《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第49話 介抱、そして解放
「ど……どうしてここに? というか……あなた……」
「余談は後回しだ。アンタはそこで呆けて見ているがいい。これが私のやり方だ」
そう言い放った瞬間、彼は韋駄天の如き神速を発揮し既に姿が見えなくなってしまった頭金くんを追って行ってしまったのだ。
「ああ! 山くん待って! あなた頭の調子は――」
「彼なら大丈夫だよ。眼鏡っ子ちゃん」
「え……」
「俺が診ておいてあげたからね。全く病み上がりだってのに……若いってホントいいねぇ~」
再び後ろを振り向くとそこには、やれやれと言ったじで溜息を吐きながら頭を抱える、白臣塔が立っていた。私がしゃがんでいるからか、ここから見るとさらに大きく見える。
この人の事はどうしても好きになれないがポジティブなところと大き過ぎるくらいの長にはやはりどこか憧れるところがある。私にもし分けてしいくらいだ。
「白臣……さん……」
「お、漸く俺の事を名前で呼んでくれたね? オジサン嬉しいよ。ささ、そんな所にいつまでも座っていないで、立ち上がりなさい」
と、彼は大きくて妙にのなさそうな白い手を指しばしてきた。
しかし私はすかさずその手を拒否するように後ずさる。
いや、誤解しないでほしい。私よりもまず先に診てもらわなくてはならない人がすぐ傍に居たからだ。
「私の事はお気遣いなく、自分で起き上がれます。山くんの診察を終えてお疲れのところ申し訳ないのですが、今すぐに診ていただきたい人がそこで寢ているんです!」
「何だって? おお? ノッポ君じゃないか! どうしたんだ君もこんなところで寢て?」
「 痛たたたたたたたたたたた 痛いッス 何なんスかもう 」
と、白臣が不意に臆助くんのを揺すり起こすものだから彼の患部に響いたようだ。そうか臆助君、今までずっと寢ていたんだ。凄いな……、怪我しているのに。
「おっと悪い悪い! 普通に起こそうとを揺さぶっただけだったのにこれ程までに痛がるなんて。こりゃ肋骨が何本かやられてるな。一何があったんだい?」
「高校生のお兄さんに毆られたッス……! ボストンバッグで思いっきり……!」
「そうかい。君は図がデカいけどまだ育ち盛りの小學生なんだ。骨のつくりがまだ完全じゃない。高校生の力で毆られたらそりゃ折れるさ」
「白臣さん。その、臆助くんは大丈夫なのですか?」
「ああ、案ずる事はない。合併癥の心配もなさそうだし、これなら軽く固定するだけで自然に回復してくれるさ。曲がりなりにも醫者である俺が言うんだ。間違いない。絶対だ」
そう言うと彼は攜帯していた鞄からを取り出し、臆助くんの介抱を始めた。
癥狀を宣告する彼の目に偽りの気持ちなど無かった。全うな醫者ではない彼だけれど、先程の山くんのいつもと変わらない元気そう(?)な様子を見る限り信じてもよさそうだ。
「ところで白臣さん。何であなたは山くんが大変な狀況である事を察知できたんですか?」
「いや、俺は別にエスパーじゃないから察知は出來ないよ? 奇鬼から電話が掛かってきたと思って出たらの子の聲が聞こえてきてさ「山さまを診てもらいたいのです! 早く來てください! ……とエイミー? は何たらかんたら」って言ってくるもんだから最初はびっくりしたけど奇鬼が大変だと言われて行かない訳にもいかないしさ、急いで飛んできたんだよ」
その特徴のある口癖を話すはエイミーさんしかいない! ありがとうエイミーさん! 助かったよエイミーさん! そしてエイミーさん……、人の攜帯勝手に弄らない! 怒られるよ!
