「まず蓋を半分まで開けて、かやくを取り出して……」

の子座りをする志賀郷の前で俺がレクチャーするように仕度を始める。といっても普段の流れを聲に出して説明しているだけなのだが、志賀郷は興味津々な表でその様子を見守っていた。ただカップラーメンを作ってるだけなのに……。でも志賀郷にとっては新鮮な一幕に見えるのだろう。

「その『かやく』とは何ですの？　弾の材料をラーメンにれるのですか？」

「その火薬じゃねーよ。これはな、ラーメンの材になるんだよ」

「材？　干からびたゴミにしか見えませんが……」

「まあ大人しく見てろって。後で様変わりするから」

目を丸くする志賀郷を橫目に、俺は一口コンロからヤカンを持ってきて沸騰したお湯をそっと中に注ぐ。

「後は蓋をして三分待てば完だ」

「え……待つだけでよろしいのですか？」

「ああ、待つだけだ」

「そんな……ただお湯をれただけで料理ができるとは思えませんわ」

『げんこつ特盛拉麺 油増量とんこつ味』という如何にもに悪そうなタイトルが施された容を可憐なお嬢様志賀郷が目を細めながら見つめる。

なんともミスマッチな両者に俺は苦笑いを浮かべつつ、暇潰しの質問を投げてみることにした。

「そういえば、志賀郷ってラーメンを食ったことはあるのか？」

「えっと……。一度だけですけど、中國から訪れた父の友人を祝う晩餐會の時にいただいた記憶がございますわ」

「うわぁ、さすが元・金持ちだな。スケールが全然違う」

「元を強調するのはやめてくださるかしら。でも……お味は微妙でしたけれどね。本場のシェフが作ったとおっしゃってましたが……」

ちゃぶ臺の上に顎を乗せて目の前のカップ麺を睨む志賀郷。不服そうな、それでいてどこか退屈に見える態度だが、いつも學校で振る舞っているお嬢様モードとかけ離れた姿に俺は思わず視線を留めてしまった。

「…………どうかされまして？」

「いや、志賀郷もそういう顔をするんだなと思って」

「ふふ、そうですわね。普段はもっと取り繕ってますから、驚いたかしら」

「まあ……素のじが出ててある意味ほっとしたが」

誰にも壁を作らず、常に笑顔を保ち、平等に接しているのが志賀郷のイメージだった。完璧なを貫く分、人間味に欠ける部分があったから、こうしてだらけている彼を見ると安心する。そして裏の表を知る事ができて、俺はしだけ高揚した気分になった。

「私だって気を抜く時間くらいありますのよ。一私を何だと思ってますの？」

「貧乏お嬢様」

「しばき倒しますわよ？」

◆

「末スープをかき混ぜて……これで完だ」

大量の湯気が沸き上がる中、庶民用達のソレが出來上がった。

「これが……カップラーメンなのですね」

「おうよ。まあ食ってみろって」

瞳を大きく見開く志賀郷に箸を渡し、俺は向かい側に腰を下ろす。

「では早速……。いただきます」

目を閉じて丁寧にお辭儀を一回。即席麺にここまでの禮儀を向けるとは流石元お嬢様。育ちの良さが伺える。

ふぅー、ふぅー、ふぅ…………。

一口分の麺をすくってから志賀郷は念に息を吹きかけていた。

「貓舌なのか？」

「ええそうよ。熱いのは苦手ですの」

なにそれ可い、と思いながら必死に口をかす志賀郷を眺める。

それから三回、四回、五回と空気を送りまくった彼はようやく口に麺を注ぎれた。

「どうだ？」

「…………味しい」

おお良かった。志賀郷のことだから「ゴミを食べた気分ですわ」等と猛烈な批判をしてもやむ無しと構えていたが、どうやら好だったようだ。

しかしかなり衝撃的だったのか、真顔でしばらく固まってから無言で次の一口をすくい上げた。そして今度はゆっくり味わうように咀嚼してごくりと飲み込む。

「驚きましたわ。お世辭にも上品な味とは言えないけれど、手が勝手にいてしまう魔力をじますの。カップラーメン、恐るべしですわね……」

相當激しているようである。これは予想外だ。まさか稅込百円のカップ麺に學校一のお嬢様がするとは思わなかったからな。

「気にってくれたのなら良かった。麺がびる前にさっさと食っちゃえよ」

「ええ、ありがたく頂戴するわ」

志賀郷はその後も箸を止めず、黙々と食べていく。

麺をすくって息をかけてゆっくり啜って――時折頬張りすぎてリスのように膨らんでしまい、眺める俺もつい笑いがこぼれてしまう。

しかし味そうに食べるなあ。所作は優雅で大人びてるのに表は素直で且つあどけない。きっと見ているこちらまで笑顔に変えてしまう魅力が志賀郷にはあるのだろう。彼が食べ終えるまでの間、俺は頬が緩みっぱなしになっていた。

「ごちそうさまでした」

両手を合わせて再び一禮。通常よりも量が多い特盛サイズだったにも関わらず、志賀郷はぺろりと完食してしまった。

「よく食べ切ったな。は細いのに」

「代謝が良いんですの。それに、私はまだ満足してませんわよ？」

「…………は？　まさかまだ足りないって言うのか？」

「ええもちろん。おかわりはどれくらい殘っているのかしら」

「お前の腹はブラックホールかよ」

食べ盛りの男子高校生よりも食があるなんて恐ろしいぞ。こいつを放っておいたら……食費がとんでもなく増大して即刻ゲームオーバーになるに違いない。勝手に破産して泣きつかれる前に俺なりの節約を叩き込む必要がありそうだ。

「悪いが志賀郷。おかわりは有料とさせてもらう。ドカ食いお化けのお前には食費の重要を教える必要がありそうだからな」

「だから下品なあだ名で私を呼ばないでくださる？　でも……お金は限られてますし、狹山くんの指示に従いますよ」

志賀郷は意外にも素直に首を縦に振ってくれた。

事を冷靜に判斷できる力があるのか、はたまたカップラーメンを貰えた事に対する謝なのか分からないが、いずれにせよ上機嫌な様子だったので俺は「厳し過ぎるのも良くないか」と笑みを浮かべる事しかできなかった。