 」
「む……漸くか」
これは危ない! 出てくる量が尋常じゃない! このままではガスが屋上に行き渡り本當にこちらが眠りに落ちてしまう! 早くこれを何処かへ投げなければ
その一心で私は給気設備とは違うあさっての方向にガス弾を放り投げてしまった。闇雲に放り投げられたガス弾は隣の建の屋上へと乗っかり、未だにガスは噴出を続けていた。
野球ボールくらいの大きさしかないのにどれだけのガスが詰まっているのだ……。
「おい、さっき凄い音がイヤホン越しにでも聞こえていたが、上手くいったのか?」
「ああ、ごめんなさい。あまりのガスの勢いに吃驚して全然違う方向に投げちゃった……」
「チッ! あんた何やってんだよ! 後二個しかないではないか!」
鼓を劈かんばかりの大聲を張り上げて彼はそう私を呵責した。
思わずイヤホンマイクを耳から外してしまった。後ろを振り返ると、臆助くんもイヤホンマイクを耳から外し痛そうに片耳を押さえていた。彼も突然の山くゆの大聲にビックリしたのだろう。
「山くん……イヤホン越しのあなたのその大聲は流石にこたえるよ……」
「ああ……耳がジンジンするッスぅ……」
「全く! 何の為に臆助にそのケースを屆けさせたと言うのだ! 私がそのような事態が起こる事を想定していないとでも思っていたのか! そのケースの中にガスマスクがっているから、サッサとそいつを裝著しろ! 阿呆が 」
そう捨て臺詞を殘して通信が切れた。そういう事は前もって伝えておいてほしいと、思いつつも口に出せないのは、彼に対してまだ恐怖心がある証拠なのだろう。
「ガスマスク……ッスか? そんなが用意してあったんッスね……。海野さん待ってて下さいッス。今探しまスんで」
すると臆助くんは離さず抱えていたジュラルミンケースを下に下ろし、ケースを開け中を探り始めた。あの某長壽アニメで有名なあの肝心な時に限って必要なが出て來ず「あれでもないこれでもない」と言いながら々なが出てくるのを想像していたけれど、そんな私の期待(?)を裏切るかのように、臆助くんは全く手間取る事無くケースから二つのガスマスクを取り出したのだった。
「あったッス! これがそうッスよね! うわぁ……これもまたカッコいいっすねぇ!」
と、これまた早速無邪気に嬉しそうにガスマスクを裝著する臆助くん。イヤホンマイクの時といい、彼には悪いけれど私にはコレのどこら辺が格好いいのか理解に苦しむ。
しかしこのマスクも本格的なものだ。今回の用途的に防毒マスクだろう……下顎から額までを完全に覆い外気を完全に遮斷する全面マスクであり吸気口と排気口が左右別々についているタイプだ。ボイスエミッターとアンプリファイアーも蔵されているようでこれなら通信の妨げにもならない。本気過ぎる……周到過ぎる。これ一個でも結構な値段はするというのに。
「おお! これでもしまた海野さんがミスっても大丈夫って事ッスね! さあ海野さん! これさえあればもうガス弾なんてただのボール同然ッス! もう何も恐れる事はないッス! 思う存分投げまくって下さいッス!」
「うーん……、もう二個しかないから投げまくる事は出來ないけれど、これならもうガスを誤って吸う事も無いし、取り敢えず安心は出來るよね」
それに投擲にも何ら問題はないようだ。店と店の間がそんなに開いていなかったとはいえ、隣の建の屋上にまで擲つ事が出來たのだ。これで一つ不安が取り除かれた。
「ああ、そうだ。また伝えるのを忘れていたが、投げる前は必ず「投げる」と一言言えよ? そして乗ったと思ったら「乗った」と伝えろ。解ったか?」
急にイヤホンから通信がり景浦君がそう言ってきた。言いたい事だけ散々言っておいて切ったくせにまた伝達ミス? 流石にこれは看過することは出來ないと思い私は々語気を強めて彼にこう伝えた。
「また伝え忘れ? 前から言おうとは思っていたけれど、あなたって大切な事後になってから伝えるよね? 時間が無くて急いでいるのは仕方ないけれど、もうし頭の中で計畫を立てて行した方がいいと思うよ? この仕事長いんでしょ?」
「…………」
彼は私の話を終始黙って聞いていた。いつもの舌打ちや溜息もなくジッと。
私の話を聞いていたのかいなかったかはさておき、通信は切られていない。
先ほど彼が伝えたように私が「投げる」と伝えるのを待っているようだ。と言っても直ぐに投げられるものではない。
もう既に一回失敗し殘るガス弾はあと二個。
余裕があるとは言えない。あと一回しか失敗できないのだ。先ほど、隣の屋上へ投げ込めたとは言ったものの、飛距離はそれなりにあったのだが高さに々難があった。この給気設備自の大きさが三メートルだとして私の投げたガス弾の高さはこの屋上の面を水平にして考えると約三十センチ程高さが足りなかった気がする。
ガスを吸ってはいけないと思い無我夢中で放り投げたというのもあるかもしれないが、結構全力に近い投球だった筈だ。全力を出してこの様だ。このまま投げればまた同じ事の繰り返しになってしまう。殘り三十センチ分の誤差をどう修正すればいいのだ……!