というかよく番號解ったな……、そう考えるとやはり彼の勘は侮れない。
そう言えば山くんが元気だという事は、恐らくあの癥狀の原因が解ったと言う事だろう。またあの時の二の舞になるのは勘弁だ。対処法を訊いておいて損はないだろう。
「それで、結局山くんのあの癥狀は何だったんですか? 私達もどうすればいいのか解らなくて、頭痛薬を飲ませてあげたら癥狀が和らいだので良かったのですが」
「そうだな…話を聞いた限りでは、あれはただの頭痛だと診斷せざるを得ないな」
「え……」
「実はあいつがこの癥狀を発したのは今回が初めてじゃないんだ。突然に襲われるあいつの原因不明の頭痛は、懸念事項として俺も前から調べちゃいるんだが、これに関しての報が全く解らない。今までんな患者を診てきたが、あいつの癥狀に関しては報が無いんじゃ治せる自信が全くない。下手をすれば、あいつの命に係わるんじゃないかな……」
「そんな……」
なんと、その道の専門家(でもないか)でもあの癥狀の原因が解らないなんて。しかも命に係わるって……、でも彼はいつもの決め臺詞的な事を言わなかった。きっと彼も自信が無いんだ。
それはそうか、登校してもいない學校を下校しろと言われて下校出來る訳がない。知りもしないのに治せはしないのと一緒で。
「でも君のおで新たな報が解ったよ」
「へ?」
「あの癥狀はただの頭痛だと診斷したけれど、初めてあの癥狀を見た時実は後の事が怖くて俺は何も施す事が出來なくて自然に治るのを待つしかなかったんだ。しかし君が頭痛薬を奇鬼たあげたことによってその癥狀が和らぐという事が解り、しかも後癥などの心配が無い事が解ったんだ。偶然とはいえ新たな報を仕れることが出來た。ありがとう」
「……! ど、どう……いたしまして……」
な、何今の笑顔……。
いつも笑う時は口角をニッと上に釣り上げながら不気味に行うのに、今のこの人の笑い方は當に天無とも言える無邪気な笑顔だった。
何だ、この人も、人間らしく、あんな風に笑う事が出來るんだ。
「それにしても、今回は君の方からよく喋り掛けてくれるね。俺の事が嫌いなんじゃなかったのかい?」
「へッ いいいいやいやいやいや! 別にそんな事は……! 私は山くんや臆助くんの事が心配で、詳しく見ていただける人があなたぐらいしかいなかっただけで……」
「ハハハ……確かに!」
確かにって。そこまで自信満々に言われると逆に清々しいな。
「でもさ、別に無理して隠す必要はないよ。俺は職業柄、世間から敬遠されやすいからね」
「………いつからそう気付いていたんですか?」
「最初からだよ。君と初めて出會った金曜日のあの日からね。君は自分では気付いていなかったかもしれないけれど、凄く骨に嫌そうな顔をしたからね。ま、気付ける筈もないか! だって自分の顔を見るのに、鏡無しじゃ見れないもんな! ハハハハハハ!」
ポジティブ過ぎる。私に苦手意識を持たれている事を最初から解っていて、気付かない振りをして今まで普通に接してきてくれていたなんて。
「何で解っていてずっと黙っていたんですか? というかあなたは何でそんなに明るく振舞えるんですか? 私、山くんから聞いただけだけど、あなたのしている行為が許せないんです。人の命を救うような職業に勤めているくせに、お金に困ったら健康な人の命を殺めるだなんて、明らかに矛盾していますよ!」
「ああ、そうだね。では君の質問に答えてあげるとしよう」
順を追ってね、と彼は引き続き臆助君に処置をしながらそう言った。
私がこの人を好きになれない理由が分かった。先程も自分で説明したけれど、この人の行いには矛盾が生じているのだ。名ばかりではあるが醫者という肩書を抱えていているにも関わらず健康な人を殺めるなど、醫者であるない以前に人として持つべき道徳を逸しているのだ。
それが私がこの人を赦す事が出來なかった理由。
