《豆腐メンタル! 無敵さん》空手七谷人供①
登校前の一波で、俺の心は疲弊していた。それはそうだろう。見るからに怖そうな男に、モデルガンだったとはいえ拳銃を突きつけられたりしたのだから。本だと思い込んだ時點でその銃は俺にとって本だ。マジで命のやりとりをしたのだから、疲れないはずがない。
「ま、でも、あいつの素も知れたしな。無用な心配が一つ減ったとも言える。得たものもあるんだから、とりあえずは良しとしとくか」
自分に言い聞かせるように呟くと、し足取りが軽くなった。
今日から、本格的に授業が始まる。この高校のレベルは高い。油斷すれば、すぐについて行けなくなるだろう。勉強する時間の確保は必須。おかしなことに拘らう暇は無い。やたらと厄介事に巻き込まれているが、一つずつ消化していけば、そのうちに平穏な生活が送れるようになるはずだ。
「そうだ。”夢”のためにも、頑張らなくちゃ、な」
校門まではすぐそこだ。満開を過ぎた桜の花びらたちが、ピンクに染めたアスファルトを踏みしめる。忘れないようにしよう、この優しく暖かな空気を。ここが夢への第一歩。迷ったり挫けそうになったときは、このピンクの道を思い出すんだ。俺の夢へと続く道は、おそらく、途轍もなく長く険しいものになるのだから……。
「おっはよー、オトっちゃーん。なーに険しい顔して歩いてんのー?」
「ぶへぁっ!」
後ろから、いきなり頭をはたかれた。完全に油斷していた俺は、かなり恥ずかしい聲を出してしまった。「ぐぬっ」と唸って振り返れば、「よっ」と手を上げた七谷が、ニッコニコに微笑んでいた。文句を言おうと思っていたのに、毒気を抜かれる。ってホント卑怯。……? 俺は本日の七谷の姿に、自分の目を疑った。
「……おい、七谷」
「なーに、オトっちゃん? 変な顔ー」
「お前に俺の顔の事なんか言われたくないんだが」
「えー? なにそれ、どういう意味ー?」
「分からないか?」
「分かんない」
「本當に?」
「うん、本當に」
「マジか……。お前、もう顔がどーとかいうレベルじゃないんだけど、本當に気付いてないの?」
「もー。面倒くさい言い回しだなー、オトっちゃんてば。言いたいことがあるなら、もっとハッキリ言ってくれていいんだよー?」
「……そうか。じゃあ、言わせてもらうけど……」
とは言ってみたものの、俺はまだ逡巡していた。
正直、子の、それも容姿について意見するなど、俺にとっては有り得ないことなんだ。だが。だがしかし、周りの視線も気になるし、これはさすがに言うべきだろう。校門のとこに一人、ジャージ姿の先生だって立ってたのに、なんで何も言わなかった? 今の七谷を見て、どうしてスルー出來たんだ? おかげで……、おかげで、俺が言わなくちゃならないじゃないかよぉ!
いや、確かにね。確かに、この高校って服裝にユルいみたいなんだけど。ブレザーだけ羽織って、下はジーンズとかスエットだったりするやつも、上級生には結構いるんだけれども。でもな。さすがにさ。さすがに、七谷の”コレ”は無いんじゃない?
「……お前の頭、どうなってんの?」
意を決し、俺は七谷にそう尋ねた。
「頭? あ、気づいた? えっへっへー、可いでしょ? これ、クマさんなんだよー」
頭にクマが乗っかってんのに、気付かないやつがいるのなら見てみたいわ。という突っ込みは、とりあえず心の中だけにしとくとして。
「あ、うん。クマさんだってことは分かるんだけど、俺が言いたいのは、そういうことじゃなくてだな……」
頭いてぇ。こいつ、なんでこんなに得意げになっちゃってんの? 噓だろ。ホント有り得ない。もうどう言っていいのか分かんない。
「うお。すっげぇな、あの新生」
「アホだ。アホの子がいるぞ」
「うわー。あの子、顔は可いしスタイルもいいのに、頭が殘念。中も外も」
登校してきた無數の生徒たちが、七谷をチラ見しながら囁いているのは、概ね俺と同じ想だった。七谷がいいやつだってのは分かってきたけど、こればっかりは庇えない。恩人である七谷を馬鹿にされているのだから、本來ならば怒るべきところなんだが……。無理無理無理。俺の意見も観衆の皆様と100パー同じなんだから。
なにしろ七谷の頭には、結構でかいクマのぬいぐるみが乗っかっているのだ。なんつーのか知らないが、これも”盛り”の一種なのだろうか? でも、そういうのって、あくまでも自分の髪で作り上げるもんじゃないの? こんなもんまで盛っていいなら、もうなんでもアリじゃんか。
「これねー、こうしてのぺって乗っかるじが可いんだよー。一応髪留めなんだけど、面白いと思わない? 菜々、凄く気にってるんだよー。ちょっと重いのが難點だけど。えっへっへ」
七谷は頭の上のクマをぽんぽんと叩くと、前髪を留めるピンに手をやった。金の三ツ星が象られた、し子供っぽい、いや、安っぽいデザインのヘアピンだ。今の七谷の全イメージからは、それだけが浮いているようだけど……? まぁ、周りの人間から浮きまくっていることに比べれば、こんなの些事だ。そう思い、俺は星のヘアピンのことなどすぐに忘れた。本當は、もっと気にするべきだったのだが。
「……そうか……。気に、っちゃってるんだ……」
もう何も言う気にはなれなかった。七谷には、周りの嘲笑など耳にらないようだ。いや、もしかしたら聞こえているのかも知れない。だってこいつ、前に會った時だって、全アニマル柄パーカーを著込んだヤンキーだったから。そう言えば、フードから覗いてたこいつの目、かなり怖かったなぁ。あれだって、自分的には好きで著ていたはずだもんな。他人の目とか関係なく、好きな服を楽しんできたんだろ。
待てよ。でもこいつ、昨日阿久戸に格好のこと言われて恥ずかしがっていたけれど? 昨日のは恥ずかしくて、今日のは恥ずかしくないってことなの? ダメだ。こいつ、俺には全く理解出來ない。……ま、いっか。理解なんかする必要は無いし、こいつに限らず、他人を完全に理解するなんて出來っこないんだ。
「何ぶつぶつ言ってんの、オトっちゃん? さ、教室まで、一緒に行こっ」
「あ、ああ。って、おい。腕を組むな。やめろって。目立つし、誤解されるだろぉ!」
こうして俺は、無數の痛い視線に曬されながら、七谷に教室まで連行されることになった。今日も朝から俺の學園生活は濃だ。これがエントリープラグの中であったなら、もう間違いなく気絶してる。誰がLCL濃度上げてんだ? ゲンドウでもいるの、ここって?
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