嗚呼……私がもっと長が高ければ……。
「海野さん、難しい顔してどうしたんスか? もしかして……左手の合がさっきので悪化したんスかぁ 」
などと考え込んでいると、後ろから見兼ねた臆助くんが心配して話し掛けてきた。こんな時にでもこの子はなんて優しい心遣いをしてくれるのだ……。
――ん? 待てよ?
「山くん……ごめんなさい」
「ん? なん――」
私はそうマイク越しに景浦君に謝ると、彼に返答をされないに通信を自ら切った。文句なら後から幾らでも聞いてあげるから……今だけは、私のわがままを許して下さい。もうこうするしかない……この作戦を功させるには、彼の力が必要なのだ!
「う……海野さん 一何を 何で通信切ったんスか 」
「お願い臆助君! 恥を忍んで頼みます……あなたにしてもらいたい事があるの!」
「う……! 待つッス海野さん! 奇鬼さんが俺の方のイヤホンに「委員長は何を勝手な事を 」と怒鳴りつけてきたッス…… 凄い剣幕ッス…… 」
「臆助くんも一旦通信を切って! 彼には絶対に聞かれたくない事だから……!」
む……解ったッス、と臆助君は渋い顔をしながらではあったが、マイクの通信を切った。
「一何なんスか? こんな勝手な事したら、後で奇鬼さんに怒られるッスよ…… 」
「その事に関しては本當にごめんなさい。でももう時間が無いの臆助くん、非常に無責任で不躾である事は百も承知なのだけれど……このガス弾、あなたに投げれてもらいたいの」
「ええッ おおお俺がッスか 」
本來この役目は私がやるなのだから驚かれるのも無理はない。しかし、今の私にこの仕事は果たせそうにないのだ。三十センチの誤差を修正するには臺か何かの上に乗るしかないとも考えたけれど、屋上を伝うダクトの上に立とうにも給気設備から離れたところに位置している為飛距離的に屆きそうにないのだ。背をばせと言われてが竹の如く長しびる筈もない。そこで殘された選択はただ一つ――私より長がおよそ三十センチ高い人に代わってもらうしかないという事だ。
もうここまで説明すればお解りだろう。私の長は百五十七センチ。そして私達と共に今回の作戦に參加してくれた……臆助君、ハッキリとした長は解らないが彼の長は山くんより高いのは確実、私より三十センチ高い百八十五は絶対にある格をしていたのだ。
「臆助くん、因みに訊くけれど……あなたの長って何センチ?」
「え? えぇ~っとぉ……俺暫く學校行ってなくて測定もちゃんとけた事無くて解んないッスけど、多分百八十は確実に超えてると思うッスよ」
百八十……それは確かにそうなのだけれど殘り五センチあるかどうか。そこが一番重要なのだけど……! でも、男の子なんだし、私よりは力もある筈だから、あと五センチあろうがなかろうがその誤差は男の子特有のパワーで補ってくれればいいだろう。
臆助君には臆助君の與えられた仕事があると言うのに(アタッシュケースが関係している?)、彼が良い子なのをいい事に彼に頼み込むなんて私は酷いだ。これでは山くんに後から何を言われようと否定する事など出來ない。
「ねえ、お願いできる?」
「う~ん……何だかよく解んないッスけど、海野さんみたいな人に頼み事されて否定する事なんて出來ないッス! いいッスよ、俺に任せて下さいッス 」
と彼は當然のように私のわがままを快く承諾してくれた。こちらは決して良い気分ではなかったけれど、今回ばかりは彼の好意に甘えるしかない。
人には出來る事と、出來ない事があるのだから……。
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