そして私はその事に関してこの人に訊きたかったのだ。一どういうつもりなのかを。そのにある彼の真意を、私は遂に彼から直接聞く事が出來るのだ。
彼はこちらを振り返る事無く、臆助君の介抱を続けながら、語り始めた。
「先ず一つ目の質問『嫌われていると解っていてなぜ黙っていたのか?』。理由は単純、面倒臭いからだ」
「?」
「さっきも言ったと思うけどね、俺は全うな職業をしていないもんだから世間からははみ出し者扱いをけている。だからもう一々そんな事気にしてたらさ、限ないだろ? だからさ、もう嫌われていると解ってもさ、気にしないようにしているのさ」
「…………」 
「次の質問は、『何故そんなに明るくいられるのか』だな。これも別に大した理由じゃないよ。ほら、悲しい気分になってるとさ、周りにいる人達まで悲しい気分を移させちゃうじゃん? 地力だって発揮する事が出來ないし、デメリットばっかりだ。人に嫌われようが蔑まれようが、俺は絶対に悲しんだりなんかしない。その人が俺に悪口や批評した事を後で後悔しない為にもね」
「…………」
「そして最後の質問……『醫者として有るまじき行為をしている事に関して』かな。うん、これに関してはもう、しょうがないんじゃないかなって……俺は思うんだ。だって生きる為だもん」
「…………」
「君だってさ、生きたいって思ってるから生きてるんだろ? 俺だってそうだ。生きたいから生きているんだ。でもそれを言い出したら、その他の人もそうだよな。皆必死で生きる為に食事をしている、働いている、戦っている、その為には他人を犠牲にしていかなければならない。ホント、俺達が生きている今って悲しい世の中だよな、眼鏡っ子ちゃん」
そう話す彼の聲と背中は震えていた。絶対に悲しんだりしないと言ったばかりの彼が、今目の前で咽び泣きを、男泣きをしているのだ。
「誰だって死にたくはないもんさ。けどいつかは死ぬ。だがそれもしょうがない。この世に生きるものにとって『死』とは、決して逃れる事が出來ない永遠の呪縛さ。しかもその呪縛はいつ解けてもおかしくない。もしかしたら今解けるかも知れない。俺はしでも長くその呪縛を解かせない為にも、時に他人の呪縛を長引かせ、解かせなければならないのだ。でも出來る事なら、俺はそんな呪縛から人々を救いたいのだよ。その為に俺は醫者になったんだ。まあ、救った人間の數の方がまだない、未な醫者だけどね」
「………」
呪縛呪縛と連呼するけれど、要約すると結局死にたくないだけではないか。死にたくないから人を殺す。他人を犠牲にする事で自分が生き長らえる。
確かにこのご時世は私も厳しくじるものがある。人間関係なり職場での立場なり、そして私達が住む日本の経済狀況なり…とてもじゃないが安穏とした生活を送るにはとても適した狀況とは言えないだろう。でも…だからと言って、生きる為とは言え…人を殺す事はないのではないか。もっと他に良い方法があるのではないか。
「醫者になったのなら、醫者になった以上は……! 自分が死ぬその時まで、最期まで醫者としての務めを果たしてくださいよ……」
「ああ、そうしたい。そうしたいけどさ、俺には醫者としての十分な知識が備わっていないんだ! 何せ獨學、碌なもんじゃない。こんな奴に診察を頼む患者なんて居る訳ないだろ……。俺は醫者である事は勿論、闇醫者としても失格さ」
「そんな事無いです」
「何がそんな事など無い? 醫者として果たすべき義務も果たせず、殘るは人を殺めた事で得た汚い金のみ! そんなを得て生きて行くしかない俺に何を拠にそんな事が言えるんだ。そもそも君は俺の事が嫌いなのだろう! 何故にそこまで……」
「自分の力を否定しないで下さいよ。確かにあなたは酷い人です。的な數は知りませんが手をかけた人間の數は多いと言った。けど、救えた人の數は……零ではない筈です」
「!」
「獨學で人の命が救えるなんて凄い事じゃないですか。そしてそれだけじゃなくて、あなたが今朝持ってきてくれたあのガス弾、あれきっとあなたが調合した薬草が原料の睡眠薬なのでしょう? 醫療の分野とはし違うかもしれませんがそれも常人では出來ない至難の業です。そして最後に、ほら……」
