《豆腐メンタル! 無敵さん》八月一日留守無敵⑨
――その後、學式は三十分遅れで執り行われた。原因は、我が一年三組が場に遅れたせいである。
俺が大泣きさせた無敵さんは、結局クラスの子が総員で宥めすかし、なんとか教室に収容された。大混に陥ったクラスの勢を留守先生が立て直すのに、ちょうど三十分を要したというわけだ。
後で聞いた話によると、留守先生は學式終了後、校長室に呼び出され、泣くまで説教をされたらしい。擔任教諭に昇格早々、とんだ大失態を曬したものだ。留守先生には、同をじ得ない。
だが、まだだ。まだまだだ。俺たちの語は、これからどうしようもないほどに、青春と呼ぶにはあまりもアレなじになってゆく。全くもって、不本意ながら。
もしも俺がこの語の主人公だったとしたら、これは多分、ラブコメと呼ばれることになるんだろう。學初日の出來事で、もうその路線は確定だ。俺にはそうとしか思えない。
この時點で、もう嫌な予しかしなかった。
なぜなら。
ラブコメの神様は、みんな「バカなの? 死ぬの?」と言われるほどにアレだから。奴等は絶対に遊んでいる。奴等の住まう天上界は、きっと平和すぎて退屈なんだろう。そんな想像が容易に出來てしまう俺って、きっと夢見がちな男の子だとか言われちゃうんだろうなぁ。厳しい人には「現実逃避するんじゃない」とかバッサリ斬り捨てられそうだ。
――だが。
「ねぇ、ホズミくん」
「ん?」
學初日の予定を全て消化し、玄関で靴を履き替えていた時だった。俺は、そいつに遭遇する。そいつは、俺の顔をニコニコと見ていた。男にしては“きれい”としか形容出來ない、ユニセックスな雰囲気を纏ったやつだった。
「ああ。確か、同じクラスだよな? ごめん。まだ、名前までは覚えてなくて」
「うん、いいよいいよ。今日は初日だもんね。気にしないで」
そいつは笑顔を崩さず、爽やかに歌うように俺を許した。
「悪い。他のやつの名前も覚えてないし、気にしないでくれ。で、なんか用か?」
し待ったが、そいつは名乗ろうとしなかった。はっきり言って疲れていた俺は、先を促す。
すぐにそいつは牙を剝いた。何の前れもなく、それが牙だとも俺に気付かせないうちに。
「キミ、『囚人のジレンマ』って知ってる?」
「……『囚人の、ジレンマ』……?」
これが、そいつと俺との、初めての會話だった。
そいつの名は、《阿久戸志連あくとしれん》。
この阿久戸が隠し持った“悪意”に、俺はまだ気付いていない。すぐに気付くことにはなるのだが、それでも遅かったと言うしかない。
知ってさえいれば、こんなヤツとは関わらなかったはずだから。
「ふふ。無敵さんてさ、面白いよね? キミもそう思うだろう、ホズミくん」
阿久戸の笑みが、邪悪に歪んだ。
音も無く。
気配も無く。
靜かに――運命は、変わってゆく――
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