と私は白臣、いや……白臣さんの後ろの方へ手を差しべる。そこには先程まで顔を酷く歪ませ痛がっていた筈の臆助君が、安堵の表を浮かべて座り込んでいた。そして、
「いやぁ、白臣さんありがとうッス! おで痛みをあんまりじなくなったッスよ! 流石はお醫者さんッスね! またケガとかしたら、あなたに頼みたいッスよ!」
と、満面の笑みを浮かべて白臣さんを讃えた。當然の事ながら臆助くんはとても正直な子だ。噓を吐くなどあり得ない、彼の言葉に噓偽りなどというのは無縁なのだ。
「また、一人の人間の命が、救えたんですよ? これで解ったでしょう? あなたにも、人を救える力はあるんですよ。闇醫者でもいいじゃないですか。曲りなりでもいいじゃないですか。だからもう、関係のない健康な人を殺めることは、もう止めて下さい。自分の力を信じて下さい。というか——信じなさい」
「……!」
私のその言葉を聞いた彼は、大きく目を見開いた。見開いたと言っても、元々目を開いているのかいないのか解らないくらい目が細いので、普通サイズの大きさだったけれど。
「ハハハ、やっぱり、君には言葉では一生敵いそうにないよ。眼鏡っ娘ちゃん。俺ってこう見えて単純だからさ。そんな事言われちゃうと、そうせずにはいられないよ」
「え、じゃあ……」
「こんな俺でも救える命があるんだって、君に教えられちゃったからね。今までより生活は苦しくなっちゃうかもしれないけれど、俺、頑張ってみるよ」
「あなたならやれるッスよ白臣さん! 俺っちのケガをあっという間に治してくれたんスから間違いないッス 保証するッスよ!」
「おいおいノッポ君。君のケガはまだ治ってないぞ? まだ安靜にしてないと……」
「フフフ……」
「? どうしたんだい眼鏡っ子ちゃん。泣いてたと思ったら笑い出して、喜怒哀楽が激しんだね」
「いえ、ただ白臣さん、そんな風に笑った方が、明るく見えるなって思いまして」
「え? そんな風って、こんなじかい? やり慣れていないから変だと思うけど」
「うん! そうそうその顔ですよ! その顔の方が、患者さんも安心してあなたに命を預けてくれると思いますよ!」
「ええ、俺っちもそう思いまッス! 見てるこっちまで明るくなるようないい顔してまッス!」
「そうかい? ハハハハハハ!」
「アハハハハハハ!」
「ハハハハハハハハハ!」
とある町の、がすっかり落ちた車通りや人通りが全くない道の真ん中にて、三人の男の笑い聲が木霊していた。
これは、微妙な距離を保っていた私とある一人の男の、距離が一気にまった瞬間だった。
笑っているだけなのに、こんなにも幸せでいられる時間があるなんて。もう暫くでいい、こんな時間が続いてくれればいいのに――
「おいお前たち。こんな道のど真ん中で隨分楽しそうに談笑しているではないか」
あ~あ、思った通りだ。続かなかった。なんとタイミングの悪い……。
「あ、山くん戻ってきたんだ——ってきゃあああああ!」
「ん? どうしたんだい眼鏡っ娘ちゃ——っておいいいいいい!」
「え? 何スか何スか? 俺っみにも見せて…えええええええええ ︎」
三人の笑い聲が、悲鳴に変わった。帰ってきた山くんが片手に持っていた——というか引き摺っていたを見たことによって。
彼は片方の手にはあのとてつもなく重いボストンバッグが提げられていたのだが、もう片方の手には、見るも無殘で目も當てられないくらい尋常じゃない程の傷を負いを流して、ぐったりとしたままかなくなった頭金くんらしき人が、引き摺られていたのだ。
「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
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